勇者なら解ける勇者認定試験を勇者が解いた結果
「準備はいいか?」
勇盟騎士団本部とやらは石造りの巨大な建物であった。
首都の中心に近い場所に位置しており、王城の次に目立つ建物と言って差し支えない。
だが、そんなことよりも勇者認定試験の内容の方にオレは衝撃を受けていた。
「これが、勇者認定試験なのか……?」
「そうだ。何か問題でも?」
オレの目の前にあるもの。
それは十数枚に渡る試験用紙。
すなわち、勇者認定試験とはまさかのペーパーテストであった。
「勇者にまつわる問題が1000問記されている。その試験を満点で合格できれば、晴れて勇者として認定される」
いや、1000問を満点で合格って正気か!?
そもそも魔族の脅威に対抗するための勇者に学力を求めてどうするんだよ!
「実技試験とか、そういうのはないのか……?」
「千年前、勇者が死んだあとに設立された勇盟騎士団にはこのような言い伝えがある」
オレを厳しく見張っている女騎士ミラが言葉を続ける。
「勇者様は倒れたが、その魂は死んではいない。いつの日か勇者様は転生して人類の危機を救ってくれるだろう」
「どうして転生することが知られてるんだ……」
「……? これは当時の勇盟騎士団に所属していた賢者が残した言葉だと言われている。つまり、実技試験の必要などないのだよ。転生した本物の勇者様であればこの試験をすべて解くことができるのだからな」
うーむ……もしかすると魂が生きているか死んでいるかを調べる魔法を実現した人物がいたのかもしれない。
もしくは、適当なことを言ったら意外と当たってしまったとか、そんなこともあり得るかもな。
何にしても、転生した勇者であれば解ける問題というのであれば安心だ。
オレは本物の勇者なのだからな……!
「さ、無駄口はここまでだ。勇者認定試験、開始とする!」
ミラが試験開始を告げる。
オレは意気揚々と試験問題の1ページ目をめくったのだった。
*
「正答数269問、不合格だ」
「待て! 待ってくれ!」
うん、全然ダメだった。
勇者本人ですら解けないような問題ばっかりだった。
魔王と対峙した勇者が考えていたことを答える問題とか、オレしか答えわからないでしょ!?
しかも、その問題、不正解にされてるし……
それになにより、時間が足りるわけがない!
1000問を2時間で解けとか正気か!?
7秒に1問のペースで問いて時間ぴったりなんだぞ!?
最初から勇者に認定する気ないだろ、これ!
時間返せよ!2時間のタイムロスはRTAじゃ致命傷どころの騒ぎじゃないんだぞ!!
「この期に及んで見苦しいぞ。偽物の勇者であるとわかった以上、死刑に……」
「団長! 一大事です!」
一人の若い団員と思われる人物が小走りでやってくる。
こちらを一瞥した後、ミラに耳打ちをしているようだ。
「ふむ……なに? 保管庫の中から?」
「はい、どうやら…………」
若い団員とミラは話し込んでいる。
この隙に逃げ出せばいいとお思いかもしれないが、残念ながら足枷によって逃げることは出来ない。
といっても、魔法を使えば逃走自体は容易だろう。
しかし、それは首都での情報収集を諦めることになるため、ギリギリまで逃げる気はない。
あんなクソみたいな試験を大人しく受けることにしたのだって、そういった事情があるからだ。
オレの見立てでは、首都で情報収集できるかどうかで魔王討伐までにかかる時間を最低でも3日は短縮でき、保険もかけやすくなる。
それだけ、首都で得られる情報というのは大事だ。
具体的には、魔王の居場所や魔族の重要拠点の地形情報など。
そのほか、使うかもしれないいくつかの道具を手に入れる必要もある。
そのため、どうにかしてオレが本物の勇者だと認めさせたいのだが……
「罪人、そこでじっとしていろ。すぐにでも死刑を執行したいところだが、急用ができた」
仮にも死刑囚であるオレを放置するような案件とは、よほどのことが起きたのだろう。
「一体、どうしたっていうんだ?」
「保管庫の内部から不審な音が聞こえる件の調査だが、そんなことを貴様に教える筋合いはない!」
「全部言ってますって、ミラ団長!」
若い団員が思わずツッコミを入れている。
このミラって女騎士、けっこうポンコツなところがあるようだな。
多少オレのせいとはいえ、広場ぶっ壊してたのもあいつの方だからな。
オレが壊したのが2割で、8割はあいつが壊してたと思う。
「おっと……とにかくじっとしていろ」
そう言ってミラがこの場を去ろうとした瞬間だった。
ドガァァァン!!!と轟音が響き、地面が揺れた。
それと同時に土煙に周囲が覆われる。
その煙の中になにか輝くものが見えた。
「なんだ!?」
揺れはすぐに収まり、土煙が晴れてくる。
それと同時に、オレの背後にいたミラが声を上げた。
「これは……聖剣!? 一体何が起こったというのだ!?」
オレの目の前に、光り輝く剣が浮いている。その下には大きな空洞。
どうやら、さきほどの揺れと土煙は、この剣が地面を破壊しながら飛んできたことで発生したようだった。
そして、その剣はオレにとって馴染みのある一品である。
「アスティマ・ベルグレド! 現存していたのか!」
聖剣アスティマ・ベルグレド。
かつて魔王と戦った際にオレが身に着けた剣である。
聖剣と呼ばれる所以は勇者にしか扱えないため。
勇者の魔力によって励起状態になる性質を持つこの聖剣は、他の者が持っても何の意味もなさない。
それどころか、使い手の魔力を吸収する性質があるため、生半可な者が持てば逆に聖剣に殺されるだろう。
何も知らない人が見れば魔剣と呼ばれてもおかしくない代物だ。
魔王との戦いのあと、長い歴史の中でなくなっていると思っていたが、まさかこんなところに保管されていたとは。
「なぜ貴様が聖剣の存在、そして名前を知っている! それは勇盟騎士団の中でも限られた人物しか知らないトップシークレットだぞ!」
「いや、だからオレが勇者だからだって……」
そう言って、オレは聖剣に手を伸ばす。
「貴様、罪人の分際で聖剣に触れる気かッ!」
そう叫んだミラが、オレより先に聖剣を掴んでしまった。
当然、聖剣による魔力吸収が始まる!
「ぐ……ぐわあああああああああ」
「団長! どうしたんですか!?」
「早く手を離せ! 常人では死んでもおかしくないぞ!」
「この聖剣を……罪人に渡してなるものか……っ!」
鬼気迫る顔でミラは聖剣を掴み続けていた。
どうにも手を離してくれそうもないので、オレは最終手段に出ることにする。
「アスティマ・ベルグレド、オレのもとに戻ってこい!」
そう呼びかけた瞬間、オレの体から一定量の魔力が吸収される。
……聖剣とは言うが、剣とは名ばかりでその実態は魔法の杖に近い。
では、普通に魔法を使うのと何が違うのかと言えば、聖剣の名前を呼んで魔法を使用することで、聖剣内部に吸収されている魔力を使用してくれるのだ。
つまり、魔力を事前にためておけば、その場では消耗なしで魔法が使えるのである。
また、同じく貯蔵した魔力を使用して、今回のように聖剣自体に簡単な自律行動であれば命じることが可能だ。
聖剣内部の魔力が枯れていたようなので、オレの魔力が直接吸収されてしまったが、その機能が依然として使用できることが確認できたわけである。
「なっ!」
聖剣はミラの手を振り切るように飛翔すると、オレの右手へと収まった。
うむ、握り心地は千年前と変わらないようだ。
「なっ、なぜお前が、聖剣を……! どんなトリックを使ったんだ!」
「オレが本物の勇者だからだ。その証拠に、アスティマ・ベルグレドを使用することができるし、持ってもなんともないだろう」
「そんな……馬鹿な……」
魔力を吸収されたミラが膝をついて倒れ込む。
ミラは愕然とした表情でこちらを見つめていた。
「確かに聖剣は勇者にしか扱えないものと伝わっている……。実際、私はあの剣を持っただけで強烈な脱力感に襲われた。普通の者が平然とあの剣を持てるはずがない……!」
そんなミラをよそに、オレは聖剣を眺める。
……聖剣の存在は嬉しい誤算だった。
聖剣が入手できるルートと、そうでないルートでは推定2時間ほどタイムが変わってくる予定だ。
その上、聖剣があれば魔王戦でかなり安全に戦うことができるだろう。
くだらない勇者認定試験などに2時間を費やしたのは大きなタイムロスではあるが、聖剣の存在で差し引きゼロ。
それどころか、これであの頭の固いミラという者もオレを勇者と認めてくれるに違いない。
そうなれば首都での情報収集はスムーズに進み、総合的に考えればかなり理想的なルートを辿っていると言える。
タイマースタートを0日目として、1日目でここまで進めれば上出来と言えた。
できることならこのままのペースで完走してしまいたい。
「勇者の証明はこれで十分か?」
そう言って、オレは足枷を魔法ですり抜けて立ち上がる。
いつの間にか周囲には、騒ぎを聞きつけた勇盟騎士団の団員たちが集まってきていた。




