0.プロローグ
※本日更新分1/4回目です。
夜が白み始めた春の払暁──
ジュリエット・フォルトレス男爵令嬢は、王立学院一般女子職員寮の個室の窓を開き、外に出た。
そっと、足音を忍んで駆け出す。
昨日の夜の、恐ろしい出来事。
咄嗟に逃げ出して、一時的に借りているこの部屋に戻り、制服姿のままベッドに潜り込んで数時間、恐怖に震えながら悶々としているうちに夜が明けかかってしまった。
やはり、あの時逃げ出したのはまずかった。
今更戻ってもどうにもならないかもしれないが、彼女がどうなったのか確かめないと、居ても立ってもいられない。
ピンクブロンドのツインテールを揺らしながら、ジュリエットは人目につかないよう、植え込みの陰を選んで走り続ける。
もともと、四代前の国王の隠居所として建てられた離宮を拡張した学院は、やけにだだっぴろい。
春の嵐の名残の朝風が吹く中、最後の校舎の脇を抜ける頃には、田舎育ちで体力のあるジュリエットでも息が切れかかっていた。
ジュリエットは、桜並木の間を抜ける遊歩道に入った。
やがて、引退した王が暮らしていた瀟洒な2階建ての建物が見えてくる。
通称「桜の館」。
現在は王族・準王族寮として使われており、王太子アルフォンスと侍従候補である侯爵家の男子2名、そしてアルフォンスの婚約者候補とみなされている2人の公爵令嬢の5人が暮らしている。
館は、凹の字のような形になっており、下辺が南、左右に別れた東翼西翼が北に突き出るかたちだ。
東翼の2階にアルフォンス、同じく1階に宰相ノアルスイユ侯爵の次男、騎士団長サン・フォン侯爵の三男と東翼には男子生徒の部屋があり、西翼の2階にシャラントン公爵令嬢ジュスティーヌ、そして空室を挟んでサン・ラザール公爵令嬢カタリナの部屋がある。
男女混合の寮だが、下辺部分の真ん中にある玄関ホールの吹き抜けで、東翼と西翼の2階は断たれており、東翼西翼の居住部分に異性が立ち入らないよう、結界も張られているそうだ。
ジュリエットが走ってきた道は、「桜の館」の東翼に突き当たる。
昨夜の「出来事」は、令嬢2人が住む西翼の向こう側で起きた。
「桜の館」の北か南を突っ切るしかないが、南側には護衛の屯所がある。
護衛の眼を恐れたジュリエットは、北側に回り込むことにした。
東翼西翼で挟まれた中庭には、ごく浅い、白大理石造りの大きな水盤があり、館から北側を遮るものはなにもない。
「桜の館」からは丸見えになってしまうが、こんな時間だし見咎められることはないはずだ。
ジュリエットは「桜の館」の北側を走り抜けながら、館の方をチラ見する。
縦、横ともに20m以上ある水盤は、桜の花びらが一面に浮いて、淡い桃色に染まっていた。
その真中に、花をつけたままの「桜」の枝が生えているように見えて、ジュリエットは思わず二度見した。
「桜の館」の周辺では、名の通り、桜の樹が花を咲かせている。
大陸の東の果てにある帝国から贈られたものを株分けしたもので、もともとこの国にもある桜桃と似ているが、より淡くはかない花を咲かせ、実をつけることはない。
王族・上位貴族の庭くらいにしか植えられていないため、ジュリエットは学院に入って初めてこの花を見たくらいなのだが──
ゆらり、ゆらりと、ジュリエットの腿の高さくらいはある枝は動いている。
水盤は、踏み入ったとしたらふくらはぎに届かないくらいのごく浅いもの。
こんな長い枝を支える深さはないはずだ。
思わず、ジュリエットは二、三歩、水盤の方へ寄った。
桜の花びらにまみれた、臙脂色に金色が混ざった、なにか大きなものが浮いている──
「あ……れ?」
制服を着たままの、公爵令嬢カタリナだった。
仰向けのカタリナが、こちらを頭にして豊かな金色の髪を水面にたゆたわせ、胸に桜の枝を突き立てられた状態で、水盤に横たわっている。
肌は青白く、血が通っているようには到底見えない。
目は閉じられたまま、胸元も動いていない。
これは公爵令嬢カタリナではない。
カタリナの遺体だ。
そう認識した瞬間──
「いやあああああああああああああああ!!!」
ジュリエットは甲高い悲鳴を上げ、その場にへたりこんでしまった。
カタリナ(死体)
「『タイトルからして、公爵令嬢カタリナがヒロインかと思ったら死体役!?』『出落ちですやんカタリナ様!?』と思った方は、ブクマしてくださってもよろしくてよ?
それと、この話、パートごとに視点人物が違うのですけれど、各パートの終わりに、自分が犯人と思うかどうかそれぞれ訊ねて参りますから、いいねで反応してくださると、後で集計するとかなんとか申しておりましたの。
お気が向かれましたら、そちらもよろしくお願いいたしますね。
感想欄は、5/12(木)の完結まで閉じておくそうよ」