混沌の領域
遠い記憶、あの時の情景が目に焼き付き離れない。
石柱に足を潰され、こちらに助けを請うような眼差しを向ける少女が瓦礫に潰される最後は自身の罪を象徴する光景だった。
「…………また、あの夢か」
アトーナ・ベリニエルは身を起こして寝起きのぼんやりとした頭を悪夢を払うように軽く振る、窓から見える景色は見慣れたコロニーの街並みを写していた。
ベットから起きて、備え付けられている姿見の前に立ち身支度をする。
「よし、と」
ショートボブで前髪を下ろし、なるべく目元が見えないようにした髪型から片目だけ覗かせる。
服装は袖のないウェットスーツに胸までしか丈のないジャケットを羽織り、下はガーターベルトを付けたニーソックスに短パンを履き、靴は底の厚いブーツという見る人によっては扇情的な気分になりそうな格好で部屋を出る。
「おばさん、朝食をお願い!」
アトーナが階段を降りて下の食堂で支度をしているおばちゃんに朝食を注文をする。
しばらくしてキッチンから出て来た朝食はベーコンエッグと柔らかいパンにほのかな甘味のあるコーンポタージュ、そして野菜サラダにコーヒーというそこそこ豪華な朝食だった。
「いただきます」
元気よく朝食を食べながら端末をいじって今日の予定を確認する、スケジュール表には「ササン街道の調査をするパーティに参加する!」という雑な予定だけが書かれており、それだけ確認すると次にギルドのコミュニティを開きパーティメンバー募集の掲示板を覗く。
「う〜ん、やっぱり誰も募集してないな……仕方ない、ご馳走様でした!」
掲示板には募集中の文字はなく、朝食を食べ終えたアトーナは諦めて立ち上がり、荷物を背負って宿を出た。
「おっす〜アトっちゃん、まだソロで四苦八苦してんの〜?」
「げっ!プレシアじゃん……」
宿を出たアトーナに出待ちをしていたかのように黒髪を腰まで伸ばした赤いドレスの幼い少女が声をかける、アトーナはその少女をプレシアと呼び顔を顰めた。
「な〜に?人を見るなりそんな顔して、せっかく人が挨拶してんのにさ〜」
「残念だけど今日は予定があるんだ、君とは遊べない」
「別にいつも遊んでいる訳じゃないんだけど、というか予定ってどうせダンジョン調査でしょ?この区域のパーティはとっくに固定になってるんだから今更組むのは無理だって」
「それでも新しい人が来ているかもしれない、それに一人でも僕はいくよ」
さっさと立ち去ろうとするアトーナの腕を、プレシアが掴み壁に押し当てる。
「ちょっと!離せよ!」
「こんな貧弱さで単独調査とかできる訳ないじゃん、女の子だから仕方ないのかな〜?」
「僕はただの女の子じゃ……ない」
アトーナは必死に脱出しようするが振り解けずもがくだけになる。
「いい加減弱いこと認めればいいのに……そしたら私が組んであ・げ・る♪」
意地悪な笑みを浮かべながらプレシアがアトーナを見下す、しかしその言葉を受けても反抗的な態度のアトーナを見てプレシアが呆れながら手を離した。
「はあ〜……全く、ダンジョンで死んでも死体を回収してやんないからね」
そう言いながら肩をすくめるプレシアを無視してアトーナはギルドに早足で向かう。その顔はどこか泣きそうになっていた。
………………
そのほかの建造物に比べて明らかに技術レベルが違う外観を持つギルドに到着し、その正面の出入り口から入ると、突然ゲートが降りて進行を遮られセンサーがアトーナの全身を調べ上げる、そして……
「スペルマスターのアトーナ様、認証完了、危険物ナシ、お疲れ様です」
と音声が流れゲートが開いた。
アトーナがゲートの正面にあるカウンターまで行くと、そのカウンターの奥で業務をこなしている受付嬢の一人がアトーナに近づき挨拶をする。
「お疲れさま、そろそろこっちでの生活も慣れた?」
「ええ、流石に一ヶ月も経つので……それにセリナさんが色々教えてくれたおかげです」
「そんなことない、自身の頑張りが君を独り立ちさせて立派な解明者にしたんだよ」
「立派……ですか……」
セリナと呼ばれた受付嬢の謙遜に対し、アトーナの表情にかげりが出る。
「ところで今日はどこに行くの?行き先気にしないなら、今からパーティ募集をかけるけど」
「えーと……お願いします」
アトーナの返事を聞いてセリナが空中にホログラムパネルを出すと、それを操作してコロニー内のパーティ情報を検索する。
「ああ、やっぱり誰も募集してないわね……今日はどこに行くつもりなの?行き先によっては目的が同じパーティに同行させてもらえるか交渉するけど」
「ええと、ササン街道に行こうかと思って……でもそこまでしてもらわなくても大丈夫です、ちょっと入り口周辺を調査するだけですから」
「そう?まあ下っ端職員に解明者のダンジョン調査をとやかく言う権利は無いけど……本当に大丈夫?」
「安心して下さい、それより弾丸の補充をお願いできますか?ちょっと無駄遣いしてしまって……」
「言ったそばからこれじゃ、その『安心して下さい』も信じられないよ?はい20SFcね」
アトーナが端末を出し、カウンターの横にあるパネルに当てると、チャリンという音と共に支払いが完了した。
「いつ見ても本当にすごい場所ですねストレンジフィールドって、お金もこんな端末の数字だけで管理されてますし、こんなの僕のいた世界じゃあり得ないですよ。」
「これならギルドの管轄内でならどこでも使えるし、資源を使わなくて済むから最先端技術を採用しているってだけで、こんなびっくりアイテムはこの世界でも中々ないわよ」
「それでも存在するだけで驚きです、やっぱりこの世界はワクワクすることで溢れてますよ」
「こんなめちゃくちゃな世界でも楽しんでいるならよかった、それじゃ気をつけて入ってらっしゃい」
「はい!行ってきますセリナさん!」
アトーナが走り去り、入り口で軽くセンサーによる確認を受けて出ていく、その様子を見送ったあとセリナは一人呟いた。
「絶対に酷い死に方はしないでね……」
外に出たアトーナが街を歩いていると空から風切り音が聞こえ、それに反応してアトーナは目を輝かながら見上げる。
「あ、特別巡回の時間だ!」
そう言いながら見上げた空には20mほどの人型巨大兵器がこちらを見下ろしながら飛んでおり、それはアトーナの世界では決して見ることの出来なかった技術の塊だった。
空を舞う人型兵器の編隊は街を監視するように見渡して、時折手を振る動作をしている。
「かっこいい……」
その編隊が通り過ぎた後、今度は鎧を着け、巨大な剣を携えた10mほどのドラゴンたちが縦横無尽に飛び回り街を見下ろす。
鎧は派手で実用性より威圧感を重視したデザインだったが、それがカッコ良く見えているのか、アトーナの周りでも年齢問わず男の子たちが空を見上げている。
「こっちもかっこいい……!」
最後に人型兵器とドラゴンが入り混じり、綺麗な球体を描くように統率された動きで飛び回る。
ここソレンス区域の特別巡回は巨大兵器と強大な力を持つドラゴンによる上空からの監視と、外の世界に出られない住民への娯楽を目的として毎月行われている。
(まだここに来たばかりの時、セリナさんが言っていたな……この世界『ストレンジフィールド』は様々な世界から人、物、場所が流されてくる場所だって……だからこんなものがいても誰も不思議に思わないんだ、でも僕にとっては未知に溢れている……!)
フィナーレに人型兵器とドラゴンたちはそれぞれの編隊に戻り、高く舞い上がるとそれぞれスモークと黒煙のブレスを噴出し空に文字を書く。
『今日も良い日を!』
この世界はそれぞれ自分たちの言語が勝手に翻訳されて相手に伝わる。
そのため言語の統一が出来ず、こういう場面ではそれぞれが一文字ずつ担当する事で混乱を避けている、とアトーナはセリナさんから聞いていた。
「それでも文法とか違うはずなのにすごい!」
そして、最後に文字の前で人型兵器とドラゴンがポーズを決め、街から割れんばかりの拍手喝采を受ける。
ここはストレンジフィールド……様々な世界、次元からあらゆるものが流れつく混沌の領域。