千年前の勇者、蘇って魔王討伐RTAを決意する
「あ、オレ、勇者だったわ」
隙間風が肌を撫でるような、あばら家の寝床でオレは自身が勇者であることを思い出した。
意味がわからないって?
だが、他に説明しようがないのだ。
今この瞬間、自分が勇者であることを思い出した。
勇者とは、千年前に魔族の王である魔王と対峙した人類の英雄だ。
千年前、人類にあだなす魔族の侵攻により人類は滅びかけていた。
そんな中で生まれたのが勇者であり、圧倒的なまでの戦闘技能をもって魔族を打ち倒し、魔王と一騎打ちにまで持ち込んだのである。
しかし、勇者の勝ちとはならず、戦いの結果は相打ちだった。
それでも、指導者を失った魔族は勢いを失い、どうにか人類は希望を繋ぐことができたというわけである。
それから千年が経った現在、時の流れにより新たな魔王が生まれ、人類はまたも窮地に立たされていた。
今や人類は少ない領土の中で魔族の侵攻を耐えしのいでいる状況だ。
だが、安心してほしい。
このオレ……勇者が帰ってきたのだ。
あのとき魔王と相打ちになる直前に、オレは残った全魔力を使って転生魔法を使用した。
どれだけ時間がかかるかは分からないが、いずれ転生する効力を持った魔法だ。
まさか、千年もかかるとは思わなかったが、確かに転生できたようだ。
「この時を待っていた……! さぁ、始めるぞ……!」
オレの目的はただひとつ。
勇者なんだから、もちろん新たに生まれた魔王を倒すこと!
だが、普通に倒すだけじゃダメだ。
やるからには素早く、迅速に、最短で、魔王を討伐せねばならない。
ラスボスを倒すこそが”ゲームクリア”なのだから。
「魔王討伐RTA、タイマースタートだ……!」
*
RTA――リアルタイムアタック。
それは主にゲームのプレイにおいて、ゲームの開始から終了までの時間を計測し、その時間を短縮することを競う競技のことだ。
無論、オレのいる世界にRTAという言葉はもちろん、ここで言うゲームというものすら存在しない。
これは、オレが地球と言われる異世界で覗き見た知識の一部なのだ。
オレは転生するまでに千年という歳月を要したが、その間に何もしていなかったわけではない。
魂となったオレは、魂が渦巻く濁流の中で波に呑まれないように強く心を保った。
そのうちにその激流に耐えられるようになり、やがて魂の流れの中を泳ぐことができるようになっていく。
まあ、自分も魂なので泳ぐという表現が適切なのかは分からないが、とにかく移動できるようになったのだ。
そのままあてもなく彷徨っていると、その流れがいくつも分岐していることに気づいた。
分岐の先には門のようなものがあり、魂たちはそこに流されていっているように見えた。
オレは、その中の門の一つを覗き込み、そこで地球という異世界の存在を知ることになる。
これは推測だが、あの門は様々な異世界につながっていたのだろう。
もしも、あの門の中に飛び込んでいたら、きっと有象無象の魂と一緒にその世界に転生していたのではないかと思う。
とにかく、オレは地球という異世界につながる門を覗き、そこで様々な知識を手に入れたのだ。
残念なことに門は望む景色が見られるというわけではないようで、オレの歩んだ人生と近しい内容の景色しか見ることは出来なかった。
主に見ることが出来たのは、”ゲーム”と呼ばれる装置と、そこで繰り広げられる様々な戦闘演習だ。
地球と呼ばれる世界で”ゲーム”がどのような使い方をされていたのか、オレにはさっぱり分からない。
だが、推測することはできる。
ゲームはおそらく未来演算シミュレーション装置なのだ。
「魔王が復活した」「悪魔を召喚した」「暗黒神が侵略してきた」「魔神の怒りに触れてしまった」……
そんな様々な過酷な未来に対してシミュレーションを行い、状況を打破する方法を提示するのが”ゲーム”に違いない。
……その中でも特にオレの目を引いたのがRTAと呼ばれる競技だった。
リアルタイムアタックと呼ばれるそれは、おそらくシミュレーションの最適解を出すための競技だと考えられる。
通常の方法よりも遥かに早く、ときには法則さえ捻じ曲げてゲームクリアを目指す様子は、オレに衝撃を与えた。
――オレは魔王を倒すために無駄が多すぎた……!
大量の”ゲーム”によるシミュレートを見てわかった。
オレは勇者として強く、最適な行動を取り続けてきたと思いこんでいた。
しかし、実際にはとんだ無駄ばかりだったのだ。
勇者が魔王を倒すのにもたつけば、それだけ無辜の民の命が失われる。
最速で目的を達することこそ、勇者に求められる資質なのだ。
そのことを、地球と呼ばれる異世界の文化は教えてくれた。
それ以降、オレは復活したらどのように魔王を倒すべきかを考え続けた。
無論、転生を果たしたときに魔王がいるかどうかは分からない。
しかし、当時の状況を考えれば、魔王を倒しただけで人類の天下が来るとは思えなかった。
しばらくは拮抗した状態が続くだろうが、やがて新たな魔王が現れて、魔族サイドに天秤が傾くことはほぼ間違いないだろう。
それに、勇者の勘も告げていた。
また魔王との戦いになると。
オレは地球という異世界を覗いて得た知識と、自身の使える魔法や体術を融合させ、どのように魔王を倒すかだけを考えて千年を過ごしてきたのだ。
絶対に魔王に負けるはずがない。
魔王に勝つのは確定事項だ。
その上で、いかに早くクリアするか。
いつ転生できるかもわからない状況で、オレはひたすらその瞬間を待ち続けた。
そして、転生を果たし、記憶をすべて取り戻したオレは魔王討伐RTAを敢行するに至ったというわけである。
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