プレゼン編
カイルが書斎に閉じこもっていたのは、冒険者ギルドの初期構想を固めるとともに、それがれっきとした『事業』として実現可能かどうか、商人としての視点で試算するために膨大な計算をしていたためであった。
それらを資料にまとめ、サーニャを伴ってカイルが赴いたのは、街一番の金貸しのもとだった。
事業として冒険者ギルドを展開するためには、カイルが傭兵時代に稼いだ金ではとてもではないが足りず、どうしても出資者が必要だった。
マダム・レーシィ。
数多の大貴族や大商人ともつながりのある街の顔役の一人であり、街の金の流れの大半には彼女が絡んでいる。カイルの父親が知人に騙されて商会を取り潰すことになった時も、そしてサーニャが奴隷の身分に貶められることになった時も、一枚絡んでいた人物である。
カイルは己の発案した『冒険者ギルド』の構想をマダム・レーシィに話し、入念に詰めた試算を提示して、出資を募った。
「よく出来ているね」
カイルの試算表を見て、喫煙パイプから口を離したレーシィは紫煙をくゆらせながらそう評した。
「本当に傭兵だったのかい? 手馴れているね。まあジョエルの息子か。あれも下手な情にほだされなかったら悪くない商人だった」
父親の話を出されても、カイルは表情を動かさなかった。不思議なことだが、騎士道物語のように戦場で戦功を立ててきたカイルであるが、商売人としての血は脈々と流れているらしくて、銭勘定の前での商人としての冷徹さ、目の前の女性が金貸しとして多くの人生を狂わせた存在であるとは別に、それがシビアなプロの商売人の姿勢として間違ってはいないと受け入れてもいた。
「是非、出資を」
カイルはその貴人めいた容貌で、レーシィに詰め寄った。
「ふむん」
レーシィは一声、うなるような声を上げて、ぽんと、机の上にならべられたカイルの持参した表を叩いた。
「しかしね。私にはどうもつかみかねる。冒険者ギルド、だったか。民間での対魔物を中心とした、自警団とも違う互助組織……。色々と言っているけど、お前の言っていることは、傭兵団を作るのとどう違うのかい?」
「それは……」
「あんたが傭兵とは全く違うものを作りたいのはわかったさ。で、結局冒険者というのはなんなんだい」
「──」
レーシィの言葉に、カイルは一瞬詰まった。
いうまでもなく、冒険者という言葉はこの時代では存在すらしていないものである。
しかし、カイルの事業『冒険者ギルド』とは、その冒険者が普遍的なものとして、人々が日常的に使う代名詞にならなければならないものだ。
そこにいたるためには、わかりやすく人に伝わる言葉が必要だと、今この瞬間にレーシィに気付かされたのだ。
「冒険者とは……」
レーシィの視線は鋭く、値踏みするようで、カイルの一瞬の遅滞すら許さず、出資を取り下げかねないものだった。
それを戦場で磨いた経験、あるいは商人としての勘で嗅ぎ分けたカイルは、言葉が自分で脳裏に思い描くよりも先に口をついて出て、貴族の婦人方ですら頬を染めらうような極上のスマイルを浮かべながら威風堂々と言った。
「私が思い描く冒険者とは、市井の者でも誰であろうと武で身を立てることができ、人々に歓呼で称えられる勇者を輩出すること。冒険者ギルドとは、市井から勇者を輩出する、勇者召喚の儀なのです」
カイルの物言いに、レーシィは、その美貌をぽかんと開け放った。
カイルはそこに畳みかけた。
「そう。勇者。魔物を切り伏せ、未開の地を切り開く勇者。そのような冒険者たちをギルドで支援し、あまねく派遣することで、私たち人間はお互いの人間同士での領土争いにかかずることなく、土地を切り開いて繁栄することができる。そのためには、今までの傭兵や、国家間の紛争に縛られない、また新たな概念が必要なのです」
カイルは一息に言い切った。
レーシィは、いまだぽかんとした表情のまま、キセルを一服。
紫煙を薄く吐き出した後、
「アーッハッハッハ!」
と、その美貌には似つかわしくない、端女があげるような下品な笑いを上げた。
「勇者召喚の儀とね。青十字盾といえば、傭兵であって傭兵らしくないと皆が口をそろえて言うが、全くもってその通りさ。とんでもない夢想家だ」
「………」
レーシィの反応が自分に対して好意的な物なのかどうか判断がつきかねて、カイルはしばし黙って反応をうかがった。
「ただの夢想家なら尻を蹴り上げて追い返すところだ。同時に、銭勘定しか目のない生粋の商売人なら、こちらもそうとしてビジネスとして扱うさ。だがカイル、あんたはそのどちらの視点も持ち合わせているようだね」
レーシィはそういうと、再びぽんと、カイルが提出した試算表を叩いた。
「現実を直視できる夢想家。これほど商売で面白いものはない。安全な商いも悪くないところだが、それで手に入る利鞘はたかが知れている。金貸しも時には博打を打ちたくなる。その金を貸すなら、あんたみたいな面白い男の方が掛けがいがある」
「では──!」
カイルよりも先に身を乗り出すようにサーニャが喜色を浮かべた。
「ただし」
その勢いを押しとどめるように、レーシィは手に持ったパイプを突き付けた。
「期限と債務は厳しく取り立てさせてもらう。夢想家も駆け出しで失敗してしまえばそれまで。後に残った未練に付き合うつもりはこちらにはない」
レーシィは細い眦を鋭くして、射すくめるように言った。
「失敗した場合にはあんたには体で払ってもらう」
「……奴隷、ということですか」
「青十字盾だ。下手な美女よりもいい値がつくだろうさ。ああ、商人の出であることはこれまで通り隠しておいた方がいい。あと5年は、結婚しない方がいいだろうね」
「その方が、あなたの信頼もつなぎとめられそうですね」
「話のわかるってのは、商売の話をする上で大事な要素さ」
レーシィはパイプを吸い、紫煙を吐き出した。
「奥の間で控えてな。今誓約書をしたためる。それをお互いにサインして、契約は履行だ」
「ありがとうございます」
「その言葉はまだとっておきな」
言い捨てると、レーシィはしっしと追い払うように手をふるった。カイルの微笑も海千山千の金貸しには効果がないようだ。部屋の奥からレーシィの小姓が出てきて、カイルたちを案内していった。
カイル達が立ち去った後、レーシィは目をつむりパイプをひときわ大きく吸って堪能した後、ふと、視線を卓上へと送り、カイルが置いていった試算書を手に取った。
「マグヌス公に目をつけるか。くく、さすがは青十字盾だ。宮廷の闘争劇に、自ら飛び込んでいくとはね」
一方、サーニャとカイルが案内された奥の間。
「勇者召喚の儀か。咄嗟のアドリブとはいえ、自分で言って恥ずかしくなるな」
とカイルが顔を覆っていると、サーニャは微笑みながら言った。
「いえ。素晴らしいと思いました。カイル様は、ただの商いではなく、人々のこれからを考えて冒険者ギルドを発案したのですね」
「……今みたいに、人間同士の国で領土を切り取り合い、睨み合うのでは無益な争いが増えるばかりだ。遊撃戦力となる傭兵たちも統制をとれていない。それをギルドとして、掌握とはいかないまでも、流れをつくることで誘導することはできると思っている」
「それが冒険者ギルド……。私たちは、未来の勇者を育むお手伝いをするのですね」
サーニャははにかむように言うと、唄を口ずさんだ。吟遊詩人が口遊む、英雄譚のハミングだった。
それを聞いていたカイルは、ぽつりとつぶやいた。
「サーニャは、唄がうまいな」
「え?」
瞬間、サーニャは耳まで真っ赤にして歌うのをやめた。
「す、好きなので、一人の時はたまに」
「ああ、横やりを入れて悪かった。そのまま聞かせてくれないか」
カイルは微笑みかけるように言った。
カイルという男は不思議な男で、人前ではその貴公子然とした容貌に完璧なスマイルを浮かべて如才ない対応をするのだが、これが逆に気心の知れた隣人だけとなると、むすっとした憮然とした顔で、黙りこくった姿ばかり見せるのだった。
そのカイルに珍しく微笑みかけられて、サーニャは顔を火照らせながら、咳ばらいをして喉の調子を整えた。
「それなら、少しだけ……」
隣の部屋まで響かないように、サーニャは声量を抑えて、唄を歌った。