新たな狩場
霹靂の天空域……そこは名が示す通り、空に浮かぶ神々しい都市だ。
上を歩く事ができる不思議な雲の上や空に浮かぶ大理石の土台の上に建てられたギリシア建築の街並みは、まるで神話の世界を具現化したかの様に美しく広がり、この景色を一目見ようと他の地区から解明者が訪れるなど最早観光スポットと化している。
「よし、到着っと……う、うわぁ……噂通り美しい場所だぁ……」
そんなダンジョンに、大理石の大きな広場に据えられたポータルから降り立ったアトーナは、初めて観る光景に感嘆の声を漏らして見惚れてしまう。
特にこのダンジョンの中心に聳え立つ、ゴシック様式の巨大な純白の城は圧巻で、ポータルの位置からなら全体を一望でき、遠目から見ただけのアトーナにすら畏怖の念を感じさせた。
「すごいすごい!本当に雲の上だ!」
「確かに、この景色は噂以上ね、苦労して来た甲斐があったわ」
そんな景色に意識を持って行かれていたアトーナだったが背後でいきなり騒ぐ声が聞こえて思わず咄嗟に振り向く。
そこには、コロニー外部から入る為のポータルがあり、そこから出てきたばかりと思われる二人組の少女がはしゃいでいた。
一人は絹の様に艶やかで風にサラサラとなびく長い黒髪が特徴的な少女だった。武装をしておらず、危険なエリアに来たとは思えない程不用心にはしゃいでいる。
もう一人はオレンジの癖のついた髪を伸ばした隣の子と同じくらいの歳の少女で、黄色を基調とした鎧も相まって非常に目を引く人物だった。
「あんな不用心で大丈夫なのかな……?まあ良いや、とりあえず僕たちは自分の仕事をしよう」
観光気分で眺める二人から目を離し、アトーナは解明者としての仕事を始めた。
早速安全地帯を抜け、居住地だったと思われるエリアへとやって来る。
「よし、ミビュー出てきて良いよ」
アトーナがアプリを開き、アイコンをタッチして出力すると、端末の中からアトーナが現れた。
「わあ、コマンダーの世界って本当に不思議だね!こんな場所もあるなんて見てて飽きないよ!」
「それは否定できないな……でもここが今回狩りをする場所だよ、気をつけて進まないと」
そう言いながらアトーナが杖とハンドガンを構える、この場所には生き物の気配は無いが、この先のエリアから何か複数の生き物の息遣いや物音が聞こえ、油断できない状況なのは彼も理解していた。
「ここは今誰も見たことがないような怪物も沢山いるんだ、いくら強くても数と情報の無い相手には部が悪い、ミビューも前みたいに突っ込まないでね」
そうベテランのようにミビューにアドバイスするアトーナ、生存能力に関しては確かに優秀だが、戦闘経験は皆無な彼の上からの言葉にミビューが首を傾げる。
「よし、『翼眼』《ティピール》」
アトーナが呪文を唱え、彼の視界に赤く大きな影が出現する。どうやら次のエリアには一体しかいないようで、それを確認したアトーナはすぐに行動を開始した。
その赤い影の正体は四足の獣?のグロブスタだった、6m程度と中型にしては小さい方だが、皮膚は石かと見まごう程鈍い灰色で分厚く、その長い首を天に掲げるその姿は、10mあったバンジョシュ程でなくともアトーナをたじろがせるには十分な巨体だ。
「なんで単独なんだろうと思ったけど、こんな怪物なら一匹で居ても大丈夫だろうなぁ」
アトーナは一人言を呟き、すぐに狩りの準備に取り掛かる。
「ミビュー、作戦はこうだ、僕がうまく撹乱するから君は隙を突いて死角から攻撃してくれ」
「ふーん、分かったよコマンダー」
理解しているのかしてないのかわからない反応を返すミビューに、少しの不安を覚えながらアトーナがグロブスタの前に飛び出す。
アトーナが飛び出すと同時に、相当気性が荒いのか巨大なグロブスタは前脚を高く上げ、そのまま前に伏せると勢いで上がった後ろ脚ごとアトーナへと尻尾を振り切った。
「うわっいきなり!?『展舞』《ヴァミド》!」
予備動作なしの行動に驚きつつも、すぐに自己強化の魔法を足に唱え、すんでのところで回避する。
「おりゃ!コマンダーになにするの!」
すかさずミビューが斬撃を喰らわせ、そのダメージでグロブスタが怯む。
「よし!『炎斧』《ビナディオ》!」
今度は火炎の魔法でアトーナが攻撃をすると、単純な思考しかできないのか、最後に攻撃したアトーナだけを目標にしてグロブスタが攻撃を加える。
「遅い!『反能衣』《ジャタピル》!」
アトーナが透明になる魔法で姿をくらますと、目標を失ったグロブスタは手当たり次第に暴れ回り、ついに建物一つに突っ込んで崩壊させた。
「今だね!『不知火斬り』!」
そこに隙を見たミビューがすぐに斬撃を飛ばし、グロブスタの首を斬り飛ばした。
「よっし、さっすがコマンダー!めちゃくちゃ戦いやすかったよ!」
「ちょ、ちょっと!む、胸が当たってる!」
透明化を解除したアトーナに跳ねながらミビューが近づき抱きつく、自分も本来は同じバストサイズでありながら、脇にミビューの豊満なバストが当たっていることにアトーナが赤面する。
「と、とりあえず荷車にこのグロブスタの回収を指示して……よしと、じゃあ次に行こうか」
動揺しつつも、アトーナはあらかじめ用意していた回収用の自立可動式荷車に端末から指示を飛ばし、すぐに次の獲物を探しに向かう。
「ふふ、コマンダー楽しそう」
狩りが上手くいった事で自然と足取りが軽くなったアトーナを後ろから見て、ミビューがそう静かにつぶやいた。