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修羅の道  作者: 京理義高
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七話.匂いフェチの女性


 傍らに女性が座った。ちらりと見やった限り、かわいいというよりも大人の雰囲気を持った美人である。切れ長の目に背中まで伸びた髪、タイトなコートがとても似合っている。


――知らない女だな。


 このベンチへと歩み寄ってくるまでの間に、彼女は自分の居る場所に興味を持ち、躊躇いと葛藤しながらも来るだろうと過信していたし、我ながらの自意識に苦笑いである。しかし、大井元治はそんなことを考えながらも、少し前に、スポーツジムで汗を流したままだったので、体臭が気になり、きまり悪かった。


「きれいね」


 大井がヘッドホンを外すと同時に、確かにそう聞こえた。どこにでもある噴水、それを囲んだ公園だって飾り気もない。


「ああ、水の音ですね?」 


 探るように聞いた。女性は唇に手を当てて上品に笑う。


「音のどこが綺麗なのよ。違うわ」


 その時初めて目が合った。手をどけ女性の上がっていた頬が下がる。先に反らすことは出来なかった。


「あなたの目よ。輝きに満ちていてとても綺麗」


「どうも」


 ぶっきらぼうに答えた。どのようなリアクションを取って良いのかわからず、


「ここには、良く来るんですか?」


 女性とは反対側を向き、街灯に照らされている人工木を見ながら言った。すると女性は、元治の肩に鼻を寄せてきた。音を立てて空気を吸い込んだ。それも腹いっぱい満たすぐらいの勢いはあった。


 反射的に身を引いた大井は、目を瞑ったままの状態である女性を警戒した。


「止めてください。運動した後なんです」


 汗が乾ききっていない、光沢のある前髪をかきあげた。


「素敵じゃない。運動をしているなんて」


「そういうわけじゃなくて」


 女性はどこからどう見ても、自分の体臭を楽しんでいた。――これは自意識過剰ならではの勘違いじゃないぞ。


「匂いフェチだから」


「俺の、匂いが良かったの?」


 その頬笑みは肯定を表現していた。


「変な意味じゃないの」


 普通の男よりはイケメンでもあり目立つ存在だから、大概のナンパには慣れていた大井ではあったが、自分の匂いを褒められたのがきっかけなのは初めてだった。彼女は、耳の裏や首筋の匂いを嗅いで付き合うか付き合わないかを決めるらしい。そのような彼女のからの要求があっても、気が済むまでやらせておいた。――別に、好かれても嫌われても関係ねえし。


「若いのに、表情から感情が読み取れないわね」


「役者志願だからね」


 冷たく言い放った。


「気が向いたら、ここに連絡して」


 名刺の裏に、携帯の番号が手書きである。名前は馬場紀子、職業は秘書、外見のままだ。


 後腐れなく去っていった紀子を見送った。



「じゃあ、その日は何もなく返したのかよ?」  


 大学内のカフェで、紀子の名刺を眺めてから川村が言った。執拗に彼女の容姿を聞いてきて、顔よりも川村の好みなのか、細身のスタイルに食いついてくる。その上、二十歳の頃の経験を掘り下げ、年上女性がどれだけ魅力的なのかを語りだした。


「年上だったら体も、心も委ねられる」


 そう言うと川村は目を細め、含み笑いした。


「初対面だし、素状がわかりませんでしたから」 


「関係ないって。大井の体が好きなんだぜ?」


「大袈裟ですよ」


 どうも目の前の先輩は、異性に対してがっつく感じがする。対人ストレスを持たないと性欲が増すと言うし、アルバイトもせずに生活している彼には、様々な妄想が入り組んでいるのかもしれない。そう思った大井は話題を変えようとしたが、背後から菅野が現れた。


「遠くから見ていたら、人を蔑む表情していたんだけど、どうしたの?」


「おい、聞けよ」


 大井が告白した紀子との出会いを、今度は川村が説明した。若干の脚色が混ざっている。弁解するのも面倒だったので、そのまま聞いていた。


「な、勿体ないだろ?」


 普通、やるぜだの、やってからでも逃げればいいだの、下品な言葉が連発する。が、しゃべっているのは川村だけだった。


「勿体ないというか、普通でしょ?」


「マジ?」 


「やればいいってものじゃないからね」


 と言った菅野は同意を求めてくる。大井はそうですよねと安堵した。――この身なりだけど、菅野さんって意外とモテるのかもしれない。


 曇った表情で冷めたコーヒーを飲みほした川村は、


「信じらんないな~」


「まあ、その話はおいおいってことでさ」


 義高を除いたサークルメンバーが集まったのは、二週間足らずに控えたツアーの話しあいをするためだった。と言っても用意していた話しは乏しいものであり、それぞれの交通費やら、チケットの分配が終わると、結局は小説談義となった。菅野は推理、大井は古典文学、川村は中間小説と、嗜好はまったく合わなかったものの、昨今の小説はジャンル分けしづらい作品が多く、有名な作品が話題に挙がればいつまでも広がった。


 日が沈みかける頃が、最終講義を終える時間帯である。チャイムがなり、遠くからざわけきが聞こえてき、学生達の集団がカフェに流れてきた。こうなると暖房の効いた空間が、さらに温度を増してゆく。


 騒がしくなった室内で、川村が顔を寄せてきた。


「……てさ」


「えっ? なに?」


 しようがなく、菅野と大井も顔を寄せ合った。


「螺鬼山ってさ。調べたんだけどさ」


 歯切れが悪い。川村らしくない、そう思った大井は、何かわかりましたか? と先を促した。


「過去、登山中に死者が出ていたらしいんだ。けっこうな数というか……」


 彼の調べたサイトは、テキストベースのチャット形式であり、六割が知ったかぶりの人間か嘘つきが構築している。裏を返せば、ちゃんとした公式サイトは螺鬼山のことを掲載していないことにも繋がった。


「あまり当てにしない方がいいぞ」


 菅野は、数年前に経験した、富豪の屋敷での殺人事件を話した。探偵の見習いをやっていて、仲間のピンチを救ったらしい。


「京理さんと同じだったんですね?」


「まあね」


 屋敷での出来事詳細については触れようとせず、事前に調べても、その場で臨機応変に対応するのが大切なんだと力説する。そこまで言われると説得力があった。


「一応、なんでけっこうな数の死者が出るのかわかりますか?」


 大井は問うた。


「舗装の問題ってなっていたけど」


「登山道が不安定なんですかね?」


 明確な答えは返ってこなかった。もっと別の理由があるのか、検証しないまま、


「まあ、参加してみればわかるって」


 と気軽に言った菅野は、さよならの挨拶もなしに、帰宅した。


「なあ、死人が出ると聞いて生き生きしていなかったか?」


 菅野が歩いて行った出口、川村はそっちを見ながら言った。確かに、殺人事件や死体というキーワードが出て来ると、リアクションが良かった。


「死体愛好家ですかね? 菅野さんって」


 冗談のつもりで言った大井だが、


「わかんない……が、それなりの準備を整えてからツアーに参加した方がよさそうだ」


 小説家志願は本気である。あるいは妄想だった。その姿が楽しくなってきた大井は、――単なる推理小説マニアじゃないんですか? とは言わずに続けた。


「準備ですか?」


「当たり前じゃないか!」


 周りに響いた。それを聞いた大井は顔をしかめる。この人の頭は大丈夫かと言った感じで顔色を伺った。


「ああ、自己防御のための器具ぐらいは最低限な」


 彼の口から刃物だの、催涙ガススプレーだの、スタンガンだのが出てきた。


「そこまで言うんでしたら」


 自分の部屋にあるナイフだけは持って行こう、漠然と思った

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