辺境立ち上げ編その3
ここで一旦、視点はカイルが広めた冒険者の唄を聞いて辺境へとやってきた傭兵リーノに変わる。
カイルがイリアス王国に広めた冒険者の唄。
これによって注目を集めたのは、当の冒険者ギルドというよりも、辺境領土の方だった。
それまで未開発で見向きもされなかった土地であるが、カイルの冒険者ギルドにより魔物が退けられ、街道の整備や外壁の構築などに着手をしはじめていた。それに付随して働き手や物資を募集しており、辺境領土は一種の特需の状況にあったのである。
冒険者の唄は結果的にこれを広める効果を挙げて、耳ざとい商人たちが辺境領土に足を運ぶようになった。
もちろん、冒険者の唄を聞いて新たな冒険者志願者たちも辺境へとやってくるようになった。
しかしこちらはむしろ冒険者ギルドにとって逆風となった。
新しくやってきた冒険者志願者──というよりは傭兵は、カイルがはじめからつれてきた者たちと違い、冒険者と傭兵の区別などはなから頭にないものばかりだった。
もちろんカイルが広めた冒険者の唄は、冒険者たちを志の高い義の戦士のように歌っていたが、詩人の歌う詩など誇張されたものだと鼻っから決めつけていた傭兵たちは、辺境領土でもそれまでどおり、暴虐無人に振る舞った。
依頼料が低いと恫喝したり、酒場や宿で馬鹿騒ぎをする者も絶えなかった。
辺境領土は発展のきざしを見せ始めながらも、村々の中には冒険者ギルドなどないころの方がよかった、とこぼす者も少なくなかった。
これに胸の内に怒りをたぎらせたのが、冒険者発足にあたって集った辺境出身の若者たちと、カイルが初期からつれてきた元傭兵たちである。辺境領土を故郷とする若者たちはもちろんのこと、カイルの連れてきた元傭兵たちも村人たちと接する中でカイルの言葉に感化され、村人たちに迷惑をかけ冒険者の評判を貶める新参者たちに怒りを抱くようになったのだった。
ギルド内の空気が二分され、一触即発の空気をまとわりつかせていた時。
傭兵リーノが辺境にやってきたのはそんな時である。
傭兵リーノ。革を基調とした軽戦士で、斥候や野伏としての腕は中々のものである。年は28だが無精ひげを生やし飄々とした物腰は実年齢よりも年を食っているように見せる。
辺境に一人でやってきたリーノであるが、実際には傭兵団『銀の小手』に所属する傭兵である。表向き、銀の小手を辞めた態で辺境領土にやってきたリーノであるが、その実、彼は副団長から密命を受けていた。
「おい、リーノ。お前は辺境にいってこい」
「なんですかい。辺境っていったら……例の冒険者ギルドの?」
「ああ。色々と面白そうじゃねぇか。お前が言っていただろ。青十字盾はマグヌス公を焚きつけてクーデターを企んでいるのさ、ってな」
「ああ……あれですかい」
リーノは億劫気につぶやいて、耳の裏をかいた。
「酒の席でさも面白く言っただけですがね。まさかといや思いますがそれを本気にして?」
「冗談さ。だが辺境領土、田舎だが、俺たちで牛耳れば旨味のある土地かと思ってな」
どうやら本題らしく、副団長は身を乗り出して言った。
「団長が節操なく人を集めるせいで、おれ達銀の小手も人が増えすぎた。食い扶持を確保するのも大変だ。そこでだ、例の青十字盾が作ったとかいう冒険者ギルド……俺たちで頂いちまったらどうだい」
「どういう意味です?」
「のっとるのさ。俺たちで。そして俺たち銀の小手の分隊を駐屯させて、辺境領土一帯を俺たちで牛耳るのさ。マグヌス公は自身で兵力を持てねぇから、おれ達を止めるものはいなくなる。そうなったら好き放題できる」
「そううまく事が運べばいいですがね」
「そういう現実的な物の見方をできるお前を俺は買っている」
副団長の言葉に、リーノは嫌そうに唇をへの字に曲げた。
副団長はリーノの内心を読めぬでもなかったが、不敵に笑って命令した。
「リーノ。お前は冒険者としてギルドに潜り込んで内情を探れ。算段がつけば本隊から人手をまわす。そしてもし万一、お前が吹いていたホラ──本気でマグヌス公が内乱を起こそうっていうのなら、どっちについた方がうまい目を見れそうか探ってこい」
こうして辺境領土へとやってきた傭兵リーノ。
彼は持ち前の世渡りの上手さで、地元出身から名を挙げた若者と仲良くなる。
『一番星』ヘレス。
イリアス王国の主要都市で歌われる冒険者の唄で、もっともテーマとされることの多い青年である。
大樹にも例えられる長身で、雄々しく大斧を振るう義に篤い戦士……唄ではそんなふれこみであったが、実際にあってみると多分に虚飾されているようで、実際のヘレスというと口下手で大人しい素朴な青年で元は木こりだったらしい。
ただ天をつく巨木に例えられる長身というところは正しく、抜きんでた巨躯は天性の才能と言ってよく、戦いの経験を積めば、その内このギルドでも筆頭と言える戦士になりそうだ。
身軽なリーノは純真な若者たちの心を手玉にとり、地元出身者だけで占められたヘレスのパーティに潜り込んだ。スカウトとしての彼の腕は、地元住民の彼らですら舌を巻くものだった。
「ところでパーティってなんだ?」
ある時リーノはギルドに併設された酒場で何気なしに聞いてみた。
冒険者ギルドに所属する多くの戦士たちは、数人規模のグループに別れて依頼をこなしている。そのグループをパーティと呼ぶらしい。とりわけ地元出身の若者たちはほぼ全員が特定のパーティを組んでいた。
「なんでだっけ?」
ヘレスがきょとんとした顔をした。おっとりとした彼はあまり細かいことにこだわらず血のめぐりがいいとはいいがたい。
「フルカスさんの指示だよな」
「フルカス……。ああ、あのギルドの指導官のおっさんか」
「そうそう。リーノさんも最初に言われなかった? パーティに入れって」
「窓口の姉ちゃんに言われた気がするなぁ」
「あ、ちょうどフルカスさんですよ」
酒場にフルカスが姿を見せた。その声が聞こえたらしく、フルカスが寄ってきた。
「よぉ。なんだ、おれに何か用か?」
「用ってほどじゃないんですけど。なんでみんなパーティを組んでやっているんですか?」
「ああ? 説明してなかったか?」
「聞いたような気もするけど……何か腑に落ちなかったような」
「まあこの際だ。興味があるならつっこんだところまで説明しようか」
「お願いします」
「俺たち冒険者ギルドは今のところ、パーティを組むことを推奨している。これはお前たち戦いの心得がない者も、ある程度経験を積んだ人間も同様だ。これには表向きの理由と裏の理由がある」
「なんですか。裏の理由って」
「まあお前らのためというよりは、おれ達ギルド側の人間にとっての都合といったところだな。まあそっちは置いておいて表向きの理由からだ。これは単純に人数が多い方が安全だからだ。一人だと死角も多いし、なにがしかの事故が起きた時に取り返しがつかない。冒険者の活動地域は未開発の野外だ。天候や足をすべらせての滑落、目的の魔物以外の予測できない障害にあう危険性は高い。傷を負って身動きがとれなくなっても外部からの救助はあてにならない。だから複数人数での行動を推奨している。これが表向きの理由だ」
「じゃあ裏の理由は?」
「ああ。まあこれには色々とあるんだが……一言で言うとある程度の単位にまとまってもらった方が、おれ達ギルド側にとって都合がいいってことだ。一人用の依頼をたくさん発行するのは作業が手間だろ? それに、ギルド側にとっては依頼を迅速かつ確実に遂行してもらいたい。依頼を解決するのに時間がかかったらそれだけギルドの信頼が落ちるわけだからな。そこである程度戦力の推定のしやすい単位、つまりパーティで解決できる程度に依頼の難易度と依頼料を設定して、依頼を発行しているんだ」
「なるほど。でもパーティより大きな単位の依頼は推奨しないのはなんでですか? 傭兵団とかだと、何十人もいる規模のところもいるって聞きましたけど」
「ああ、それはカイル御大……じゃねぇ、ギルドマスターの意向だな。ぶっちゃけると、ギルドとしては依頼を発行する単位を大きくした方が何かと都合がいいんだよ。だが冒険者ギルドが掲げるのは市井から勇者を輩出すること。誰でも身軽に依頼を引き受けることができる手軽さがなくなっちゃ意味がねぇんだ。真の英雄が、有象無象に埋もれることもなくなるしな。そこで大部分の依頼をパーティ単位に調整して発行するようになったんだ」
「へぇ、なるほどねぇ」
横で聞いていたリーノも思わず感心の声をあげた。冒険者ギルドも色々と考えているようである。
実際、冒険者ギルドという仲介組織はこの辺境でうまく機能しているように見えた。
まず、傭兵などという者はならず者出身で、学のない者も多い。つまり交渉事は苦手なのである。
依頼交渉の場で武力での恫喝から入るのも、それ以外の交渉の手段を知らない不器用さが理由と言っても過言ではない。
その点、冒険者ギルドはそれら傭兵たちが苦手とする依頼主との交渉を代行することで、傭兵側の負担を減らし、依頼主も気軽に依頼を発行することができる。
今話題にした通り依頼の規模を少人数のパーティ単位にしているのもいい。
気心の知れた者を数人見つければ仕事にありつける手軽さ、一人でもギルド側でパーティ仲間のマッチングの世話などをしてくれるので、多少の忍耐さえあれば冒険者としてやっていくことができる。
依頼の報酬も、相場のわからない者には不満をこぼす者もいるだろうが、多少目端の利くリーノであればこの辺境という土地柄を考えるとかなり分がいいと言えた。果たしてギルド側はどの程度手数料を引いているのだろうか。
(青十字盾、教養のある人物とは聞いていたが、商才の方もまずまずといったところか。ただそれなら、片づけねぇといけない問題がある)
リーノが思ったその時、だみ声が響いた。窓口の方からである。
その声を聞いてヘレスが普段ののほほんとした顔から一転、表情を険しくした。
声の方を見ると、ギルドの窓口でシスターシャという女性をつかまえて、新参と思しき傭兵が声を荒らげている。どうやら報酬のつり上げを行おうとしているらしい。
シスターシャはカイルが連れてきたギルドの会計係サイアスの娘で、窓口業務の責任者を任されていた。
その若さと美貌にして、傭兵相手にも物怖じしない胆力と頭の回転の速さを持ち、やんわりとした笑顔を崩さずに応対していた。
大半の傭兵はその笑顔にほだされて意気を萎えさせるのだが、その傭兵は報酬のつり上げを執拗とやめようとしなかった。
その傭兵の顔を見て、リーノは思った。
(ありゃ、相当金に困っている様子だな)
その傭兵には、悲壮な焦燥のようなものが見受けられたのである。
と、ヘレスが腰を浮かせた。その表情は硬い。
普段はどちらかというと大人しい青年であるヘレスだが、冒険者の唄に歌われる内容のうち、義侠の人間であることは確かである。己の故郷である辺境で横暴を働き、冒険者の名を貶める新参者を人一倍嫌っていた。
(やれやれ、一波乱起こるか)
とリーノが内心思った時。
「失礼」
と、シスターシャに詰め寄る傭兵に一人の青年が声をかけた。
何を隠そう、冒険者ギルドの発案者にして現ギルドマスター、カイルである。
隻腕の優雅な物腰に、その傭兵もすぐに相手がだれかわかったようだ。舌がうまくまわらず、うめき声のような言葉が言いきらぬうちに、カイルは詰め寄った。
「報酬について不服のようでございますが、これが当ギルドにおける最大限の努力であります。どうぞご容赦を。ああ、それと」
「な、なんだ」
「報酬に不満であれば、あちらの質屋を利用されてはいかがでしょうか。私たちは皆さま冒険者様を支援する相互互助組織。なにかと便宜を働かせていただきます。ささ、まずは話だけでも」
(ほう)
そのまま、カイルは隻腕で男を誘導して質屋の方につれていった。なるほど──カイルも、リーノ同様、多くの傭兵を見てきたようで、その傭兵の顔色から金に困っていることを読み取ったようである。
しかし、今日のような新参の傭兵がもめごとを起こすことは日常茶飯事となりつつある。
最初の方は、ギルド創設当時からいる古参の冒険者たちが一斉につめよって、数の圧力でいさめることができた。しかし冒険者の唄を聞いて辺境にやってくる冒険者志望──もとい、ならず者は日増しに増え、そろそろヘレスたちのような本当の冒険者の心得を持つ古参の冒険者の方が、少数派になりつつある。
その状況を助長するように、一時なりをひそめていた者も、歯止めが利かなくなり、周囲の村々に迷惑をかけるようになっていた。
(このまま手をこまねくようだったら、市井より輩出するのは勇者じゃなくて蛮族になっちまうが、元青十字盾殿ははたして)
リーノよりも人一倍、辺境とギルドの行く末に思い入れがあるヘレスは、この出来事の後、カイルに直談判した。
実直な若者であるヘレスはカイルの言葉に心を打たれて、冒険者となった身である。カイルの言葉を丸ごと信じたといってもいい。しかし新たにやってくる傭兵たちはどうか。彼らはカイルが口にした冒険者の理念をどれほど守っているか。ギルドとしての態度はこのままでいいのか、と問うた。
「あと数日」
カイルは口にした。
「あと数日、こらえてほしい」
その怜悧な相貌は、なにか心算があるようで、体格に優れていても実戦の少ないヘレスなどは思わず意気を飲まれてしまい、従うしかなかった。
そして数日後、カイルは言葉通り動いた。