流れ者
魔人領の領主邸に近づく一つの影。
門番はすかさず
「誰だ?
何用だ?」
と二人左右から喉元に剣を突き立てる。
魔人の男が一人、剣を恐れる様子もなく両手を上げている。
「こちらに魔人の中でも腕が立つ方がいると聞いたので、腕試しをさせてもらおうかと訪ねてきた。」
門番は顔を見合わせ、うなづく。
「少し待て。
お伺いを立てて来る。
それまでこいつとここで待て。」
右側の門番が門の中へ入っていく。
左側の門番はまだ喉に剣を突き立てている。
「剣は下ろしてもらっても?」
訪ねてきた魔人が何もしないよって仕草をする。
「あの方の強さを聞いて来たお前なら、俺なんかより強いだろうから、悪いけどこのままにさせてもらうよ。
勿論、魔術もダメだよ。」
訪ねてきた魔人は残念そうに
「仕方ない。あんたの仕事だ。」
と言った。
そう待たずに右の門番が戻ってきた。
「ファラダ様が手合わせされるそうだ。ついて来い。」
左の門番はふぅっと息を吐く。
「やっと剣を下ろせた。
こいつ隙がなさ過ぎる。
緊張したぁ。」
それを聞いた右の門番が笑った。
中央の円形の建物に案内される。
そこは闘技場だった。
中央に魔人が三人立っている。
「お待たせしました。
ファラダ様。」
三人の真ん中の一番大柄の男に案内して来た門番が言う。
訪ねてきた魔人は
「お忙しい中、突然の訪問、申し訳ありません。
私の名はカッサンと言います。
冒険者をしながら、強い方の噂を聞いては、腕試しに参上させて頂いています。」
と名乗った。
「強いと言われて悪い気はせぬな。
私がファラダだ。
長い挨拶もいらんだろ。
始めようか。」
左右の魔人はススッと左右に下がり
「私共が僭越ながら審判を務めさせて頂きます。
武器はお好きな物を、魔術も使い放題で。」
ファラダもカッサンも頷くと
「始めっ。」
と大声で叫ぶ。
ファラダもカッサンも剣を抜く。
カンッ。 カキンッ。
剣が合わさる度、金属音が鳴り響く。
いつの間にか見学者がたくさん観客席に座っていた。
静かに観ていた観客は、ファラダと良い勝負をしているカッサンに盛り上がる。
「ファラダ様勝って。」
「知らん奴がんばれっ。」
カッサンは
「さすがだね。
噂通りだ。
強いわ。」
剣を合わせ力づくで押し飛ばそうとする。
「お主も相当な腕だ。
久々に楽しめる。」
ファラダも力づくで応戦する。
「剣では勝負つかぬな。
殴り合いでどうだ?」
「痛いの嫌なんだけど確かに勝負つかないな。」
二人は剣を鞘に収め、左右の二人にそれぞれ渡す。
「魔術勝負ってのは?」
カッサンが聞くと
ファラダは笑って
「お主のその魔力と私の魔力がぶつかり合うと、結界が飛び散り観客どころか、ここら一帯消滅するわ。」
と答えた。
カッサンはまじまじとファラダを見て、ポンっと手を叩くと
「本当だな。
ここら一帯消滅するな。」
真顔で言った。
「そう言う事だから、肉弾戦だ。」
ファラダはウキウキした表情を見せた。
「痛いの嫌なのになぁ。」
渋々のカッサンとは対照的に会場は爆笑した。
「ちぇっ。
他人事だと思って。」
と言いながらも、トントンと両脚で軽く跳ね、勢いよくファラダに飛び掛かる。
体制を低くして足を狙ったが、ファラダに避けられ、蹴り上げられる。
高く蹴り上がったが、カッサンはクルクル回り着地する。
「凄いぞ。」
「行けいけ。」
盛り上がる観客。
またトントンと両脚で軽く跳ねると、今度は体制を高くし、組もうとするファラダの肩に手をつくと背中に移り、ファラダを背中から投げ飛ばす。
ファラダは何事もないように、地面に立つ。
何度か投げ合うが決着つかず、殴り合うがお互い決定打がない。
フラフラで足もガクガクするが、二人は意地でも倒れない。
見かねた二人の審判が
「引き分け。
この勝負引き分けにします。」
と間に入り二人を引き離した。
観客達は二人を激励、割れんばかりの拍手と喝采で沸くなか、ファラダとカッサンは同時に意識を失う。
ぼやっとした視界。
「ここは?」
見慣れぬ天井。
「いつ寝たんだ?」
起きあがろうとして、横に人の気配に驚く。
「やっと起きたな。食事に行くか。」
ファラダだった。
「ここは?」
試合を思い出し、聞いた。
「父上の城だ。」
「城?
ああっ。
王族だったな。
良いのか?
私みたいな素性も分からん奴を城に入れて。」
「構わん。
剣を合わせると人となりが分かるからな。
お主は悪意がない。」
「強い奴と闘うしか興味ないからな。
正々堂々と。」
「話は後だ。
空腹だろう。
あれだけ動くと。」
「そうだな。
空腹だ。
それと怪我を治してくれたんだな。
感謝する。」
「当たり前の事だ。
うちの治癒術師は腕がいいから、腕や足ぐらいはもげても生やせるぞ。」
歩きながらも話していた。
召使いが会釈しながら扉を開けてくれる。
部屋の中を見てカッサンは
「待て待て。
俺は場違いだって。」
後退りするがファラダは腕を掴む。
「気軽に食事を楽しむがよい。」
それを見て召使いの一人が
「失礼致します。」
ともう片方の腕を持ちファラダと一緒に席へ連れて行く。
その様子を魔人の王が笑いながら
「遠慮なく座るがよい。」
と促す。
「こんなはずではなかったのに。」
諦めた様子のカッサンの隣にファラダが座った。
食事が運ばれて来る。
ワイングラスを持った魔人の王が乾杯の仕草をしたので、カッサンもファラダの真似をした。
「これは美味しいな。」
ワインをのみカッサンが呟いた。
「美味いだろう。
ここはワインの産地でもある。
自慢のワインだ。」
ファラダが嬉しそうに言う。
「お主は私の領では一番強いファラダと互角の試合をしたそうだな。」
魔人の王に話しかけられ、どう答えたものかと考えるカッサンを見てファラダが代わりに答えた。
「あんなに本気でやれたのは、ここ数年ありませんでした。
それでも勝負がつかなかった。
私もまだまだ精進します。」
王は微笑み
「ファラダにここまで言わずとは。
どうであろう。
カッサンがよければ、ここで暮らし、またファラダの相手になってはもらえないだろうか。」
カッサンは少し考え
「私は冒険者です。
一つの場所に留まるのは難しいです。
度々訪ねるという事でしたら可能ですが。」
王は頷き
「無理にでもということではない。
たまにファラダの相手をしてくれるだけでも、構わない。
こやつがこんなに楽しそうにしてるのは久方ぶりでな。」
穏やかな声の王にファラダは
「気にかけて下さり、ありがとうございます。」
と頭を下げた。
翌日ファラダとファラダの妻達に見送られ
「近いうちにまた。」
と手を振りながらカッサンは魔人領を後にした。
ファラダから、もしも耳にしたら知らせてくれと、子供の事を託されて。