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辺境陰謀編その4

 カイルはとりあえず3日の営業停止を決めた。

 ほとんどの人間は嵐が過ぎ去るのを待てばいい、という考えだったが、予想を裏切り、『戦場の鷹』は辺境に居座り、酒場や宿で冒険者を見かけるや難癖をつけたり、商売女や酒場の店員に冒険者たちの醜態を誇張をまじえてふき込んだりと、とにかく冒険者たちの意気を削ぎにかかった。


 傭兵たちにとって『面子(めんつ)』というのは時としてその人本来の武よりも重要な存在である。

 そしてただでさえ巨大さを維持する『戦場の鷹』であるから、自分たちと敵対する集団の『面子』の潰し方については一日の長があった。

 元々辺境という土地柄に特にこだわりがなかった冒険者の中には、わずか数日で嫌気が刺し、辺境を去る者も少なくなかった。


(常識的にはあり得ないことだ)


 カイルは、拳を握り込んだ。


(冒険者ギルドの空気は一時的にまとまっていた。それを武力で覆す集団が、ただ冒険者ギルドを潰すためだけに辺境にやってくるなどありえない)


 あれだけの数の人間が、辺境で飲み食いするだけで多額の費用が掛かるはずなのに、『戦場の鷹』たちはとにかく羽振りがよく、昼間から酒場に入り浸ったり、商売女を抱く者もいる。

 どこかに資金源があるはずだった。


(アズート王派の誰かが、手を回したか)


 そうと考えるしかない。

 潤沢に財源のある人間だから、諸国に知れ渡った大商人か、あるいは貴族や将軍の立場にいる人間。

 現王であるアズートの側近には、いくらでもいるだろう。

 カイルは『戦場の鷹』が現れたその日から遊女や酒場の人間に小金を握らせてそれとなく探るように頼んだが、彼らによると、やはり正体を隠した何者かがビクトールに報酬を握らせて、冒険者ギルドを潰す入れ知恵をしたのは確からしい。

 ビクトールも以前の戦場でのカイルに借りがあるし、鷹というか禿鷹のように忌み嫌われる『戦場の鷹』であるから、同じ傭兵であるクセに、自分だけは清廉潔白のように振る舞う青十字盾と冒険者という存在を妬み嫌う者も多い様子で、団全体が今回のことに乗り気のようだった。


(時期が、悪い)


 カイルはほぞを噛んだ。

 今更にして、マグヌス公をあえて待たせようとした三日が、結果として時期を大きく逸してしまったことを痛感した。


 これがもしマグヌス公に即座に応じ、話を通してからであれば事は変わっていた。

 マグヌス公と冒険者ギルドの意思が結託し、話がまとまったあれば、この地を治めるマグヌス公の助力、配下の衛兵などの手を借りて難なく『戦場の鷹』を追い払うことができた。

 たが、これまで冒険者ギルドとマグヌス公は独立独歩の道を歩んできた。

 それは、カイルが、冒険者ギルドの旗揚げをこの辺境の地と見定めたころから描いて絵空地図。

 元々の計画では、いざマグヌス公の助力を得る時には対等な立場で、そしてマグヌス公の方から話を持ちかけてくる状況でならなければいけないと思っていたからだ。

 その時がきたのに、カイルはあえて、三日という時間を置いてしまった。

 あまりに自分の想定通りに話が進んでいたために。


(これは俺の驕りだ)


 カイルとしては背中から炎で焙られるような感覚だった。

 戦場で刃を振るう度に敵兵の首を景気よく跳ね飛ばしていると思った束の間、気づいた時には周囲一帯が炎に囲まれ、充満した煙と熱気が肺に侵入して体の内側と外から焦がしてくる。

 ──戦場にいたカイルは、こういう時こそ冷静さを失ってはいけないと知っていた。


(焦って闇雲に動くことはあってはならない。光明は、一筋しかないのだから)


 カウンターを信条とするカイル、それはどのような劣勢な状況でもつぶさに周囲を監視し、一瞬の起点すら見逃さない卓越した戦術眼で裏打ちされたものだった。


 しかし──先ほど、打ちのめされた若者にカイルが告げた通り、カイルとて常勝ではなく、自ら敵に背を向けて退くことしかできなかった敗戦すらある。

 この状況は劣悪だった。

 まず、基礎的な集団の力が違いすぎる。『戦場の鷹』の規模が大きすぎるのだ。

 規模が大きいのであれば、戦であれば兵站、この状況では飲み食いするのに大量の資金を消費するはずだが、うなるほどの金で豪遊している。

 このため、『戦場の鷹』たちの士気は高い。

 一方、冒険者ギルドの冒険者たち。

 こちらは残念ながら、『戦場の鷹』と比べてしまうと烏合の衆というより他ない。元々カイルが、組織化して運営するつもりはなく、冒険者たちの自主性に任せた。そのため、数はもちろん、仲間意識はあれど組織的な結束力は無く、『戦場の鷹』の襲来に早くも辺境での冒険者稼業を見限って、辺境を去る者が日増しに多くなっている。


(いち早く手を打たなければならない。……が)


 カイルに打てる手は少ない。

 資金が潤沢にあるわけではないし、手元に兵力があるわけではない。ヘレスなど、何人か頼めば手助けのもらえるツテはあるだろうが……。

 そもそもこれは戦ではない。

 どこに勝ち負けがあるかもわからない話なのだ。

 『戦場の鷹』は冒険者ギルドの事業を潰しにかかっている。裏にある資金提供者を暴けば何か手が打てるかもしれないが、それはカイルや冒険者たちの本分ではない。

 そもそも、資金提供者にとって『戦場の鷹』は捨て駒にすぎないだろう。

 尻尾のつかめるような証拠は残していないと考えた方がよい。


(暴力)


 『戦場の鷹』とはまさにそれであった。

 唯一始源の単純にしてわかりやすい理力にして、純粋なまでの悪意。

 冒険者ギルドとは、それらに抗するための組織のはずであった。


「………」


 執務机に腰かけカイルが黙考していると、入口の扉が開いて雨露をしたらせたサーニャが姿を見せた。


「カイル様、戻りました」

「ああ、サーニャ、お帰り。……村長がたの様子はどうだった?」

「依頼の停止についてはいったんの承諾を頂けました。皆さん、冒険者ギルドに好意的で……頑張って欲しいと」

「……。そうか。ありがたいことだ」


 『戦場の鷹』が、昼間から酒場などで豪遊し、冒険者たちの醜態をあることないこと吹聴するものだから、自然と冒険者ギルドの苦境は伝わるらしく、街を歩いていると店主や酒場の売り子が心配の声をかけてくることがある。

 冒険者ギルドが辺境で一定の信頼を集めた……という面ももちろんあるだろうが、『戦場の鷹』がこれからも辺境にのさばることを心配されているのだ。金払いこそよいが、それ以外についてはお世辞にもいい客とは言えない。

 辺境の人々にとって、『戦場の鷹』は決して望まれた客ではないのだ。

 そしてもし、冒険者ギルドが無くなってしまえば──


「……」


 サーニャは雨露を払って自分の執務机に腰を下ろすと、机に広げられた紙料──冒険者ギルドの業務を停止しているので、サーニャにまわすまでの仕事はほとんどない──を見るそぶりを見せてから、おずおずとカイルの顔色をうかがいつつ、声をかけてきた。


「あの……カイル様。ローグ様を頼っては?」


 サーニャも、それを言葉にするまで多くの躊躇いがあっただろう。

 善意の情報共有という態で、カイルとつながりのある護衛武官ローグ。

 彼が働きかければ、街の衛視たちを使って、『戦場の鷹』達による冒険者ギルドへの嫌がらせを取り締まることも、あるいは辺境そのものからの放逐することすら可能かもしれない。

 『戦場の鷹』が、冒険者ギルドに対して横暴を振るえるのも、領主マグヌス公による『冒険者ギルドへは不干渉』というお達しと、これまでマグヌス公を頼らずに冒険者ギルドを運営すると決めたカイルが、衛視たちの介入を望まず、もめ事があっても自分たちで解決してきたからだ。

 このため、衛視たちは冒険者たちが何か悪いことをしていないか目を光らして介入してくることはあっても……冒険者ギルドが被る被害については関与せず、そのため『戦場の鷹』の好き放題を受ける形にもなっていた。

 ローグの手助けを受ければ、高い確率で状況は改善する。

 しかし、サーニャでも思いつくような手、当然カイルも思いついているはずだ。

 カイルなりの考えがあって、ローグを頼らないことはサーニャも察していたが、言葉にせずにはおれなかった。


「カイル様にお考えがあることは、私にも察せられます。ですがこのままだと、冒険者の皆さんたちが……」

「わかっている」

「……。すいません。カイル様にお考えがあることは、私もわかっているのに……。少し、頭を冷やしてきます」

「……」


 カイルは腕組をしたまま、サーニャの方を一瞥することなく沈黙した。

 微かな軋みを上げた扉が、パタリと小さな音を立てて閉められる音が響いた。

 サーニャの温もりが消えて、曇天であることも手伝って、部屋が一層暗くなった気配がある。


(……ふがいない)


 カイルは内心でつぶやいて、指先が服に食い込むほど、強く握り絞めた。

 カイルとてローグを頼れるものなら頼りたい。それこそ、もっとも安易で楽な道だ。

 そしておそらく、『戦場の鷹』の裏にある人間はそれを狙っている。

 『冒険者ギルドとマグヌス公がつながっている』おそらく、その確固たる証拠が欲しいのだろう。

 それを持って、マグヌス公の立場を危うくさせるのが目的だろう。

 カイルも勿論、ゆくゆくはマグヌス公と会談するつもりであった。『戦場の鷹』が来さえしなければ。

 だが、マグヌス公と会談する時。

 マグヌス公と冒険者ギルドは、あくまで対等なギブアンドテイクな関係でなければならないとカイルは期していた。

 一方的にマグヌス公の庇護を受けるのでは、カイルが描いた、冒険者ギルドのこの先の展望を望めない。

 『冒険者』なる存在が、これまでの傭兵にとってかわった新しい概念として広く世界に普及し、その謳い文句さながら市井から勇者を輩出し、誰しもが胸を張って冒険者と名乗れる世界。

 その世界を迎えるためには、マグヌス公の手を借りるわけにはいかなかった。


(だが──)


 冒険者ギルドは、もはやカイルだけの物ではない。

 サイアスやシスターシャ、フルカスを初めとした少なくない従業員を抱え、ヘレスを初めとした多くの冒険者たちの拠り所として機能している。

 そして身動きをとれないマグヌス公に代わって、モンスター達の被害から村々や集落を守る防波堤としての意味もあった。

 このまま何も果たせず『戦場の鷹』に荒らされ枯死するよりは──この辺境領土でちっぽけな組織のままになることになろうとしても、冒険者ギルドが無くなるよりはましだ。


 『現実を直視できる夢想家』


 金貸しマダム・レーシィがカイルを評した言葉である。

 その内、現実を直視できる商人の視点としてのカイルは言っていた。ここはローグを頼るべきだと。

 しかし──。

 しかし。

 それでは、『冒険者ギルド』を立ち上げた意義そのものがなくなる。


「……」





(情けない)


 一方、カイルと同じようなことを胸に秘めた娘がいた。

 先ほど執務室を出たサーニャである。


(カイル様には、深いお考えがあるはず……。でも、それを私に話してはくださらないのだわ)


 話しても理解できないと思われているのかもしれないし、カイル一人理解していればいいと思われているのかもしれない。

 だがこの苦境、カイルは間違いなく懊悩していた。

サーニャには、その悩みを共有し、労わることさえできない。

 サブマスターなどという肩書を持っていても、それは場の状況で、態よく収まっただけの話。

 実際には、ただの小娘にしかすぎない。


(私に何かできることはないのだろうか……)


 そう思い悩めば思い悩むほど、自分が無力な小娘にしかすぎないことを思い知らされる。

 失ったカイルの片腕になりたいと願いながら、その実、自分は重荷にすぎないのではないのかと脳裏をよぎる。

 サーニャの足音が、閑散としたギルドの廊下に響く。

 業務を停止している以上、人手はほとんど必要なく、従業員たちには休暇を与えていた。

 人気のない廊下、当てもなく彷徨ったサーニャは、ふと事務室に光が灯っているのを見かけて覗き込んだ。

 誰だろうか。

 

「おやサーニャお嬢」

「サイアスさん」


 居たのはギルドの事務を一手に引き受けるサイアスだった。

 サイアスと言えばもともと父グレイブの穴熊傭兵団で会計係をしていたので、サーニャにとっては古い仲だ。


「何をされていたんですか?」

「なに。債務整理をですな」

「債務整理……ですか?」


 サイアスの言葉に、サーニャは心臓をつかまれるような衝撃を覚えた。

 まさか、カイルはギルドを畳むつもりなのだろうか?

 そんな顔を強張らせるサーニャの表情を見て察した様子で、サイアスが安心させるように首を振った。


「ギルドマスターの命令ですが、ご心配なく。ギルドを畳むという話ではないですよ。あくまで一部の債務を支払っておこうという話でして。ほら、諸侯から集まった手つかずの寄付金が街の金庫にあるでしょう。あれで債務の一部を支払うようにという話です」

「ああ……。そういうことですか」


 サーニャはほっと胸をなでおろした。

 サーニャはしばし事務室の入口にたたずみ、計算をするサイアスの作業を眺める格好となったが、不安が口をついて出る格好でつい、疑問を口にしてしまった。


「カイル様は……どうなされるのでしょうか」

「サーニャお嬢?」


 サイアスが、不思議そうに目をしばたたかせた。

 サイアスの顔を見て、自分がサブマスターとして相応しくない疑問を口にしてしまったことに気付いて、サーニャはぶんぶんと首を振った。


「す、すいません。今のは聞かなかったことにしてください」


 サイアスは取り乱したサーニャに察して温和に微笑むと、火差しの上に乗ったポットから琥珀色の液体を注いだカップを、サーニャに差し出した。


「温まりますよ。お嬢」

「あ、はい……」


 サーニャは素直に受け取る。拒む理由もなかった。

 雨露が地面を叩く音が響く中、二人が茶を啜る音が立つ。

 サイアスは、たゆたう琥珀の波紋を眺めながら、語り聞かせるように言った。


「この債務の支払いは、お嬢のためなのですよ」

「私のため……?」

「ええ。マダム・レーシィは、契約の時に、お嬢とギルドマスターの連名にするよう言ったでしょう」

「……はい」


 債務者には、カイルとサーニャ、二人の名前が(つづ)られている。

 それはつまり、債務を支払う責任は、カイルとサーニャの2人に存在することを意味する。


「ギルドマスターは、今回の支払いで、サーニャお嬢の分の借金を帳消しにするおつもりです」

「そ……!」


 サイアスの言葉に、サーニャは一種の衝撃を受けて、思わず眩暈をするようにふらついた。

 まるで白光の落雷に打たれたようだ。


「マスターは、それほど、サーニャお嬢を大切に思っているのですよ」


 サイアスは訳知り顔で諭すように言うと、茶をすすった。

 一方、サーニャは前髪で顔がほとんど隠れるほどうつむくと、体をふるわせていた。


(……情けない)

(……この身を犠牲にしてでも、カイル様の役に立とうと思うのに)

(……私は、あの人の重荷になってばかり)


 カイルにサーニャを辱めようといった、一切の悪気がないのはわかる。

 サーニャを思っての優しさだともわかる。

 しかしそれでも、サーニャにはうらめしかった。

 自分の無力さが。

 カイルの慈愛に満ちた博愛さが。

 身体を売ってでも、あの禿鷹たちから情報を奪ってこい。

 そう言われたほうが、どれだけ楽だったか。


(……私は、無力だ)


 唇をかみしめるようにサーニャがうなだれ、そのまま衝動のままに駆けだす前に、サイアスに別れを告げようとしたところだった。

 若い男がおずおずとした足取りで事務所に現れて、気まずそうに言った。


「あの……おらに仕事をまわしてほしいんだけんど……」


 辺境出身の若者の一人で、サーニャも顔に覚えのある冒険者である。

 反射でサーニャは表情をとりつくろって、すまなそうな微笑で応じた。


「すいません、現在ギルドは営業を停止していて……」

「そこをなんとか頼みます! おら、このままじゃ宿を追い出されてしまうけん……!」

「たしか……シュミットさん」


 あまり口がうまくない様子のシュミット青年に辛抱強く話をたずねると、元々金勘定の得意でないシュミット青年は浪費ばかりで貯蓄がなく、宿代もツケにしていたらしい。

 そこにきてギルドの営業停止である。シュミット青年が冒険者として金を稼げないと見たのか、宿の店主はツケを支払えなければ宿を追い出すと言い出したらしい。

 シュミット青年は地元の農民出身だが、親元を飛び出す時に勘当されてしまい、頼るあてもないのだという。

 応対を買って出ようとするサイアスを制して、サーニャは営業停止している手前、特定の冒険者にのみ仕事の口を効くことはできないと言った。

 一方で、冒険者ギルドとしては、付近の災いの芽を摘むのが本分。

 ギルドの営業を停止している手前、依頼の斡旋には応じられないが、オアキムと言う名の集落から野生の魔物の被害に悩まされていると相談された内容を明かし、


「双方の合意の上でなら、ギルドを仲介せず、冒険者の方々が直接依頼を引き受けても問題ありません」


 と告げた。


「つまり、オアキム村にいけば、俺たちは仕事にありつけられるってことかい?」

「わかりません。私は現在困っているという話を聞いただけで。あとはシュミットさん次第です」

「わ、わかりやした。それじゃ、仲間を誘っていってみやす」

「シュミットさん」


 背をむけようとするシュミット青年に、サーニャは念を押すように強い口調で言った。


「今はギルドのサポートが十全にできない状況です。用心を重ねて、お気をつけて」

「ありがとうございます。サブマスターさん」


 シュミット青年が何度も頭を垂れて礼をし、それを微笑んで受け止めるサーニャの姿を眺めて、サイアスが感嘆を漏らした。


「さすがですな、お嬢」

「え。何がですか?」

「いやなに。仕事の方も板についてきた様子で。まるで後光が差すかのようでした」

「サイアスさんったら、大袈裟な……」

「いや何も大袈裟っていうのも……。そうか、ずっとギルドマスターのそばにいるものなぁ。カイルもいい手本というわけか……」


 カイルの洗練された仕草を見て学ぶ内に、サーニャもいつのまにか、ただの傭兵の娘というには片付けられない洗練された気品のようなものを身に着けたのか、とサイアスは感嘆した。

 一方、自覚のないサーニャは、サイアスがからかっているのかと顔を赤くした。


「お嬢、あの青年への対応はあれで合格ですよ。あとは大将を信じましょう」





 一方。

 『一番星』ヘレスで知られる青年は、大柄な体躯で詰所の入口をくぐった。


「よう、お勤めご苦労さん」


 それを飄々と出迎えたのは、軽装のリーノ。

 彼にヘレスが目線でたずねる。


「他の奴らは?」

「先に宿屋に行かせて休憩させている。みんなお前さんを待っているぜ」

「牢屋はさすがに寝心地が悪いですね。なによりも窮屈で」


 ヘレスののんきな言葉に、リーノは口元を緩めて肩をすくめた。


「ヘコたれていないようで安心したぜ」

「ヘコたれるもんですか。あんな奴らに、好きにはさせねぇ」


 昨晩、ヘレス達のパーティは酒場でぶらつき、当座の暮らしのために隊商の護衛の仕事などを見つけてくるか、などと話しているところだった。

 そこに『戦場の鷹』と思しき腕に赤い帯を巻いた男たちが因縁をつけてきて、乱闘。

 『戦場の鷹』たちは援軍を呼んできて、大きな騒ぎとなったのだった。

 酒場にはもちろん、飲み食いする他の客にも迷惑が及んだので、衛視たちもここぞとばかりに捕まえて連行された。

 ちなみにこういう時、身軽なリーノは一人抜け出してしまうのがお決まりとなっている。

 このため今回の件でもリーノは一人だけ捕まっておらず留守を預かる恰好となった。


「そういえば、奴らの方は?」

「『戦場の鷹』か? あいつらは夜まで延長だとよ。酒場の店員が俺たちに味方した証言をしてくれてな」

「そうですか……」

「『傭兵』とお前たち『冒険者』は違う」


 リーノが口調を変え、もってまわった言い回しをしたので、引き寄せられるようにヘレスは彼の顔を見た。


「この辺境の人たちは、それをわかっているのさ。あの青十字盾の旦那が何を企んでいるかはいまいちつかめねぇが、少なくともしたことは無駄じゃない。俺たちは何も孤立無援じゃない。俺たちの背中を押したい、俺たちに辺境を守って欲しい……そう願っている人たちは、案外多いのさ」

「そう……ですか」


 衛視たちが『戦場の鷹』とヘレス達を連行していったあと、事情を聴きにきた衛兵たちに、店員たちが盛んにヘレスたちをかばい、『戦場の鷹』を悪し様に言う光景をリーノは見た。

 『冒険者』なる新しい概念は、この辺境の地で、儚い光明ながらも新しい概念として定着の兆しを見せていた。

 『戦場の鷹』はその芽を潰す風となるか、それともそれらを跳ね除けて花開く力強さを見せるのか。

 試金石になりそうだとリーノは予感していた。


「片田舎の辺境に送り込まれた時は、羽を伸ばすには退屈な場所だと思ったが。思いのほか面白い見世物に出会えるかもしれねぇ」

「何か言いました?」

「いや。なんでもねぇ。さ、みんなのところへ戻ろうぜ」





「おい、ローグ。何を最近は不機嫌にしているんだ」

「便りがねぇ」

「なんだ。お前、入れ込んだ女でもできたのか」

「生憎だが男さ。とびっきりの美男子さ」

「げふっ!? あ、あぁ? あぁ……冒険者ギルドのカイル・ロンドか?」


 一瞬、ローグのジョークを解するのに時間がかかった同僚のヘリオスは、むせながら確認をした。

 むすっとしたままの顔のローグはうなずくと、鬱屈とした息を吐いた。


「あの男め、殊更体面を気にする男ではないだろうに。なぜか俺を頼らねぇ」

「例の傭兵団……『戦場の鷹』だったか。マグヌス様はまだ特に何も言わんが、下手に手を貸すと今度こそお前の首が飛ぶぞ」

「その時はその時さ。あいつの企みがわからねば俺も動けねぇ」

「お前の方から連絡は?」

「いの一番にしたさ。『気遣いは無用』とさ」

「そうか……」


 ローグの言葉を聞いて、ヘリオスはしばし、考え込んだ。


(俺たちのような下級貴族、今回のような騒動はある意味、成り上がるチャンスではあるが……)

(機運の中心となる冒険者ギルドが潰えるのなら、その目もなくなる)


 ヘリオスがそう思ったところで、ローグが獣のいなりのような声を上げて机を叩いた。


「こう待っちゃならねぇ。俺は何も慈善事業であいつに手を貸したんじゃねぇんだ。このまま潰れてもらっては困る」

「何をするつもりだ?」

「マグヌス様に掛け合う」


 ローグは言うなり、席を立ってずかずかと肩をいからせながら歩き出した。

 慌ててヘリオスも追う。


「待て、待て。お前。慎重にならなければいけないのはマグヌス様も同じだろうが」

「だがこのままじゃあ、この地にあんな無法者たちがのさばるようになるぞ」


 押し問答している内にさほど時間がかからず、マグヌスの居室までたどり着いた。

 居室の扉の前では、マグヌス御付きの小姓と、金属鎧に身を包んだ女騎士がちょうど話しこんでいるところだった。

 女騎士の方はフルーレと言って、マグヌス近侍の近衛騎士である。──もっともその裏には、アズート王の叔父、オズワルドの息がかかっており、事実上のお目付け役でもある。


「どうした、ローグ」


 フルーレが、その麗眉をひそませて問いただした。

 ローグは、押し黙った低い声で言った。


「マグヌス様にお目通りしたい。直談判したいことがある」

「生憎だがマグヌス様は不在だ。領地の視察に出かけられている」


 ローグはフルーレと、不安そうな顔をする小姓の顔を見比べて、それが嘘ではないことを理解すると、無言のまま背をむけた。


「待て、ローグ」


 その背に言葉を投げかけたのは、フルーレだった。


「直談判したいと言ったが。よからぬことを企んでいないだろうな。ただでさえお前は、マグヌス様の言葉を無視してあの冒険者ギルドのカイル・ロンドに肩入れしているからな」

「よからぬこと? この辺境で暮らせば、どっちがよからぬことをしているかは自明でしょう」


 ローグはそう啖呵を切って、振り返った。

 叩き上げで宮廷の機微に疎いローグであるが、噂話程度には、フルーレがアズート王派のオズワルドの息がかかった事実上のお目付け役であることは聞いている。

 そして『戦場の鷹』の豪遊具合から、彼らの背後にはアズート王派の誰かが援助していることも察していた。


「あの冒険者ギルドを妨害する傭兵という名のごろつきたち。そしてそのごろつきどもを支援する何者か。見過ごすのは、護衛武官の名に廃ります」

「………」


 ローグの言葉に、フルーレは一瞬目線を鋭くした。ローグが言外にフルーレを非難しているのを察したのだろう。


「……物事は、もっと大局を見ねばならん。あの冒険者ギルドが、本当にこの国に必要なのかどうか。慎重に検討すべきだ」


 そのように抗弁するが、フルーレにはローグを足止めするほどの覇気はなかった。


「悪いですが、俺は冒険者ギルド……いえ、カイル・ロンドに賭けますぜ。『青十字盾』の本当の出自が何者かは知りゃあしませんが、どこぞの貴族よりもよっぽど貴人らしい」

「貴様。言葉を慎め」

「失敬。育ちが悪いもので。これ以上失言が出ると悪いので、俺は去りますよ」


 そういって立ち去るローグの後を、ヘリオスが首をすくめながら続く。

 はらはらとした小姓のそばで、フルーレは怜悧な表情を崩さず、ローグの背中を見送った。



 予期せぬ『戦場の鷹』の襲来で、カイルが創設した冒険者ギルドは苦境に立たされた。

 しかしこれまで冒険者ギルドが蒔いてきた希望の種は、カイルが想定していた以上に辺境の地の人々に根付いていた。

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