勇者、不審人物なので死刑
「やった……成功だ……!」
オレがいた辺境の集落から馬車で最低15日はかかる首都フォルツレア。
そこにわずか30分足らずで到着していた。
クリアまでにかかる時間を14日と23時間30分短縮したことになる。
が……
「一体なんだ? 魔族の攻撃かと思ったぞ!」
「なんか男が突然現れたぞ!?」
「どうなってんだ」
今現在、オレは群衆に奇異の眼差しを向けられていた。
といっても当たり前のことだろう。
突然、超高速移動する男が広場に現れ、地面をえぐりながら急停止したのだから。
本当なら首都フォルツレアの外で止まる予定だったのだが、勢い余って、広場の中央までやってきてしまったのだ。
その上、停止するのに十分なスペースがこの広場しかなく、停止のために思いっきりかかとを地面に突き立てたら、石で舗装された地面がえぐれて無惨な姿になってしまった。
「何事だ!」
どよめく群衆の中、ひときわ大きい声が聞こえた。
群衆をかき分けて、純白の鎧をまとった金髪の女性が現れる。
ザ・女騎士といった印象を受ける。
「フォルツレア中央広場の地面が壊されている……? そこの男、お前がやったのか?」
そうオレを指差す女騎士。
間違いなくオレのことを言っているんだよな……
ここは正直に事情を話すしかあるまい。
「ああ……ちょっとした手違いでこうなってしまった。わざとじゃないんだ」
「手違い? 一体なにがどうなったらこのようなことになるのだ!」
「あー、それは……その……高速移動の実験……的な?」
「高速移動の実験?」
「オレは魔法が使えるんだ。新しい魔法の使い方を実験していて……」
「ほう、そのナリで魔法使いか。決してそうは見えんがな」
女騎士は信じていないようだ。
まぁ、それも仕方あるまい。
千年前でさえ魔法使いは貴重な存在であった。
魔法を扱えるかどうかは保有する魔力や才能に大きく左右される。
誰しもが魔法を使えるわけではないのだ。
「まあいい。とりあえず身分証を見せてもらおうか」
「身分証? なんだそれは」
「身分証を知らないだと? じゃあお前はどうやってこのフォルツレアに入ったんだ?」
「いや、ぶつかりそうだったから透過魔法で城壁を抜けて……」
「透過魔法? 一体何だそれは。だが、何にしても不法侵入、ということでいいんだな?」
ギロリと女騎士がオレを睨む。
「あ、いや、それも手違いというか……」
「不法侵入に手違いもなにもあるものか。貴様、怪しいな……そこを動くんじゃないぞ」
女騎士は腰に下げた剣の柄に手をかけてにじりよってくる。
「いや、待ってくれ。その、オレは……勇者なんだ」
「今、なんと言った?」
「だから、オレは勇者なんだ」
「貴様ァ!!!」
うわっ!びっくりした。
これまでにないほどの怒りが込められた口調で女騎士が吠えた。
「不法侵入だけであればまだしも、勇者を騙るか!」
「待て、オレは本当に勇者だ」
「勇者が不法侵入などするものか! 伝承の勇者フォルツ様の名を冠するこのフォルツレアで勇者を騙るなど万死に値する!」
ああ、なるほど。
フォルツレアって何か馴染みのある響きだと思っていたが、千年前の自分の名前はフォルツだった。
オレって勇者として結構語り継がれたりしてるんだなぁ。
納得、納得。
……って、納得している場合ではない!
女騎士はすでに剣を抜いて殺意殺意殺意といった様子でこちらに迫ってきている。
どうにかして誤解を解かなくては。
「待て、剣をおろしてくれ。オレは本物の勇者だ!」
「勇者を騙る行為は勇者法典第一条違反、重大違法行為である。そして、それによる刑罰は……」
女騎士は剣をおろすどころか両手で構えた。
「死刑だ!」
女騎士が、構えた銀に煌めく剣を振り下ろす。
当然、この距離であれば当たるはずのない斬撃。
しかし、オレは危険を感じて身を捻った!
その刹那、オレの横を一陣の風が通り過ぎていく!
「あっぶなっ!」
ズドン!と轟音が響き、後ろの建物の壁が削れて土埃を立てた。
紛れもなく、それは”飛ぶ斬撃”であった。
「ほう、避けた……マグレか? もう一度言う。死刑だ!」
女騎士が立て続けにニ発の斬撃を飛ばしてくる。
斜め十字を描くニ発の飛ぶ斬撃。
先程よりも威力の大きいそれは、広場の地面をえぐりながら迫ってきた。
「うおぉっ!」
かろうじてそれを、体を捻って避けきる。
服をかすめて通り抜けていった斬撃は、後ろの建物の壁にあたり建物の壁の一部が崩れる。
群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げていき、いつの間にかこの場にはオレと女騎士しかいなくなっていた。
……いや待て。
お前のほうがよほど広場を破壊してんじゃねぇか!
「あ、危ないだろう! 人に当たったらどうするんだ!」
「犯罪者が何を偉そうに。我々の剣は人に当てぬよう訓練されている。それに、我々”勇盟騎士団”はフォルツレアにおいて何よりも優先される治安維持組織だ」
「治安維持する組織が広場を破壊していいのかよ!?」
「私だって壊したくはないさ。だが、貴様のような犯罪者への刑の執行が優先というだけ! ハアッ!」
さらに女騎士は横に大きく剣を振った。
これまでとは比にならないほど横に範囲の広い一撃。
「いや、だから危ないだろ!!」
それを地面に伏せて避ける。
またも後ろの建物の壁に斬撃が当たって、建物の壁が崩れた。
「私の剣を3回も避けただと……? どうやらマグレではないようだな。先程から何もしてこないようだが、一体なんのつもりだ?」
女騎士が警戒を解かずに話しかけてくる。
こうなってしまった以上、わざわざ無理して勇者を名乗る必要はないだろう。
ここは間違いだったと詫びて、改めて出直すのが賢いやり方だ。
「オレはここに情報を集めに辺境の集落からやってきたんだ。ルールを知らなかったからこんなことになってしまった。申し訳ない」
「ふむ……田舎の出身か……」
「そういうことなんだ。見逃してもらえないか?」
「ダメだ」
ダメでした。
え?今の流れでダメってことあるの!?
「貴様はすでに勇者法典第一条を犯している。事情があったからといえ、一度法を犯した者を無罪放免にしてしまえば、フォルツレアの秩序は乱れてしまう!」
「うーん、正論だな……」
こんなことなら最初から勇者であるというのは隠しておくべきだった……。
まさか、勇者を名乗るだけで死刑になるとは思わなかったぞ。
だが、こうなってしまった以上、どうにかしてオレが勇者であることを証明しなければならない。
逃げるという手もあるが、それはフォルツレアでの情報収集を諦めるということになる。
それは魔王討伐RTAにおいて大きな無駄。絶対に避けなくてはならない事態だ。
「待ってくれ。もしもオレが本当の勇者だとしたらどうするんだ?」
「本当の勇者? ははあ……そういうことか。田舎の出身などと、とんだ嘘を」
……ん?
どういうことだ?
「罪を逃れるために勇者認定試験制度を利用したいと、そういうことだな?」
「え、いや……」
「そういうことならやめておけ。確かに勇者認定がされれば勇者法典第一条違反はなかったことになる。しかし、これまで勇者認定された者は過去千年間で0人だ。やるだけ無駄と心得ておけ」
そもそも勇者認定試験ってなんだよ!?
千年前に当然そんなものはなかったし、オレが死んだあとに出来たものだと考えるべきか。
だが、名称のとおりだと考えるのであれば、勇者認定試験に合格することができれば、オレが勇者であることを証明できるはずだ。
勇者としての実力を測る試験ということは、戦闘技能であろうか。
もしそうなら、その点は心配ない。
ロゼンとなった今でも肉体は十分に鍛えられていたし、千年前と遜色ない実力を見せられるだろう。
「もしも勇者認定試験で時間を稼いで逃げ出そうとしているのならそれもまた無駄だぞ。勇盟騎士団、団長であるこの私ミラ・イミエルが監視を務めるからな」
「よくわからんが、その勇者認定試験とやらを受ければ本物の勇者であることを証明できるんだな?」
「まさか、田舎から来たという設定をこの期に及んで貫く気か? ふん、まあいい。勇者認定試験は誰でも平等に受ける権利を有する。時間の無駄ではあるが受けたいのなら受けさせてやる。さ、勇盟騎士団本部まで来てもらおうか」
こうしてオレは、得体の知れない勇者認定試験なるものを受けることになったのだった。
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