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3.王太子アルフォンス(1)

 ジュリエットと同室者の証言、そして部屋の現況を確認した護衛騎士の報告を得たアルフォンスは、下位貴族の女子生徒達の聞き取りにしばらく立ち会い、午後遅く、カタリナの主だった取り巻きである4人の令嬢を職員用の会議室に呼んだ。


 てっきり一人ずつ話を聞かれるものと思っていた令嬢達がおずおずと入ってくると、アルフォンスはにこやかに、まずは座るよう勧めた。

 当人は立ったまま、4人を見渡す。


「さて。この不愉快な件は、今日中に決着をつけてしまいたいんだ。

 大前提から共有しよう。

 君たちは誤解しているようだが、私は、カタリナ・サン・ラザールと結婚するつもりはまったくない」


「「「「え?」」」」


 令嬢達は、揃って声を漏らした。

 彼女たちは、カタリナが将来王妃になるだろうという見込みの下、父母から言い含められてカタリナと幼い頃から親しくしてきた。

 それを真っ向から否定されて、動揺が広がる。


「8歳の時、子どもたちを集めた園遊会で、カタリナはコンスタンツェを突き飛ばして怪我をさせた。

 カタリナが私と話している時に、コンスタンツェが邪魔したからという理由でだ。

 こちらからすれば、私がコンスタンツェの世話をしていたら、カタリナが勝手に話しかけてきたんだが……とにかくコンスタンツェは額を切り、その時の傷はまだ残っている」


 コンスタンツェというのは、アルフォンスのすぐ下の妹である第三王女だ。

 確か、君と君はその時居合わせていたな、とアルフォンスは侯爵家の令嬢と伯爵家の令嬢を見た。


「そ、そんなこともありましたけれど……

 でも、それは子供の時のことではありませんか。

 コンスタンツェ殿下の傷も、目立つものではありませんし」


 侯爵令嬢が思わず抗弁した。

 アルフォンスは片眉を上げる。


「『子供の時のこと』か。

 その表現はなかなか興味深い」


 アルフォンスは薄い笑みを浮かべる。


「あの時、サン・ラザール公爵夫人は、母に『子供のしたことですから』と言い訳した。

 母は激怒して、それ以来、公爵夫人とは挨拶以外の言葉を交わしていない。

 君たち、母と公爵夫人が親しく話をしているところを見たことがあるか?

 サン・ラザール家主催の夜会に、私の母や姉妹が出席したり、母から公爵夫人やカタリナを誘うところを見たことがあるか?」


 令嬢達は一様に青い顔を見合わせ、首を横に振った。

 そうだ、思い返せば、サン・ラザール公爵家はいかにも権勢を極めているようで、王家からは距離を取られている。


 そういえば、王妃が病院や孤児院などの慰問に赴く時、上位貴族の夫人や令嬢達を誘うことがあるが、サン・ラザール公爵夫人もカタリナも自分たちも呼ばれたことはない。

 自分たちの世代でよく呼ばれているのは──シャラントン公爵令嬢ジュスティーヌ。


 アルフォンスの思惑はとにかく、王妃はジュスティーヌを自分の後継者として考えている。

 初めて思い当たった令嬢達は、唖然とした顔でお互い顔を見合わせた。


「ちなみに、サン・ラザール公爵も同じことを父に言った。

 父はコンスタンツェを殊の外可愛がっているから……仮にカタリナを娶りたいと父に言ったら、私はただちに勘当されるだろうね。

 当然、母からも縁切りだ。

 『子供のしたことだから』という表現は、許す側が言うには良いが、許しを乞う側が口にしてはいけないのだよ」


 にこやかな表情のまま言うと、アルフォンスは不意に芝居がかった身振りで両手を挙げた。


「ああ、誤解しないでほしい。

 コンスタンツェがカタリナを恨んでいるわけではない。

 優しいコンスタンツェは、傷のことはもう気にしていないと言っている。

 そう言えるまで10年近くかかったし、カタリナがいる学院には入りたくないと家庭教師による教育を選んだがね」


 ことの重さをようやく理解した侯爵令嬢は、震えながらうなだれた。


「とにかく、私達家族はカタリナを許していないし、許すつもりもない。

 そもそもこの件を除いても、彼女は王太子妃、王妃に不適格だ。

 学院の成績は良いが、要は着飾って、威張ることにしか興味のないクソ女だからな。

 しかも、虚言を使い、他人をコントロールするのが大好きときた。

 あんな女を王妃の座に据えたら、国を誤らせるに決まっている」


 クソ女。

 自然に出た罵言に、令嬢達は小さくのけぞった。

 自分たちがカタリナこそが王太子妃、王妃になる者と思い込んでちやほやしていた間、肝心のアルフォンスはカタリナを唾棄すべき存在としか見ていなかったのだ。


「で、でも……

 殿下は夜会の折、必ずカタリナ様と踊られるではありませんか。

 しかも、最初に」


 一人が勇気を振り絞って問うた。


「そうでもしないと、最初に私と踊った令嬢が陰に陽に攻撃されるじゃないか。

 私がそのことを知らないと思っていたのか?

 2年前、新任の大使の歓迎会で大使の令嬢と踊ったら、彼女はその後色々と不愉快な目に遭ったらしいね。

 あの時の大使、王位継承順位は低いが王族だぞ?

 最悪、国際問題になりかねない相手でも君たちは平気で攻撃するのかと驚いたよ」


 ひ、と誰かが声を漏らした。


「それにしても不思議なんだが……

 君たちは、なぜ私の気持ちがカタリナにはないと気が付かなかったんだ?

 サン・フォンには、カタリナと踊る時の私の眼が露骨に死んでいて笑えると、いつもからかわれているのに」


 アルフォンスはにこやかな笑みを貼り付けたまま、人形めいた感情のない眼で令嬢達を見ている。

 正にそういう顔で、アルフォンスはカタリナといつも踊っていることに、令嬢達は今更ながら気がついた。


「と、言うわけなんだが……

 私は別に、カタリナの悪行に関する君たちの証言を求めてはいない。

 既に集まっている証言だけでも、かなりのことが把握できているからね」


 令嬢達は縮み上がった。


 カタリナは自分自身で他の生徒に危害を加えたりはしていない。

 ジュリエットだけでなく、カタリナが「気に入らない」と示唆する者を、学院や王都の社交界から排除してきた実行犯は、この四人なのだ。

 このスキャンダルがおおっぴらになれば、家から縁を切られ、寄付もなしに修道院に放り込まれて平民同然の扱いを受けるか、良くて領地の館の隅で一族の恥として飼い殺し。

 良家の子息と婚約している者もいるが、そんなものは一瞬で「なかったこと」になるだろう。


「だが、慈悲深いジュスティーヌは、一度は謝罪の機会を与えるべきだと進言してくれた。

 なので、君たちにも機会を与えよう。

 カタリナに騙されていたことを認められないほど愚かではないと証明する機会を」


 すべてをカタリナのせいにすれば助かると取れるようなことを言いながら、アルフォンスは会議室の奥の扉を開いた。

 隣の会議室につながっているようだ。


「私はこちらの部屋で待っている。

 包み隠さず、すべてのことを──フォルトレス男爵令嬢のことだけでなく、学院内のことも、学院外のことも、学院入学前のことも話す用意が出来たら、こちらに来てくれ。

 だが、最初に言ったように、私は今日中に決着をつけるつもりだ。

 君たちを長く待つつもりはない。

 そのことを忘れずに」


 笑みを浮かべると、アルフォンスは隣室に消えた。


 令嬢達は息を呑んで、半分開いたままの扉を見つめている。

 一人がバッと立ち上がると、四人は先を争って隣室へなだれ込んだ。


 隣室にはアルフォンスだけでなく、神官と護衛騎士が待っていた。

 令嬢達は、まず神の名において真実を告白することを宣誓させられ、彼女達の供述は、公式な文書として記録された。


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