乱数調整という異界の技術を使って"無"を錬金していきましょう
「勇者様! 言われたものを集めてまいりました!」
「ありがとう、そこに置いておいてくれ」
「それにしても、一体こんなもの何に使うのですか……? 錬金術でポーションを作るだけでしたら、もっと良いものをご用意しますが……」
集められたのは大量のきれいな水と薬草だ。
水と薬草は主に錬金術でポーションを作るために用いられる。
ポーションは最も安価な薬としてよく知られているものだ。
当然、そんなポーションというのは錬金術において非常に初歩的なレシピであり、その成功率は99%と言われている。
今回ミラに用意してもらった水と薬草は、だいたいポーションを500回分錬成できる量であった。
「オレは今から無を作るために乱数調整を行う」
「無……? 乱数調整……?」
「ミラはその間、そこで様々なポーズを取っていてほしい。どんなものでも構わないが、1つの錬金が終わるたびに別のポーズにするようにしてくれ」
「はい……?」
困惑するミラをよそにオレは作業に取り掛かる。
部屋全体を魔力で覆い、外部からの影響を受けないように遮断する。
ミラは意味がわからないといった様子だったが、愚直に実行してくれているようだ。
「1個目、成功」
その調子でどんどん錬金を続けていく。
10個、20個、30個……
「76個目、失敗。ミラ、次は先程と同じポーズをしてくれ」
「一体これになんの意味があるのですか!? 錬金術と私のポーズは何も関係ないですよね!?」
「いや、大アリだ。この部屋という限られた空間の乱数を調整しているんだ」
「勇者様は一体何を……」
それでも渋々従ってくれるミラ。
勇盟騎士団の団長というだけあり、職務に真面目なのだろう。
「77個目、成功……今のポーズはダメか。よし、また別のポーズだ。さきほどのように続けるぞ」
そのまま作業を続けること371個目、ついにそのときが来た。
「371個目、372個目、373個目、立て続けに失敗。いいぞ!」
「99%成功する錬金術に3連続で失敗して何がいいのですか!」
「とにかくミラ、そのポーズを絶対に覚えておいてくれ」
「は、はい……」
ミラは壁際で恥ずかしそうに両手を頭の上に乗せたうさ耳のポーズを取っていた。
だが、別にどんなポーズだろうが乱数調整ができるのであれば構わない。
……374個目と375個目も失敗。
間違いない。
“ミラがあの場所であのポーズをしている時、絶対に錬金術は失敗する”
オレははっきり言って乱数が一体なんなのかよく理解していない。
だが、地球ではその乱数というものを使って起こりうる事象を固定化していた。
ごく低確率でしか起こり得ない物事を一発で起こす乱数調整という技術には感嘆したものである。
そして今、オレはすべての錬金術を全く同じ手順で行っている。
それ以外に変化させたのはミラのポーズだけだ。
すなわち、今この空間において錬金術の成功可否はミラのポーズによってのみ決定される……!
これが乱数調整だ……!
そうに違いない……!
「さて、錬金術に確実に失敗する状況を作ったところで、本命の錬金を行っていくとしよう」
「それは……土ですか……?」
「ああ、これから錬金術で粘土を作る」
粘土、それはポーションよりさらに初歩の錬金術だ。
水と土で粘土。
というか、子供に錬金術を練習させるときくらいしか使わない最も簡単なレシピである。
その成功率は驚異の100%。
土と水があれば確実に作り上げることができる。
「よし、ミラ。さきほどのポーズを取ってくれ」
「こ、こうですか」
「よし、そのままキープだ」
女騎士団長にうさ耳のポーズを取らせる変なプレイをしたいわけではない。
オレがやりたいのは“100%錬金術が失敗する状況で100%成功する錬金術を行う”ということだ。
オレは錬金術用の皿に土と水を量り取り、先程とまったく同じ手順で錬金を行っていく。
乱数調整により失敗率100%。
しかし、粘土の錬金成功率は100%。
矛盾した過程がオレに必要だったものを生み出す!
「できたぞ……! 成功だ……!」
「……? 何ができたのですか? 私には何も見えませんが……」
「ここにあるだろう!」
そう言ってオレは”それ”を手に乗せてミラに見せる。
「いや、ですから何もないではないですか! 私をからかっているのですか?」
「そう思うのも仕方ない……これこそが”無”だ!」
「……無?」
「そうだ、無だ」
オレが作りたかったものこそ”無”にほかならない。
これは魔王攻略の鍵となる最重要アイテムだ。
聖剣の1億倍くらい重要な、魔王攻略の必須アイテムと言えよう。
「勇者様……千年の間に魂が損傷してしまったのでは……」
「オレは至って正常だ。この無はアイテムボックスに入れておく」
そう言ってオレは異空間収納魔法であるアイテムボックスに無を保存する。
アイテムボックスは、手に持ったモノを自由に出し入れすることができる魔法だ。
戦闘中に武器を入れ替えたり、持ち運びに不便なものを楽に運んだりすることが可能であり、千年前は主にポーションや食料を保管するために使っていた。
「何しているかわからないですが……勇者様がそう言うのであれば……」
ミラは納得がいかないという様子である。
しかし、傍目に見ると何しているかわからないのは仕方がない。
RTAを初めてみたときは、オレも全く理解できなかったものだ。
「いや、これは確実に魔王討伐に必要なことだ。ミラのおかげで助かったよ」
「も、もったいなきお言葉です。少しでも勇者様を疑ってしまい申し訳ありません」
「よし、次はミラにはアイテムボックスに入ってもらう!」
「えぇ……!?」




