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4.グザヴィエ・ノアルスイユ卿(1)

本日の更新、1/2回目です。

 アルフォンスが定例の「散歩」に出た後──

 毎朝始業前にがっつりトレーニングをするサン・フォンは眠くなったと言って隣の自室に戻り、ノアルスイユはそのまま談話室で、供述書から起こしたメモの整理をしていた。


 そこに駆け込んできたのが護衛騎士の一人である。


 護衛騎士は、こんな深夜に密かに学院を出ようとした下女を見つけ、不審に思って捕らえて身を改めたら、カタリナから父公爵に宛てた手紙を隠し持っていたと報告した。

 手紙は、アルフォンスがジュリエットへの嫌がらせの捜査を始めたこと、別件についても調べていることを急報し、「ジェラール」という人物をどこかに隠して、自分を助けに学院に乗り込んでほしいと頼むものだった。

 捕らえられた下女は、監視の隙を突いて毒を飲み、かなり血を吐いて朝までもつかどうかもわからないと言う。

 もともと公爵家から送り込まれた者ということなのだろう。


「ジェラール……

 まさかジェラール・コルネイユか?」


 コルネイユとは、とある侯爵夫人の遠縁だかなんだかという触れ込みで数年前に王都に現れた画家だ。

 作品はあざとい色合いが目立つだけで大したものではないが、令嬢や貴婦人が好むタイプの優男。

 確か、カタリナも肖像画を描かせていたはずだ。


 今の所しっぽは出していないが、どうも世慣れない令嬢に色目を使って良からぬことをしているらしいので、あの男とその周辺にはよく気をつけるよう、父が妹達に注意していたのを覚えている。

 ということは、令嬢を口説いて駆け落ちし、まとまった金を払えば綺麗に別れてやると実家を脅すとようなことでもしているのかと聞き流していたが──


 もしかして、カタリナ個人でなく、サン・ラザール公爵も一緒になってコルネイユに依頼し、邪魔な令嬢を社交界から排除している、そういうことなのだろうか。


「ジェラールという名は、よくあるものですので……」


 わかりかねると護衛騎士は首を横に振った。


 それにしても下女が毒を飲んだというのはただ事ではない。

 露見すれば主家の致命傷になるようなことを、その女が知っているとしか考えられないが──


 とりあえず、ノアルスイユは手紙を預かり、アルフォンスを探しに行くことにした。

 ジュスティーヌの部屋をぽかんと見上げているアルフォンスを人目に晒すのもなんなので、引き続き警戒するよう頼んで護衛騎士を持ち場に帰す。


 そろそろ、ジュスティーヌの部屋のあたりにいる頃だろうと察しをつけて、ノアルスイユは廊下のフランス窓から中庭に出て、水盤を回り込み、西翼の一番奥、北の端にあるジュスティーヌの部屋の下のあたりへ向かった。


 アルフォンスは見当たらなかった。

 まだ遊歩道をうろうろしているのかと思い、そちらの様子も見に行くが、5、6分歩いても行き会わないので違うルートで散歩しているのかと、ジュスティーヌの部屋の下へ戻る。


 やはりアルフォンスはいない。


 これは完全に行き違ったかと「桜の館」の東翼に戻ろうとして、ふと桜の大樹の近くに白いものが落ちているのに気づいた。

 近寄って拾うと、ハンカチだ。

 広げてみると、アルフォンスの紋が刺繍されている。

 ここに来たことは来たのか、と首を傾げながらポケットにしまうと、もう少し先に地面に垂直に桜の枝が刺さっていることに気がついた。

 どうも様子がおかしい。


「わ、わ、わ、わ、……」


 暗がりをよく見れば、仰向けになったカタリナの胸に、桜の枝が刺さっている。

 腰を抜かしたノアルスイユは、尻もちを突いた。

 

 勇気を振り絞って四つん這いで近づくと、カタリナは──どう見ても死んでいる。


 アルフォンスだ、アルフォンスに殺されたのだ、とノアルスイユは直観した。


 指ほどの太さの桜の枝を人の身体に突き刺して殺すなど、相当な力が必要だ。

 正直、体力のない自分では到底無理だと思う。


 できるかどうかで言えば、サン・フォンや護衛騎士も候補者になるが、なによりアルフォンスのハンカチがすぐ傍に落ちていたのだ。

 改めてハンカチを広げてみると、まだ綺麗な状態。

 今日の昼前まで天気は荒れていたから、昨夜の「散歩」で落としたわけではない。


 アルフォンスが「散歩」中に、カタリナと鉢合わせる。

 いや、カタリナのことだから、前々から「散歩」に気づいていて、待ち構えていたという流れもありえる。

 とにかくそこでカタリナが、アルフォンスかジュスティーヌの弱みなりなんなり告げて、自分と結婚するしかないのだと迫る。

 そして、アルフォンスが思いつめて、カタリナを手に掛けた──

 そういうことなのか?


「でででで殿下は、どこに……!」


 慌てて立ち上がろうとしたノアルスイユは、差し込んだ月光で銀色に輝く桜の花びらがところどころ踏みにじられ、足跡が残っていることに気がついた。

 気がつくと、あたりは足跡まみれのように見える。


 ハンカチだけでなく、他にもアルフォンスの痕跡が残っている可能性がある。

 アルフォンスの髪は金色だが、ファイアオパールに似た輝きがうっすら乗っている。

 王家独特の色だ。

 仮に髪一筋でもあたりに落ちていたり、カタリナの身体についていたら、致命的な疑惑を招きかねない。


 ここから死体を動かさなければならない。

 幸い、傷口がとても小さいせいか、出血は少なく、地面に触ってみても血溜まりはできていない。


 そして、ここから動かしたことを悟られないよう、死体から痕跡を除かなければならない。

 カタリナの身体には、桜の花びらがあちこちついている。

 ひょっとしたら服の下にも入り込んでいるかもしれない。

 仮に、「桜の館」から離れたところに移動させたとしても、花びらが出てくれば、本当はこのあたりが殺害現場だったのではないかということになるはずだ。


「……水盤だ」


 「桜の館」の中庭にある水盤。

 この季節、花吹雪が舞い込んで、水面は桜の花びらでびっしりと埋まる。

 掃除しても掃除してもキリがないので、週末にまとめて掬っているはずだ。


 今なら水盤には花びらがいっぱい浮いている。

 そこにカタリナの死体を浮かべれば、花びらがついていてもおかしくない。

 余計な痕跡を洗い流すこともできるだろう。

 水盤の傍にテーブルを出して、茶を飲んだりすることもあるのだから、万一アルフォンスの髪が絡んでいてもおかしくないと言い張ることだってできる。


 そして、桜の花びらで埋め尽くされた水盤に浮かべられ、桜の枝を突き立てられた死体──

 ぱっと見、連想されるのは、圧倒的に「異常者による犯行」だ。


 今日は、警備のかなりの部分を寮内の監視に割いている。

 たまたま下女が外へ出ようとして引っかかりはしたが、外部から侵入があるとしたら、今日は普段よりも容易いはずだ。


 それに、今日の聞き取りで、カタリナが複数の男性とちょいちょい逢っていたという話が出ていた。

 もちろん、具体的な人物に罪を被せるつもりはないが、そのうちの誰かがやったのかもというぼんやりした示唆くらいはしてもいいかもしれない。


 よし、水盤に移そう。


 ノアルスイユは覚悟を決めて、カタリナの死体に手をかけたが、びっくりするほど重かった。

 死体ともつれあうような形になりながら抱え上げたが、横抱きにすることは到底できず、背負うのも無理で、二三歩、足を引きずってしまった。

 水盤まで引きずっていったら、跡を消しきれなくなりそうだ。


 力仕事ならサン・フォンだ。

 サン・フォンを呼ぶしかない。


 ノアルスイユは飛ぶように東翼に戻り、サン・フォンを叩き起こした。

 寝入りばなを起こされてぐずぐず言っているサン・フォンをベッドから引きずり出し、一緒に2階へ上がってアルフォンスの部屋をノックするが、応答はない。

 灯りはついていないようだ。

 気配を伺ったが、部屋が広いので、無人かどうかもわからなかった。


「殿下あああああ……」


 キリキリする胃を抑えながら、まだ寝ぼけている様子のサン・フォンを引っ張って、桜の大樹の下へ向かう。


「は?

 なんでカタリナが死んでるんだ??」


 さすがに目が覚めた様子で、寝間着姿のままのサン・フォンは驚いた。


「全然わからん。

 ただ殿下のハンカチが傍に落ちていた。

 殿下の痕跡が他にもある可能性が高い。

 頼む、カタリナの死体を水盤まで運んで、異常者が殺したように見せかけてくれ」


「えええええ……

 本当にそれでいいのか?

 ま、ノアルスイユがそう言うのならそうするが……」


 首を傾げながらも、気のいいサン・フォンは軽々と死体を肩に担ぎ上げ、ノアルスイユははずみで抜けてしまった桜の枝を拾い、二人で水盤のある中庭へと戻る。

 サン・フォンはいったん死体を降ろし、寝間着の下衣を無造作に脱ぐと、裸足でじゃぶりと水盤に入り、死体をそうっと水盤の中に移した。

 ノアルスイユも慌てて裸足になり、制服のトラウザーズを膝上までまくって水盤に入る。


 水盤の深さは20cmほど。

 死体はほんの少し浮いている。

 わずかに水流はあるが、死体が流されるほどではないようだ。


「位置はどうする?」


 押し殺した声で、サン・フォンが聞いてきた。

 死体が水盤の端に浮いているというのも絵的におかしい気がした。


「たしか真ん中に、太陽をかたどったモザイクがあったよな。

 その上あたりはどうだ?」


「ああ、『陽の君』だしな」


 カタリナが取り巻きに言わせていたあだ名を思い出して、半笑いする。


 サン・フォンがカタリナを真ん中に移すと、ノアルスイユはカタリナの乱れた制服を手早く整えた。

 だが持ってきた枝を見つめて、固まってしまった。

 これを、カタリナの胸に刺し直さないといけないのだが──


「貸せ」


 サン・フォンに枝を渡すと、彼は桜の枝を無造作に突き立てた。

 一瞬、水に沈んだカタリナの唇からぽかりと泡が浮かんで、ノアルスイユは短い悲鳴を上げた。


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