2.ジュスティーヌ・シャラントン公爵令嬢
ジュスティーヌに呼び出されたと思って桜の樹の下に行ったら、カタリナが刃を手に襲ってきて、自分で転んで自分を傷つけてしまった。
そして自分はカタリナを放置して逃げてしまった──
ジュリエットの説明を聴いた男子生徒3人は戸惑ったように、互いの顔を見た。
そうであるならば、刃はどこにいったのか。
どうして代わりに桜の枝が突き立てられることになったのか。
なぜカタリナが、桜の樹の下から水盤に移動しているのか。
「そういうことだったのね……」
一方、ジュスティーヌは納得したように頷いた。
「なにか見たんですか?」
ノアルスイユがジュスティーヌに問う。
ジュスティーヌの部屋は西翼の突き当り、一番北にある。
事件?事故?現場となった桜の大樹が、窓から見える位置だ。
「わたくしもカタリナも、寮の自室で待機ということになって、終日、部屋で過ごしていたのですが──
昨日の夜、0時過ぎに、外で妙な声と物音、誰かが走り去っていく足音が聴こえて、外を見ました。
そうしたら、桜の樹の下になにか……人が倒れているように見えて、寝間着にガウンを羽織って庭へ降りてみたんです」
「えええええ……
なんで護衛を呼ばなかったんすか?」
びっくりしたサン・フォンが、ジュスティーヌに問うた。
男女が共に住む寮なので、間違いがないよう、ジュスティーヌとカタリナの部屋がある西翼の2階には、常時女性の護衛騎士が詰めている。
昨日は寮内の監視のため、学院内の護衛を大幅に動かしたが、それでも西翼の2階には2人残した。
カタリナを監視するためだ。
「2人とも、眠っておりました。
普段はそんなことをする者はいないのに」
は? と男子3人は顔を見合わせた。
学院内の緊張が高まっていた昨夜、よりによってそのタイミングで2人とも寝こけるというのはおかしい。
明け方ならとにかく0時といえば、そこまで強い睡魔に襲われる時間でもない。
「護衛は今も眠っております。
なにか薬でも盛られたのかもしれません。
とにかくそれで、樹の下に参りましたら……」
ジュスティーヌは昨夜の出来事を語り始めた。
倒れ伏しているのがカタリナであると、ジュスティーヌはすぐに気づいた。
ジュスティーヌは、緊急時の対応方法なども叩き込まれている。
まず、カタリナの首元の脈を確かめ、うつ伏せになっていた身体をそっと仰向けにした。
カタリナは、胸元に刺さった細身の短刀を堅く握りしめていた。
「え……」
ジュスティーヌは思わず小さな声を挙げた。
その短刀は、シャラントン家に代々伝わる宝刀「守護の刃」だったのだ。
「守護の刃」は、薄い刃そのものも魔導鋼で打たれた貴重なものだが、柄と鞘にも多数の魔石が象嵌された工芸品。
本来は、武器として使うものではない。
手元に置いて日々魔力を流しておけば、もし主が魔法や呪いを受ければ、魔石が身代わりとなり、その反応で襲撃者の手がかりも得られるという貴重な魔道具だ。
本来はシャラントン家の家長が持つものだが、学院入学に際して、カタリナを警戒した公爵がジュスティーヌに貸し与えたものだ。
「まさ、か……」
てっきり、カタリナが襲撃者に呼び出されて襲われたものと思ったが──
この宝刀を盗み出せるとしたら、まずは掃除で部屋に立ち入る下女、次にカタリナである。
カタリナであれば、下女を手なづけて盗ませることもできるし、自身で盗むこともできなくないだろう。
一般生徒は居住者の許可がないと「桜の館」にそもそも立ち入れないし、外部の者ならなおさら難しい。
そういえば夕方、風呂に入っていたら、色々と思い巡らしているうちについうとうとしてしまった。
引き出しの鍵は目につくところには置いていないとはいえ、室内にあるのだし、部屋の鍵さえなんとかなれば、盗み出せたはずだ。
「もしかして……」
カタリナが宝刀を盗み出し、そして宝刀を使って誰かを殺し、ジュスティーヌに罪をなすりつけるつもりが、相手に反撃されたのではないか。
ありえる、とジュスティーヌは直観した。
いかにも自分が王太子妃になるように振る舞っていたカタリナだが、実のところなにも決まってはいない。
というか、アルフォンスはカタリナからもジュスティーヌからもずっと距離を置いている。
そうした中で、ジュリエットへの嫌がらせ騒動が起きた。
ジュスティーヌは、ほぼほぼカタリナの意を受けた者の仕業だろうと見た。
特に、舎監を丸め込むなら、公爵家の名を出さなければ無理だろう。
もちろん、自分はそんなことをしていないのだから、カタリナ以外は考えられない。
サン・ラザール公爵家は、この国に4つある公爵家の中で唯一王妃を出したことがなく、アルフォンスと同じ年に生まれたカタリナは、一族の悲願を叶える娘として入念に育てられた。
当人も、自分が一番でなければ気がすまない性格。
「美男王」と呼ばれた先代国王によく似たアルフォンスの顔立ちを気に入ってもいた。
だが、今日のアルフォンスの発言からして、舎監でも、取り巻きの令嬢達でも、誰かがカタリナが嫌がらせを指示したと吐けば、カタリナが王太子妃となる可能性は潰える。
この状況をひっくり返すには……
対抗馬と目されている自分を致命的なスキャンダルに巻き込み、ついでに嫌がらせの件も押し付けて有耶無耶にする以外に方法はない。
おそらく呼び出されたのは、カタリナの悪事を知る者。
口封じも兼ねて殺害し、それをジュスティーヌのせいにする。
カタリナは、そういう絵を描いたのだろう。
もしかしたら、宝刀を盗み出した時に、悪事の証拠となるものをジュスティーヌの部屋に忍ばせているかもしれない。
どうしよう。
さすがのジュスティーヌも一瞬思考が停まった。
本当なら、警備を呼ぶべきだ。
それはわかっているが、この状況で人を呼べば、サン・ラザール家は、ジュスティーヌがカタリナを害したと後々しつこく主張するに決まっている。
カタリナを返り討ちにした者は、逃げている。
逃げた者が、あとになって何が起きたのか告白する可能性は高くはないし、勇気を出して証言してくれたとしても、サン・ラザール公爵家に圧力をかけられて、証言を取り下げることも十分ありえる。
いずれにせよ学院内に留めておける話ではないし、警察の手が入れば、有力者であるサン・ラザール公爵が介入する余地は必ず出てくる。
それに、鞘。
宝刀の鞘がない。
実はこの宝刀、魔石に加えて、大きなエメラルドが嵌め込まれている鞘も、刃と同じくらい貴重なものなのだ。
カタリナの身体をざっと触ったが、身につけてはいない。
どこか近くに落ちているのかと、ジュスティーヌは小さく絞ったファイアボールを手のひらの上に載せ、灯り代わりにして探したが、やはりなかった。
「まさか、抜身で持ってきた……?」
これもありえる、と思った。
派手好きのカタリナは、宝石も大好物だ。
王妃のティアラの中央に輝いていてもおかしくないほどのエメラルドを見て、この際奪い取ろうと悪心を起こしたのだろう。
今朝、宝刀はたしかに自室にあった。
食堂での騒動の後、自分が入浴している隙に、以前から狙っていた宝刀を盗んで鞘を隠したならば、カタリナの部屋にある可能性が一番高い。
まずは鞘を探さないと、このままでは血で穢された宝刀が狂ってしまう。
強力な魔道具だけに、扱いを間違えればそのまま強力な呪物に堕ちてしまうのだ。
それを食い止めるのが最優先。
後のことは──
その時その時の状況に応じて、対応するほかないだろう。
外部犯の仕業ということになってくれないかとちらっと思ったが、そう見せるための細工を咄嗟に思いつくのは難しかった。
それに、ここに留まっているうちに誰か来たら、そこで終わりだ。
ジュスティーヌは、カタリナの指をほどき、胸に刺さる宝刀の柄に手をかけた。
思えば、同じ年、同じ家格の家に生まれた、幼馴染。
何かがほんの少し違っていれば、親しい友となったかもしれない。
実際には、カタリナからジュスティーヌへは憎悪、ジュスティーヌからカタリナへは侮蔑、そんな歪んだ関係しか作ることはできなかったが。
今日でこの悪縁を断つことができるのは、むしろ僥倖と言えるのかもしれない。
肋骨かなにかが当たっているのか、刃は容易には動かない。
やむをえず、カタリナに馬乗りになると、ジュスティーヌは思い切って力を込めた。
ゆっくり刃を引き抜くと、どろりと血が溢れ、制服を染めてゆく。
ジュスティーヌはカタリナのまぶたを静かに閉じ、ポケットを探ってカタリナの部屋の鍵を見つけると、「桜の館」へと戻った──
アルフォンスは深々と吐息をついた。
「……そういうことだったのか。
鞘は見つかったのか?」
「やはりカタリナの部屋にありました。
書棚に並んだ本の裏側に。
見つけたのが夜中の3時過ぎでしたか。
宝刀を鞘に納め、魔力を流して魔法陣を再構築しているうちに、フォルトレス男爵令嬢の悲鳴が聞こえたのです」
ジュスティーヌは静かに答えた。
「そうか、そういうことだったのか……」
アルフォンスは同じ言葉を繰り返すと、しゃがみこんだ。
「良かった。
ジュスティーヌ、君がカタリナを殺したのかと思っていた……」
アルフォンスの声には、心の底から沸き上がったような深い喜びが溢れていた。
小さく息を引いたジュスティーヌを、アルフォンスは眩げに見上げる。
「私は、君がカタリナの胸から刃を抜いて立ち去るところを見たんだ」
ジュスティーヌ
「早速のブクマと評価、ありがとうございました。
やっとカタリナが学院から放逐されると思っていたのに、どうしてこんなことに…
それはさておき、わたくしがカタリナを殺したのだと思われましたら、『いいね』をいただけますかしら。
どうかご遠慮なくお願いいたしますわ」(華麗にお辞儀)