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タイマーストップ

「グアハハハハ、あれが勇者だァ!?」


 コロシアムの中央、俺の背丈の2倍以上ある人狼がこちらを睨んでいた。

 全身には傷が走り、爛々と輝く赤い目は凄まじい迫力だ。


 コロシアムの内部は松明と魔道具の灯りによって照らされており、夜ではあるが全体を見通すことができる。


「一人で来たことは褒めてやろう。だが、お前のような弱そうな者が本当に勇者なのか?」

「いいからさっと戦いを始めないか?」

「グアハハハハ、勇者というのは存外血の気が多いものだなァ! だが、こちらとしては久々の戦いなんだ。できるだけ盛り上げて、楽しませてもらわないと困る。名前はなんと言うのだ?」

「ロゼンだ」


 それを聞くとヴァンディルは右手を空に突き上げる。


「今宵のマッチはあの千年前の勇者の生まれ変わり! この敵地に一人でやってきた無謀な勇者、ロゼン!」


 コロシアムの席はかなり埋まっており、歓声が響いた。

 やはり、この闘技場での戦いこそがここに住む魔族たちの娯楽なのだろう。


「そして、対するはこの俺様! すべての敵を一撃で沈めてきた最強の人狼……四天王、”必殺”のヴァンディル様だ!!」


 一際大きい歓声がコロシアムを包む。


「退屈だったんだ。相手になるようなヤツがいねェからなァ。勇者がどれほど強いかしらねェけどよォ。すぐ倒れるみたいなことはしねェでくれよ!」

「お前こそ、これまで一撃で倒してきたとか言ってるが、本当にオレのことも一撃で倒せるのか?」

「なんだァ……?」


 オレはヴァンディルを挑発する。

 ヴァンディルが戦いを楽しむために手を抜いたりしたら、それだけ余計に時間がかかってしまうからな。


「オレはお前の攻撃なんざ、この盾で受けきってやるって言ってるんだ。剣なんてなくても倒せるぜ」

「てめェ……!!」


 オレはあえて剣を持たずに盾だけを持ってこの場に立っている。

 ヴァンディルの逆鱗を逆なでするには十分だろう。


「いいだろう。お望み通り、一発で沈めてやるよ……!」


 ヴァンディルの元に鋭い闘気が集まり始める。

 空間が歪んでいるのではないかと思わせるほどのすさまじい圧力。


 うーん、もしも普通に戦っていたら勝てていたかは怪しいだろう。

 ヴァンディルが一撃の火力に秀でているというのは事前の情報のとおりだが、この圧力は千年前の魔王にも匹敵している。

 防御能力が低いといった部分はあるのかもしれないが、それでも魔族の強化というのは想像以上のようだ。


「ハァァァァァァァァァァ!!!!!!!! ウグオオオオオオオ!!!!!!!!!」


 地鳴りのように低く響くヴァンディルの唸り。

 それでなくても筋骨隆々であったヴァンディルの全身の筋肉が膨れ上がる。


 おそらくはこれこそがヴァンディルの固有の魔法。

 圧倒的な身体強化。

 ただ力むだけとはわけが違う、超絶強化だ。


「どうしたその程度か? 待ってやるからもっと力を溜めてみろよ」

「はッ! 後悔するなよ……!!」


 それでもオレは挑発を続ける。

 ヴァンディルは固有の魔法を重ねがけているのだろう。

 オレはただ自然に立っているだけなので、観客たちにはゴブリンがオーガに対面しているかのように映っているに違いない。

 実際、受ければ死ぬだろうな。


「俺様が”必殺”の名を冠している理由……その身で味わうと良い!」


 ヴァンディルがついに右腕を後ろに振り上げ、巨体に似合わぬ高速移動でこちら向かってくる。


絶対絶命狼牙拳デストラクションパンチ!!!!」


 まさに”必殺”。

 ただのパンチではあるが、もとより強靭な人狼の肉体を魔法で強化しているのだ。

 当たればまず間違いなく即死だろう。


 それをオレは……


「来い!」


 盾を構えて距離を調整して正面に構える。

 一見すればただの自殺志願者にしか見えない行為。

 ヴァンディルの巨大な拳がぐんぐんと迫ってきて、盾ごとオレを粉砕しようとする。

 仮に盾が耐えたとしてもその衝撃は身体を突き抜けるだろう。


 そして、ついにパンチが盾に当たったというその瞬間……!


「アイテムボックス!」


 オレは、盾をアイテムボックスに収納する。

 それと同時に上体を反らし、ヴァンディルのパンチを回避した。


「……あァ?」


 ヴァンディルは理解できていないようだ。

 今、何が起こったのかを。


「お前のパンチの衝撃ごと、盾をアイテムボックスに収納した」

「あァ!? 何言ってんだてめェ! よくわかんねェが魔法か……!」


 まあ、魔法ではあるな。

 アイテムボックスは、手に持ったモノを収納する魔法である。

 さらに、アイテムボックス内ではそのモノの状態は保存されている。

 では、今のように衝撃を受けている最中のモノを保存したらどうなるのか?


 答えは、改めてアイテムボックスから出したときに衝撃が伝わる。


 あのヴァンディルの必殺のパンチの衝撃をすべて保存している状態なので、次に取り出したその瞬間に衝撃はオレの身体を伝うだろう。

 すなわち、どうあがいても死。

 身体は木端微塵に吹き飛んでしまうだろうな。

 そのまま入れっぱなしにしておけば大丈夫ではあるが、アイテムボックスには容量があるので入りっぱなしというのは邪魔だ。


「オレの必殺の一撃に耐えたヤツは初めてだ。お前が勇者というのも嘘ではないのだろうな。褒めてやる。だが、別にオレのパンチは一発しか打てないわけじゃねェ。お前は一体何発耐えられる?」

「我が身を硬化せよ。”アイアンボディ”」

「早速、防御魔法か? さっき何をやったかしらねぇが、防御魔法ぐらいで耐えられると思うなよ?」

「我が身を硬化せよ。”アイアンボディ”」

「オイ! 話聞いてんのか?」

「我が身を硬化せよ。”アイアンボディ”」

「だから防御魔法は無駄だって言ってんだろォがァ!!」

「我が身を硬化せよ。”アイアンボディ”」

「クソうぜェ! 次で殺してやるからな……!」

「我が身を硬化せよ。”アイアンボディ”」


 オレは何重かに防御魔法を重ねがけた。

 防御の用途に使われる魔法の中でも、肉体の硬化を起こすものだ。

 無論、これを重ねがけたところで、内部に伝わる衝撃を防ぐことは出来ない。

 つまり、あれだけのパンチを受ければどちらにしても即死だろう。


「死ね!!! 絶対絶命狼牙拳デストラクションパンチ!!!!」


 防御のために魔法をかけたと思っているヴァンディルは、その防御ごとぶち抜こうとまっすぐにパンチを繰り出す。


「アイテムボックス、盾!」


 それに対し、オレはさきほどとは別の盾をアイテムボックスから取り出して構える。

 パンチが盾に当たったその瞬間、同じように衝撃をアイテムボックスに収納する。


「収納!」

「クソ、防御ばかりしやがって!」

「さきほどの防御魔法は防御のためではない」


 オレはヴァンディルに背を向ける。

 これですべての準備は整った。


「はァ?」

「アイテムボックス、盾を2枚取り出し」


 オレは、ヴァンディルのパンチ、その衝撃を保存した2枚の盾をまったく同時に取り出す。

 それと同時に、空気が弾ける……!


「は?」


 すでにヴァンディルの腹には大穴が空いていた。

 大穴は貫通し、その背後にあるコロシアムの壁にも同じく穴が空いている。


「は? ……は?」


 ヴァンディルは何が起こったのかわからないといった様子で、そのまま血を吐いて地面に倒れ伏せた。

 ざわめきたつコロシアムの観客魔族たち

 いくら魔族と言えど、腹に大穴が開けばほぼ即死に近い。

 尋常ではない量の血がコロシアムの地面を染めた。


 では、オレはどうなったかって、すでに死んだので魂になっている。


 ヴァンディルのパンチの衝撃を二重に重ねがけ、オレはオレの身体を砲弾としてヴァンディルめがけて発射したのだ。

 防御魔法をかけたのは、肉体がこの衝撃に耐えられるようにするためだ。

 無論、内蔵は一瞬でやられて即死したが、すべて計算内。

 オレはミラに蘇生してもらえばいいのだからな。


 オレは魂のまま高速移動を開始する。

 肉体の枷がない瞬間移動に近い移動。


 これにて四天王ヴァンディル、撃破だ!


*


「はっ、勇者様の髪の毛が光った!」


 オレの魂が髪の毛に宿ると同時に、ミラが言った通り聖剣を触ってくれる。

 髪の毛を起点にみるみるうちに肉体が復元され、無事に蘇生を果たした。


「よし、狙い通り復活できたな」

「勇者様、四天王ヴァンディルは?」

「倒してきたぞ」

「本当ですか!?」


 ヴァンディルを倒したから、あとは”賭博”のシャースールを倒せばいい。


「というわけでミラ、早速死んでくれ」

「ええっ!?」

「ほら、アイテムボックスに入ってもらうぞ。次の戦いではお前の力がいる」


 困惑するミラをよそに準備を整えるオレ。

 次のシャースールを倒すためにできる限り早く準備を整えなくてはいけない。


 そのまま準備を続け、ようやくすべての準備が終わりシャースールの元に向かおうとした頃だった。


「見つけたぞ」


 不意に、どこからともなく声がした。


「なっ!?」


 次の瞬間、オレの足元に赤い魔法陣が構成される。

 そして、一瞬の後にオレを取り巻く景色は一変していた。


「やってくれたのう、ヴァンディルを倒すとは」


 豪華な装飾の、玉座の間を思わせる一室。

 少女の頭には角、服装は闇に紛れる漆黒のローブ。


「何者だ!」

「我は魔王アトラ。ようこそ、魔王城へ。魂の痕跡を辿って、貴様を呼び寄せさせてもらった」

「そんなことが可能なのか!?」

「我なら可能だ。驚いただろう?」


 驚くに決まってる!

 超長距離の瞬間転移!

 しかも自身以外を対象にできるだと!?

 これがあればどれだけタイム短縮ができたか……!


「よもや今の世にヴァンディルを倒せる人間がいたとは驚いたが、我が直々にとどめを刺してやろう」


 まさか、このタイミングで魔王自らが出てくるとは予想外だった。

 魔王の力は想像以上であるようだ。

 ヴァンディルを殺しても命のストックは未だ3……つまり、4回倒さなくては魔王を殺し切ることはできない。

 それに加えて、超長距離転移を実現する得体の知れない固有の魔法。

 あまりにも分が悪い状況だ。


「”夜の帳”」


 そう魔王が唱えると同時に、周囲が暗闇に変わる。

 そこにはオレと魔王しかいない。

 異空間に切り離されたような感覚だ。


「城が壊れてはかなわないからのう。そして、こんなのはどうじゃ? 絶対絶命狼牙拳デストラクションパンチ!」


 魔王の姿が消え、刹那のうちに目の前に現れる。

 その右手から放たれるのは……


「ヴァンディルの技!? くそっ! 無!」


 オレはアイテムボックスから無を取り出して、その攻撃を防ぐ。

 無とは無そのものなのだ。

 無で攻撃を受ければ、攻撃そのものを無にできる。

 あらゆる攻撃を防ぐことができる最強の盾と言えるだろう。


 本来、このような使い方をするつもりはなかったが、予想外の魔王との戦いではこれで身を守るしかない。


「ほう、これを防ぐか」

「ヴァンディル以上の一撃……一体どんな魔法を!」

「こんなこともできるぞ? “幻惑”の技じゃ」


 魔王の姿が陽炎のようにゆらりと揺れた。


「こっちじゃ」

「こっちにもおるぞ」

「どこを見ておる?」


 魔王が分裂していた。

 一体、どれが本物なのか区別がつかない。


「まさか、お前は四天王の魔法をすべて使うことができるのか!?」

「そのまさかじゃ。貴様が我に勝つことはできん」

「では、”賭博”の技も使えるのか?」

「もちろんじゃ」

「本当か? 使ってみてくれないか」

「ははは。賭博の魔法を知ってのことじゃな? 普通に戦っても勝てんから、賭博勝負に持ち込めば勝機が見えると……浅はかじゃな」


 増えていた魔王が1体に戻る。

 オレの目の前に立った魔王はこちらを指さした。


「そういうのなら、お望み通り使ってやろう。じゃが、我はただ同じ魔法を使えるだけではない。その上位互換を使うことができる。賭博の魔法であれば、その賭博勝負で我が負けることはなくなる」

「そんなの強すぎるじゃないか!」

「それが我じゃ。また攻撃を無効化されても厄介じゃからな。賭博の魔法で確実に勝ってやろう。”賭博”、発動じゃ」


 目の前に突然カジノで使われるようなテーブルが現れる。

 数字の書かれたマス目……これはルーレットだ。


「この賭博空間では互いに攻撃行動をとることはできない。そして、賭博に負けたほうは魂を取られる」


 オレと魔王の目の前には10枚のチップが置かれていた。


「チップのなくなったほうが負けじゃ。ルーレットは互いのベットが終われば自動で回る。原理はよく知らんがの」

「オレからベットしていいのか?」

「同じところに賭けることはできんぞ。先に好きなところに賭けるが良い。先に賭ける者は別途するチップの枚数を自由に決めることができる。互いにハズれれば掛けたチップは元に戻す。当てた者は場に出ているチップを総取りじゃ」

「黒の15に1枚だ」

「では我は赤の27」


 ルーレットがひとりでに回りだし、玉が転がっていく。

 そして、玉が入ったのは……


「赤の27。我の勝ちじゃな」


 オレのチップが回収され、魔王の手元へと渡る。


「言ったじゃろう? 我の強化された賭博は必ず我が勝つようにできておる。無駄じゃ無駄じゃ」


 これはもはや賭博の魔法と言って良いのか怪しいだろう。

 必ず勝つのであれば、ただ魂を取る魔法と変わらない。


「ま、こんな時間のかかる魔法を使うのは無駄じゃからの。使うことはないと思っておったが、四天王を倒せるほどの者の命を確実に摘み取るにはちょうどよいかもしれんのう」


 魔王がチップを9枚つかむ。


「黒の26に9枚。これで貴様は手持ちのすべてのチップである9枚を賭けねばならんぞ」

「……」

「どうした。早くベットせんか」

「このままオレがベットしなかったらどうなるんだ?」

「確かにルーレットは始まらないのう。まさか貴様、このまま一生ベットしないつもりか? やめておけ。この空間は12時間が経過しても決着がつかなかった場合、自動的に我の勝利となる」

「12時間あれば、いけるか?」

「……?」


 もう少し準備ができればよかったんだが、突然の魔王の襲来だったため不十分な準備しかないが仕方がない。

 賭けになってしまうが、魔王を倒せるチャンスだ。

 前向きに考えよう。


 この賭博に勝利できれば、魂を直接奪うことができる。

 すなわち、魔王の残機を無関係に勝利することができるということだ。


「ルールの確認だ。互いに攻撃はできない、ということだったな?」

「それがどうした?」

「じゃあ例えば、今からオレが剣を取り出してお前を攻撃するということは出来ないことになるな」

「当たり前じゃ」

「では、その剣がオレの意志とは関係なく勝手にお前を攻撃するならどうだ?」

「……?」


 魔王アトラが首を傾げる。


「アイテムボックス、ミラ」


 オレはアイテムボックスより、ミラの死体を取り出す。


「はぁ!? 貴様、死体をアイテムボックスに入れるとは正気か!?」

「蘇生魔法、対象ミラ」


 オレは蘇生魔法をミラにかけてミラを蘇生させる。

 閉じていた目が開いた。


「えっ、ちょっ……私、死んでたんですか!?」

「ミラ、今は時間がない。とりあえず話を聞いてくれ」

「嘘じゃろ!? 対象しか入れない賭博空間にこのような方法で他者を招き入れるなど、どんな発想じゃ!?」

「さて、今オレとお前は互いに攻撃をすることができない。しかし、オレの持ち物であるミラはオレの意志とは無関係にお前に攻撃を仕掛けるだろう」

「誰が持ち物なんですか……」

「そしてミラは勇盟騎士団の団長であり、オレを除けば人類の最大戦力と言っても良い実力を持っている。当然、オレはこのまま掛け金をベットする気はない。いくら魔王が人類よりはるかに強いとは言え、果たしてお前は12時間、このミラの攻撃を無抵抗で耐えられるかな?」

「ふざけるな! そのようなむちゃくちゃが……! く……それに、我は防御魔法を使って耐えれば良いだけのことじゃ! “魔力保護(プロテクション)”」


 魔王を魔力の膜が包む。

 確かに、魔王であれば12時間もの間、防御だけで耐え切れるやもしれない。

 だが、心配は無用だ。


「それはオレに対する攻撃ではないのか? オレがヴァンディルをどう倒したのか知らないのか? 防御魔法を重ねがけして、超速度で突撃することで倒したんだ」

「なっ!? この防御魔法に攻撃の意図があるわけなかろう!」

「だが、現にオレは防御魔法で四天王を倒している。絶対にそれが攻撃でないと言えるのか?」

「こいつ……!」


 その瞬間、魔王の纏っていた防御魔法が掻き消える。


「なぜじゃ! 我に攻撃する意図などない。なのになぜ防御魔法が消えるのじゃ!」

「心の何処かで、その魔法も攻撃に使える可能性があると認めたんじゃないか?」


 要は、認知なのだ。

 魔法とは、思いを現実に変える術。

 であれば、強く思い込むことができれば、魔法はあらゆる事象を実現できる。

 とはいえ、それは心の底からできるのだと信じていなくてはならない。


 あのときミラと行った乱数調整も、オレには確実にできるという確信があった。

 オレはこの世界で唯一RTAという異界の技術を知っている。

 だからこそ、実現できた。


 今この場において”賭博”の対象はオレであり、使用者は魔王である。

 オレは防御魔法ですらも攻撃に使えると確信しているし、魔王もまたオレの言葉を聞いてその可能性に思い至ってしまった。

 それゆえに、賭博の効力である「攻撃行動禁止」に抵触したのだ。


「さぁ魔王アトラ、選ぶが良い。12時間無抵抗で勇盟騎士団長ミラの剣を受け続けるか、それとも賭博に降参するか」

「ぐぅぅ……一体どっちが魔王なんじゃ! そもそもなんでアイテムボックスに勇名騎士団の団長が入っておるのじゃ! 正気の沙汰とは思えん!」

「正気でなくて結構だ。魔王を倒せさえすればタイマーストップなのだからな」

「クソ! 意味がわからん!」

「ちなみに降参をおすすめしておくぞ。降参すれば魂をオレに取られるが、残りの四天王が死ぬわけではあるまい。だが、ミラに殺されるまで攻撃されれば、リンクしている四天王も一緒に死ぬぞ」

「四天王を人質に取るというのか!? どこまで外道なんじゃ、この勇者は!」

「どうせ負けるのなら、四天王が残るほうがまだ魔族にとって希望があるだろう。さぁ、時間の無駄だ。今すぐ降参するか無抵抗で12時間攻撃されるか選べ」

「……ッッッ!!!」


 鬼の形相でこちらを睨みつける魔王。

 ついでに「こいつ本当に勇者か?」という目で見てくるミラ。


 そうしている間にも魔王はなにか使える魔法はないか試しているようだが、すべて賭博の効果によってかき消えてしまうようだ。

 やがて無駄だと悟った魔王は口を開く。


「……我の負けじゃ」


 それと同時にルーレットテーブルが消滅し、賭博の効果が解除されていく。

 魔王の身体も同時に消えていき、あとに残ったのは魔王の魂だけだった。

 ゆらゆらと人魂のように揺れて浮いている。


「確か”賭博”の四天王は取った魂を魔族に作り変えて兵士にしているってことだったなるつまり、この魂はなにか別のものに宿せるというわけか。じゃあ……」


 そう言って、オレはアイテムボックスから聖剣アトラを取り出す。

 結局突然の来訪で名前をアトラに変えた意味がなかったが、これで意味を作ることができるな。


「魔王の魂よ、聖剣にやどれ」


 剣を魂に近づけると、魂が剣に吸収される。

 名実ともに聖剣アトラの完成だ。


「な、なんじゃと!? 我を聖剣に閉じ込めたのか!?」

「剣などで魔王に封印を施すという流れは、異界のゲームでも見たことのある流れだな。つまり、これで魔王討伐完了(タイマーストップ)だ!」


 ついにやった。

 魔王から来てくれたおかげで大きく時間短縮となり、1日と数時間ほどで完走である。

 魔王戦は魔王が”賭博”を使ってくれなければ負けかねない賭けだったが、なんとかうまくいった。

 無論、戦闘になっても”無”を利用した勝ち筋は考えてあったが、確実とはいえないのでギリギリの戦いだったと言えるだろう。


「ミラもよくやってくれた」

「全然意味がわからないんですけど……」

「ああ、オレも最初にRTAを見たときは意味がわからなかったからな」

「本当に勇者が取るべき行動の極地、それがRTAだったんでしょうか……」


 イマイチ納得がいっていないというミラ。

 しかし、RTAを理解するには長い時間がかかるからな。

 仕方のないことかもしれない。


「さぁ、これで一段落だな」


*


 魔王討伐を終えたオレたちは、魔王の魔力が消えて混乱する魔王城を無事に脱出した。

 これでようやくこの世界に平和が訪れるだろう。

 四天王はまだ残っているが、魔王が死んだことで魔族全体のまとまりが薄くなっている。

 魔王討伐と比べれば容易いミッションだ。


 そんなある日のことだった。

 ミラが慌てて走ってくる。


「勇者様! 四天王の残党が魔王を超える存在、邪神を復活させたとの情報が!」

「仕方がない。次は邪神か。こういった事態も当然、想定されている。邪神討伐RTA、タイマースタートだ……!」


-完-


お読みいただきありがとうございました。

少々強引ではございますが、短縮して完結とさせていただきます。


本作は元々の構想ではヴァンディル戦のあと、


■"賭博"戦

→作中のようにミラに殴らせて勝つ

■残りの二人をスキップ

→抗魔石を勝手に持ち出して一時的に封印して命のリンクを断ち切る

■魔王戦

→"無"の活用および聖剣アトラの使用

■邪神復活編

→魔族が強化されていたのは魔王の力によるものではなく、その背後に邪神がいた。

実は魔王は邪神を倒す力を持った協力者を待ち望んでいた。(次章へ)


といった展開になる予定でした。

すべてをお届けできなくて申し訳ございません。

もっと多くの人に読んでいただけるように努力いたします。

次の作品もすでに書いており、投稿は近日中となりますのでよろしければお楽しみください。


幽焼け

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