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ファーストアタック/第三階層


=== ダンジョン第三階層 ===


 ダンジョン第三階層は、ダンジョンなのに夜空が広がっていた。

 ポツポツと用意された明かりが家屋を照らす。


 勇者たちが攻略するダンジョンは、第三階層から様相が一変する。

 人によっては第二階層や第十階層から一変するらしいが、それはいいとして。


 様変わりするダンジョンのほとんどはフィールド型だ。

 目の前に山野が広がるダンジョンもあれば、何もない平地や田畑が広がるダンジョンもあるのだという。

 ダンジョンによっては、あるいは時期によっては、灼熱の地や雪におおわれた極寒のダンジョンもあるようだ。


 幸いなことに、カズヤが攻略するダンジョンは「都市型」と呼ばれるものだった。

 多くの勇者たちが挑み、情報も多いタイプである。

 というか郊外の住宅街である。

 バブルの頃に開発がはじまって、あまり発展しなかったよくある「新興」住宅地である。


「ファミ○か。前はたまに行ってたんだけど」


 頑丈な鉄扉をゆっくりと閉めて、カズヤは数段の階段を降りた。

 初めてのダンジョン第三階層なのに手足は自然と動く。

 鉄扉前のわずかな空間を抜けた。

 引っ張ることなく、引っ張られることなくハス美が並んで歩く。


 都市型ダンジョンの第三階層は、レンガ調の細い通路と、馬車さえすれ違えそうなコンクリートの通路が続いている。


 モンスターの姿はなく、近づく馬車の気配もない。

 ダンジョン第三階層は眠っているように静かだった。


 終電後となれば、郊外の新興住宅地は静かなものだ。

 深夜に開いている店はコンビニぐらいだろう。


 ちなみに、カズヤの家から一番近いコンビニは歩いて10分のセブンイ○ブンだ。近い。さすが店舗数日本一。

 目的地であるファミ○ーマートは歩いて30分ほどの場所にある。

 勇者たちが挑むダンジョンの中では恵まれている方かもしれない。


 一歩、二歩。

 カズヤが第三階層の通路を進む。

 サンダルのかかとが擦れてジャッジャッと音を立てる。

 ゆっくり歩くカズヤの隣で、ハス美はちゃっちゃか軽快に爪音を響かせる。

 深夜のダンジョン第三階層は静かで、二人の音がやけに大きく聞こえた気がした。


「往復で1時間ぐらい? モンスターもいないし馬車も走ってないし余裕だろ余ゆ——」


 カズヤは途中で黙り込んだ。

 足を止める。ハス美も止まる。

 耳を澄ます。耳がぴこぴこ向きを変える。


『パアパパ、パァパパパパパパパパパー』


 目では見えない、はるか向こう。

 ダンジョン第三階層の大通路からモンスターたちの咆哮が聞こえてきた。


 深夜のダンジョン第三階層に現れて暴走するモンスター集団、ではない。


 郊外名物、国道を疾走す(はし)暴走族(モンスター)である。


 咆哮というか空吹かしの音である。

 威嚇という点ではだいたい同じ意味——ではない。たぶん。


 爆走するモンスターがカズヤのいる通路に入ってくることはない。

 あっても単体で、大通路を走る時よりも静かなものだ。


 カズヤはキョロキョロとダンジョン第三階層を見渡した。

 通路は直線だらけで隠れられる物陰はない。

 建ち並ぶ家屋に隠れることは可能だが、どの家屋も施錠されて、中には複数のモンスターが生息している。逃げ込んだら大変なことになるだろう。マジで。

 ぽつりぽつりと等間隔で生えた木の幹は、とても隠れられるような太さではない。

 ハス美は、どうしたの? おさんぽいかないの? とカズヤを見上げている。


「深夜の大広間には最悪のモンスターが出るしなあ。昼間なら休憩できるんだけど」


 ダンジョンの最深部に向かう途中、第三階層には大広間がある。

 明るいうちは休憩できるが、夜、それも深夜となれば様相は変わる。

 用意されたベンチや水が出る魔道具に油断して野営しようものなら、不意に現れたモンスターに襲われることだろう。


 意味不明な言葉をわめきちらしながら直接攻撃を加えてくるモンスター(ヤンキー)はまだかわいいものだ。

 最悪なのは、優しげな微笑みを浮かべて近づいてくる、特定の装備を身につけたモンスターである。


(きみ)、こんな夜中に何してるの? ちょっと話聞いてもいいかな?』


 即死魔法だ。死なないけど。


 とにかく、その魔法(職務質問)に対抗策はない。

 下手に防ごうと、逃亡しようと、戦おうとしたら、彼らの住処に強制転移させられる。

 小部屋に連れ込まれ囲まれて、拠点へ帰るまで長い長い責め苦を受けることになる。

 ダンジョン攻略に挑む勇者が苦手とする、最悪のモンスターである。お仕事ご苦労様ですお巡りさん。


 逡巡するカズヤのはるか前方。

 コンクリートの通路の先に馬車が見えた。

 深夜のダンジョン第三階層の闇を切り裂くように、無遠慮に煌々(こうこう)と輝く明かりが近づいてくる。

 第三階層に逃げ場はない。


 カズヤは無言で背を向けた。


 ダンジョン第三階層に入ってから、わずか十数歩。


 今日から勇者となったカズヤの、ダンジョンへのファーストアタックは終わった。

 だが、この時カズヤは忘れていた。気づいていなかった。


 拠点に戻るまで、そこはダンジョンなのだと。

 モンスターが徘徊しているのだと。


 なお、わずかな時間の散歩でも、ハス美が文句を言うことはなかった。

 引き返すカズヤにも抵抗しなかった。

 きっと、数十秒でも、ひさしぶりのカズヤとの散歩に満足したのだろう。

 むりしないでね、ハス美たのしかったよ、またいこうね、と。


 ガチャガチャと重い鉄扉を開けてカズヤがダンジョン第二階層に戻る。

 第三階層用に装備したサンダルを脱ぐ。

 ふうっと息を吐いて肩を落とす。

 ハス美がぺろっとカズヤの手を舐める。


「カズヤ?」


 ビクッと、カズヤが固まった。


「どうしたのこんな夜中に」


 勇者カズヤ、二度目となるモンスターとの遭遇である。


 カズヤ は にげだした!


 ダダダッと勢いよく階段を上がって拠点へと走る。


 モンスターはその場に立ち尽くして、無言で逃げたカズヤの背中を目で追うだけだった。

 テイムしたモンスター(ハス美)も後を追わない。追い詰めない。



 今度こそ、カズヤのダンジョン攻略、そのファーストアタックは終わった。


 途中からはライブ配信していたことさえ忘れて。


 苦い記憶を残して。



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