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辺境陰謀編その7

 翌日の昼時。

 ギルドがもっとも賑わう時間帯を狙って、ギルドの扉が乱暴に開け放たれた。

 選りすぐりの取り巻きを引き連れて、先頭に立つのは『戦場の鷹』の団長ビクトール。

 基本的に、ギルドへの嫌がらせは下っ端に任せて顔を出すことは珍しい。

 そのビクトールが、今回は幹部連中を引き連れて直々に乗り込んできた。


「『青十字盾』を連れて来い!」


 ドスの利いた声で叫ぶ。

 多少の荒事には感覚が麻痺してきた職員たちも、戦場で死地を渡ってきた幹部連中の迫力で震え上がった。

 職員が呼ぶまでもなく物音で階下に降りてきたカイルは、貴人めいた相貌を引き締めて射抜くような声音で言った。


「ビクトール殿。二度とギルドの敷居をまたがぬよう言ったはずです」


 それにビクトールは表情を動かさず、顎をふって背後の部下たちをうながず。


「う……、あ……」


 背中を押されてふらふらと地面に倒れ込んだのは、青痣だらけで、露出した肌の無事なところを探す方が難しいほどあちこちを腫れ上がらせたヘレス青年だった。

 覚悟したことであったが、彼の姿を見てカイルの視線が歪む。


「なぜこんな乱暴狼藉を」

「喧嘩を売ってきたのは、そっちが先だぜ」


 ビクトールは獰猛な笑みを浮かべながら、顎でしゃくった。


「俺と決闘しても勝てると息巻いたそうじゃねぇか。『青十字盾』。そのガキがうわごとのように言ってたぜ。『カイルさんなら、お前なんか片手でもひねり倒してくるぜ』ってなぁ」

「…………」

「この酒場でも、大勢の前で言ったそうじゃねぇか。なぁ。なら証明して見せろよ」

「……ビクトールさん」

「決闘だ。まさか逃げないよなぁ。ギルドマスターさんよぉ!」


 酒場に集まっていた冒険者たちや、ギルド職員がざわざわとざわめく。

 確かに隻腕でも勝てるとカイルは昨日宣言したが、それが空気を盛り上げるための見栄で、いざ戦えば万にひとつの勝ちもないと思っていた。

 だからこの場を、どんな理屈をこねて切り抜けるかと、固唾を飲んで見守った。


「……もう辛抱ならんッ!」


 だから、冷静さとは程遠い激情をカイルが迸らせ、カッと高い靴音を立てて足を踏み出し手で払いのける仕草を見て、その挙措を理解しあぐねて驚きの声を上げる者もいた。


「私の、俺の冒険者ギルドに対する数々の狼藉。このまま見過ごせるものか! 決闘、いいだろう! 無法者もそれならようやく理解するだろう! ただしッ!」


 鋭く言い捨てるなり、カイルは凄惨な笑みを浮かべた。


「あの時のように逃げることは許さぬぞ。真剣で、決着がつくまでだ」

(それは)

(正気か)


 戦いの機微のわからぬ数人が声を張り上げるも、この場に居合わせるほとんどの人間が、一つの結末を思い描いて言葉を失った。

 酒場の隅にいるフルカスが、気まずげに咳ばらいをして、何事か言葉を投げかけようとするも、口を開いたり閉じたりするだけの仕草を見て、カイルが何かの魂胆があるのではなく、激情に駆られて我を失っているのだと数人が察した。


「ハハハハッ! なめられたものだ! いいぜ、望み通りしてやろう!」

「辻を曲がったところに広場がある。そこで勝負だ。衛視たちも、合意の上でならことさら止めはしないはずだ」

「いくぞ! ハッハッハッハ! 聞きしに勝るあっぱれの勇気だ! 『青十字盾』の名は伊達ではない!」


 ビクトールは気分のいい様子で哄笑を上げながら、部下を引き連れ歩き出した。


「カイル」


 その背に続こうとしたカイルの袖をひいて引き留めたのは、フルカス。

 その顔は、厳しくしかめられており、何事か目で彼に訴えているようだった。

 その視線を受け止めて、カイルは微笑みすら浮かべて2人だけに通る声音で囁いた。


「大丈夫だ。全ては予定通りだ」

「………」


 カイルの言葉になにがしかの覚悟を感じたらしきフルカスは、袖から手を放して無言のまま引き下がると、歩き出すカイルと対照的に酒場の卓にドカッと腰を下ろし、酒を注文した。


(見られるかよ、カイル……)

(お前が死地にいくというのに、それを見届けられるかよ……)





 一方、そのころサーニャは。

 一連のカイルの動きなど全く聞いてはおらず、いいつけ通り、街の方でサイアスの手伝いをして過ごしていた。

 サイアスの様子がおかしく、日を増すごとに、サイアスが彼女から目線を背け、何か喉につっかえた様子に気になりつつも、聞いてものらりくらりとはぐらかされ不安を募らせていた日々。

 そしてサーニャがそれを知ったのは、半ば偶然であるが、カイルが決闘を申し込まれたのとほぼ同じころだった。


「お嬢。これを」

「? なんです、サイアスさん」

「出かける前にギルドマスターから預かっていた手紙です。街についてしばらくしてから渡すようにと」


 覚悟を決めた様子でサイアスが差し出したのは、封蝋のされた便箋である。

 封蝋は冒険者ギルドのギルドマスターが押す判、つまりカイルのものだ。

 それに気づいた瞬間、とびつくようにサーニャは彼の手から手紙を奪い取り、力任せに封を破りたい気持ちを抑えて、ペーパーナイフで封を開くと中の手紙を卓上に取り出した。

 その歌い出しは、次のような言葉で綴られていた。


『サーニャ。これをお前が読んでいる時は、既に俺はこの世にいないかもしれない。

 こうして手紙をしたたても、何とお前に言葉をかけていいやらわからない。

 だからひたすらに、私の考えを記そう。

 私はこの世に『冒険者』という概念を広めたい。それはいつかお前に話したように、傭兵や騎士とも異なる概念で、一人一人がその名を胸を張って名乗れるような存在だ。

 しかしその道行は果てしない。あの禿鷹のような傭兵程度でその道が怪しくなり、そして私の悲願を達成するためには、あれよりもはるかに多くの苦難があるであろう。

 それでもこの志を胸に抱き続けるのならば、必要なのは、常に"風"を見ることだ。

 この大願は、俺たちだけで成すことはできない。痛感している通り、俺たちは所詮ちっぽけな存在だ。多くの障害は、より多くの誰かの助力を得られなければ乗り越えることはできない。

 そこで俺はある賭けにでることにした。

 前置きが多くなったが、言おう。

 俺はビクトールに決闘を申し込むつもりだ。

 もちろん、全力で挑む。『戦場の鷹』は、団長であるビクトールを柱とする集団だ。

 これを隻腕の俺が決闘で討ち倒すことができれば、即座に士気は瓦解するだろう。

 だがビクトールは一角の荒武者だ。

 俺が敗れることとてあろう。

 その時こそ、サーニャ。

 お前が"風"を引き継ぐのだ。

 俺、カイル・ロンドの名代として、俺の遺志を引き継ぎ、『戦場の鷹』に立ち向かえ。

 すでに、ローグ殿に助力を頼む文を出してある。

 どうか、道半ばで果たせなかった俺の志を継ぎ、冒険者ギルドをお前の望む形でいい。

 存続してもらえないか。

 無責任な書置きとなってすまない。

 お前の優しさにはいつも感謝している。

                   カイル・ロンド』


「カイル……様……!」


 サーニャの瞳から雫がこぼれ落ちた。

 わざわざ日を開けてから手紙を渡すよう命じたということは、もはやサーニャが戻っても手遅れの日時を選んでいるということだ。


「サイアスさん……。私、カイル様のもとに……!」

「止めやしません。ただくれぐれも、道中お気をつけて」


 サイアスは被っていた帽子を胸の前にかき抱いて、お辞儀をした。

 サーニャはすぐさま脱兎のごとく駆け出し、身支度もせずに馬に飛び乗った。

 まるで戦場の早馬のように馬を飛ばす。


(馬鹿です。カイル様)

(大馬鹿です。あなたは!)


 あふれ続ける涙が風に吹き流される中、サーニャはその円らな眼を爛々と見開いて前を見据えたまま、一心腐乱に駆け続けた。





 その場は、悲壮たる賑わいを見せていた。

 大声を張り上げて怒号を迸らせるのは、『戦場の鷹』の団員。

 彼らは団長ビクトールの勝利を万に一つも疑っていない。

 思うままにはやしたて、『青十字盾』の名と冒険者ギルドの名を罵倒する。

 息を飲み苦しい顔をしつつも、カイルが無策のままなはずがないと祈るように見つめるのが、冒険者たちの面々。

 自らが代理人の心持ちなのか、中には当事者のように顔に汗をかくものがおり、眩暈を払うように汗をぬぐいながら視界に収めている。

 その他、近隣の住民たちも、顔を見せていた。見世物だとはやしたてるものは皆無に近い。

 『青十字盾』カイルは、一目見れば忘れない眉目秀麗な若者だ。

 そして冒険者ギルドを率いる彼が敗れてしまえば、この辺境の地で、『戦場の鷹』のようなならず者たちがのさばることとなる。


「衛視たちが駆けつけて止められたら締まらねぇ。はやく始めるぞ」


 そう言いながらビクトールが片手で持ち上げたのは、本来両手持ちの斧槍。

 槍と斧を組み合わせた形状のこの長柄武器(ポールウェポン)は、その威力と間合いの代償としてとにかく重い。

 並みの人間なら持ち上げることすら難儀するそれを、暴風が如く振り回すのがビクトールの真骨頂である。


「こちらも準備はできている」


 カイルは、器用に口を使って左手に滑り止めの手袋をはめてから答えた。

 彼は脇に刺突用のレイピアを挟み、そして腰には白木の鞘に納められた剣を佩いている。

 片腕しかいないのに、奇妙とも言える二刀流だ。


「それじゃ合図で始めるぞ。おい」

「ヘイ!」


 2人、広場で距離をとって立つと、ビクトールにうながされた部下の一人が手を挙げた。

 この段小細工を挟む必要はないと見えて、真っ当に、号令を放つ。


「それでは──初め!」


 合図と同時に、両者弾けた。

 全身の筋力のバネを使って躍動し、彼我の距離を詰める。

 中でも目覚ましい速度を見せたのは、隻腕のカイル。黒髪をたなびかせて、青い制服もあって蒼い雷光のように突き進む。


(さすがに(はや)い。だがっ!)


 カイルは明らかにビクトールの得物の斧槍の内側にもぐりこもうとしていた。長柄武器の弱点である近距離での取り回しの難しさの隙を付こうとしたのだ。

 だがビクトールとてそれは百も承知。急制動をかけると、腕の筋肉を盛り上がらせて斧槍で大気を裂く。

 風のいなり(、、、)が轟いた。

 重厚な斧槍が風を巻き込みつつ振るわれる際に立てる音だが、カイルはそれをステップを踏んでかいくぐると、体を半身にして刺突を放つ。

 閃光のような刺突がビクトールの顔面を襲うが、長柄の斧槍が邪魔となって踏み込みが足らない。切っ先がビクトールの顔面を撫でるに留まった。

 初撃の攻防から、二合、三合と撃ち合う。

 カイルは利き腕ではないと思えず、体を機敏に動かしてビクトールの攻撃をかわせるものはかわし、避けきれないものも、刺突剣を巧みに動かし、受け流すことで耐久力の劣る刺突剣で重いビクトールの斧槍をさばいた。


(──思いの他、やる)


 隻腕となったはずのカイルは、ビクトールの予想よりも数段上だった。

 だが。


 ぶぅん、と今度風をまとって振るわれたのは、ビクトールの拳だった。


「──!」


 斧槍の内側に踏み込もうとしたところで、突如振るわれた拳に、カイルは体勢を崩す。

 そこからはビクトールのペースだった。体勢の崩れたところに斧槍の横薙ぎを絶え間なく振るう。カイルは内側に踏み込むことで、斧槍の死角へと入り込もうとしたが、そうすればビクトールの拳や蹴りが襲ってきて、余計に体勢が崩れる。

 もしカイルに両手があれば。

 刺突剣を得物に選ばず、いつもの幅広の長剣を選び、斧槍の攻撃も正面から盾で受け流すことができただろう。

 至近距離に持ち込めば、ビクトールが拳を振るおうと、左手に握った盾で押さえこみ、ビクトールを制圧することが可能だっただろう。

 だが隻腕であるハンデは、この2人の間では大きすぎる。


「くっ! ぬっ! ぐっ!?」


 攻めあぐねたカイルが、防戦一方となり、斧槍の連撃に後退を余儀なくされる。

 耐久力の劣る刺突剣では斧槍の攻撃を真っ向から受け止めきれず、体さばきだけでかわしきるには体力を消耗する。

 そうなると後ろに逃げるしかなく、刺突剣を振るってなんとか遅滞を試みるも、見る見るまに広場の壁の方へと追い立てられていった。


「くっ!」


 とうとう、広場の端となる垣根へと追い詰められた。

 ビクトールが勝利を確信して、垂直に斧槍を振り上げる。


「これで終いだ! 『青十字盾』ェ!」


 風を巻き込んで斧槍が振り下ろされる。

 この瞬間、カイルは一番の冴えを見せた。

 体重を背後の垣根に預け、体をたわませると、次の瞬間躍動し、前へ前へと跳ねたのだった。

 それを阻止しようと斧槍の角度を変えたビクトールの動きを、斧槍の柄の部分に刺突剣を交差させて一瞬の遅滞をつくると、身を滑らす。

 一瞬にしてビクトールの背後へと周りこみ、壁を背にしたのはビクトールの格好となった。


「──ちょこまかと!」


 それでもビクトールは攻め手を緩めまいと斧槍とともに身を翻す。

 その眼前に、刺突剣の切っ先が飛び込んできた。


「──っ!?」


 ビクトールは、半ば本能で顔を傾ける。

 通り過ぎた刺突剣が、ビクトールの頬をかすめて鮮血を垂らした。

 カイルは背後にまわった一瞬の隙に、手にした刺突剣を投擲(とうてき)することで通常ありえないタイミングで攻撃を挟んだのだった。

 だがビクトールはかわした。カイルは徒手の状況である。

 カイルは二本目の剣を抜こうと空いた左手を伸ばしている。片腕では剣を抜くのも難儀するのか、不自然な前傾姿勢で、動きも硬直している。


(──この間合い)

「もらったぁ!」


 今度こそビクトールが必殺を予期して斧槍を振りかぶった瞬間。


 ダン!!と。


 カイルは地鳴りのような音を立てて一歩踏み込み、そして、


 チィィィィィィィィィン


 音は遅れてきた。

 ビクトールにとって必殺の間合い、射程的にもカイルの剣は届かないはずで、鞘から抜くよりも先に己の斧槍が到達するはずであった。

 しかし刹那の瞬間、カイルの腰元から閃いた白銀の閃光が、月を思わせる弧を閃かせてビクトールの喉元に突き刺さった。

 反射的にビクトールが踏み込みを止めたのは、さすがと言っていいだろう。

 そのまま踏み込んでいれば、ビクトールの首は胴と別たれていた。


「この勝負。私の勝ちだ」


 ビクトールの喉元に白刃を付きつけ、宣言したのはカイル。

 彼の手には、普段使用していた両刃の長剣ではなく、東方産と思われる片刃の刀が握られていた。


「なっなんだ今のっ、はっ!?」


 首元に刃を突き付けられた格好のまま、ビクトールは泡を食って目を白黒した。鞘中にある剣を、常軌を逸した速度で抜き放つ斬撃。それはビクトールの見たことのない技だった。


(付け焼刃だが、物にできた)


 カイルがして見せたのは、居合という技である。

 鞘中にある得物を、抜くと同時に斬撃に転嫁する絶技。

 鞘に沿って刃を走らせることで、刃は鞘の中で運動エネルギーを貯めこみ、それが抜き放たれた瞬間、最高速の雷光となって瞬く。

 一撃限りの神速の斬撃である。

 カイルがこの居合を会得しようと思ったきっかけは、自身に両の腕があったころの切り札である盾殴打(シールドバッシュ)である。この動きを、何かに応用できないかと考えたのだ。

 通常、盾での打撃は内から外へと振り払う力任せの動きだ。しかしこの動きをこと剣に応用しようとしても、体重の乗らない『払い』にしかならず、ほとんど生かせない。

 しかしもしその一撃に荷重をかけ、必殺を賭した一撃に昇華させれば。

 居合の技は腰元に差した剣を、己の体重をかけて踏み込むと同時に抜き放つ全力の斬撃。この動きと、横方向に盾を振り抜く盾殴打は似通った分があったのだ。

 そしてビクトールと隻腕となったカイル、その差を埋める奇策になりえるだろうと、カイルはひたすらにこの技を磨いた。

 そして今の光景がある。


「勝ったのは俺だ。異論はないな?」


 ビクトールの喉元に刀をつきつけながら、カイルがたずねる。顔を青くしたり白くしたりしていたビクトールだが、ごくりと唾を飲み込むと、うなずいた。

 カイルは長い息を吐いた。肺腑(はいふ)にため込んだ、空気以外も含む一切合切を吐き出すと、背筋を正して、抜き放った刀を鞘に納める。

 その瞬間だった。


 ガッ


「あ! て、てめぇ!」


 負けを認めたはずのビクトールが、背後からカイルの胴体を斧槍で薙ぎにかかったのだ。

 寸前で気配を察知したカイルが身をとびのけて避けたが、バランスを崩して横転。

 倒れたカイルの首元に、ビクトールは斧槍を突き付ける。


「動くなよてめぇら!」


 そして居丈高に宣言する。

 当然、これに抗議の声を上げたのが、観衆につめかけていた冒険者たち。

 それ以外にも、ギルドと無関係の市民の声もあった。


「どう見たってあんたの負けじゃないの! 潔く負けを認めなさいよ!」

「うるせぇ! 田舎者が、戦場の流儀を知らないようだな! 戦場では生き残った奴が正義なんだ!」

「ビクトール……貴様……!」


 殴られた衝撃で咳込みながら、カイルが糾弾するように言った。

 それに激怒するのでなく、むしろ蔑むようにビクトールは答えた。


「『青十字盾』……やはり戦場を離れて鈍ったな……。傭兵であったころのお前なら、命をとらないような甘えは見せなかっただろうぜ」

「やめろ! 負けを認めろ! カイルさんを離せ!」

「血の流れない戦争(ケンカ)はない! 戦争の勝敗は血で贖うしかねぇんだ! さらばだ! 『青十字盾』!」


 追い詰められたビクトールが、目を血走らせながら斧槍を振り上げる。

 突き下ろすまで、わずかな時間しかないはずであったが、この時観念の心があったためか、カイルは胸中で術壊する余裕があった。


(すまない、サーニャ……。後は頼む……)


 その時だった。

 人混みよりもむこうから、白い光芒が閃いて、ビクトールの腕に突き刺さった。


「ぐあっ⁉」


 ビクトールが腕を抑えて悲鳴を上げると同時。


「そこまで! この決闘、俺が預かる!」


 高いところから響く声に、自然と人混みが割れ、そこには馬上に立つ護衛武官ローグの姿があった。

 ビクトールの腕に突き刺さった白い光芒は、彼が部下の狙撃手に命じた、馬上からのロングボウによる狙撃だった。


「……ローグ殿。援護は無用と言ったはず」

「聞けるかよ。お前にくたばっちもらっちゃ俺が困る。それに……」


 決闘を見物にきた観衆。

 こちらは真っ二つに分かれて、『戦場の鷹』とそれ以外に別れて、狂騒状態となっていた。

 冒険者はもちろん、見物に来た一般市民たちも『戦場の鷹』たちを罵倒し、手にしたホウキで殴りかかったり、どこからかき集めてきた果物を投げつけたりしていた。

 普段なら怒鳴りちらす『戦場の鷹』たちも、ローグ達の目の前で市井の者に無暗に手を出せばどうなるかわかっているようで一か所に固まり、己の身をかばうのみだった。


「呆れるような無茶だが、どうあれもぎとった勝利で民意もお前たちについた。『戦場の鷹』はこの辺境から放逐する」

「それは……マグヌス様の命令か?」

「いや。俺の独断だ」

「それは……ローグ殿にとっても、うまくない話だろう」

「そうだな。だから俺たちは一蓮托生さ」


 ローグは言うと、拳をカイルの心の臓に押し当てた。


「マグヌス様の命令に背いて独断専行した角で、俺とお前、二人でアズート陛下に申し開きをしよう」

「──」


 ローグは固く腹を決めたようだった。

 そしてこの後に及んで、カイルもお茶を濁そうとはしなかった。


(そうだな。俺はそのためにこの辺境にやってきたのだ)


 そう胸中でつぶやく。


(アズート陛下に、冒険者ギルドを認めさせる)

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