立志編
日本の西洋風ファンタジー世界でよくある冒険者ギルド。
その冒険者たちの物語……ではなく。
『冒険者ギルド』を創設し、『冒険者』という概念を異世界で初めて打ち立て定着させるまでを描いた物語。
主人公は元傭兵カイル・ロンド。
貴人めいた風貌の持ち主で、青い帯が縦横に二本入ったカイトシールドを用いることから、『青十字盾』の名で呼ばれ、どこぞの貴族の私生児だとか、亡国の王子だとか、まことしやかに囁かれていた。
しかし種明かしをしてしまうと、彼は単なる商家の三男坊にすぎない。
異国人同士の両親から受け継いだ面相に他人を安心させるような笑みを浮かべるとそう見えただけで、彼は箔をつけるために噂の流れるままにあえて自分の出自をはぐらかしていた。
物語冒頭で主人公カイルは、彼を妬んで逆恨みする別の傭兵の手から、恩人の娘サーニャを救うのと引き換えに利き腕を失う。
こうして傭兵として戦場に立つことができなくなったカイルは、傭兵時代に蓄えた財産を元手に、商売をすることを考える。
すでに商売人として身を立てている父親や兄弟たちの商いを手伝いながら何を商売するか考えようと里帰りし、行商の手伝いをした宿場町で、カイルは保護していた恩人の娘サーニャともども、傭兵たちの蛮行に遭遇する。
利き腕を失ったカイルでは、本来ならあきらかな格下の傭兵たちにも太刀打ちできなかった。
カイルは戦えなくなったことでなおのこと、暴力というものの恐ろしさと理不尽さ、そしてそれを持たざる者の憤りを痛感するのだった。
あはやサーニャが男たちに乱暴される、というところで魔物専門の魔物ハンター、ルーシィの一行に助けられるが、この出来事はカイルに大きな心境の変化を与えた。
冒険者という概念がまだ存在しないこの時代、その代わりともいえるのが傭兵だったが、傭兵たちへの人々の評判はお世辞にもいいものとは言えず、野盗などと大差ないと口さがなく言うものもいる。
この時代は本来冒険者たちが活躍する物語よりも200年以上前を想定している。人類の生存権は未だ限られ街を一歩でると自然の獣やモンスターで危険であり、人間を含む外部からの脅威には一致団結して戦うのが一般的な人間の基礎通念である。
当然、自ら最前線で身を張る戦士は人々から称賛され、門戸も広く開かれて盗みなどの軽犯罪歴のある人間でも街の衛視などになることができ、武で身を立てることは若者たちの憧れとなり、英雄譚は酒場でも人気の詩だった。
一方、傭兵。
先ほども言った通り、門戸は広く開かれて誰でも戦士になることができるのである。だが国に属さず、契約でのみ力を振るう傭兵は、軍規になじめないならず者か、徹頭徹尾、利己的な精神の持ち主で、いざ窮地という時ほど、足元を見て値段を釣り上げてくるので、傭兵たちへの人々の感情は劣悪で軽蔑すらされていた。
『青十字盾』とカイルが有名になったいきさつは、その面相以上に、彼の傭兵らしからぬ騎士道然とした立ち振る舞いと打ち立てた勲によるものであり、傭兵らしくない傭兵であるからこそ有名になったとも言える。
傭兵たちの蛮行から助け出されたカイルは、思うところがあり、しばらく父兄弟たちの手伝いを辞し、書斎にこもって様々な文献を漁ったり、複雑な計算に没頭した。
彼の従者のように付き従うサーニャが心配に思い出したころ、ついにカイルは己の解答を導き出した。
それは全く新しい治安維持組織であった。国家に縛られない民間運営であり、国家間の紛争には関わらず、故に基本的に魔物相手の討伐しか受け負わない。
窓口として戦士たちに依頼を発行し、戦士たちはどの依頼を受けるか自由に選択できる。
自由。
カイルはこれにこだわった。『青十字盾』として名声を得るまでになった彼が、それでもいくつもの仕官への誘いを断ったのは、自らが縛られることに息苦しい忌避感を覚えたからだ。
それはあるいは責務からの逃避という子どもじみた理由に他ならない。だがカイルはこう見えて商売人の息子である。
商品とはお互いのニーズと利害によって取引されるものであり、それさえ満たされればどんな不公平な取引でさえなされる。言い変えれば、それこそが肝心要の要素だと。
カイルは傭兵たちの手から助け出されてから、自らもそうであった現代の傭兵の在り様を見つめなおし、それをまた違う形として、できれば人々から歓呼の礼で迎えられ、そして当人たちも胸を張って自らをそうであると名乗れる形にできないかと考え、至った答えだった。
「オレがやる商いはこれだ。単なる傭兵とは異なる、また新しい形の治安維持の形。成功するかはわからぬ。いや、もし成功しようものなら、その傭兵に飯の種を奪われたと、脅されることすらあるやもしれん。だから、サーニャ」
「私はカイルさまの右腕になると誓いました。私のせいでその腕を失くさせた時から」
カイルはサーニャのことを思えばこそ、サーニャの援助を振り切りたい思いがあったが、同時に、この少女のぬくもりが離れることに耐え難い既視感を覚えて、サーニャの手を振り払うことができなかった。
傭兵たちにサーニャが乱暴されそうになった時、カイルの内を駆け巡ったドス黒い感情は、彼女を失うことにとてつもない恐れを抱かせるものだった。
「ところで、名前はなんというのですか?」
「名前?」
「そのカイル様が考えた、傭兵の代わりとなる組織のことです」
「名前か。考えてなかった。サーニャ、いい案があるか」
「えーと……」
バツの悪い様子でカイルが押し黙ると、サーニャはしばし考えた末、
「冒険者」
「冒険者? 冒険家ではなく?」
「はい。えっと……酔った父が言っていたんです。傭兵などではなく、武で身を立て、思うままに冒険し、竜の住まう山に金銀財宝を探しにいったり、トロールの住む洞窟に踏み入ったり……そういう冒険をするのが男のロマンだ、と。カイル様が作ろうとする組織は、そういう風に自由に生きられる組織ではないのですか」
「なるほど。それで冒険者……。冒険者か」
「その組織……互助組織ですか。なら『冒険者ギルド』など、どうでしょうか」
カイルは指を鳴らした。
「素晴らしい。お前に聞いてよかった、サーニャ。俺はこの手で作るぞ。新たな治安維持組織、『冒険者ギルド』を」
こうして、元傭兵カイルによる、冒険者ギルド創設秘話がはじまった。