離れた思いやり
「ちょっとアトーナくんってば!大丈夫なの!?」
「はい……大丈夫です……」
指導カリキュラムが終わり、訓練室からボロボロになって出てきたアトーナに、セリナが心配そうに駆け寄り、彼と目線を合わせるように屈んで全身を払う。
「ちょっとやりすぎたな……だがこれで十分技術は身についた筈だし、あとは彼次第だ」
そう言って、ショーンがアトーナの肩を叩きながら激励する。普段の彼ならばこんなことはしないのだが、今回はセリナからの刺すような視線を誤魔化す為にやっているということは、雑務をしている周囲のギルド職員達からも一目瞭然だった。
「そんなに心配しないでセリナさん、僕はこう見えて頑丈なんです。だから心配しないでください、それにこれくらいしないとあなたを心配させてしまうでしょ?」
そう言って強がるアトーナを見て、セリナはキュン♡という擬音が聞こえてきそうな表情をして胸と股間に手を当てた。
「やっぱりアトーナ君カワイイ!今すぐ結婚しましょ!」
「うわぁぁ!!ちょっとセリナさん!?」
衝動的に抱きしめたセリナに、アトーナが恐怖にも似た動揺をする。そんな様子を見て、ショーンが渋い顔して頭を抱える。
「あー……セリナ、お前は知らないかもしれないがアトーナは……」
「おっ!いたいた、って……なにボロボロになってんの?」
ショーンのカミングアウトを遮るように、絶妙なタイミングで割り込んできた人物を見て、アトーナの表情が露骨に曇る。
「げっ……プレシアなんでここに……」
「相変わらずね、その態度なんとかなんないの?」
呆れながらいつもの様な返しをするプレシア。そんな彼女の突然の登場は、その場の全員の視線を集めた。
「一体なんの用事だよ、またおちょくりに来たのか」
「それもあるけど、あんたって病室抜け出した!とか言って引き返してたじゃん、あの後なんの連絡もないから、ちょっと様子見て来いってアドマースに言われて来たのよ」
「あ、そうなんだ……ごめん、結局問題ないって言われて普通に退院できたよ」
「そうなんだ……まあいいや、それと話は変わるんだけどさ、なんかたった一人でバンジョシュを狩ったやつがいるらしいじゃん、しかも持ち込んだのは傷の少ない上物だって」
「あっ……」
そこで何を言いたいのか理解したアトーナが言葉を詰まらせる、そんな彼の態度で自分の予測が正しかった事を悟ったプレシアは、小さくため息をついた。
「はぁ〜……あのさ、自分が強くなったって勘違いして増長しようが勝手にすれば〜?って感じだけど、それで下手に突っ走られたらこっちが迷惑なの、わかる?」
「ちょっとプレシアちゃん、アトーナくんがこんなに頑張ってるのにその言い方は……」
「セリナさんは黙ってて、こいつってば今かなり調子乗ってるから、下手に甘やかすと無茶とか平気でしちゃうの」
「……ッ!?そんなことない!僕はちゃんと考えてるよ!勝手なことばっかり言うなよ!」
自分の事を好き勝手に言うプレシアに、アトーナは思わず声を荒げて反抗する。
「今は君より弱いかもしれないけど、そのうち僕も君と並ぶ、いや超えるくらい強くなってみせるよ。だからもう僕に構わないで」
アトーナはセリナから離れてプレシアの前に立つと、彼女を睨みながらそう宣言してギルドから出て行った。
「アトーナくん……」
「やれやれ、彼にも複雑な男心……乙女心か?どっちでもいいが、そういうのがあるんだろう」
「…………ふん、人がせっかく言ってやってるのに……」
残されたプレシアは小さくそう呟いた。