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3.王太子アルフォンス(3)

※本日更新分、3/3回目です。

「ふぐぐぐぐ……」


 アルフォンスは唸り声を漏らしながらしゃがみこんだ。

 妄想が走りすぎたか、一人で耳まで真っ赤になっている。


「ん?」


 なにか物音がして、ふと顔を上げた。

 気がついたら、西翼の近くまで来ていた。


 桜の大樹の下あたりで小さな灯りが動いている。

 なんぞ?とアルフォンスは、咄嗟に手近な樹の影にへばりついてそっと覗き込んだ。

 カタリナがなにか小細工でもしているのではないかと思ったのだ。


 灯りがふっと消えた。

 月は明るいが、樹の影のせいで、なにがなんだかよくわからない。

 人がしゃがみこんでなにかしているようだ。


 ざざっと風が立ち、闇の中、キラリと光るものが見えた。

 しゃがみこんだ人影が、振り上げたのは刃だ。

 いや違う、引き抜いたのか。

 そして人影は立ち上がり、足早に南へと遠ざかっていく。


 蒼い光を浴び、輝く銀の髪。

 紺のガウンのようなものを着た、ジュスティーヌだ。

 右手に光る刃をぶら下げている。


 声をかけるのも忘れて、アルフォンスは固まっていた。


 なんで、こんな夜中に。

 ジュスティーヌが、抜身の刃をぶら下げて外にいるんだ。


 アルフォンスの思考が止まっているうちに、ジュスティーヌは行ってしまった。

 ややあって、彼女がなにをしていたのか確かめねばと気づいて、アルフォンスはまろぶように大樹のあたりへ走った。


 仰向けで横たわっていたのは──制服姿のカタリナだ。

 その胸のあたりに、黒々とした染みが広がっている。

 この匂いは、血だ。


 慌てて軽く頬を打つが反応はない。

 口元に手の甲をあてがっても、呼吸は感じられない。

 震える手で頸動脈に触れても……脈はないようだ。


 殺したのか、ジュスティーヌが。


 血の気がざっと引いた。


 明日には、自分がカタリナを社会的に抹殺できるはずだった。

 それはジュスティーヌも十分予測できたはずだ。

 なにか、それでは間に合わない不慮の出来事があったのか。

 どうしても今夜、みずからの手でカタリナを殺さなければならなかったのか。

 なぜだ。


 衝撃のせいか、ぐるぐると思考がまとまらない。


「いやいやいやいや……

 まずい、これはまずいぞ……」


 ジュスティーヌがぶら下げていた刃。

 あれは確かシャラントン家の宝刀ではないか。


 宝刃は、かなり特殊なかたちをしている。

 刃の幅が狭く、先はカーブを描いて尖っている両刃だ。

 細身のダガーが一番近いが、それでもあんな形の刃は見たことがない。


 以前、ノアルスイユが推理小説の話をしていた時、サン・フォンが創傷から刃の形や角度がわかり、刺した者と刺された者の位置関係や体格差などもかなり推測できるのだと言っていた。

 あのシャラントンの宝刀は有名な魔道具。

 カタリナが宝刀で刺殺されたのなら、真っ先にジュスティーヌが疑われてしまう。


 「桜の館」の西翼には、男性が立ち入ったらものすごい勢いで警報が鳴る装置が組まれている。

 ちなみに東翼に女性が立ち入ったら同じく警報が学院中に響き渡る。

 ジュスティーヌの後を追って、事情を問いただすことはできないし、彼女が自分たちの元へ相談に来ることもできない。


 とにかく、ジュスティーヌが疑われないような状況を作り上げて時間を稼ぎ、どうしてこんなことになったのか訊ねて、善後策を講じる余裕を作らないと──


 カタリナの死体を担いで、どこかに隠すか?


 だが、明日の朝、カタリナの姿が見当たらなければ、大捜索となる。

 今からアルフォンスが朝までに運べる距離では、すぐに発見されてしまうだろう。

 学院内には釣りができる池はあるが、さほどの深さはなく、どうにか沈めたとしても、底を攫えばすぐに死体は揚がってしまう。

 穴を掘って埋めるにしても、今から朝までに掘れるくらいの穴では、犬を使われたら終わりだ。


 制服だけでは肌寒いほどの夜なのに、額に汗が噴き出てくる。

 落ち着け、落ち着け、と自分に呟きながら、ハンカチで汗を抑えた。


 今日の午後は、カタリナの取り巻き令嬢を詰めるために頑張って頭を回したが、本来アルフォンスはのんき者なのだ。

 この殺人は、ジュスティーヌには絶対できないと言える状況を、今すぐ作り出すにはどうすればいいのか──


「あ」


 ふと、アルフォンスは頭上の桜の樹を見上げた。

 すらりとしたジュスティーヌの身長は170cm近くあるが、アルフォンスは185cmを超える。

 アルフォンスは自分が軽く飛んでようやく手がかかる枝を見つけ、引き寄せてしなわせるとぽきりと折り取った。

 満開をやや過ぎた花のついた、長さ1m足らずの枝が手に入った。

 指ほどの太さだ。


 これを……カタリナの胸の傷口に突き刺す。

 ジュスティーヌには絶対できないことだ。


 これでとりあえず、しのぐ。

 巧く行くかどうか、はなはだ心もとないが、とにかくジュスティーヌにすぐ嫌疑がかかる状況だけは避けなければならない。

 アルフォンスは、もっとマシな解決策を思いつけない自分に歯噛みしながら、カタリナの傷口に枝を押し当て、目をつぶってぎゅっと押し込んだ。

 手に、例えようもない厭な感触が残った。




 妄想パートは割愛して、アルフォンスは、夜食後からの自分の行動を手短に説明した。


「殿下、どうしてそんなことを…」


 ジュスティーヌが、泣き出しそうな顔でおろおろと両手を揉みねじる。


「なんとしても君を守りたかった。

 それだけだ。

 その後、どうにか話が出来ないかと、君の部屋の鎧戸に小石をぶつけてみたりしたのだが、反応がなくて諦めたんだ」


「あ……

 わたくし、その頃はカタリナの部屋で鞘を探しておりましたから……」


 ジュスティーヌとカタリナの部屋は空室を挟んでいる。

 鎧戸に小石を投げたくらいの音では、まず聴こえない。

 なるほど、とアルフォンスは頷いた。


「とにかく朝一で話そうと、西翼の階段が見える1階のライブラリーで、君が降りてくるのを待っていたら、悲鳴が聴こえてこっちに来たんだ」


 アルフォンスは、深々とため息をつく。

 あの時は焦って思いつきに走ったが、やっぱりまずいことをした予感しかしない。


「殿下ああああああああ……

 そういうことだったんですかああああ……

 なんで相談してくれなかったんですかああああ……」


 ノアルスイユが、膝に両手を突いてがっくりと項垂れる。

 なんだ?としゃがみこんだままのアルフォンスは、ノアルスイユを見上げた。


「俺たちが、カタリナの遺体をここに移しました。

 てっきり、殿下が彼女を殺したものだと思って」


 サン・フォンが仏頂面で告げた。


アルフォンス

「ブクマ&評価、誤字報告、大変かたじけない。

 ところで『さっきの妄想パート、本当に必要? アルフォンス=いたいけな思春期男子感を出しておいて、実はカタリナを殺してましたー!とかやるつもりじゃ??』などなど、私が犯人だと思われた方は、ぜひ『いいね』を!」

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