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4.グザヴィエ・ノアルスイユ卿(2)

「その後は、桜の大樹のあたりが犯行現場と悟られないよう、血痕や足跡を消してから、風魔法で花を少し散らして、殿下をあちこち探したり、東翼で待機したりしていたんですが。

 まさか、殿下がライブラリーにいらっしゃったとは……」


 めちゃくちゃ恨みがましい目で、ノアルスイユはアルフォンスを睨む。

 すまんすまんとアルフォンスは軽く頭を下げた。


「えっと……

 カタリナ様は、私を殺そうとして自分を刺して亡くなって。

 ジュスティーヌ様は、その刃を持ち帰られて。

 アル様は、ジュスティーヌ様がカタリナ様を殺したと思って桜の枝を刺して誤魔化そうとし。

 ノア君とサン・フォン様は、アル様が殺したと思って、カタリナ様をここに移して誤魔化そうとしたってことでいいんですよね?」


 へたりこんだままのジュリエットがアルフォンスに確かめた。

 アルフォンスが頷く。


「最初に逃げちゃった私が一番いけないんですけど。

 もしかして、お互いちゃんと相談していればこんなに混乱した状況にならなくてよかったのでは……」


 ぐうの音も出ない。

 皆、かくりとうなだれた。


「で、どうします?

 このままでいいんですか?

 なんていうのか、すっごく変な感じになっちゃってますけれど……」


 夜は明けてしまった。

 7時前くらいから厨房などが動き始めるし、もっと早い時間から鍛錬をする者もいる。

 なにかするとしたら、もうわずかな時間しかない。


 今の状態でカタリナを発見したことにしたとして、本当に「異常者による犯行」ということで押し通せるのだろうか。

 カタリナの遺体は、特徴的な刃で貫かれ、その後桜の枝で二度貫かれている。

 いくら「異常者」でも意味がわからない。

 どうしてこんなことになったのか、警察はゴリゴリ捜査してくるはずだ。


「『事件』にさせないようにできれば良いのだけれど……」


 ジュスティーヌが眼を伏せて呟く。

 アルフォンスが、はっと顔を上げた。


「ならば、自死にみせかけるか?

 プライドの高いカタリナなら、事故にみせかけた自死を選ぶのが自然だが」


 この国では、女神フローラが与え給うた命を勝手に断つ自殺は最大のスキャンダルだ。

 遺族も禁忌を犯した者の係累として、何年も周囲から遠ざけられることになる。

 大伯父とか曾祖母に自殺っぽい死に方をした者がいるからという理由で、婚約が忌避されることもあるくらいの大タブーだ。


 だから身内が自殺してしまったら、「落馬事故で」とか「流行り病で」とか適当な理由をつけて、なる早で埋めてしまうのが通例だし、死ぬ側もそうみせかけようとすることが多い。

 むしろ家名に傷をつけたい場合は別だが。


 仮に、カタリナが自殺した可能性がそれなりにあるのなら、サン・ラザール公爵家はカタリナの遺体を改めさせず、ひっそりと埋葬してしまうだろう。

 ちなみに、解剖は遺体を傷つける冒涜的な行為だとみなされており、明確な殺人ならとにかく、「不審死」ならばよほど遺族が強く主張しないと行われない。


 といって、桜の枝を胸に突き刺して自殺できるはずもないのだが──

 桜の枝が完全に邪魔になっていると気づいたアルフォンスは、頭を抱えた。


 やおら、サン・フォンがジュリエットに向き直った。


「師匠、今すぐ部屋に戻ってくれ。

 今日は、昨日の疲れで起きるのが辛いことにして、なるべく人に会うな。

 ないとは思うが、もし誰かが昨夜のことを聞きに来たら、眠っていたのでなにもわからないと言うんだ」


 ジュスティーヌが頷いた。


「それが良いわ。

 万一、あなたが本格的に問いただされることになったら、わたくしの名を出して、わたくしの同席なしでは何もしゃべるなと命じられていると言って頂戴。

 その時は、わたくしも、あなたも本当のことを言いましょう」


 ジュスティーヌはへたりこんだままのジュリエットに手を差し伸べ、立ち上がらせると両手をとり、しっかり眼を合わせた。


「大丈夫。

 あなたは何もしていない。

 巻き込まれただけの被害者なのだから」


「は、はい……」


「急いで。

 誰かに見つかったら面倒なことになる」


「はい!」


 ジュリエットはへこっと頭を下げると、遊歩道の方へ走っていった。


「レディ・ジュスティーヌと師匠がすべてを明らかにすることになったら、枝と水盤に移した件は俺がかぶります。

 あ、ごちゃごちゃ言うのはなしで。

 時間がない」


 サン・フォンが宣言し、そんなことはさせられないと言いかけたアルフォンス、それは自分がと言いかけたノアルスイユを秒で封じた。


「自死と言えばだいたいは、自室か人気ひとけのないところでするものですが……

 芝居がかった派手なことが好きなレディ・カタリナなら、ここを選んだとしてもおかしくはない、か」


 腕組みして遺体を見下ろしながら、サン・フォンは続けた。

 水盤にカタリナを浮かべて、状況をめちゃくちゃ派手にしてしまったノアルスイユが胃を抑える。


「そもそも彼女は今日、査問にかけられて退学処分を受けるはずだったんだ。

 当然、王太子妃、王妃の目はなくなる。

 その前に自死したとしてもおかしくない」


 アルフォンスが自分に納得させるように呟く。


「とにかく、カタリナが胸を突いた刃を用意しませんと。

 傷口は、見つけた時に慌てて引き抜こうとして、なかなか抜けなくて広げてしまったことにするにしても、自死に使った刃物が見当たらなければ、刃物はどうしたという話に必ずなります。

 『守護の刃』に似ていて、カタリナが使ってもおかしくないものがあればいいのですが……」


 ジュスティーヌが沈んだ声で言った。

 それだよなと一同黙り込む。


 自死したのなら、傷口に見合った刃が現場にないとおかしい。

 だが、シャラントンの宝刀が現場にあれば、サン・ラザール家はジュスティーヌが殺したのだと当然主張するだろう。

 といっても、その代わりになりそうな、カタリナの手元にあってもおかしくない刃物と言われても、ちょっと思いつかない。

 ジュスティーヌはたまたま宝刀を学院に持ち込んでいたが、令嬢は両刃の刃物など危ないものは身の回りに置かないものだ。


「あ! あ! あ! あ!」


 不意にノアルスイユは奇声を上げた。

 喉まで出かかっているのに、言葉が出ない。

 アレアレアレアレと手を振り回して、なんぞ??と首を傾げているアルフォンス達に仕草で伝えようとするが当然伝わらず──


「ペインティング・ナイフ!!!」


 なんとか自力で絞り出した。


「レディ・カタリナは、やたら先を尖らせた無駄にゴツいペインティングナイフを使ってなかったですか!?」


「「「「あああああ……」」」」


 3人は揃って嘆声を上げた。

 油絵を描くときに使うペインティングナイフが、刃幅の細さ、刀身の薄さ、共に宝刀の刃の形状に一番近い。

 刃渡りは宝刀より短いが。


「キャンバスと絵の具箱なら、カタリナの部屋で見ました。

 夜明けでなければ描けない絵……

 たとえば朝焼けを映した水盤に浮かぶ桜の花びらの絵を描こうとして、転んでしまったように見えるかたちで自死した。

 それならばギリギリ話が成り立ちますか?」


 ジュスティーヌは眼を輝かせて3人を見回した。

 3人が大きく頷く。


「よし、カタリナの画材をとってきてくれ。

 イーゼルは娯楽室にあったな」


「取ってきます!」


 ジュスティーヌとサン・フォンが駆け出した。


「そろそろ死後硬直が進んでいてもおかしくありません。

 巧くペインティングナイフを握っていたようなかたちを作らなければ……」


 ノアルスイユはアルフォンスに進言し、カタリナの利き手である左手を取った。

 左の指先はなにかを掴みかけているような形になっているが、肘がゆるっと伸びているので都合が悪い。

 相談しながら、両手で逆手にペインティングナイフを握り、自らを刺した風に遺体を整えた頃に、イーゼルと絵の具が届いた。


 ノアルスイユが震える手で絵の具箱を開くと、サン・フォンが水盤の中程にイーゼルを立て、キャンバスを置いた。

 油絵が得意なノアルスイユは、ペインティングナイフ一本で絵を描きはじめる。

 鬼気迫る勢いだ。

 合間に、サン・フォンが、指先やら袖の端やら、絵を描いてるといかにも汚れそうなところを選んで、カタリナの遺体に絵の具を軽くつける。


 その間、アルフォンスとジュスティーヌは、少し離れたところでなにか相談していた。

 ジュスティーヌは泣いているようで、アルフォンスがしきりに慰め、抱きしめているが、正直かまっている暇はない。


 朝焼けの空を映す水盤、その水面に散り敷いた桜の花びら。

 あっという間に絵はそれらしい形になった。

 なにも完成させる必要はない。


「イーゼルは立てたままでいい。

 パレットは、絵の具箱と一緒に縁石に置くとして……」


 それらしい配置となるよう、皆で調整する。


「カタリナは、水盤の真ん中あたりにうつ伏せに倒れていた。

 私が発見し、君たちを呼んで引き上げると、胸に刺さったペインティングナイフを両手で握っていた。

 私がとっさにナイフを抜こうとして、傷口を荒らしてしまった。

 それから……

 状況からして自死だと思ったので、内々にしようとまず学院長を呼んだ」


 アルフォンスがノアルスイユとサン・フォンに流れを確認する。

 2人は頷いた。


「ジュスティーヌ、君はここにいないほうがいい。

 君が部屋に戻ったら、カタリナを引き上げたところから始める」


「はい。

 この桜の枝はわたくしが持って参ります。

 ちょうど、部屋に花を活けておりますから。

 折れた枝をたまたま拾って、花瓶に挿したことにいたします」


 小さく頭を下げると、ジュスティーヌは桜の枝を持って館に戻る。

 やがて、ジュスティーヌの部屋のカーテンが小さく揺れた。


「カタリナ。

 最後まで引っ掻き回してくれたな」


 アルフォンスは遺体を見下ろすと、ノアルスイユからペインティングナイフを受け取った。

 パレットで拭いはしたものの、うっすら油絵の具がついたペインティングナイフを、念の為傷口に軽く差し込んで抜く。


「……サン・フォン。

 カタリナ・サン・ラザールが『事故死』したようだ。

 学院長を呼んできてくれ」


「は!」


 サン・フォンは一礼して、教員用住宅の方へ駆け出した。


ノアルスイユ

「ブクマ&評価のご支援、感謝します。

 『切れ者眼鏡とみせかけて、実はポンコツ、とみせかけて、やっぱりほんとは切れ者で、ちゃっかりカタリナ殺してましたー!!という展開もありえる??』などなど、私が犯人だと思った方は、いいねをお願いいたします。

 正直、サン・フォンには負けたくないので…なにとぞ私に清き一票を!!」(眼鏡くいいい)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ううううんんん? この中に犯人いるのかー? 全く分からん。。。 分からんが、しかし、こんなに死体に小細工するって笑! やりすぎだろう~笑。 こんなにこねくり回して、果たしてそんな上手…
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