何か聞こえた
夜明け前、ぐっすり眠っていたゼストはネシリに叩き起こされた。
「起きろっ。
サラマの森へ行くって言っただろ。
この寝坊助。」
その声にガバッと起きると急いで支度し、とっくに起きていたよ風な顔をする。
呆れた仕草をすると
「行くぞ。」
先にネシリが部屋を出る。
後ろを着いて行きながら
「ご飯は?」
お腹を抑えるゼスト。
「宿の女将さんが用意してくれてる。
お前は食べるのが一番の心配か?」
「当たり前だよ。
食べないと元気出ないもん。」
それを聞いて女将さんは
「たくさん用意してあるよ。
腹いっぱい食べてきな。
ほらっ、昼食も忘れずに持ってきなよ。」
大きなバスケットにフルーツやサンドが入っている。
「ありがとう。
ここの食事は美味しくて大好き。」
屈託ない笑顔に女将さんも笑顔になる。
サラマの森へ行くまでにゴブリンやボブゴブリンが、10体程の集団で三回出てきた。
ゼストは前回と違い、黙々と右耳を落としていく。
ネシリはそれを静かに見守る。
森に入ってすぐに、オークが五体出て来た。
すでに剣を構えているゼスト。
危なげなく五体を倒すと、首を落とし血抜きをする。
「棍棒持ってた。
ゴブリンはボロボロの剣を持っていたりするね。」
「奴らに倒された冒険者の物だ。
こんな奴らに倒されるぐらいだから、弱い冒険者で、それ故に武器も弱い。」
ゼストは倒したオークの内臓を埋める穴を土魔術で掘る。
「弱い内はあまりお金稼げないもんね。」
「そういうことだ。」
頷くとゼストはオークを収納バックに入れる。
「そのバックは魔力を毎日込めると、少しずつ大きくなるから、もっと大きな物がたくさん入るようになるぞ。
寝る前に魔力を込めとけよ。」
「そうなの?
貰った時に教えてくれたら良かったのに。」
「今、思い出したんだ。
俺のはかなり大きくなったから、しばらく魔力込めてなかったせいで、忘れてたわ。」
「なんだよ。
仕方ないな。
今夜からやってみる。」
「おう。頑張れ。」
それからも森の入り口付近で魔物を狩る。
「ここはオークとゴブリンばかりだね。」
またオークの血抜きをしながら、ゴブリンの右耳を切る。
「入り口だからな。
たいした奴はいないさ。
奥に行く程、強いのがいる。
今のお前はまだ奥へは行けないさ。
もっと強くならないと死ぬからな。」
傍観してるだけのようで、あたりをくまなく警戒しているネシリ。
「分かってるって。
小さい頃から教えられてるもん。」
素直に言うゼスト。
ゴブリンの右耳とオークを収納し、森を出て、森の入り口を眺められる場所で昼食を摂る。
「うーんっ。美味いっ。」
野菜とシャープクックの卵の目玉焼きに、マナバイソンの薄切り肉を焼いて、フルーツソースを掛けて、厚切りパンに挟んだサンド。
「美味いのは分かるが、もう少し落ち着いて食えないのか?」
「無理。俺、頑張ったもん。腹減ってるもん。」
口いっぱいに頬張っては、果汁水を飲むを繰り返す。
「もう15なのに、子供だな。」
ネシリはゼストを見て大笑いする。
満腹になったゼストは草の上に横になる。
「今日は俺がいるから良いが、いつ魔物が襲って来るか知れん。
警戒は怠るなよ。」
「了解しました。」
おどけるゼスト。
ウトウトしていると小さな悲鳴が聞こえた。
ネシリはサーチの魔術を広げる。
「森の中か。
何かに襲われてるな。
向こうの少し奥だ。
急ぐぞ。
身体強化かけろ。
先に行く。」
ネシリはすでに走り出している。
「速すぎる。」
ゼストは必死に着いて行く。
かなり走って、やっと追いついた時には、オーガの首が転がっていた。
オーガの身体の足元には、左肩がえぐれ、右頬に裂傷、細かい傷が多数で血だらけの狐族の男性が、震えながらも剣を右手に落とさず持って、座り込んでいる。
その男性から少し離れた所に同じく狐族の女性が、腰が抜けたように座っていた。
ネシリは剣の血を拭い、鞘に納めながら狐族の男性にエクストラポーションをぶっかける。
シュワシュワと破損部位や傷が治っていく。
「あっ…。
あり…がとう…ございます。」
弱々しく御礼を言う狐族の男性。
まだ震えているのを見てから、狐族の女性に声をかける。
「あんたは怪我してない?
大丈夫か?」
我に返った様に立ち上がると
「怪我してないです。
兄が守ってくれたので。」
と答え、ネシリに頭を下げた。
「兄妹か。冒険者?」
やっと立ち上がった兄が
「はい。そうです。」
と言うと
「危ないところを、ありがとうございました。」
頭を深々と下げた。
「二人とも頭を上げて。」
ネシリは厳しい表情だ。
「この状況を見るに、ランクEぐらいかな。」
「はい。」
おどおどしながら兄が答えた。
「Eランクで、二人で、ここまで来たのは何故かな。」
兄妹は顔を見合わせたが、二人とも顔面蒼白だった。
「俺も妹も魔術師なんです。
妹は攻撃魔術、俺は回復や支援魔術。」
ネシリはため息をつく。
兄の方をジロッと見る。
「回復と支援の魔術師が剣を持って?
なんで剣士とパーティ組まなかったんだ。
しかもオーガの様な大きくて凶暴な食人鬼に勝てると思ったのか?
馬鹿だろ、あんたら。」
冷たい空気が張りつめる。
「最初は入り口付近の予定だったんだ。
でもオークが思ったより強くて、妹の魔力も尽きて。
オークから逃げたんだけど、しつこくて。」
「それで気が付いたら、ここまで入り込んで、オーガに食われるところだったってか?」
「はい。」
直立不動で返事する。
「なんで剣を持ってたんだ?」
「ゴブリンを倒した時に拾ったんです。」
またため息をついたネシリは倒したオーガの血抜きと内臓処理しているゼストの側へ行った。
「静かだと思ったら。」
「俺、邪魔してはダメだなって思った。
だけど、することないから。」
三度のため息。
それから、申し訳なさそうに立っている狐族の兄妹に
「これもらうわ。
それでエクストラポーションの件と倒した件はチャラにしてやる。」
声を掛けた。
「倒したのは貴方だから、勿論です。
でもエクストラポーション代は、今は払えないけど、頑張ってお金貯めて、必ずお返しします。」
ネシリは迷惑そうな顔をして
「待つのも覚えておくのも面倒だわ。
だから、返していらん。」
仕草でオーガをゼストに収納させる。
「せっかく助けたのに、ここに置いて行ったら意味ないから、街まで一緒に帰るぞ。」
二人はほっとした様に身体の力を抜いた。