セカンドアタック/ラストダンジョン
=== ダンジョン最深部 ===
平地にポツリと存在する建物。
建物の外壁は透き通った水晶で、中を見通せる。
緑と白で彩られたクリスタルパレス。
それがダンジョン最深部であり、勇者たちの目的地だ。
10時42分、予想通りこの時間に停まってる馬車は少ない。
外から見る限りではモンスターの数も少ない。
「……行くか」
ためらったのはわずかな間だけだ。
勇者カズヤは、とっくに覚悟を決めている。
初めてダンジョンの入り口から第一階層に出た時に。
第三階層に足を踏み入れた時に。
親戚の襲来を乗り越えた時に。
今日、第三階層に出るのを、隠れて見送るモンスターの気配を感じた時に。
見守るハス美に背中を押されて、カズヤがダンジョン最深部の入り口に立つ。
クリスタルが静かに二つに分かれて道を開けた。
いかなる仕掛けかトラッブか。自動ドアである。
「いらっしゃいませー」
足を踏み入れたカズヤに、さっそく最深部の主から声がかけられた。
お前のことは気づいているぞ、という警告だ。
ここから先、勇者の専用サイト内の掲示板にも、ほかの勇者の動画にも情報はない。
入手すべき秘宝は指示されているが、最深部の情報はあえて隠された。
ダンジョンごとに違うのではない。
勇者が、真の勇者となるための試練である。
緊張した面持ちでカズヤは顔を上げる。
固まった。
目に飛び込んできたのは、情報の大洪水だ。
右側の防柵の奥で、最深部の主がカズヤを監視している。
身長ほどの高さの壁には一面に多種多様のアイテムが並び、無数の文字が、色が、カズヤの脳を刺激する。
奥のクリスタルの中に収納されたポーションやエリクサーは何百種類あるのか。
勇者が渇望する魔導書も、封印が施された禁書も、こともなげに並んでいる。
クリスタルはそんな光景を反射してさらに情報量を増やし、無機質な音が繰り返し流れ、数体のモンスターが最深部をうろつき出入りする。
安全な拠点の中で暮らしてきたカズヤにとって、それは脳を焦げ付かせるほどの情報の大洪水だった。
顔をしかめて奥歯を噛みしめる。
最深部での用事を済ませたモンスターが、カズヤを避けて横を通り過ぎる。
お前ひょっとして勇者か? と疑うようなモンスターの視線で、カズヤは我に返った。
のろのろと動き出す。
「大丈夫、大丈夫だ。前はコンビニだって来てたし。こんなんじゃなかったけど。さすがダンジョン最深部」
口の中でもごもごと呟く。
カズヤが最後に家から出たのは3年ほど前のことだ。
3年もあればダンジョン最深部、もとい、コンビニは様変わりする。
セブンイレブ○の新店舗は商品配置からして違う。正直よくわからない。
PB商品がここまで並ぶようになったのもつい最近のことだ。
3年前ならレジ横にコーヒーマシンはあっただろうか。
コンビニは、もうカズヤの知るコンビニではない。変化が早い。さすがダンジョンの最深部。
所狭しと並べられたアイテムや魔導書にチラチラ視線を飛ばしながらおそるおそる歩くカズヤ。
モンスターに擬態しているつもりらしい。そこそこ不審者である。止める声はない。
クリスタルパレスではこの程度、日常茶飯事だ。ダンジョン最深部は魔境なのだ。
やがて、カズヤは棚から一冊の魔導書を抜き出した。
飛躍の書である。
レジ横に置くタイプの店舗ではなかったらしい。
入手すべき秘宝の一つを見つけたことで気をよくしたのか、カズヤの足取りが確かなものになる。
勢いのままに、クリスタルに覆われた壁面に向かった。
顔を近づけて、中にあるポーションやマジックポーションやエリクサーの瓶を眺める。
上から下まで舐めるように見つめる。
「あった」
クリスタルの隙間に指をかけて、カズヤが手を引いた。
遮断されていた冷気が流れ出す。
カズヤが手にしたのは、毒々しい色の爪痕が残る漆黒の金属筒だ。
体力と気力の限界を超えて肉体を活動させる禁薬。
モンスターである。
モンスターではない。
右手に冷たい金属筒を、左手に魔導書を抱えて、ダンジョン最深部のさらに奥に進む。
途中、緑の運搬用アイテムポーチを見つけて、中に入れる。
開いた右手で三角形の携帯食料を二つ無造作に掴んで、運搬用アイテムポーチに放り込む。
三つの秘宝を手にして、カズヤは一瞬だけ目を閉じた。
ダンジョン最深部の攻略はこれで終わりではない。
最深部にいるのはダンジョンボスだと相場が決まっている。
これまでの苦労を、特訓を、冒険を、応援を思い出し、カズヤは勇気を振り絞る。
「お待ちの方、こちらへどうぞー」
目を開けて、進んだ。
不敵な笑みを浮かべるダンジョン最深部の主の元へ。
カズヤは己の身を守るように、緑の運搬用アイテムポーチを最深部の主との間に置いた。
秘宝が取り出されて無機質な音が鳴る。
緊張でカズヤの手が震える。
「あ、あの、袋も、それと、」
声も震える。
「はい、他に何かお買い上げですか?」
カズヤと違って主にダメージはない。
勇者など何人も相手してきた、とばかりに余裕の構えだ。
勇者に示された、ダンジョン最深部で入手するべき秘宝は三つ。
魔導書、禁薬、携帯食料。
すでにカズヤは探索を終えて主に提示した。
だが試練はもう一つある。
「ブ、ブレイブ、お願いします」
キーワードとともにカズヤが5,000イェンを置く。
秘宝も、キーワードも、キーアイテムも揃った。
「はい、かしこまりました。お先に商品です」
秘宝が包まれてカズヤに差し出される。
続けてお釣りの4,294イェンが渡される。
先に4,000イェンと紙片を渡されたのに手を引っ込めないカズヤの手の上に、じゃらじゃらと294イェンが乗せられた。
「それとブレイブですね」
そう言うと、最深部の主はくるっと背を向けた。
攻撃を叩き込むチャンスである。違う。
ひとまず、カズヤは手を握りしめてポケットに4,294イェンと紙片を突っ込んだ。
秘宝の包みを手に持ったところで主が向き直る。
「こちら、ブレイブになります」
ダンジョン最深部の主は、右手で小さな金属片をつまんでいる。
落とさないように左手を添えて。
カズヤに差し出した。
おそるおそる、カズヤは右の手のひらを向ける。
カズヤの手のひらを両手で包み込んで、金属片が受け渡された。
「これが……」
ブレイブ。
知らないお客様が聞いてもバレないように用意されたキーワード。
主にそのキーワードを告げると渡されるように手はずが整えられた、ダンジョン最深部に到達した勇者だけに与えられるバッジ。
勇者の証である。
「到達おめでとうございます」
ダンジョン最深部の主が、カズヤの右手を包んだ両手にそっと力を込める。手を離す。
「帰路、お気をつけて」
まるで「拠点に帰るまでがダンジョン攻略ですから」とでも言いたげに。
マニュアルには乗っていないだろう言葉を告げて。
主はカズヤを送り出した。
あっけないラストバトルと達成感でカズヤは夢うつつだ。
ふらふらと体を揺らして、二つに分かれたクリスタルの壁を抜ける直前。
カズヤはさっき目にしたものを確かめようと、さっと振り返った。
「ありがとうございましたー」
そう言って頭を下げる最深部の主の胸には、「勇者の証」が光っていた。