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1.ジュリエット・フォルトレス男爵令嬢(2)

※本日更新分3/4回目です。

「師匠、その大荷物はどうした!?」


 翌日の昼時、食堂に入ったアルフォンスは、人ひとり余裕で入りそうな大きさの麻袋を背負ったジュリエットを見つけてぶったまげた。

 無理くり掛け布団を詰め込んだ麻袋の上部は、ジュリエットの頭の高さを越えている。

 まるで行商に出た農婦のようだ。


「どうもこうもないですよアル様。

 昨日の夜、ベッドが水浸しにされてたんで、洗濯物用の袋を借りて掛け布団を担いで回ってるんです。

 床で寝るにしても、掛け布団があるとないとじゃ全然違いますから」


「「「は!?」」」


 ジュリエットの「弟子」である貴公子達は眼を剥いた。

 麻袋を降ろしたジュリエットは、嫌がらせを受けていたこと、同室者が怯えていたので、彼女たちの仕業ではないことを説明した。

 ジュリエットがことの詳細を話すうち、アルフォンスの顔が怒りで赤く染まっていく。


 気がつけば、食堂は静まり返っていた。


「ジュリエット、なぜもっと早く相談しなかったのだ」


「アル様にお話したら、おおごとになりそうだなって……

 反応しなければ、そのうち飽きるだろうと思っていたんです」


 困り顔でジュリエットは言う。


 アルフォンスは苛立つ気持ちを抑えるよう、ゆっくりと息を吐きながら食堂を見回した。

 朝食と夕食は各寮で食べるが、昼食はこの食堂でのみ供される。

 150人ほどの学院の生徒がほぼ全員いた。


 食堂の窓際の隅には、カタリナのグループが座ってこちらを見ている。

 窓際の反対側は、いつものように華麗に「ぼっち飯」を堪能しようとして手を止めたジュスティーヌ。

 ノアルスイユの婚約者、サン・フォンの婚約者もそれぞれ仲が良い者同士で座っている。

 男子生徒達はあっけにとられて、アルフォンスや令嬢達のグループの顔色を伺っている。


 ジュスティーヌがナイフとフォークを置いて静かに立ち上がり、アルフォンスの方を向いて手を胸の下で組んだ。

 貴人の言葉に傾聴する時の姿勢だ。

 釣られて、生徒たちが次々に立ち上がり、やがて全員が立ち上がってアルフォンスに注目した。


「……まず、大切なことを言う。

 私がこの件を問題にするのは、フォルトレス男爵令嬢と私が親しいからではない。

 家格を傘に着て、下位の者に嫌がらせをする、不法なことをしておいて黙らせる、そうしたことがあってはならないからだ。

 フォルトレス男爵令嬢が今言ったことが事実であれば、寮監や下女も巻き込んで嫌がらせをしている以上、単純な生徒同士のいざこざとは言えまい」


 ゆっくりと生徒たちを見渡しながら、アルフォンスは告げた。


「これは王家が各家に与えた権力を、濫用しているということだ。

 素知らぬ顔でそのような曲事きょくじをする者を、私は信頼することはできない」


 ジュリエットへの嫌がらせに加担した者は、自分の代ではハブるぞということだ。

 完全に「おおごと」にしている。


 動揺が、静かに広がった。


「カタリナ、君はどう思う?」


 アルフォンスはカタリナに振った。


「……わたくしは、そのような恐ろしいことをされる方が、この学院にいらっしゃるとは信じられません。

 後日、よくよく精査されるのがよろしいかと……」


 取り澄ました顔でカタリナは返した。


 実質、自分の被害を嘘だと言われたに等しいジュリエットが、カタリナを睨む。

 カタリナは、堂々とジュリエットを睨み返した。


「なるほど、君はそう思うのか。

 ジュスティーヌ、君はどう思う?」


 アルフォンスは、今度はジュスティーヌに振った。


「殿下のお考えもわかりますが……

 狭い人間関係の中で同調しあううちに、どんどん考えが極端になってしまうことは大人でもままあることです。

 ましてや、わたくし達は、人としてまだ幼く過ちやすい年頃。

 犯した罪を告白し、反省の姿勢を十分見せれば……レディ・ジュリエットに謝罪する機会を与えるとするのはいかがでしょう。

 もちろん、いかなる事情があっても『二度目』はございませんが」


 最後の言葉は、自身からも念を押すように生徒たちを見渡しながらジュスティーヌは答えた。


「……それもそうだな」


 アルフォンスは頷いた。


 だが、水を打ったように静まり返った生徒たちの間に動く者はいない。


「と言っても、今すぐこの場でというのは難しいか。

 さて、どうするのが良いか……」


 アルフォンスが苦笑したところで、一人の令嬢が膝を突いた。


「ごめんなさい、わたくし……

 レディ・ジュリエットとはお話しないことにしましょうって、お友達に言ってしまいました」


「え!?

 あああああ……」


 ジュリエットは思わず声を上げた。

 例の、ミミズ話で失神した令嬢だ。

 令嬢は両手で顔を覆って、身も世もなく泣き始めた。


「いや、私のような野蛮人、良家のお嬢様が避けるのはしゃーないですから!

 正直、こっちからもなにをお話したらいいのか、全然わかってないですし!」


 あわあわしながら、ジュリエットは令嬢にがばあと頭を下げた。

 令嬢はごめんなさいごめんなさいと泣きじゃくる。


 そばにいた、別の令嬢も膝を突いた。

 サン・フォンの婚約者だ。


「……いえ、わたくしのせいです。

 レディ・ジュリエットと……サン・フォン卿が仲良くされているのが妬ましくて……

 お話しないようにしましょうって申し合わせをどんどん広げてしまって、気がついたら皆、レディ・ジュリエットを無視しないといけないような空気になっていて……」


 サン・フォンが慌てて、婚約者に駆け寄った。


「レティシア、それは誤解だ!

 ジュリエット師匠は、本当に凄い騎手なんだ!

 俺は黒王号を乗りこなしたくてもどうにもならなかったのに、彼女は軽々と走らせる。

 だから色々話も聞きたいし、教えて欲しいこともある。

 色恋沙汰とかそういうのとは全然違うんだ!」


「そうですよ!

 サン・フォン卿は黒王号友達みたいな感じで、全然まったくさっぱりそういうんじゃないんで!

 ていうか私、ここまで背が高くて見上げないといけない方って、首が疲れるんでつきあうとかないです!」


 泣きむせぶ令嬢2人を、サン・フォンとジュリエットは必死で宥めた。

 取り残された感じになったアルフォンスとノアルスイユは、ジュリエットがそう言うのならここは追及しなくても良いかと、顔を見合わせて頷く。


「わ、わたくしも……」


 続いて、別のグループにいた侯爵令嬢が膝を突いた。


「君か!?」


 今度はノアルスイユの婚約者だ。


 令嬢は、自分と会う時は仏頂面でろくに会話も弾まないノアルスイユが、ジュリエットとは打ち解けて話し、あろうことかちょいちょいイジられても笑っていることに嫉妬して、学院から出ていけとばかりに教科書やノートを切り裂いたと、涙ながらに自白した。

 だが、机に「死ね」とかなんとか彫り込んだのは自分ではなく、午後の講義終わりになんでもいいから嫌がらせをしようと忍び込んだらもう彫ってあったとも主張する。


 ジュリエットは固まった。

 うっかり失神させた令嬢が絡んでいたことから、「無視」については許す流れにしてしまったが、こっちは害意のレベルが明らかに違う。

 侯爵令嬢の部屋は上位貴族用の寮にある。

 彼女は、わざわざ下位貴族用の寮に忍び込んで、一枚一枚、教科書とノートを切り裂いたのだ。


 どう反応して良いのか迷っていると、ノアルスイユが銀縁の眼鏡をくいいっと上げながら一歩進み出た。


「そうか。

 君は、平気で本を傷つけられる人間なのか。

 よーく、わかった」


 地の底を這うような声だ。

 ヒョロっとした体型に眼鏡という外見を裏切らず、ノアルスイユは書痴として名高い。


「フォルトレス男爵令嬢」


 ノアルスイユに厳しい声で呼びかけられて、ジュリエットは「ひゃい?」と裏返った声を上げた。


「申し訳ないことをした。

 新しい教科書は、私が責任を持って用意させてもらう。

 ノートも、私が昔作ったものを提供するか、君のノートを新しく書き写すか、とにかくなんとかする」


「は、はい」


 ジュリエットはこくこく頷く。

 ノアルスイユは婚約者に向き直った。


「正式な謝罪やその他のことは、後日、貴女の父君に『ご相談』させていただこう」


 婚約者を見下ろす眼は冷たく険しく、蛆虫でも見るような嫌悪感に溢れていた。

 「その他のこと」の中には、十中八九、婚約解消の相談も入っている。


 わっと令嬢は泣き伏した。

 普段は仲良く振る舞っていた友人達も、青い顔で遠巻きにしているばかりで、誰も近寄ろうとはしない。

 婚約解消に加えて友人に切られるとか、痛ましい気もしなくもなかったが、努力と根性で書き取ってきたノートをめちゃくちゃにされた恨みは忘れがたい。

 それに、もう自分は関係なくなってる気もして、ジュリエットはスルーすることにした。


「後は……洗濯物の件、寮の机を傷つけた件、ベッドをずぶ濡れにした件か。

 これらの件に関して、誰か言いたいことがある者はいるか?」


 アルフォンスは生徒たちを見渡した。

 誰も答える者はいない。


 当たり前だ。

 ジュリエットが許す許さないという話になる前に、ほぼほぼ婚約解消をくらったのを目の当たりにしているのだから。

 ノアルスイユが今頃気づいて「しまった」という顔をしたが、色々遅い。


「申し出がないようならば、証言を集めて精査しなければならないな。

 フォルトレス男爵令嬢の同室者はどこにいる?」


 すかさずジュスティーヌがその名を挙げ、青い顔の3人はおずおずと前に進み出た。


「すまないが君たち、別室で話を聞かせてくれ。

 ああ学院長、ちょうどよいところに。

 緊急事態だ。

 今日の午後は休講としてほしい」


 騒動を察知した職員の誰かが急報したのか、ようやくやって来た学院長にアルフォンスは手短に状況を伝えた。

 学院長は慌てて頷いた。

 本当に寮監まで絡んでいるのなら、最終的には学院長の責任問題になる。


「ノアルスイユ。

 君は、寮監と洗濯女、下女頭を抑えて、話を聞いてきてくれ。

 口裏を合わせられないように、まずそれぞれを引き離すのを忘れずに」


 アルフォンスはノアルスイユに3名、信頼できる男子生徒をつけた。

 ついでに女性の護衛騎士を呼び、ジュリエットの部屋の現況を記録することを命じる。

 「は」と頭を下げて、彼らは出ていった。


「あとは、なるべく広く、なにか気がついたことがないか、聞き取りをしたいんだが……

 サン・フォン、どうすればいいと思う?」


 生徒の数は百五十名近く。

 令嬢には家庭教師をつけて手元で育てる家もあるため、女子の方が少なくて五十名強というところだが、なにか見聞きしている可能性が高い女子から聞き取りをするにしても相当時間がかかる。


「むむむむむ……

 関与者に口裏を合わせる機会を与えたくないならば、寮に個室がある者は一人ずつ戻して自身の部屋で待機させ、相部屋の者は講堂で並ばせて、相部屋の者から順々に話を聞くことにするのはいかがでしょう。

 寮の方は、護衛騎士を回して、密かに行き来しないよう、廊下を見張らせれば問題ないかと。

 待機の間、フォルトレス男爵令嬢に関するものだけでなく、今まで見聞きした生徒間の嫌がらせやいじめについて、先にメモを作ってもらえば、聞き取りも捗るんではないですか?」


 脳筋枠扱いされがちなサン・フォンではあるが、父は騎士団長。

 集団内で不祥事があった際の対処法など、なんとなく聞き知っていたようだ。


「他にも嫌がらせがあるのか?」


「特に聞いてはいないですが、他人を攻撃するのを好む者は、繰り返すことが多いんですよ。

 師匠だけでなく、他の生徒にもやっている可能性は十分あります」


「なるほど」


 アルフォンスは頷いた。


 ジュスティーヌが小さく手を挙げた。

 なんだ?とアルフォンスが発言を許す。


「殿下。

 これから聞き取りとなると、食事はいかがいたしましょう。

 まだ食べ終えていない者の方が多いようですが」


 あ、とアルフォンスが声を漏らした。


「そうだな。

 先に食べてくれ。

 ただし、会話は厳禁だ。

 グループで座っている者も、なるべくばらけるように」


 ざざっと生徒たちが距離をとって座り直した。

 貴族の通う学校なので、スペースにはかなりの余裕がある。


 アルフォンスの指示で、護衛騎士達がテーブルの間をゆっくり回り始めた。

 嫌がらせをした者が、口封じをして逃げ切ることを徹底的に警戒しているようだ。


 それにしても楽しいランチタイムが、もはやお通夜。

 最悪、家の将来まで絡んできそうな雲行きでは、緊張感が凄まじい。

 皆、食欲などどこかに失せたような顔だ。


 まさかこんなことになるとも思わず、後先考えずに布団を担いできてしまったジュリエットは、あっけにとられて食堂を見渡した。


「ジュリエット。

 辛い目に遭わせてしまったな」


 アルフォンスは、ぽかんとしているジュリエットに声をかけた。


「アル様……」


 見上げたジュリエットの蒼い瞳から、ぽろぽろっと涙がこぼれ落ちた。


「あ、あれ……」


 泣くつもりはないのだが、涙は後から後からこぼれ落ちる。

 お嬢様達の嫌がらせになんか負けない、これくらいへっちゃらだって思っていたけど、私、結構傷ついていたんだ、とジュリエットはようやく気がついた。


 アルフォンスはその肩に手をかけた。


「すまないことをした。

 この際、膿を出し切って、ジュリエットや他の者が落ち着いて学べるようにする。

 だからもう少し、辛抱してくれ」


「は、はい」


 ぽんぽんと肩を軽く叩かれて、涙ながらにジュリエットは頷いた。

 静かに泣くジュリエットを、アルフォンスはなだめた。

 少し落ち着いたところで、ふと顔を上げると、表情を消したジュスティーヌがジュリエットの方をじっと見ていた。


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