子供が育つまで
「この子の未来は興味深い。
あまり人の世に手出しはしたくはないが、誰に止められているわけでもなし、良しとするか。」
男は独り言を言う。
「この子を育てる為に、どの者に任せようか。
どこで育てようか。
ほんの少し暇つぶしになるかな。」
右手を腹に置きポンポンと叩きながら、考えている。
「この子を育てるだけに村を作ろう。
何人ぐらいの村にしようか。
ああっ。
あいつにも協力させよう。」
男は何かを決めたようだ。
「ハネスに任せれば上手くやるだろう。」
「さて、強力といっても我には簡単に解呪出来るが。」
ベットにすやすや寝息を立てて寝ている子供の顔を見て不敵に笑う。
「この我を喰らおうとするか。」
次第に強くなっていく呪が、男の身体を黒々としたもやのようなもので囲む。
バチバチと音が鳴る箇所から消されていくが、次々と襲い掛かる。
暫し無抵抗だった男が指を鳴らすと黒いモヤはかき消された。
「つまらん。暇つぶしにもならん。」
不服そうに呟くと
「まあ。下界ではハーフというだけでなくとも忌み嫌われるか。」
子供の胸にある呪印に息をふっと吹き掛け、呪を消した。
それから子供の身体を見回し
「ハイエルフの白い肌。
魔人の青い髪。
耳はどちらも長いから、こいつも長いな。
力は両親を吸収しただけあって、どちらの能力もあるか。
人間も吸収したようだが、特に能力はない奴等だったのか。」
男はじっと子供を見ると
「眠っている能力もありそうだ。
こいつの本来の能力か。」
と言い笑いだす。
「この能力をこいつが使うかどうかは、こいつ次第だが、さて下界に戻すべきか否か迷うところだな。」
顎に手をやり、少し考えると
「こいつは長寿だから、その内で良いか。」
と呟いた。
子供の額を指で触れると、子供の見てきた物を映し出す。
子供を慈しむ両親であろう魔人とハイエルフ。
次々と襲い掛かる魔人達とハイエルフ達。
傷つきながらも、この地まで逃げてきたが、力尽きる寸前の両親はここで我が子に呪をかける。
たちまち我が子に吸収される両親。
何事かと見に来た人間も吸収される。
それを見ていた人間達に遠くから雪玉を投げつけられ、ここまで逃げてきて倒れた子供。
「多くの人間は弱いものだ。
しかも力のある魔人とハイエルフの子供。
小さいとはいえ特別な人間以外はなすすべがないのも、致し方ないな。」
男はまた、ゆっくりと入れ直した珈琲を飲みながら、いつのまにか止んだ吹雪の後の雪景色を眺めている。
何時間かたち、夜も深まった頃、素早く動くハイエルフの集団が雪に埋まった両親と数人の人間の骸を掘り出した。
魔物に一部食われた人間や引きずって行った跡もあった。
「子供が見当たらない。」
「いいだけ掘り起こしたが無いぞ。」
「魔物に食われたのではないか?」
「産まれてそれほどたっていない。ひと噛みでなくなるだろう。」
「それだったら良いが、念の為、魔物を追うか?」
「いや。
赤子だけでは例え生きていても、生き延びれはしないだろう。
それより、森へ戻ろう。」
生き絶えた母親のハイエルフの骸だけを抱き上げ、ハイエルフ達は立ち去った。
抱き上げているハイエルフは
「馬鹿者め。
死んでしまうなんて。」
と涙を浮かべる。
他のハイエルフ達は厳しい表情で無言だった。
「長寿の種族にはまだまだ赤子だな。」
男は独り言を言う。
立ち去るのを待っていたように魔人の一団がやってきた。
「ハイエルフの奴らの会話を傍受したが、子供が見当たらないとの事。
さて、我らはいかようになさいますか?」
一団の中で一番強そうな男に尋ねる。
「もう死んでいるだろう。
帰るぞ。」
そう言うと父親の魔人を抱き上げ、帰路につこうとしたが、何かを感じたのか上を見上げた。
だが、舞い落ちる雪と飛ぶ鳥型の魔物しか見えなかった。
「どうかなさいましたか?」
「いや。気のせいだ。」
首を傾げだが、魔人領の方角へ戻っていった。
「ほう。
我に僅かながらも気が付いたか。少しはやるもんだ。」
男は楽しそうに笑った。