魔王を10年以内に倒さないと大変なことになるって!?
「ま、まことに申し訳ございません……ッッ!」
オレは勇盟騎士団本部の一室で、ミラが土下座する様子を眺めていた。
「ま、まさか本物の勇者様とはつゆ知らず……! かくなる上は私の命でお詫び致します……!」
「待て待て待て待て待て」
剣を取り出して自害しようとするミラをどうにか制止する。
「勇者様……許していただけるのですか……!」
目をうるわせてこちらを見上げるミラ。
だが、オレは勇盟騎士団という組織をどう魔王攻略に利用するかだけを考えていた。
すでに聖剣を掴んだオレが勇者として認められて数時間が経過している。
ミラは聖剣を掴んでしまったことであのあとすぐに倒れてしまい、ようやく休息を終えて回復したのが今というわけである。
その間、オレは団員たちから様々な情報を集めていた。
それにより、ある程度のチャート構築も終わっている。
というわけで、こちらを尊敬の眼差しで見上げてくるミラのことは置いておいて、手に入れた情報をまとめるとしよう。
まず、オレにとって都合の良かったことが1つある。
それは、この勇盟騎士団という組織がオレにとって非常に扱いやすい組織であったことだ。
勇盟騎士団は勇者の意志を継ぐために勇者の死後結成された騎士団であった。
そのため、勇者として認められたオレは勇盟騎士団において、神にも等しい扱いを受けていた。
おそらく、オレが命じれば騎士団員たちは何でもしてくれるだろう。
その上、勇盟騎士団はこの首都フォルツレアにおいて圧倒的な権限を持っている。
実質的に王の次に権限を持っているといっても過言ではなく、勇盟騎士団に所属しているというだけで首都フォルツレアでできないことはない。
つまり、情報収集も道具集めも容易に行うことができるだろう。
だが、集めた情報はオレにとって良かったことだけではない。
魔王討伐RTAに大きく影響を及ぼす1つの事実。
それは……
「ミラ、魔族の力が千年前とくらべて増しているというのは本当なのか?」
「はい……五十年前に新たな魔王が現れ、それ以降急速に魔族は力を増しました。その力は……申し上げにくいのですが、今や勇盟騎士団を凌ぐほどです」
魔族の力が千年前よりも圧倒的に強化されているというのだ。
これが事実であれば、オレが最も簡単な攻略ルートだと考えていた「すべてを無視して魔王のもとまでたどり着いて一騎打ちで魔王を倒す」というルートはとれなくなる。
なにせ、オレの力は千年前と変わらないのだ。
それでもRTAというものを知ったことである程度の強化であれば対処できる自信はある。
しかし、厄介なのは魔王の特性だ。
魔王は四天王と呼ばれる強力な4体の魔族を従えている。
四天王は魔王と魔力がリンクされており、魔王の死を四天王が肩代わりすることができるのだ。
……こういうのを確か、地球では”残機”と呼んでいたか。
千年前は四天王をすべて倒してから魔王と挑み、それでも相打ちだった。
魔族全体の強化だけ、もしくは四天王生存による残機だけであれば対処できるだろうが、その両方ともなれば魔王といきなり戦うのはリスクが大きすぎる。
「今や大陸全土の4分の3が魔族の手に落ちています。残る4分の1も時間の問題です」
「それでも、強化された魔族の侵攻をよく食い止めているな。勇盟騎士団よりも魔族は強いのだろう……?」
勇盟騎士団は人類の最大戦力と聞かされていた。
勇者が不在である間、人類守護の要として魔族を退け続けてきた。
だからこそ、この勇盟騎士団が首都において圧倒的な権限を持つことにも繋がっている。
そんな騎士団を魔族が凌ぐというのであれば、人類はとっくに滅んでいてもおかしくない気がするのだ。
「勇者様にはすべてお見通しですね……。実は人類はすでに”詰んでいる”のです」
「どういうことだ?」
「これは勇盟騎士団の中でもごく限られた者しか知らない事実ですが……」
そう言ってミラは1枚の紙を取り出した。
そこには宝石のようなイラストと、小難しいデータのようなものが細かく書かれている。
「これは魔族の力を抑える抗魔石と言われる結晶……300年前の偉大な錬金術師が作った、今では再現不可能な品です」
錬金術……魔法とは別系統の技術であり、別種類の素材を組み合わせて新たなモノを作り上げる技術だ。
簡単なモノであればオレも作ることができる。
しかし、難度の高いモノを作ろうとすれば、出来栄えが作り手の魔力の質やその時の運に左右されるため、同じものが二度と作れないということはザラである。
この抗魔石という品も、そういった代物であると考えられた。
「この抗魔石は魔力を送り込むことで結界を作り出します。その結界内では魔族の力は大幅に弱まるのです。これにより、結界の効果がおよぶ範囲では強化された魔族でも対処可能でした。しかし……」
ミラがイラストの一点を指さしながら続ける。
「長きにわたって効力を発揮している抗魔石にもヒビが入り、おそらくあと10年ほどで壊れてしまうだろうという予測が出ています。そうなれば、魔族の侵攻を食い止めるすべは……」
ヒビが入っても10年持つのか。
結構丈夫だな……
まぁ、何にしても10年も必要なはずがない。
「安心しろ。そのためにオレがいる」
「勇者様……!」
「それに、オレはRTAに挑戦しているんだ。魔王を倒すのに10年も要らない」
「あ、あーるてぃーえー……? それは一体……?」
「魔王を倒すにはこれだけで十分だ」
オレは指を2本立てた。
「た、たったの2年で魔王を倒すとおっしゃるのですか!?」
「いや、もっと短い」
「まさか……2ヶ月とでも言う気ですか……?」
「2日だ」
「2日!?!?!?」
ミラが目を丸くしている。
オレも、千年前であれば荒唐無稽だと笑っただろう。
しかし、今のオレにはRTAで得た知識がある!
「まさか、千年の間に勇者様は今の魔族を圧倒できる力を手に入れているとでも?」
「いや、残念ながら千年前とオレの力は変わらない」
「で、では……っ!」
「それでも安心してほしい。オレにはRTAがある」
「先程から、そのあーるてぃーえーとは一体何なのですか?」
RTAとはなにか、か……
そうだな、一言で言うのなら……
「人々を救う勇者が取るべき行動、その極地だ」
「お、おぉ……」
尊敬の眼差しでこちらを見つめてくるミラ。
色々説明は省いたが、間違ってはいないはずだ。
「明日の朝までに、四天王を2体倒す」
「2体ですか!?」
「で、明日の夜までには魔王を倒す」
「ええ!? というか、四天王を2体しか倒してないではないですか! 勇者様も、四天王と魔王の命がリンクされていることはご存知でしょう!」
「残りの2体は倒さないで倒したことにする」
「????」
説明不足であることは分かっているが、説明する時間が無駄だ。
「というわけで、今から準備をするからミラ、手伝ってくれるか?」
「え、あ、はいっ!」
魔王討伐に向けて今日は準備を整えなくてはならない。
まず手始めに用意するものは……
“無”だ。




