蘇生魔法の発動を遅延させよう!
「私が蘇生魔法を唱えると……? 私は魔法使いではないのですが……」
「厳密には、事前にオレがセットしておいた蘇生魔法をタイミングよく使ってくれるだけでいい」
「そんな事が可能なのですか?」
聖剣は勇者の魔力を貯めておける。
無論、勇者でなければ聖剣は使えないので、魔力を貯めてあってもミラが魔法を使えるということにはならない。
しかし、オレが予め魔法を使っておき、それを時間差で発動させることができれば話は別。
あくまでオレが魔法を使用しているので問題なく魔法は発動する。
ではどうやって時間差で魔法を発動させるかだが……
「聖剣の特性を利用すればそれが可能だ」
オレはミラに説明を続ける。
聖剣を介して魔法を発動させる場合、聖剣内部の魔力を消費して魔法を発動させることができる。
そのとき、もしも魔法を発動するのに内部の魔力が足りなければ、不足分の魔力を勇者の魔力から吸い取って発動する特性を持っている。
しかし、ここで勇者が超高速移動や転移するなどして、魔法の詠唱から実際の発動までの間に聖剣の魔力吸収範囲から外れていればどうなるだろうか。
答えはシンプル。
魔法が発動待機状態になるのだ。
改めてその魔法の発動に必要な魔力が吸収できたタイミングで魔法は発動する。
「さて、ここにオレの髪の毛を用意した」
「は、はあ……」
「蘇生魔法の対象を髪の毛とし、魔法を待機状態にさせておく。そして、少しでも魔力が吸収できれば発動するギリギリの魔力だけ聖剣に貯蔵しておく」
「は、はい……」
「あとは、ミラが聖剣に軽く触れば、蘇生魔法の発動に十分な魔力が溜まって蘇生魔法が発動するはずだ」
聖剣は勇者の魔力が一番効率良く扱えると言うだけで、他者の魔力でも問題なく貯蔵する。
あと少しの魔力で発動するという状態であれば、ミラの魔力でもなんら問題ない。
「というわけで、すぐに準備するぞ」
「いえ、待ってください。もうこの際、細かい原理とかはいいのですが、どうして勇者様の髪の毛に蘇生魔法をかけるのでしょうか?」
「ああ、それは、オレが死ぬ予定だからだ」
「はい!?」
「蘇生魔法は肉体の傷を癒やした上で蘇生する魔法だ。魂さえなくなっていなければ、それを定着させ直してこの世に呼び戻すことができる」
「つまり、髪の毛1本でも完全に復活することができる……ということですか?」
「そのとおりだ」
これこそRTAで使われていた技の一つ、”デスルーラ”だ。
これはわざと死んでから蘇生することで長距離の移動を可能とする技術である。
初めてみたときはびっくりしたものだ。
移動のためにわざと死ぬなんて正気とは思えなかったし、蘇生魔法を使える存在がいなければ成り立たない。
しかし、この技術は絶対に必須である。
今回の魔王討伐RTAにおいて最も時間がかかる工程は何か?
四天王の討伐か?魔王との対決か?それとも下準備か?
すべて否だ。
答えは移動である。
ケツワープにより高速移動が可能になったが、それでも肉体が耐えられない速度を出すことは出来ない。
つまり、どうやっても広大な大陸を移動するのにタイムロスが発生してしまうのだ。
この問題を解決する方法は一つしかない。
そう、肉体を捨てればよいのだ。
逆転の発想というやつだな。
魂の状態で移動できれば、遥かに素早く移動ができる。
「といっても、当たり前だがその髪の毛に魂が宿っているわけではなく、肉体の方に宿っている。だから、髪の毛に蘇生魔法をかけても蘇生されるようなことはない」
「ダメではないですか!」
「だが、オレは千年ものあいだ魂の状態でいた事で、魂の状態で泳いで高速移動することができる。つまり、死んでから30秒以内にこの髪の毛に魂の状態で移動して、それから蘇生魔法をかければ全く問題ない」
魂で千年間過ごしたオレは他の魂よりも圧倒的に速く移動することができる。
というより、ほぼ瞬間移動とでも言うべき移動が可能になっていた。
肉体という枷がないからこその超超高速移動である。
それでも少しは時間がかかるので30秒となるとかなりギリギリだろうが。
「本当にそれは問題がないと言えるのでしょうか……」
「まあ、概ね“必殺”のヴァンディルと相打ちになって死んでから25秒ほどでここに戻ってこられる予定だ。5秒も猶予がある」
「たったの5秒!? もし失敗したら……」
「もちろんオレは死ぬことになる。しかし案ずるな。5秒は300フレームだぞ。失敗するはずがない」
「なんですか、そのフレームって……」
1フレームは1/60秒。
RTAの技の中には1フレーム技と言われる1/60秒の猶予しかない技すらあった。
あれを再現するのはオレでも難しいだろう。
それを考えれば5秒……300フレームは鼻くそをほじっていてもクリアできる猶予だ。
ただ、別にミラにフレームについての説明をする必要はない。
「それに、魂が宿ったらこの髪が発光するように事前に準備を整えておいた。ミラは髪の毛が光ったら可能な限り早く剣に触れるだけでいい」
この髪の毛は、魂に反応して発光する魂揺草という草のエキスにくぐらせてある。
魂が宿ると同時に薄紅色に発光するはずだ。
「さて、説明は終わりだ。早速実行に取り掛かるぞ」
「……気になることだらけですが、もうどうにでもなれという気持ちです」
表情が無になったミラとともに外へとやってくる。
街中であるため、建物であれば壁と地面があるというケツワープを行うための条件をどこでも満たすことができた。
ある程度の障害物は透過魔法ですり抜ければ良い。
「よし、ここにしよう」
方位磁針で方角を正確に測り、ちょうどよい角度の建物を見つけた。
次に、向かう方向の先の地面に聖剣を突き刺しておく。
地面が舗装されていない裏道のような場所なので、あっさりと聖剣を地面に刺すことが出来た。
横でミラが「ああ……聖剣を土に……」と愕然としていたが、特に気にしないものとする。
そして、聖剣の横には容器に入れておいた髪の毛をセットしておく。
「あとはミラ、ここで聖剣を守っていてくれ。もちろん、髪の毛が光ったら聖剣を触るのを忘れずにな。ミラ以外でも誰かが聖剣に触ってしまえば蘇生魔法が暴発してしまう。決して誰も近づけるんじゃないぞ」
「お任せください。勇者様が錬金術をしている横でポーズを取る任務よりは防衛任務のほうが得意だと自負しています」
「じゃ、ケツワープで移動しながら蘇生魔法を発動させるから、ミラは聖剣の横で位置についていてくれ」
「え? ケツワープ? 聞き間違いですか?」
ミラを無視して、オレはケツワープを行うために歩いていく。
ここから “必殺”のヴァンディルの拠点までは1時間ほどでつく見込みだ。
「じゃあミラ、あとは頼んだぞ」
オレは透過魔法、転移魔法を発動して加速していく。
「え、勇者様、それは一体何を……」
困惑するミラをよそにオレはぐんぐんと加速していった。
これ以上速くすると肉体が耐えられなくなる限界で防御魔法を展開。
尻と背中側を保護する。
くわえて俯瞰魔法を発動し、ケツワープ開始!
もちろん、聖剣アスティマ・ベルグレド改め聖剣アトラに蘇生魔法を待機させておくことを忘れない。
「アトラ! リザレクト!」
魔法を発動させた実感はあったが、体内から魔力が吸収された様子はない。成功だろう。
すでにミラや聖剣は見えないほど後ろだ。
あとはこのまま滑っていけば、“必殺”のヴァンディルの拠点が見えてくる予定である。
それにしても、去り際に見えたミラの表情は凄まじかった。
尻で滑りながら後ろ向きに高速移動してるやつを見た人はあんな顔をするんだなと一つ学んだ。
まあそんなことを気にしている暇はない。
とにかく今の目標は“必殺”のヴァンディルを撃破すること!
目標撃破タイムは……
1分だ!




