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辺境陰謀編その2

 その日から日を置かず、カイルの元へとマグヌス公の使者がやってきた。

 体裁は時候の挨拶でしめられたが、近い内に顔を見せにこいという内容である。

 それを読んだ時、カイルは


(きたな)


 と思ったが、即座にマグヌス公のもとに足を運ばず、今は忙しく、数日の時間がかかると返信を送った。

 マグヌス公としてはようよう、事態を看過できず、冒険者ギルドをとりまく騒動について喫緊(きっきん)の話合いをしたいという意図はわかる。

 あえてカイルはこれに即座にとびつかず、時間を置くことで、マグヌス公を焦らすことにした。

 さすがに待たせすぎると時期を逸するしマグヌス公の不興を買うので、三日ほどで顔を出すつもりだったが、結果的にこの三日という時間は、時期を読み違えた彼の失策とも言えた。

 カイルとしては、今までが自分の予想の範疇にあり、それ故にこれからもそうだろうという根拠のない驕りがあったのだ。

 しかし今までは、降ってわいた冒険者ギルドに皆が惑い、仕掛けたカイルにイニシアチブがあったにすぎない。

 その存在が一度明るみに出た以上は、事態は大勢の人間の企みの渦の結果で動き、それ故、彼の予想外のことが起こってしかるべきでもあったのだ。





 冒険者ギルドをきっかけとする辺境を騒がす騒動は様々な人間の近辺を騒がせた。



 傭兵リーノ。

 元は傭兵団『銀の小手』の一員であるが、副団長から密命を帯びて、冒険者のふりをして冒険者ギルドに潜入している。いわば、もっとも最初に冒険者ギルドに潜り込んだ密偵である。

 彼の本来の任務は冒険者ギルドをなんとか乗っ取れないか、ということであったが、若干最近は意味合いを変えてきている。それはもちろん、もしかすればマグヌス公が兄王に対して反旗を翻すのではという噂が真実味を帯びだしてきたからである。

 『一番星』ヘレスとパーティを組んでいる彼であるが、今日は知人に会うからという理由で一人で行動をしていた。

 やってきたのは地元住民で賑わう酒場である。

 先に席をとっていた人物が、リーノの顔を見かけて眼帯のつけたむさくるしい顔に笑みを浮かべて手を挙げた。


「よう、リーノ。久しいな」

「遠いところをどうも。副団長」


 逢瀬の相手はリーノを辺境に送り込んだ当人である副団長である。大きな仕事を片付けたとかで、休暇のついでに辺境に足を延ばしにきたのだという。

 当たり障りのない近況を話し合った後、二人は自然と顔を近づけて声を潜めて言った。


「で、どうだ。リーノ。首尾の方は」

「副団長が考えた内側からのっとる……ってぇのは、無理そうですね。どうも内情を探ったところ、経営事情はあまり明るくないようです。青十字盾の経営手腕と人脈でもっているようなものです。俺らがのっとっても、即座に潰れちまうでしょうな」

「馬鹿。そっちじゃねぇよ。マグヌス公の反乱の方だよ」

「ふむ………」


 リーノは即座に返答をせず、一度間を置いた。リーノ自身、それについても探りを入れていたが、自分の中でも確固たる答えを出せずにいた。

 リーノは、彼にしては珍しいことに、慎重に言葉を選ぶように言った。


「俺の見立てでは、冒険者ギルドもマグヌス公も、反乱する兆候はないように見えます」

「そうなのか? ……そのわりにはお前さんの顔色が冴えないが」


 リーノの遠回しかつ丁寧な言い回しに、副団長も何かを勘づいた様子である。本来のリーノであれば、剽軽(ひょうきん)な物言いで報告にも軽口を混ぜたりする。

 こういう慇懃(いんぎん)な物言いをする時、リーノ自身も確信をつかめていない時だと副団長は知っていた。


「本当に反乱する兆候はないんですよ。どこを叩いても、マグヌス公が兵士を集めている様子もなければ、二人が連絡をとっている気配もないですし、冒険者ギルドは冒険者ギルドでただ魔物の退治をするだけ。いざ人間相手に戦争をしろと言われても、多くの奴らが寝耳に水でしょうな。ですから、反乱の兆候はない……と言いたいのですが、懸念点が二つあります」

「ほう、なんだ」

「一つは綺麗すぎます。俺以外にも、諸侯が送り込んだと思しき密偵らしき奴らがちらほらいて、情報交換もしたんですが……。皆、俺と同じく反乱の証拠は一切つかめませんでした。一方で気になることとして、潜り込んだ奴には俺でも気づくぐらいつたない技量の奴もいて、密偵の存在に冒険者ギルド側も気づいているはずなんですが、気にしたそぶりを見せないんです。それと、冒険者ギルドはある時を境に警備員を置かなくなって、まるで忍び込んでくれとでも言わんばかり。冒険者ギルドは、どう考えても、疑われることを予見していたんです」

「でも何もでなかったんだろう? 身の潔白を証明したかったんじゃないのか?」

「そうとも考えられます。……が、疑われていることがはじめからわかっているのであれば、やりようはいくらでもあるでしょう」

「……探っても簡単にはわからない、水面下で反乱の準備をしているってことか?」

「その可能性もないとは言えんでしょうな」

「なるほど。で? 懸念点は二つあるって言ったよな? もう一つは?」

「もう一つは……まあ、杞憂(きゆう)にすぎないと思うのですが。……青十字盾のことです」

「青十字盾か。奴が?」

「奴には"華"があります」

「"華"?」


 リーノの言葉の意味がつかめなかったようで、副団長は狐につままれたような顔をした。


「カリスマ……って言えばいいんでしょうかね。あの男にはそれがあります。冒険者たちは戦争が起こるなんざ鼻っから思っていない奴ばかりでしょうが、いざあの色男に言葉で焚きつけられて奮い起こされれば、土壇場でもその気になる奴が思った以上にたくさんでるんじゃないか……。そんな気もするんですよ」

「戦争となれば、名を挙げる機会でもあるからな。こんな辺境でくすぶっているやつらにとっちゃ千載一遇の機会だろうな」

「まあ……もしかしたら、程度の懸念です」

「ふむ……。悪いがリーノ、もう少し辺境で羽をのばしてくれや。この噂が事実にしろただの噂で終わるにしろ、時勢ってのは一度逃しちまうと二度とつかむのは難しいもんだ。あと少しで動きがあるかないかで、全てが知れるってものよ」

「ええ、かまいませんよ。それに結構気に入っているんですよ」

「ほう? この田舎暮らしが?」

「いえ。冒険者、ってやつです」





 また別のあるところ。


 オズワルド・F・ロンダル。

 ロンダル伯で知られるイリスア王国の重鎮の男である。本人はどちらかという暗愚(あんぐ)な評判であるが、父親は先王の師であると同時に右腕として重用され、彼の姉はその先王の正妃の座を射止めた。

 先王の信頼の厚い父親から大領地を引き継ぎ、王妃である姉の後ろ盾を持つ彼は宮廷でも一大勢力を誇る発言力があった。

 将でもあった父とは違い文官で、中年の域に差し掛かり体はだらしなく肥え、髪はまだ黒々とした色を湛えているが、これがどういうわけか、生え際がおでこから頭頂まで後退し、少し滑稽(こっけい)な見た目をしている。

 宮廷ではその肥え太った体と甲高い声で尊大に振る舞う彼だが、今日はどういうわけか、落ち着かずにそわそわしている動きが目立つ。

 場所は王宮の裏手にある別館のロビーである。


「待たせたわね、オズワルド」

「姉上」


 吹き抜けの階段から降りてきたのは現王アズートの母にして、オズワルドの姉である先王妃マリーネだった。年齢を感じさせないプロポーションで、若かりしころは多くの男性を(とりこ)にしたことがうかがえる。

 しかし()()が立ち、少々釣り目がちな瞳が目立つ今は、どこか近寄りがたい印象を周囲に与える。

 オズワルドはこの姉が苦手だった。否。ある時を境に、苦手になった、とでも言うべきだろうか。

 先にも言った通りオズワルドとマリーネの父親は、先王にとって師であり右腕であり、家臣の中でも重鎮中の重鎮といえる大きな存在だった。

 その一人娘であるマリーネは国内でも美姫で知られ、宮廷の舞踏会ではいつもひっぱりだこだった。このころは、オズワルドにとって自慢の姉だった。

 そのマリーネも、年ごろの娘の常として恋をした。数多の貴族たちに求婚される身だったが、彼女が恋をしたのは当時まだ王子の身分だった先王だったのである。

 信頼を置く重鎮の娘の美姫との結婚。絵に描いたようなこの縁談は、マリーネが父親に打ち明けるととんとん拍子に話が進んだ。次期国王と要職を担う大貴族との縁談は国内の結束力を高める効果を期待され、家臣一同から諸手を挙げて歓迎された。

 ところが。

 家臣の手前、この縁談を受け入れた先王だが、彼は特別マリーネに強い関心を持ってはいなかった。

 当然マリーネも、彼に気に入られようと努力した。以前の彼女が多くの男性にされたように、様々な手法で夫の気を引こうと心を尽くした。

 先王は先王で、そんな彼女を無碍(むげ)にしなかった。いや、あるいはその優しさこそが後々に彼女を狂わせることになったのかもしれない。

 先王は先王なりにマリーネを愛するふりをしようとしたのだ。しかしマリーネの愛が真実で、二人が密接に時間を過ごすほど、その演技は透けて見えたのかもしれない。

 そして先王の不貞(ふてい)が起こった。

 今にして思えば、この時を境にオズワルドの自慢の姉は狂いだしたのだろう。

 元々、宴の席では話題の中心にいないと気が済まない気位の高い面があった。その一面がこの時を境にまるで魔術にかかったかのように肥大し異常に神経質になり、召使いや肉親のオズワルドに感情的なふるまいを見せることが増えた。

 そして夫に満たされない分の愛情を、一人息子であるアズートに注ぎ、偏屈なまでに溺愛するようになったのだ。

 オズワルドも一時の気のたかぶりだろうと思い、時が経てば静まるだろう、と思っていたが、マリーネの苛烈さは増す一方で、特に側室であるマグヌス母子を嫌い抜いている。宴では常に一度は衆目の場で彼らの話題を出し笑いものにしなければ気が済まないほどで、周囲の人間は内心辟易しながら彼女にお追従(ついしょう)をしなければならなかった。

 かつては宮廷の美姫として知られたオズワルドの姉は、今では宮廷を代表する鬼母の代名詞となっている。

 肉親のオズワルドにしても、彼女に対してマグヌスの名前を出すときは、慎重に言葉を選ぶ緊張を強いられた。

 そう、今この瞬間である。


「それで? 話を聞かせて」


 マリーネは豪奢なドレスに包まれた身をくねらせて、オズワルドを催促した。年に似合わぬ妖艶さだったが、胃に痛みを覚えたオズワルドは首筋に汗をかきながら口を開いた。


「密偵の報告によると、あの男が反乱を企んでいる可能性は皆無なようです」

「あの狐に反乱の様子はないと?」

「断定していいかと思います。なにしろ、常に近辺に控えている小姓や近衛兵が断言しておりますので」


 マグヌスの周辺を洗う上で、オズワルドやマリーネが決定的に他の人間と違うのは、マグヌスの辺境領主着任にあたってマグヌスの侍従や護衛兵など近辺の人間にぬかりなく配下の兵士を送り込んでいたことだった。

 およそ常識的に考えて懐柔される心配のない人間で、それも複数の人間が同じような報告をしている。

 嘘を言っているとも思えないし、彼らの目をかいくぐって反乱の下準備をするのは不可能だ。

 オズワルドの報告に、マリーネはつまらなそうに鼻を鳴らし、爪を噛んだ。


「あらそう。見張られている状況で行動を起こすほど馬鹿じゃないようね。国内には、あの女狐の息子に騙されそうになっている人間がたくさんいるようだけど」

「は……」


 多少、姉よりは宮廷の機微を感じているオズワルドは、姉の言葉にいかように返したらいいか見当がつかず、ただお追従にうなずくしかできなかった。何か含んだオズワルドの様子にマリーネは気づいた風もなく、腹立たし気に言った。


「ええい、いっそ行動を起こしてくれれば、あの子に二心を持つ愚か者を一掃できるのに。あえて見張りを引き払った方がいいのかしら?」

「いえ……。その程度では、行動を起こさないと思います。どちらにしろ、動向を探るために見張りはおいておいたほうがいいでしょう」


 マリーネはもともと、宮廷の絢爛な場で自らを誇ることは得意としていても、政治などの込み入った話には明るいとは言い難い。それが夫に裏切られたあの日から増し、あるはずのものが見えず、無いはずのものが見えるようなちぐはぐな言動が目立つようになっていて、国を割れる内乱が起きても、理由もなく自分たちが勝つものだと信じている風である。まるで自分たちこそが天地神明に誓って正義であり、絶対の勝利を約束されているかのように。

 それに従うオズワルドはというと、周囲からは暗愚な評判を受けながらも姉よりはよっぽど情勢を見えていた。そもそも家臣たちの心がマグヌスに傾いているのは、マリーネの妄執じみたふるまいとそれにより振るわれる強権のせいだとも気づいているのである。

 しかしオズワルドがどのような言葉をひねり出せば姉の心を騒がせずに説得できるか、どこを探しても見つからないのだ。


(私も悪かったのだ)

(私も姉を裏切った陛下と、姉から陛下を奪ったマグヌス母子に怒りを抱いた)

(しかし陛下を愛していた姉は陛下を恨むことができなかった。私も家臣という立場だから陛下を深く糾弾することもできなかった)

(だから、打ちひしがれた姉をなぐさめるために、当時は自ら率先してあることないこと、あの母子のことを姉上にふきこんだのだ)


 それが決定的な理由だとは思わないが、結果としてオズワルドがかつて尊敬してやまなかった姉は、心の内に余人には正せない歪みを生じることとなった。

 夫の不貞以来、姉の中では、マグヌス母子は自分から愛する人を奪った極悪人でなければならないという固定概念で支配されている。そうでなければ正気を保てない姉に、彼は何とも言えない憐みと悲しみを覚えて、眉根を寄せた。

 マリーネはオズワルドから視線を外して庭園の方に目をむけて、しばし沈黙し何か考えこんでいる風であった。姉の視線がはずれた隙を見て、オズワルドは天を仰いだ。


(どちらにしろ、私には今の貴族の地位を捨て、姉や甥のアズートを見捨てることはできない)

(なんとか宮廷内をまとめ上げ、ことの沈静化を図らねば)


 そのための最もつらい頭痛の種が、自分やアズートにあれこれ口出す姉の存在なのだから、オズワルドもあるいは不憫というべきか、それともやはり暗愚な優柔不断な男というべきか。

 姉が目線を外して考え込んでいることをいいことに、オズワルドは諸侯に送る手紙の文面や宴の席での口上を考えていると、マリーネは不意に、視線を庭園の植木に固定したまま、組んでいた腕をほどいて腰へと当て、


「冒険者ギルド、といったかしら」

「は?」


 とつぶやいた。

 突然の言葉だったため、言葉が直接に脳に届かず聞き返したオズワルドをふりかえると、マリーネは語気を強めて繰り返した。


「あの狐の私兵。冒険者ギルドといったでしょう? そうよ、あれを潰してしまえばいいのよ」


 いかにも名案といった様子で唇を妖艶に捻じ曲げ誇らしげに笑むマリーネの姿は、己に一切のやましさなどなく、勇者に託宣を授ける女神がごとき不遜さだった。


「あんなものがあるから、不届き者があれこれと騒ぐのよ。オズワルド。あれを潰してしまいなさい」

「──」


 オズワルドは一瞬、返す言葉もなく息を飲むしかなかった。

 マグヌスの周辺を調べたオズワルドであるから、もちろん宮廷を騒がせている冒険者ギルドと、青十字盾カイルについても調べている。

 調べてみると冒険者ギルドなどと言ってもつたない組織で、ただの委託の仲介業者だ。おそらくいざ、普段から仕事を斡旋している冒険者たちを総動員したとして、兵力としてどれほどあてにできるかはわからない。

 あくまでことの総点は、マグヌスがいざ決起した時にどれほどの諸侯が彼に味方するかが問題であり、冒険者ギルドを含めたマグヌスの手元にある兵力だけでは話にならないのだ。

 冒険者ギルドを潰してさしたる旨味はない。


(いや、それどころか)


 市井から勇者を輩出する。

 まだちっぽけな組織ではあるが、冒険者ギルドはその(うた)い文句さながらに地元住民たちから信頼を得て、あくまで民間組織として地域に貢献している。

 これを正当な理由なく王家が強権を行使して排除するようなことがあれば、民心は王家から離れるであろう。

 まだアズート王の治世への不信は、宮廷の政治に直接加わる有力者の間でのみ囁かれているにすぎない。

 しかしこの現国王アズートへの不信が、民にまで伝染してしまえば王国の治世などひとたまりもなく、もはやオズワルド一人ではどうしようもないほどの勢いで押し流し、趨勢はマグヌスを玉座へと招くだろう。

 冒険者ギルドごとき、ちっぽけな存在であるから、そこまで大きく情勢を動かすかというと疑問ではあるが、時として民衆の関心は思わぬところから大きなうねりを生む。

 そして万一が起こった時には遅いのだ。


「お、恐れながら姉上。それは、いささか賛同しかねまする」

「なんで? たかだか傭兵くずれ達の組織でしょう?」


 顔色をうかがいつつオズワルドが言うと、マリーネは不快気な顔をした。もとから、他人に口答えをされるのを嫌う性質だ。姉の機嫌が悪いことを察知したオズワルドは口を滑らせた。


「それが、うまく地元住民と溶け込んでいるようです。あれを無理やり排斥するようなことがあれば──」


 オズワルドは言葉の途中で、自分自身で言葉を間違えたことに気付いた。

 あの時より気の触れた部分のある姉の逆鱗、それを逆撫でする言葉を吐いてしまったことに気付いたからだ。

 続く言葉でとりつくろうとするが、マリーネはそれよりも先にその美貌を歪めて、


「だから、そうやって世間をあざむく元凶を成敗しろと言っているのでしょう!」


 と、明らかに自分自身で感情の制御しきれない金切り声を上げて、オズワルドの耳を打った。


「し、しかし冒険者ギルドは地元出身の若者たちをとりこんでいます。これをいたずらに刺激するようなことをすれば、民の反感を買います」

「たかが傭兵くずれでしょう! やりようはいくらでもあるわ」

「や、やりよう、とは」

「そうよ。傭兵よ。金のために人殺しを生業とする卑しき人種よ。その傭兵をけしかければ──」

(傭兵をけしかける──)


 おそらく、マリーネが考えていたのは、適当な傭兵に小金を握らせて暗殺者に仕立てるような、拙い手段だったのだろうが、その姉の思い付きはオズワルドに一定の知見を与えた。


(たしかに元傭兵だ。やりようはいかようにでもある)


 ようは、ことに王家の関与を悟られなければいい。

 ちっぽけな存在だが、たしかに冒険者ギルドは事実として話題の中心にある。これが潰れてしまえば、事態の鎮静化はたやすいかもしれない。

 なにより、姉がその気になったらまずい。焦れて、彼女本人が主導してあれこれと口出しするようになって、いい方向に転んだ試しがないのだ。


(やるしかない──)


 オズワルドは、夜気にまとわりつく残暑に浮き出た汗をふきながら、決意を固め、そして辺境で芽吹いたという冒険者ギルドなる存在に、一抹の敬意と、政治にふりまわされ羽虫のごとくひっそりと葬り去られることに憐みを覚えた。





 これらのやりとりは、カイルの元にマグヌス公の使者がやってくる数日前になされた。

 そしてそこを起点とした動きは、結果として、カイルがあえて置くことにした三日という時間の空隙に、事件をすべりこませる事態となった。

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