四天王討伐に向けて(2体は倒さないので忘れて構いません)
「さて……事前準備は一段落したな」
「釈然としませんが、確かにそろそろ休憩が必要でしょう」
「いや、何を言っているんだ。魔王討伐まで1分1秒と無駄にはできないんだぞ。当然、魔王を討伐するまで寝ないに決まっている」
「……?」
「2日で倒すのだから睡眠など必要ない」
ミラは諦めた表情をしつつも続けた。
「しかし、外はもう暗くなります。店も飲食店や宿を除いて閉まる頃合いです。今からやれることなんて……」
「なに言ってるんだ。四天王討伐に行けばいいじゃないか」
「正気ですか!? もっと駄目ですよ! 暗い中では夜目のきく魔族に勝てる道理がありません!」
「ミラ、今一度四天王の情報を確認させてくれ」
「は、はぁ……」
すでに一度四天王についての情報は集めたが、勇盟騎士団団長であるミラからはより確度の高い情報が得られるであろう。
変なところでポンコツな女騎士ではあるが、騎士団内でも実力は序列1位であり、職務に忠実で”ほぼ”非の打ち所のない騎士として名高いらしい。
ミラは四天王について話し始める。
情報をまとめていこう。
まず、四天王は各地の魔族を統括するために別々に拠点を設けて行動している。
これは千年前でもそうだった。
魔族はもとより圧倒的強者である魔王が居なければまとまりのない種族である。
それをまとめ上げるためには四天王のような強力な魔族を各地に送って統治させることが必要不可欠だ。
例えば、魔王が四天王とともに行動していれば魔王を倒すのは困難だろうが、そんなことをすれば魔族をまとめきれなくなってしまう。
そして、現在の四天王は以下の4体であるそうだ。
“必殺”のヴァンディル
“賭博”のシャースール
”幻惑”のミネス
“不壊”のベベルベ
なお、後ろの2体は倒す気がないから忘れていい。
四天王は全員、固有の魔法を持っている。
人間の中で魔法使いが貴重であるように、魔族もまた魔法を使える個体は少なく、だからこそ四天王という立場に収まっているわけだ。
しかし、魔族の使う魔法は人間のそれとは大きく異なる。
人間の魔法はイメージと原理さえ明確にできれば、一人で色々な効果を引き起こすことが出来る力だ。
火を激しく燃やす、水を操る、風を巻き起こす……
一人の魔法使いができることは無限大だ。
一方で、魔族の使う魔法は1体につき1種類だけのようなのだ。
例えば、千年前に戦った魔王は闇を操る魔法を使っていた。
闇を操る魔法なので、闇の変形や使い方次第でバリエーションはあったが、あくまで闇を操るという効果以上のものはない。
代わりに、その魔法は原理がまったく不明なものも多い。
影であればまだしも、闇という得体の知れないものを操る原理をオレは理解することができなかった。
つまり、人間の魔法は「ルールに則っていればなんでもできる力」であり、魔族の魔法は「ルールに関係なく使える1つだけの力」だと考えればいいだろう。
そのため、四天王や魔王が使う固有の魔法についての情報は必要不可欠であった。
幸い、勇盟騎士団が集めたデータから、四天王固有の魔法はある程度分かっている。
「“必殺”のヴァンディルは四天王の中で最も一撃の火力に秀でた魔族です。彼の正拳突き一発の余波だけで村が一つ吹き飛んだという情報もあります。おそらく使用する魔法の正体は純粋な威力強化でしょう」
ミラが説明を続ける。
“必殺”のヴァンディルとやらを最初の相手に選ぶのはいくつか理由がある。
第一にヴァンディルが管轄する土地が人間領から比較的近いこと。
第二にヴァンディルが好戦的な性格であり一騎打ちに持ち込みやすく戦闘が長引かなさそうなこと。
第三に固有の魔法が絡め手でも防御系でもないこと。
そもそも、四天王のうち2体だけ倒して残りの2体を放置するのは、2体までは倒さずして魔王との命のリンクを無力化する算段があるからだ。
であれば、倒す四天王は極力時間がかからない2体を選ぶ必要がある。
”幻惑”のミネスは文字通りの絡め手タイプで、固有の魔法がなにか分かっていない。リスクの大きい相手なので無視するに限る。
“不壊”のベベルベは防御に優れた固有の魔法を持っているらしく、戦闘が長引く可能性があるのでスルーしたい。
では、”賭博”のシャースールはどうなのかと言えば……
「“賭博”のシャースールは四天王の中で最も変わった固有の魔法を使用します。魂をかけた1対1のギャンブルを行い、魂を奪い取るのです」
ミラの話によると”賭博”の固有魔法は、外部から干渉不能な空間を作り上げ、その中で魂を賭けた1対1のギャンブルで勝負をするというものらしい。
負けた場合は魂を取られ、魔族の兵として生まれ変わってしまう。
シャースールの戦闘能力はそこまで高くないそうなのだが、この魔法によって勇盟騎士団を始めとする有能な人間を魔族として配下に加え、強大な軍隊を指揮しているそうだ。
固有の魔法の中でも原理がまったくもって分からない意味不明魔法である。
そんなわけでシャースールは本来なら相手にしたくないタイプと言えるが、他の四天王と比べると戦闘能力が低いという明確な弱点を抱えている。
その上、自身の能力による賭博が非常に好きらしく、力を見せつけてやればすぐに賭博勝負に持ち込んでくる性格とのことだ。
強大な軍勢を従えているくせにそのアドバンテージを捨てるようなことをしてくれるのであれば、非常に扱いやすい相手と言えるだろう。
魔族全体が強化されているという都合上、そのような弱点はしっかりと突いていかねばならない。
「最後に、補足になりますが魔王については一切固有の魔法が分かっておりません」
「分かれば理想だったが、そううまくもいかないよな」
千年前は魔王が前線に出てくることもあったが、今回の魔王は50年前に1つ街を滅ぼしたっきり表に出てきていないのだそうだ。
情報があれば良いと思っていたが、諦めるしかあるまい。
となれば、やはり、チャートに変更はない。
最初に“必殺”のヴァンディルと“賭博”のシャースールを倒す。
次に”幻惑”のミネスと“不壊”のベベルベを一時的に無力化する。
その間に、本命である魔王アトラの討伐にかかる。
「よし、分かった。今からオレは“必殺”のヴァンディルを倒しに行く」
「やはり本気なのですね……」
「今回の戦いではミラはここで待機してもらいたい。代わりに、重要な役目を言い渡す」
「なんでしょうか」
「聖剣を置いていくから聖剣のそばで待機していてほしい」
「正気ですか!? 聖剣は魔族に対して有効な武器なんですよ!?」
確かに、聖剣が魔族に対して少しだけ有効であることは認めよう。
ミラが聖剣を持って倒れてしまったように、聖剣は魔力を吸収する力がある。
魔力が体内からなくなれば、人間だろうが魔族だろうが死に至るだろう。
だが、魔族は人間よりも身体機能の維持に多くの魔力を利用している。
魔力を失ったことによるダメージは魔族のほうが上なのだ。
これが、聖剣が魔族に有効である理由となる。
しかし、その有効度合いは大したものではない。
相手の体にずっと聖剣を押し付けていられるのならまだしも、斬撃の一瞬程度では十分な量の魔力は吸収できない。
千年前ですら、どちらかといえば魔力貯蔵庫としての役割を重視して運用していた。
「そもそも今回の戦いで武器を使う気はない」
「じゃあどうやって倒すのです……?」
「強いて言えば……渾身の体当たりといったところだな」
「四天王舐めてるんですか……!? あっ、いや……無礼な言葉を申し訳ございません……」
別にどんなことを言われても構わない。
そんなことを気にするほど暇ではないからだ。
ただ目的に向かって志をともにしてくれるのであれば、それでいい。
「とにかく、ミラに与える役割は重要だ。ミラには、聖剣の魔力を利用して蘇生魔法を使ってもらう」
「はい……?」