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ケツで滑って高速移動するための理論

 翌朝早く、オレは大きな岩が壁のように地面に突き立っている場所へとやってきていた。


「ここが最適か。”ケツワープ”を行うには」


 オレが見たRTAの中でも異色の技術”ケツワープ”。

 ワープという名で呼ばれていたが、その実態は高速移動だ。

 見た当時、原理を全く理解することは出来なかったが、階段や地面に尻をこすりつけながら後ろ向きに超高速移動をしていた。

 まったくもって意味がわからない。

 しかし、地球という異世界はこの世界よりも遥かに進んだ技術を持っている。

 であれば、そこにはなにか意味があるはずだ。


「ケツワープにおける3つの疑問。それについて考え続けたオレの結論は……」


 1つ目の疑問。

 それは、なぜ階段や地面に尻をこすりつけると高速移動できるのか、という点だ。

 主にそのゲームでは、壁と地面の角になっている部分や階段を利用して加速していた。


 だが、オレはこれについてすでに答えを見つけている。


「あのゲームでは、高速移動した先で壁をすり抜けるといった挙動を見せていた。つまり、壁や地面を透過する魔法が関係していると考えられる」


 考えたこともなかったが、壁や地面を透過する魔法は不可能ではないはずだ。

 長時間は難しくても、薄い壁1枚を抜けるくらいであればできる気がする。

 一時的に肉体を霊体として変換して、再度肉体を再構築するといった方法で実現できよう。


「そして、ポイントとなるのは透過魔法を途中で解除することだ」


 では、地面や壁の中で透過魔法を解除したらどうなるのか?

 地面や壁に完全に埋まった状態であれば、埋まったままの状態となり、最悪の場合は即座に死に至るだろう。

 しかし、体の大半が外に出ている状態であれば、外に弾き出そうとする力のほうが強くなるはずだ。

 さらに、壁と地面の角でそれを行うことで、加速する方向を安定させる。


「つまり……ケツワープでは、透過魔法の使用と解除によって加速を実現している。そこにごく短距離の転移門を作って連続で加速を続けたのなら、普通では考えられない加速を生むはずだ」


 理屈はこうだ。


 1.透過魔法を発動し、壁と地面の角に体を差し込む。

 2.体が少し埋まったところで透過魔法を解除。

 3.壁と地面からはじき出されて加速する。

 4.再度透過魔法を使用。

 5.転移門を構築し、壁と地面の角へと加速を維持したまま戻る。

 6.壁の中に戻ったら透過魔法を解除して同じことを繰り返す。

 7.加速が十分になったら転移門を解除して、高速移動する。


 転移門は二点間を繋ぐ門を作り出す魔法だが、距離に応じて魔力の消耗が大きくなるためにまったく使うことはなかった。

 長距離まで移動することは出来ず、維持するだけでも魔力を消耗し、短距離の移動ならそもそも転移門を利用する必要がないという欠陥だらけの魔法である。

 魔法が万能ではないということがここらへんからも分かるだろう。

 しかし、これだけ短距離の移動かつ短時間の使用であればそのデメリットは無視できる。


 地球の人たちは、一見して使えない魔法すらも高度な技術によって活用しているのだと感心を覚えたものだ。


「そして2つ目の疑問、なぜ尻をこすりながら移動するのか」


 加速するのであれば、わざわざ尻で移動する必要はないはずだ。

 しかし、尻であるのには理由がある。


「接地面積を可能な限り減らし、重心を低くして安定した移動姿勢を取る。これ以外に考えられない」


 あれだけの高速移動をするとなれば、当然滑るように移動することになる。

 重心が低くなくては体勢を崩して大事故に繋がりかねない。


「さらに、加速を止めるために手は常に地面を触れる状態であってほしい。そのことからも、尻で滑るのは合理的だ」


 あれだけの高速移動にブレーキをかけるためには、足だけでなく手も使う必要がある。


「しかし、3つ目の疑問、これが一番難しい」


 なぜ、前ではなく後ろ向きに移動するのか。

 普通に考えれば、前を向いて移動したほうが良いはずである。

 その解決の糸口となるのは、空気抵抗と安全性だ。


 前を向いたままであれば、どうしても足が加速の邪魔になってしまう。

 しかし、尻を突き出した姿勢を取れば、尻から背中の滑らかなラインによって空気抵抗の影響をほとんど受けずに加速することが可能になる。

 また、安全性を確保するために加速中は防御魔法を展開する必要があるが、前面では足を保護するために複雑な形状となり魔力の消耗が増えてしまう。

 一方で、背中側なら限りなく小さい魔力消費で安全性を確保できる。


 が、この理屈には一つ致命的な欠陥がある。

 それは……


「後ろ向きじゃ、前が見えないんだよな」


 当たり前だ。


「しかし、まさかあの視点にすら意味があったとは……地球の発想には驚かされるばかりだ」


 あのゲームは一人称の視点ではなく、三人称の視点で進んでいた。

 オレは、それがシミュレーションであるからこそ、見やすいようにそのような見え方になっているのだと最初は思っていた。

 だが、そうではなかったのだ。


 オレがホークアイと呼んでいる俯瞰魔法がある。

 これは上空からの視点でものを見ることができる魔法で、周囲の立地を知るのに役立てていた。

 それを応用し、三人称視点へと切り替えることで後方の視界を確保するのだ。


「短距離・短時間の視点移動であれば、ほとんど魔力の消耗はない。視界確保による安全性の向上も踏まえれば、こちらの方が合理的だ」


 恐るべし、地球。

 恐るべし、RTA。


 透過魔法、転移魔法、防御魔法、俯瞰魔法と系統の異なる多種の魔法を使用していながら、それらとは異なる高速移動という結果を実現。

 さらに、そのすべてを効率的に使用することで消耗は小さく抑える。

 転移の回数によって加速度合いを変えられるため、速度に応用も効く。

 オレではこのような移動方法は絶対に思いつかなかっただろう。


「行くぞ! いざ、ケツワープ!」


 今まで語ってきたのはすべて予想にすぎない。

 本当にそれがあっているのかは分からないのだ。

 これがオレの初めてのケツワープ。

 成功してくれッ!!!


「イィィィヤッフゥゥゥゥ!!!!」


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