1.ジュリエット・フォルトレス男爵令嬢(3)
※本日更新分4/4回目です。
午後、アルフォンスはまずジュリエットや同室者から詳細に事実関係を聞き取り、調査を生徒達、教職員達に広げて粛々と進めた。
今回の件について話せることを話し終わって、ジュリエットは部屋に戻って休んでよいということになったのだが、相部屋には鍵がない。
それでは安心できないだろうし、諸々はっきりするまで他の生徒と一緒にいるのは居づらいだろうということになって、当面、ジュリエットは女性教職員寮の空き部屋を内緒で使うことになった。
必要なものは例の洗濯袋に詰め込んでいるから、引っ越しは簡単だ。
案内された部屋は1階で、そこまで広くはなかったが、なにしろ個室だし、洗面所とトイレ、シャワーがついているのが嬉しい。
さすがに疲れ果てたジュリエットは、着替えるのも忘れて、ベッドに倒れ込んだ。
目が覚めると、もう夜だった。
のそのそと起き上がり、廊下を覗くと、扉のすぐ側にサンドイッチと果物、お茶が入ったポットを載せたワゴンがあった。
どうやらこれを食べろということのようだ。
そういえば、寝ている間にしつこいノックの音を聞いたような気もする。
「あれ?」
遠慮なくむしゃあと夕食を平らげたジュリエットは、サンドイッチの皿の下に、メモが挟まっているのに気がついた。
「今夜0時に、『桜の館』の西側にある、大きな桜の樹の下まで来て。
誰にも知られないように。 J」
「桜の館」の傍に来いという内容と、Jという頭文字──
ジュスティーヌからの伝言らしい。
ジュリエットは首を傾げた。
自分がここにいるのを知っているのは、アルフォンスと護衛騎士、教職員の一部くらいのはずだ。
なぜジュスティーヌが、このメモを紛れ込ませることが出来たのだろう。
それに用件もよくわからない。
アルフォンス抜きで、なにか自分に確認したいことか、相談したいことでもあるのかな?くらいしか、ジュリエットには思いつかなかった。
「どっしよ……」
時計を見上げると、もう11時半近い。
指定された「桜の館」までは、ジュリエットの足でも20分はみないといけないから、迷っている時間はそんなにない。
これがカタリナからの呼び出しならば、もちろん行くつもりはないし、ただちにメモをアルフォンスに差し出すところではあるが、ジュスティーヌに関しては悪い印象はない。
話したことはなかったし、声を聴いたのも今日が初めてだった気もするが、アルフォンスを支持しつつ、皆に配慮するよう進言した様子は好ましく思った。
そのジュスティーヌが内密に呼んでいるのなら、相応な理由があるのかもしれない。
ジュリエットは、そっと扉を開き、外の様子を伺った。
玄関のあたりに、護衛騎士か守衛か、とにかく誰かがいるようだ。
今度は窓から外を見てみる。
外には警備はついていないようだ。
押し上げ式の窓は開けっ放しにしておけば、外からでも入れそうな高さではある。
一瞬迷って、ジュリエットは手紙を眼につくところに置き、「←ちょっと行ってきます」と付記すると、窓を押し上げてロックする。
もしなにかあっても、これで事情はわかるはずだ。
窓框に手をかけて身体を持ち上げると、くるりと外に背を向け、足先を下ろしてすとんと地上に降り立った。
ちょうど満月の夜だ。
煌々と降り注ぐ月光のおかげで、目が慣れれば灯りはいらないくらいだった。
校舎や建物の間を走り抜けて、指定された「桜の館」の西側へ急ぐ。
月光に照らされて、夜空に淡い雲のように浮かび上がる桜の花。
そのひときわ大きな樹の下に、こちらに背を向けた、女子生徒らしい人影が見える。
影になっているので髪の色がわかりにくいが、明るい色のようではある。
「あの、ジュスティーヌ様……?」
おずおずと声をかける。
返事はなかった。
はらはらと静かに花びらが舞い散るばかりだ。
聴こえないのかと思って、二三歩近寄り、もう一度呼びかけた。
振り返ったのは、カタリナだった。
にたぁ。
眼も唇もつり上げて、カタリナは笑った。
その左手から、銀色の光が弧を描いて、ジュリエットを襲う。
咄嗟に大きくのけぞって、ジュリエットは避けた。
そのまま身体をひねり、まろぶようにして距離を取る。
ギリギリで転ばずに済んだのは、たぶん乗馬で鍛えた体幹のおかげだ。
「ちょ、ちょ!?
カタリナ様!?」
「下賤の者があああああッ」
初撃を外されたカタリナは怒り狂い、短刀を左右に振るう。
右に左に、ジュリエットは必死に避けた。
「殿下は、わたくしのものなのよッ
お前のような下賤の者が、なぜ近づくッ」
叫びながら襲ってくるカタリナを、桜の大樹を盾にしてかわすうち、ジュリエットの足がうねうねと盛り上がった根にとられた。
尻もちをついてしまい、慌てて立ち上がろうとするが間に合わない。
「うるああああああああ!!」
カタリナは刃を逆手に持ち替え、ジュリエットに突き立てようとする。
だが、カタリナもジュリエットの目の前で、前のめりに転んだ。
自分に覆いかぶさるように倒れてくるカタリナを、身をよじってぎりぎりで避けたジュリエットは、どうにか立ち上がるとほうほうの体で逃げる。
二、三十歩、距離をとって振り返ると、カタリナは倒れ伏したままだった。
ぴくりとも動いていない。
「あ……れ……?」
そっとさらに数歩、近づいてみるが、やはり動いていないようだ。
薄暗くてよくわからないが、確か刃を握っていた左手が、身体の下にあるように見える。
もしかして、転んだはずみで自分を刺してしまったのではあるまいか。
だが、鬼女かと思うほど怒り狂った様子を見たばかりでは、恐ろしくてこれ以上近づけない。
うっかり近づいたら、今度こそ刺されてしまうかもしれない。
迷うこと数瞬。
ジュリエットは全力で逃げ出した。
そして夜明け──
悲鳴を聞きつけたノアルスイユとサン・フォン、アルフォンス、そして少し遅れてジュスティーヌがジュリエットの元に駆け寄った。
ジュスティーヌは、寝間着の上に慌ててコートを引っ掛けたような姿だが、男子生徒は皆、眠っていなかったのか制服のままだ。
「どうした、ジュリエット!」
アルフォンスに声をかけられ、ジュリエットはあうあうと震えながらカタリナを指して見せた。
桜の樹の下で転んだカタリナが、なんで胸に桜の枝を刺されて水盤に浮かんでいるのか、わけがわからない。
「カタリナか!?
一体、なにが起きたんだ!?」
アルフォンスは腰を抜かさんばかりに驚いて、靴のままざぶざぶと水盤に入ると、カタリナの遺体を引き上げようとした。
慌てて、ノアルスイユとサン・フォンも手伝い、三人がかりで水盤の縁石に桜の花びらにまみれたカタリナの遺体を横たえる。
桜の枝は途中でぽろりと抜けてしまい、制服の胸元、ちょうど心臓のあたりに小さな穴が開いているのが見えた。
目を閉じたカタリナの唇も頬も真っ白で、亡くなってからそれなりに時間が経っているようだ。
ジュスティーヌは口元を片手で覆って、少し離れたところからカタリナを見下ろしている。
「……師匠、どうしてこんな時間にここにいるんだ?」
サン・フォンが振り返って、ジュリエットに静かに問うた。
ジュリエットはへたりこんだまま、昨夜のことを洗いざらいぶちまけた。
ジュリエット
「私のパートはここまでです! おつきあいありがとうございました!
いかにも巻き込まれただけのモブっぽい私ですが、『こういうのが案外真犯人だったりするんだよ!』って思った方は、下の『いいね』をお願いします!
一人だけじゃなくて、怪しそうな人全員にいいねしていただいて全然おっけーです!」(ぺこり)