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書き出し

 そこは、光すら差さない地下の祭場。

 訪れる者がいなくなって久しいのだろう。石造りの床にはうずたかく埃が堆積している。

 周囲を照らすはずの燈台はほとんどが蹴散らすかのように倒され、何らかの惨劇の後を予想させた。

 その暗闇の中で、少女のすすり泣く声が響いていた。


「ごめんなさい……。カイル様……。ごめんなさい……」


 少女は自らを抱きしめる男の片腕にすがりつき、うわごとのように懺悔の言葉を繰り返していた。その衣服はあちこちが煤け、擦り切れたような跡があった。

 一方、少女を片腕で抱く青年。

 こちらは気品すら漂う端正な容姿の青年である。

 黒髪を後ろで縛る姿こそ武骨なものの、身に着けた甲冑も磨き上げられた白銀の光沢があり、一見、貴い身分の騎士のように見受けられる。

 泣きはらす少女とは対照的に、少女を見下ろす視線には慈愛めいたものが見えた。その瞳には不思議な静謐さが満ち、どことなく安堵もにじませている。


「サーニャ、お前が無事でよかった」


 青年がその容姿に相応しい、凛とした声を発した。

 それに少女は何かを飲み込むかのように唇をかみしめたが、それでもこらえきれぬように吐きだした。


「私は大丈夫です。でも、カイル様の腕が……!」


 少女が言葉で示す、もう一つの男の片腕。

 そちらは力なくだらりと垂れ下がるばかりか、炭化したかのように黒ずんでぼろぼろに瘦せ細り、枯死した根のようだった。


「問題ない、大丈夫だ」


 なおも、青年は繰り返す。静謐な声で。


「お前が無事なら、何も問題ないんだ」





 カイルとなればありふれた名前であり、耳にしてもどこぞのカイル様だろう、と首を傾げるだろうが、『青十字盾』と二つ名を言えば「ああ、あの」と承知するものも多い。

 青い帯が縦横に二本入ったカイトシールを掲げ、片手剣を手に黒髪をたなびかせて戦場を雄々しく駆ける現代の英雄の一人。

 金のために戦いを生業とする傭兵という身分でありながら、高貴な身分のような佇まいを見せ、その(いさお)にも騎士物語めいた逸話が多い。

 出自は不明で、さる高貴な身分の私生児だとか、亡国の王子だと実しやかに噂され、傭兵という身にやつしているのも何かの理由があるのだろう、と主に婦人方に人気だった。

 だが種明かしをしてしまえば、カイルは商家の三男坊である。

 傭兵に転じた理由も大それたものではなく、父親が商いに失敗してしまい、一家離散の危機の際に、金を工面するために仕方なく傭兵に身をやつしたという話である。ちなみに方々に散った兄弟たちの支援でカイルの父親は再起を図り、今では他の兄弟同様、自分の店をもって独り立ちしている。

 カイルに「商人の出であることは秘密にしておいた方がいい」と入れ知恵したのは、商魂逞しい父兄弟たちである。

 一介の傭兵というには片づけられない名声を持つカイルだが、それ故に妬み嫉みを買うことも多かった。

 なにしろ傭兵という存在は、いはゆるならず者と同列視される存在であり、ゴロツキと変わりないと口さがなく言う者もいる。実際、傭兵団がそのまま盗賊団に転じた話にも事欠かない。

 その傭兵たちの中にあって、貴族の婦人方も頬を染めて語らう青十字盾の存在は異物も異物であり、同じ傭兵たちからも目をつけられる存在だった。

 とはいえカイルの青十字盾の名は飾りではない。

 片手剣と盾を用いた戦術は派手さこそないが堅実であり、彼の勲の一つである湖の貴婦人を助けた際に授けられた聖別された聖剣は強靭かつ羽毛のように軽いという。

 大勢の傭兵たちが因縁をつけるも、ことごとくが返り討ちにあった。

 だがその大勢の中に、ことさら陰湿であり、執念深いオルムという者がいた。

 オルムもそれなりの実力者であったが、青十字盾とははるかに格が落ちる。が、本人の自己評価は高く、ついぞカイルより自分が上だと信じてやまなかったようだ。

 カイルを執念深くつけ狙い、そして運命神の気紛れは一時オルムに味方し、一人の少女奴隷を手に入れた。

 それがこのワーベアの少女、サーニャである。

 彼女の父親グレイブは、穴熊傭兵団という小規模な傭兵団を率いていた。カイルの父親が商売に失敗してしまい、孤剣のみを携えたカイルが最初に門戸を叩いたのがグレイブ率いる穴熊傭兵団であり、戦士の技をカイルに教え込んだのがグレイブだった。

 グレイブは何かとカイルのことを目にかけ、夕餉の食卓にも招くことがあり、ここでカイルとサーニャとの間にも交流があり年の離れた兄妹のような関係だった。

 後にカイルは独り立ちすることになるが、カイルは大きな恩義をグレイブに抱いていた。

 だがカイルが抜けて数年後、サーニャの父親グレイブ率いる穴熊傭兵団は、リザードマンとの戦争のさなかに壊滅。この戦いを主導していた将軍は、この敗北の責任が穴熊傭兵団の命令無視にあるとして濡れ衣を着せた。

 真実がどうあれ、壊滅した傭兵団が抗弁できるはずもない。そして傭兵とは使い捨ての駒にすぎない存在だ。この発言を覆すことができず、一人娘だったサーニャは払えない額の賠償金を背負わされて奴隷の身分まで貶められた。

 先に話したオルムは、偶然このサーニャの存在を知った。そしてカイルがグレイブへの恩義から、このサーニャを探していることも。

 そしてサーニャを先に見つけたのはオルムの方だったのである。

 オルムはカイルへの意趣返しのためだけに、これこそ世間一般の傭兵のイメージらしく、サーニャに対して筆舌しがたい蛮行を働くつもりだったが、カイルの雷鳴のような速度が勝った。

 間一髪、オルムの手からサーニャを救い出したのである。

 だがオルムの執念深さが発揮されるのはここからである。

 サーニャの面倒を見るためにしばらくカイルはサーニャを手元に置いていた。いつかは落ち着いた奉公先でも見つけよう、という腹積もりだったが、オルムは詐欺師に金を積んで言葉巧みにサーニャを誘い出して拉致し、旧世代の支配者と呼ばれる魔王ザレスを祭る放棄された神殿へと運び込んだ。

 そう、この地下の祭場である。そこにカイルも誘い出した。

 ──この神殿に封印された、ザレスの分身にカイルを始末させるために。

 オルムの誤算だったのは、儀式の途中で意識を取り戻しながら眠ったふりをしていたサーニャが突然反抗し、それで儀式が失敗、支配下から逃れたザレスが、オルム自身を祟り殺したことだ。

 オルムは生きながら体が腐り落ちる最期を遂げたのである。

 そしてザレスは呼び出したオルムを始末したことでも満足せず、駆け付けたカイルとの壮絶な死闘が始まった。

 欠片とはいえかつては魔王と呼ばれた存在である。だがこの神殿に封印されたのはいわばザレスの怨念であり、数々の呪詛をカイルに授けられた湖の貴婦人の聖剣の祝福が退けた。

 半ば奇跡のようなものであるが、カイルは勝利したのである。

 その代償として、カイルの右腕は呪詛により腐り落ちたのだった。いや、それだけの犠牲で済んだというべきか。


(ああ、どうして)


 貴人のような面相に、なおいっそう静謐なものをたたえる眼差しを浮かべるカイルにすがりつきながら、サーニャは彼の代わりのようにさめざめと泣いた。

 その心中は強い悔恨に満ちている。一度オルムの手から救い出された後、従者としてついていったのは、決して足手まといになるためではなく、ただ救われた恩を返すつもりだったのに。

 結局はこうしてまたあの男に騙され、カイルに命を賭けさせる結果となった。そして腐り落ちたカイルの右手を見て、取り返しのつかない事態に嗚咽を滲ませるのだった。


(どうして私は、またあの男に騙されてしまったのだろう)

(どうして、私はカイル様について恩を返すと言ってしまったのだろう)

(どうして、ですか。運命神さま)

(どうして、カイル様は私をなじりもせず、あのような目で見つめられるのですか──)





 一方、サーニャを見つめるカイルの心は、伝承の存在との死闘の後にも関わらず、そして右腕を呪詛で汚染されながら、凪いだ湖面のように澄んでいた。


(ああ、よかった。守ることができて)


 青十字盾を吟じる逸話は、どれも誇張じみて彼の活躍を語る。英雄譚とは大なり小なりそういうものであるが、常日頃から、カイルは自分をもっと俗物だと思っていた。


(実のところ、俺が常に守ってきたものは、目に見える範囲、手に届く範囲)


 青十字盾としての名声が増すころになると、彼を騎士として取り立てようという者や、もっと力を天下泰平のために振るうべきだ、と説く者もいた。

 それらを全て断ってきたのは、結局自分が誰かに仕えるのであれば、


(守らねばならぬ、と思ったものをいざという時に守れぬ)


 からであるし、


(強い責を負えば、より多くのものを守る必要に駆られる)


 という怖れからだった。


(結局俺は、物語の中の英雄でいたいのだ)


 最初、明確に言葉にできる理由なくそれらの誘いを断っていたカイルだが、最近になって浮かび上がるように理由が言葉として形を成すようになった。


(貴人がごとく謳われる青十字盾の姿に誰よりも憧れたのは、俺かもしれない)


 カイルは当初から、特別貴人めいた立ち居振る舞いを意識していたわけではなかった。だが生まれついての面相に、他人を安心させるような微笑を浮かべていると、周囲からはそう見えただけの話だった。とはいえ、出自の噂を明確に否定することはなかった。

 いつしかカイル自身も、『傭兵に身をやつした謎に包まれた貴公子』という役柄を好んで演じるようになっていたのだった。

 であるなら、恩人の娘であり、カイル自身のとばっちりでこのような目にあった少女を、何としても守らなければならない。

 それが達成された時点で、カイルには一分の後悔などなかったのだった。


(だが──)


 カイルは、黒ずんだ右腕に視線を落とす。

 そこで初めて、苦笑のようなものを浮かべた。


(これでは、剣は握れぬなぁ)


 カイルの利き腕は右腕である。元々、剣と盾を使った戦闘スタイルだったのもある。左腕だけでは、ろくに戦えはしないであろう。


(英雄譚の終わりだ)


 その終焉が、うら若き純真の乙女を助け出しての代償なら、悪くない終着だった。


「サーニャ。立てるか」

「ひっく……。ひっく……。はい……」


 サーニャは涙でぐちゃぐちゃに顔を泣きはらしていた。唯一の肉親である父を失った時も泣かなかったと聞く。オルムのもとで奴隷となって再会した時も、心は何者にも売り渡さない気丈さを見せていた。それが今では世も末のように泣きじゃくっている。


「以前の時も言ったが、俺の不始末で呼んだ災禍だ。お前が気に病む必要は無い」

「でも……。でも……!」

「明日」

「明日……。明日。なんでしょうか」

「明日のことを考えよう」


 今、その未来を閉ざされたにもかかわらず、カイルが世間話のような口調で話題を振った。

 カイルとしてはとにかく未来に目をむければ、前を見るより他ないという思い付きだったのだが、サーニャは一瞬何と言っているのかわからず、呆けた表情で「ふえ?」と聞き返してしまった。


「俺も傭兵を続けるのは難しそうだ。となればお前の面倒もみてやれない。従者の話はこれで終いにして、どこか雇ってくれる知人でも……」

「──なら代わりの腕になります!」


 カイルの言葉が言いきらぬうちに、サーニャが落雷のような俊敏さで、勢い込んで言った。


「それなら私がカイル様のなくなった腕の代わりになります。代わりに文字を書き、代わりにページをめくって差し上げます。お金が必要ということなら、私が代わりに稼いで──」

「サーニャ──」


 戦場では雄々しい男であるが、それこそ戦中に赴かんばかりの突然の少女の剣幕に、気圧された様子で目をパチクリとさせる。

 そんなカイルを見て、はたと気づいた様子でサーニャは頬を紅潮させて勢いを止めた。


「その……。カイル様のおそばにいさせてください……」

「だが……。まあ、俺もこれからのことを考えねばならぬ身だ。お互い、落ち着いてから考えよう」


 とりなすように苦笑を浮かべて、カイルは地面に落としていた剣を拾おう──としたところで体を傾がせた。


「──ぐっ」

「カイル様!?」

「はは……。すまん。思った以上に体に堪えていたようだ」

「無理しないでください……。私が肩を貸してさしあげます」

「しかし……。俺は重いぞ?」


 カイルが身に着けている銀甲冑は、鮮やかな見た目だがしっかりとした重厚な甲冑である。

 サーニャが、仄かに微笑みながら言った。


「お忘れですか? カイル様……。私はワーベアのクォーターなんですよ?」


 そう言って、頭の上に生えた熊の耳をぴこぴこと動かしてくる。

 カイルが何か返す前に、サーニャはかがみ込んでカイルの脇に手を差し入れて来た。


「うん、しょ」


 かけ声とともに、思った以上の頼もしさでカイルの体を浮遊感が押し上げる。

 足腰も安定した様子で、膂力だけならカイルに近いものがありそうだ。


「サーニャ、助かる」

「なんでも私に言って、決して無理をしないでください」


 サーニャが微笑みかけ、神殿の出口へむかおう──としたしところで、彼女の視線があるものを捉えた。


「あっ」


 それは、カイルの代名詞となった、青い帯の入ったカイトシールドだった。暗がりの中、峻烈な銀光をきらりとはじき返し、闇を払う光を放っていた。


「──とってきます!」

「いや、いいのだ。サーニャ」


 カイルの体を置いて駆け出そうとするサーニャを、カイルは押しとどめた。


「あれは置いていく」

「え?」

「あれは墓標だ」


 誰の、という言葉がサーニャの口にでかけて、それを思いとどまった。というよりも、聞けなかったという方が正しいか。

 この時ばかりはカイルの表情に憂いのようなものが浮き上がり、何か余人の入り込めぬ感傷に浸っているように見受けられた。


(さらばだ、青十字盾)


燦々と光を弾く盾が、いつまでも輝きを放っていた。




 こうして青十字盾と呼ばれた、謎めいた貴公子然とした傭兵の物語は終わる。

 この話は耳敏い吟遊詩人たちによって、青十字盾の最後の勲として人々の耳目に広まった。

 うら若き乙女を守るために魔王の欠片に挑み隻腕となるという、青十字盾らしい騎士物語めいた逸話に多くの者が胸をときめかせるとともに、一時代を彩った若き英雄が表舞台から去ることを惜しんだ。

 出自についてあれこれ噂が立っているものの、彼の本当の出自は商人の出に過ぎないことは、語った通りである。

 いくら世間が英雄の再起を願ったとて、どうせそのまま時の流れのままに風化し、誰からも忘れ去られるのが必定であるはずだった。

 しかし。

 おそらく、この世の誰が予想したものとは異なる形で、青十字の盾を捨てた元傭兵は、歴史に名を残すことになる。

 それは、ある者によれば、一国の興亡よりも大きな歴史の転換期だったという。

 青十字盾と呼ばれた元傭兵カイル。

 彼こそが、『冒険者ギルド』の発案者カイル・フレグルス・リンドバーグその人である。

──もっとも。

 それにはまだいくらかの歳月が必要のようである。





「お父君の元へとむかわれるのですか?」

「お父君、などとたいそうなものではないよ。ただの小さな商会長さ」


 リンゴを山ほど乗せた馬車の荷台で揺られながら、サーニャの言葉にカイルは答えた。

 鎧を脱いで、平服のシャツ姿だ。右袖は風に流されている。


「傭兵時代に蓄えたお金がそこそこある。それで商売などを初めてみるのもいいかと思ってな」

「カイル様は計算もお上手でしたものね」


 瞳を輝かせるサーニャに、カイルは目を細めた。まだ穴熊傭兵団にいたころ、幼い彼女に算術を教えていたころを思い出したのだ。


「それで、何を商いするんですか?」

「それがまだ特に決まってなくてな。しばらく父か兄たちを手伝ってその内めぼしをつけていこうと思っている。……ああ、農家さん。リンゴを一つ分けてもらっていいか? お代は払う」

「それぐらいならサービスするよ。一個でも10個でももっていきな」

「悪いな」


 御者席からの返事にカイルは積まれたリンゴのうち一つを手に取ろうとしたところで、目測を誤ってそれを弾いてしまった。転げ落ちそうなそれを横手からぱしっと掴んだのはサーニャだった。


「はい、カイル様」

「ああ、ありがとう」


 サーニャはリンゴの表面を自分の服の裾でこすってから、リンゴを手渡してきた。礼を言ってそれに歯を突き立てると、しゃりしゃりとした食感とともに芳醇な甘みが口いっぱいに広がった。

 カイルの右袖は力なく垂れ下がり風に吹きながらされている。すでに腐り落ちていて、二の腕のあたりで切断したのだった。少なくない不便を強いられているが、少しずつ慣れていてもいた。

 未来に不安がないではない。商売をしようにも父親の例もある。他の兄弟と違い、父の店が潰れた時に剣をとったのは、当時のカイルは愛嬌に乏しく店の主人として愛想を振りまく自分が想像できなかったからだ。

 とはいえ、青十字盾として過ごす間に、自分の見てくれはそう悪いものではないことを知ったし、その顔に相応しい笑い方もできるようになった。


(傭兵としての名もすべてが無駄にはなるまい。青十字盾として築いた貴族方や将軍とのコネも使い方次第では武器になる)


 と当時と違い、今のカイルには確かな目算があった。

 不安に思うとすれば──


(サーニャをいかがしたものか)


 カイルとサーニャの間には、言ってしまえば認識の違いがある。

 カイルがサーニャを探し当て、そして奴隷の身から解放したのは彼女の父親グレイブへの恩義である。決してそれだけではないが、彼への借りを返したにすぎないと言えばすぎない。

 サーニャはカイルを命の恩人のようにとらえている節があるが、オルムに買われる前は奴隷でありながらも一応は人らしい生活をさせてもらっていたと言う。ならば、オルムに買われてザレスの生贄にされそうになったのも、カイルを一方的に憎悪するオルムによるとばっちりで、間接的にカイルのせいとまで言えるのだ。

 カイルとてサーニャを憎からず思っているわけではない。穴熊傭兵団にいた時は妹のように接した少女で、そばで笑顔を見ているとぽかぽかとした陽だまりにいるような気分にしてくれる少女だ。しかし、彼女が自分を慕うことになった由縁を思うと、どこか騙しているような後ろめたさがうずきとなって、温まる心と相反する鈍痛を覚えるのだ。


(親父たちの店で、適当に仕事を分け与えてもらって落ち着くといいが)


 今のところ、サーニャはカイルから離れるつもりはないようである。利き腕を失ったカイルの世話を焼くのに使命感を覚えているようでそれがまたカイルを昏い気持ちにさせる。

 あるいはこれは彼女が望んだ幸福なのか──とは、カイルはついぞ思い当たらない様子だ。

 実のところ、青十字盾という傭兵にそぐわない名とそれに相応しい数々の逸話をカイルが持つことになったのは、実力はさることながら、彼のどこか人と比べて鈍い部分と、どこか余人とは異なる部分でこだわる頑固な気質とがつくった結果であることが多かったのだから。

 折しも、この時のカイルのある種の鈍さがなければ、後の成功はあり得なかったかもしれない。

 サーニャ・レイマー。

 この傭兵の娘というとるに足らない小娘の少女が、この物語のもう一人の主人公でもある。

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