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辺境陰謀編その1

ちょっとてこずっていて更新が滞っているので中途半端な部分ですが投稿。

あと、タイトルを変えました。

 宮廷──マグヌス公を警戒するアズート王まで冒険者ギルドの存在が伝わった。

 このことは一見なんともないことのようで、民人たちは特に気にもとめず、常と変わらない日常を過ごしていた。

 しかし直に宮廷に身を置き、その華やかさの裏の権謀術数の中に身をおく者であれば、ほのかにかぐことのできる時代の潮流の兆しを感じる者たちもいた。

 表面上は、マグヌス公が私兵を持ち反乱を企てているのか問いただす──というよりは、国王側が、難癖をつけてマグヌス公を()()()理由を見つけただけ、かのように見える。

 しかしその裏では、水面下で動くものが多数いた。



 護衛武官ローグ。

 マグヌス公配下の武官で年は33。もとは一介の百人隊長であったが、辺境出身ということでマグヌスの辺境領主着任にあたって抜擢されて武官となった。

 以前述べたようにカイルと情報を共有し、冒険者ギルドが集めてきた魔物の分布図などを「地元住民からの善意の情報供与」などといって軍に持ち込んでそれを元に作戦を立てて手柄を立てていた。

 マグヌスからは兄王に疑心を抱かせないよう、冒険者ギルドと距離を取るよう指示されていたが、それに背く形である。

 地元出身の人間であるから、地元のためになることをしよう──というよりは、ローグの場合、折角に抜擢されたのだから、なにかどでかいことをしてやろうという腹でカイルの情報を受け取っているのだった。

 ローグがもたらす情報が、冒険者ギルドからもたらされていることはすでに公然の秘密となっていたが、ローグは情報源についてはのらりくらりとはぐらかしていた。

 これはというと、マグヌスの意に背く形だから隠そうとした、ということではなく、もともとローグ自身は別にカイルとの関係を隠すつもりはなかった。

 ならばなぜとぼけた態度を続けているかというと、カイルから頼まれたからである。


「自分との関係は、公私の場問わず、決してお認めにならないようにお願いします。おそらく周囲にはすぐに気取られるでしょうが、それでもしらを切って、公然の秘密、という状況でも続けられる限りお願いします」


 ローグからしてみれば、情報源が冒険者ギルドであることを明かしたほうが、冒険者ギルドの存在を軍やマグヌス公に売り込むこととなって得だと思うのだが、不思議に思いながらも言われた通りにしらを切り続けていた。

 その理由の何割かは、いざ冒険者ギルドとの関係が問題になった時、自分一人で責任を背負う覚悟があったからでもあった。





「おい、ローグ」

「うん?」


 ある日、ローグに声をかけてきたのは同僚のヘリオス。

 現場から叩き上げで成り上がったローグと違い、貴族の出身で年も5歳ほど若い。不思議と馬があって言葉をかわすことの多い間柄であった。

 他に聞き耳を立てる者がいるでもないのに、ヘリオスは声を潜ませて言った。


「お前、まだ冒険者ギルドとの関係を続けるつもりか」

「はて。なんのことやら」


 あくまでしらを切りとおすローグの態度に、()()としたようにヘリオスは一瞬黙りこくった。

 次に口を開いたのは、嘆息交じりの言葉だった。


「国王陛下にも、冒険者ギルドの存在が伝わった。宮廷では冒険者ギルドがマグヌス様の私兵ではないかと疑う声もでているらしい」

「そりゃあ、ひどい難癖だ」

「そう。難癖だ。だが宮仕えする俺たちは、陛下が黒といったものは黒と言わなければいけない。いざ冒険者ギルドとの関係が問題になった時、マグヌス様はお前の独断だと、お前ひとりに責任を背負わせるかもしれないぞ」

「そっちは難癖じゃねぇなぁ。俺が地元住民から受けた情報提供で作戦を立てているのは事実だからな。それが問題っていうのなら、俺が責任をとるのが筋ってものよ」

「お前……それでいいのか」

「俺には嫁も子も、養う親もいねぇ。身軽なものでな。しかしそんな理由で俺や冒険者ギルドを罰せにゃならんのなら、この国はひでぇ国だぜ」


 ローグの言葉に、ヘリオスは何かに顔をうたれたかのように()()とした後、黙りこくった。

 実は貴族の出であるヘリオスは、両親から宮廷の機微について言われていた。

 その両親の口からすると、


「今回の件、マグヌス公に同情の声も多数」


 あるらしく、また、マリーネ妃の影響を逃れられず政治に私情を絡めるアズート王の治世に、


「果たして王としての器があるのか、適任者としては弟君の方が適切なのでは」


 と、声もあるらしい。

 もっと要約するのなら、


「いざ、マグヌス公が兄王に反旗を翻し旗揚げすれば、それに呼応する貴族や将がでてくるかもしれない」


 ということだった。

 そうすれば兄弟の亀裂が大きな戦乱を巻き起こし、イリアス王国で国を真っ二つにする内乱が起こる可能性とてあった。

 無論、内乱が起こればイリアス王国そのものへの打撃である。

 だが国政を担う貴族や将たちにとっては、現体制を打ち破ることで出世の機会でもあった。

 そしてそれはヘリオスのような下級貴族もそうである。胸の内としては国が荒れるのは本意ではないとしても、時代の流れがそうであるのなら、その流れの中で生き残るためにも情報を得ておく必要があった。


(マグヌス様、民心を第一に想われる方でいたずらに国を割るようなお方ではないと思うが……)


 降ってわいた冒険者ギルドなる存在が、図らずもその機を多くの者に見出させることになった。

 この機運を呼び込んだのは、冒険者ギルドの提案者が、元青十字盾ことカイルであったことも大きな意味があった。

 世間一般ではカイルの出身は不明とされ、亡国の王子だとか貴族の私生児だとかまことしやかに囁かれ、なにがしかの尊い血筋では、という噂が立っている。

 もちろん実際にはただの商家の三男坊にすぎないのであるが、その事実を知る者は少ない。

 であれば、イリアス王国の兄弟の亀裂に姿を見せたのも、世間に伏せられた身の上に関係するように見え、イリアス王国のクーデターに加担してもおかしくない──どころか、穏健な態度を見せていたマグヌス公をそそのかす首謀者()()()()ではと思わせるのだった。

 アズートとマグヌスの対立、そこに謎の元傭兵カイルが加わることで、イリアス王国は一気にきな臭い気配を見せていた。




 そのマグヌス。

 実に苦慮する立場であった。

 この辺境の地では政治に疎い者ばかりで、配下の者ですらほとんどが宮廷を賑わすゴシップニュースを知らない。今日のようなのどかな日々が明日も続くと信じていて、そればかりか、未開の地であるこの地では日々、その暮らしが他でもない自分たちの努力で改善していくという明日へのほのかな期待がある。

 そしてその希望の中心にあるのが、他でもない冒険者ギルドだった。

 かつては無頼漢で慣らした者たちが、今は冒険者という名で村人たちと笑顔をかわし、寄り添うように生活を共にしている。

 冒険者ギルドは、今ではこの辺境の地になくてはならないものになっていた。


 一方で、


「ふむ……」


 執務机に深々と腰かけ、腕組みして難しい顔をするマグヌスの前には、机の上に並べられたいくつもの便箋がある。

 その一つは、兄王アズートから送られたもので、冒険者ギルドの是非について問うものだ。

 即刻解散するか、さもなければ王都まで出向いて申し開きをするような文章がつづられている。

 ではそれ以外の便箋は何かというと、差し出し人は様々だが、イリアス王国で一定以上の地位にある大貴族や将などである。

 内容は文体こそさまざまだ。マグヌスを支援しようと便宜を図る者もいれば、角が立たない程度にアズートのなりを嘆く様をつづるもの、

 まだ表面化していない手前、直接的なものはほとんどないが、マグヌス公にどの程度反乱をする腹積もりがあるのか探る魂胆のものと、そうなるように、それとなく焚きつけようとする物が入り交ざっていた。

 苦々しいことに、これらの書状の中心にあるのもまた、冒険者ギルドであった。


(まったく、カイルめ)


 マグヌスとしては、冒険者ギルドの存在、そしてカイルの存在に感謝するべきなのか、疎んじるべきなのか判断をつきかねる状況だった。

 マグヌスは手紙を机の引き出しになおして鍵をかけると、小姓を呼んだ。


「ローグをつれてこい」


 じきにやってきたのは辺境武官ローグ。

 辺境出身の叩き上げということで、格式張った言葉づかいの苦手な男であるが、根は悪い男ではないとマグヌスは気に入っていた。


「ローグ、人払いは済ませている」

「おや。なんですかい」

「お前に情報を渡しているのは、冒険者ギルドのカイルだな」


 マグヌスの言葉に、ローグは肩をすくめた。


「それが地元住民からの善意の情報提供なんで……わざわざ出所までは、気にしちゃいませんので」

「人払いは済ませていると言った。隠す必要はない。わしも、お前を無理やりに更迭したくはないのだ」


 後半は脅しである。マグヌスには、ローグをなにがしかの理由をつけて役目から解任したり、あるいは罰することも可能だった。

 マグヌスの迫力でローグにも本気のほどが知れたらしい。バツの悪い顔をした後、どこか開き直った様子でふてぶてしく言った。


「ええ。そうです。冒険者ギルドのカイル・ロンドです」

「なぜそうまで隠した? 私から罰せられるのを恐れたか?」


 マグヌスが問うと、心外とばかりにローグは手を広げていった。


「とんでもない。別に俺は明かしてぜんぜんかまわなかったんですがね、その情報提供者の方が、ことを内密にしてくれと頼んでくるんですから、隠すのが筋ってものでしょうよ」

「カイルが? カイルが情報源が自分であることを隠すように言ったのか?」

「ええ」


 ローグはうなずいた後、どこか気を揉んだ様子で、


「マグヌス様。たしかにさんざん俺はカイルとの関係を隠しましたがね。奴ら冒険者ギルドだって、善良な地元住民であることには変わりないんです。だから俺が善意の情報提供を受けていたってのは、まんざら嘘じゃありやせんぜ」

「それはわかっている。だが……」

「陛下ですか? 陛下はなんと」

「私の私兵ではないかと疑いをかけている。即刻解散するか、王都まで来て申し開きをしろとな」

「冒険者ギルドを解散? そりゃとんでもない。集まってきた義勇兵に火矢を射かけるようなものですよ」

「………」


 マグヌスとしては、沈黙するしかない。

 冒険者ギルドが、そのうたい文句通り、市井から排出された勇者──義勇の士であることは間違いないのだ。

 それを、正統な理由なく解散するようでは、民を守護するという王国の存在意義、領主の責務と正反対なものとなる。


(いたずらに国を割るようなら──)


 冒険者ギルド、兄アズートの命じるまま、解散したほうがいいと思えた。

 しかし魔物のあふれる辺境の地では、冒険者ギルドの存在が道しるべともなっている。

 なくなってしまえばそれまでで、かつての暮らしに戻るだけとも思える。

 そう思う一方で、だからこそ、灯火が消えないよう火を注ぎ続けなければいけない儚い光明のようにも見えるのだった。

 そうなると、辺境領主の役目を全うするであれば、ただ兄に従うのではなく、兄王の誤解を解き、冒険者ギルドが辺境にはなくてはならないものと説得すべきように思えた。

 しかしそれは簡単なことではない。ひとつ言葉を間違えれば、予想のできない災禍がマグヌスのまわりやイリアス王国を襲う可能性とてあった。


(ええい、ままならん)


 この時マグヌスには猛烈な怒りを覚えた。

 何にかといえば、カイルへである。

 辺境の地で大人しく過ごすつもりだったマグヌスの近辺を騒がせたから、というのも多少はあるが、それ以上に抱いた怒りは、彼の魂胆が見えぬからだった。

 なにしろ、カイルは最初に辺境の地にやってきた時に挨拶にきてから、一度もマグヌスの元に顔を見せに来ていない。

 寄付金の嘆願などもあったが、これもカイル本人が出向いてもなんらおかしくないところを、使者を出すにとどめているのである。

 世間はマグヌスとカイルがグルになって何かを企んでいるのでは──と噂しているが、実際のところ、マグヌスとカイルはろくに顔を合わせることすらしてないのだ。

 唯一という接点は今回呼びつけた部下のローグとの情報共有だが、こちらもカイルの方から、情報源が冒険者ギルドであることを伏せるようにという指示である。


(カイルには、事態の当事者という自覚はあるのだろうか)


 まさかとは思うが、宮廷を賑わすゴシップニュースの渦中にいるなどと知らず、平凡な日常をこの辺境で過ごしているのか、と想像すると穏健なマグヌスをして()()()()が煮えくり返る思いがするのだった。


(あの男も当事者なのだ。あの男がどのような魂胆かわからねば、陛下にどのような返答をすべきかも測りかねん)


「ローグ! カイルに使者を立てよ。あの者がどのような魂胆で辺境で活動しているかわからねば話にならん」





 一方、そのカイル。


 彼は、教官役であるフルカスと剣の稽古をしていた。

 利き腕を失った身であるが、護身用も兼ねて合間を縫って鍛錬を重ねていた。

 しかし利き腕を失った代償は大きく、そこらの盗賊程度なら切り抜けることはできても、かつて相対してきたような実力者相手には万に一つも勝ち目がないようだった。


「今日はここいらにしときましょうや。大将」

「ああ。ありがとう」


 フルカスを帰し、鍛錬場に一人残ったカイルはふと、剣を鞘に戻して残った左手を掲げて陽の光にかざした。


(右腕があったころは──)


 左腕には、その代名詞ともなったカイトシールドを握っていた。

 カイルにとって、盾は身を守る防具であると同時に武器であった。重量と面積を備えた盾は様々な使い方ができた。時には盾を押し当てることで動きを抑え込んで制限をかけることもあったし、剣を盾の陰に隠すことで、斬撃の初動を隠すのに利用したりもあった。

 そして──


 周囲に見る者がいれば、不意に、と思えるほど突然の勢いで、カイルは左手を振り抜いた。


 盾殴打(シールドバッシュ)

 それもまた、カイルに両の腕があった時の切り札であった。


(この腕の振り抜き──)


 力任せの一撃。剣を振るうのには生かせる動きではないように思える。

 だがかつて何度も振るってきたその腕の振り抜きは、何かカイルに新しい発想をもたらしたようで、彼は二度、三度と振るった後、腰を落として剣を納刀したまま奇妙な動きを繰り返した。







「マスターはご不在ですか?」

「シスターシャさん。カイル様はフルカスさんと鍛錬に。何か用があれば私が承りますよ」

「ではこちらをお願いします。サブマスター」


 サーニャはいつのまにかサブマスターという地位についていた。

 冒険者ギルドが辺境領土において一定の認知を得られたのと引き換えに、冒険者ギルドの業務も拡大し多忙となった。カイル不在の時にも即座に対応できる人物が求められた。

 本来ならサブマスターと呼ばれる地位には、財務を取り仕切るサイアスなどが実績などからしても適切なのだろうが、彼は彼で元から担当していた仕事でかかりっきりであり、さらに言うと実務屋である彼は、仰々しいサブマスターという地位にあまり乗り気ではなかった。

 そこでカイルはサブマスターにサーニャを指名した。

 サーニャとしては晴天の霹靂の想いだったが、ずっとカイルをそばで補佐していた彼女はサブマスターがすべき仕事の大半を理解していたし、なによりサブマスターが担当する仕事は、その仕事の難しさなどより、とにかくどれほどマスターであるカイルの意思を汲み取れ、そして信頼できる人物かが大事だった。ある意味でサーニャは適任だったのだ。

 サーニャがシスターシャから受け取ったのは、封蝋のほどこされた便箋である。装飾から偉い立場の貴族であることがわかる。


「ええっと差出人は…アイロス公。またですか」


 サーニャが受け取ったところで、裏口からカイルが姿を見せた。シスターシャとサーニャ、そしてサーニャの手元にある上等な手紙に目を配り、状況を理解したようだ。


「おや、俺宛てか。だれからだ」

「アイロス公です。()()

()()、アイロス公か」


 カイルはその名前を聞くだけで書状の中身の文面が知れたようで、苦笑を浮かべた。

 サーニャは真鍮製のナイフで封を切り裂くと、取り出した書状をカイルに渡した。隻腕で受け取ったカイルはその紙面に視線を走らせてから、また()()()、と小さな笑みを刻んだ。


「また寄付をくれるらしいぞ。感謝の返信を送らねばな」

「受け取るのですか?」

「ああ。こちらはただの民間組織とはすでに伝えてある。それへの好意の援助なのだから、ありがたく受け取るさ」


 当然と言えば当然であるが。

 イリアス王国の宮廷を賑わすゴシップニュースが冒険者ギルドをきっかけとする以上、当然マグヌスがちらりと思ったように放っておかれるはずもなく、この辺境で突然生まれた得体の知れない組織の全貌をつかもうと、様々な貴族や将が接触してきていた。

 ではそれへのカイルの返信はというと、徹頭徹尾、自分とマグヌス公は無関係であり、ギルドはあくまで対魔物を中心としたもので、人同士の紛争に関わるつもりはない、と判を押したように返している。

 しかしこれが不思議なもので、定型文のように返すと、それを聞く者によってはかえって裏があるのでは、と思わせることもあるらしく、執念深く追及してくるものや、遠回しに懐柔しようと援助を申し出てくる者もいたりするのである。

 今回のアイロス公は後者のようで、ならばと寄付を申し出てきたのである。


「サーニャ、例によって受け取った寄付は街の金庫に預けておくように」

「はい」


 大貴族にとっては見せ金程度の金額だろうが、この辺境の地の小さなギルドにとっては、馬鹿にできない金額である。実際、それらで冒険者ギルドの経営は一時的に好転している。

 ただ、カイルはその資金に必要以上に手を付けず、そのほとんどを街の金庫に預けていた。

 カイルによれば、


「これは一時的なゴシップニュースで沸いたあぶく銭だ。話題が去ってしまえばそれまで。すぐに貴族方は寄付をとりやめるだろう。ギルド経営の当てにできるものではない」


 と言っていてこの事態を予見していながら、資金源の当てにするつもりはない様子である。

 アイロス公からの手紙を読み終えたカイルは、すぐに興味が別のことに移った様子で、今度はシスターシャに話題を振った。


「シスターシャ、潜り込んでくる犬はどうだ?」

「それが、かえって増えているみたいで。マスターの言う通り、ギルドに警備はおかないようにしているのですが」

「痕跡を消しているが何者かが侵入してきた形跡がある。ふむ。思った以上に機運はマグヌス公に傾いているようだな」


 諸侯の冒険者ギルドへの調査は書状での接触だけにとどまらず、冒険者の中に密偵を紛れ込ませて内情を探ろうとする例もひとつやふたつではない。その程度ならまだいい方で、夜中にギルドの事務所に忍び込んで書類などを漁ったりと強硬手段に出る例もあるほどで、カイルは職員たちに定時に帰るよう徹底し、夜のギルドには警備も含めて居残らないように指示している。諸侯が雇ったその道のプロである人間を相手させようとすれば、最悪、口封じのために犠牲者がでかねない。

 ギルドのどこを漁ってもマグヌス公との関係を確信させる情報はでないはずだが、これも妙なことに、かえって何も出ないことが怪しまれるらしい。当初のカイルの想定以上に、アズートの治世に疑問を感じ、マグヌスの挙兵を期待、ないし警戒する者は多いのかもしれない。


「そうか。わかった。シスターシャ、業務に戻ってくれ」

「はい」


 カイルはシスターシャを帰すと、執務机に腰かけた。そこにサーニャが呼びかけた。


「カイル様……。カイル様はどの程度、今の状況を読んでいたのですか?」

「どの程度、か。まあ、必ずしもこうなると思ったわけではないし、多少想定とちがった面もあるが……。このようになる、という可能性は考えていた」


 カイルとしては、自分と冒険者ギルドという存在が、「もしかしたら」程度、穏健派で知られるマグヌス公の挙兵が宮廷で話題になればいい程度だった。だが機運は思いの他マグヌス公に傾き、イリアス王国の事態の趨勢がどのように動くか、想定より多くの者が関心を持っている。冒険者ギルドに紛れ込む密偵の中には、他国からの者と思しき者もいた。


「カイル様は……マグヌス様と一緒に王様に?」


 サーニャが恐る恐るたずねると、カイルは()()()()、とした顔をした。

 しばし、心配げなサーニャと顔を見合わせた後、吹き出した。

 その様を見たサーニャはむくれるように言った。

 

「もう。私は本気で心配しているんですよ。カイル様が何か無茶なことを企んでいるのかと」

「はは。まあ無茶と言えば無茶だが。俺にもマグヌス様にも、そのような大それた考えは持っていないよ」

「ならなぜ……」

「サーニャ、お前はこの辺境で何をするつもりか、と以前聞いたな」

「え? ……私、そんなこと言いましたか?」

「言ったさ」


 苦笑するように返した後、カイルは頬杖をついて言った。


「俺としてはまず、冒険者ギルドの旗揚げを考えた。この辺境の地を選んだのは、一番適していると思っただけでそれ以上の理由はない。その点、マグヌス様には悪いことをした……が、もしかしたらこのイリアス王国に存在する歪さを、変える手助けができるかもしれん」

「歪さ、ですか」

「ああ。その歪さのためにマグヌス様は、俺たちのような冒険者ギルドの手助けがなければ満足に民の暮らしも守れず、そして今、俺達ごとき小さな存在で国そのものが揺れている」

「あの……カイル様。おっしゃられることが、私にはよくわかりません」

「以前、俺はマグヌス様の援助がなければ……と言ったが、本音を言えば違う。俺が最初から、冒険者ギルドの交渉相手と睨んでいたのは、アズート陛下の方だよ」

「え!? で、でも、今までアズート様とは文の一通も……」

「直接の面識のない一介の元傭兵ごときが文を投げかけても歯牙に欠けないだろう。王として騎士団を抱える陛下の身であればなおさら、市井からの勇者なぞ望んでいない。だがもし、政敵と睨んでいる弟の、腹心とみられる人物からであれば? さすがに無視はできないだろうさ」

「ええっ……。そのために?」

「もちろん、肝心なのはここからだ。何としても、アズート陛下と直接会話をする機会をつくる。言葉の駆け引きがどのようになるか、即興で考えなければならないだろう。だが今のところは概ねは想像どおりの事態ではある。思った以上に大事になっているのは懸念だが」

「はぁ……。カイル様ったら。とんでもないことを考えますね……」

「反乱なんかよりは、よっぽど穏やかな話さ」

「それはそうでしょうけど……。マグヌス様がかわいそうですね。勝手に話題つくりに利用されただけじゃないですか」


 むくれるように言ったのは、サーニャなりの小さな意趣返しのつもりだったろうが、その言葉を聞いてカイルは、平素のむっつりとした顔を作ると押し黙った。

 最近は二人きっりになることも減り、ギルドマスターとしての仮面をかぶっているため、サーニャの前でもめっきり少なくなった表情だった。


「カイル様?」

「第一は、冒険者ギルドの運営を軌道に乗せること。だができることなら……。陛下とマグヌス様の兄弟間の溝を、俺達が埋めることができるかもしれん」

「カイル様……」

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