四話.参加メンバー
三
菅野が立案したサークルは、大学への手続きをし、許可までもらっていた。去年の卒業生で廃部となっていたミステリー研究部の部屋を使うことになっていて、大井元治は部室前にあるベンチに腰掛けていた。彼は長髪で剛毛のため、俯き加減で本を読んでいると表情が全くわからなかった。
「紹介するよ。こちらが大井元治君で俳優を目指している」
「はじめまして」
大きな目からの光が強く、声にも独特の張りがある。清潔にしていればけっこうイケメンの部類に入る男だった。義高よりも一学年後輩に当たり、休日は下北沢の劇場で観客を相手に舞台までしていた。
体全体を覆っている民族衣装から手が伸びてきた。義高は慌てて握った。
「こちらが京理義高、探偵事務所のアルバイトをしている」
「へぇ〜探偵をしているんですか?」
以前に起こった屋敷での殺人事件ダイジェスト版を語った菅野は誇らしげだった。悲劇だと言うのに、輝かしい表情で聞いている大井元治のせいもあった。
「ところで、もう一人は来ていないのかな?」
菅野が部室を覗いてから言った。うらぶれた部室には、トリックを生で再現したであろう部材が残っていた。流石に化学薬品は残っていなかったが、実験用のフラスコやビーカーは間違っても手を触れたくない程に汚れていた。部屋の壁は煙草の煙で薄茶色になっていて、中央には麻雀用のテーブルがあった。他の部室から聞こえて来る黄色い声もない。
「いえ、もう来ていますよ」
つまらなそうに言った大井だったが、二人は居るはずの人間が見つからずに、目をこすった。そよ風に揺れるものがある。
「もしかして」
物置かと思われた扉は、単なる壁であり、電気を付けると、天井から騙し絵が吊るされているのを発見した。極太の淵をした眼鏡の川村信二は、騙し絵の陰から出てきた。
「わからなかったなんて、駄目だな〜」
あっけに取られている二人の肩を叩いた。それを受けた菅野は眉をひそめた。
「彼は川村信二で、作家を目指しているんです。たまにですけど、舞台の台本を書いてもらってるぐらいで優秀な人ですよ」
全く否定しない川村には、盗み聞きしていたので普通の挨拶は不要だった。
「よろしく。聞いていたけど、それでよく探偵が務まるね。見習いにしても洞察力ぐらいは鍛えておかないとさ」
川村がひどく横柄だったのは、彼が大学を二回留年していたからで、年にしたら二年先輩だった。ひよろりと背の高い体型に適度な筋肉が加わっている様は、水泳選手を思わせた。
菅野が探偵小説談義に入る前を見計らい、義高は参考になりましたと下手に出た。
「鳩が豆鉄砲になっていても時間がもったいないから、早速今回のツアーについて話し合おうじゃないか」
四人は麻雀用のテーブルを囲んで座った。菅野が持っていたパンフレットには、自然に覆われた山に、朝日が差し込んでいる写真が映っている。宿泊施設は限定されていて、選ぶ余地はなかった。日によっては寺に寝泊まりすることになっている。義高の予想通り、菅野の言う不思議な旅ツアーの目的は書かれていなかった。
「寺巡りでもするのですか?」
大井が指さした場所には、
体験ツアー日程
一月一日 煩悩寺
一月十一日 豪徳寺
一月二十一日 乱天寺
一月三十一日 人羅寺
個々の寺で催される儀式を体験できます。儀式とは、古来から伝承されてきた祭りにも似たものです。
要約すると、そのように書かれていた。
「ネーミングからして物騒な寺ばかりだな。それに儀式って言われてもね。抽象的すぎてなんとも言えないというか、小説なら成り立つんだろうけど、案内パンフレットでこれはどうよ。寺でやるんだったら排霊とかなんとか祈願でしょ? まさか出家するわけじゃないでしょ?」
「違うから」
菅野は気の抜けた口調だった。
「ただし、俺も明確な趣旨はわかっていない。参加してみないと何が起こるかもわからない」
「えっ、じゃあなんで違うって断言したのさ? 参加した途端にバリカンでボウスにされたらかなわんぜ」
市販のカラーリング剤で自ら染めたのか、後頭部を手で押さえた部分に染めムラであった。
「修行も面白そうですけどね」
大井は屈託のない笑顔になった。
「芸の肥やしになるからか? 前向きだね〜」
「川村さんこそ、作品のネタになるかもしれませんよ」
「俺が表現したいのは現在と未来、古臭いものには興味ないんだよな」
しばらくしてから菅野が言った。
「わかっているのは、けっこうな人数が参加するのと、大よそ日程に応じて祭りでもするんだろう」
「にしてもF県でしょ? 祭りのために毎回その日程で螺鬼山に集まるのって面倒臭くねえ?」
手を組んで、天井に向けた川村が言った。
「その分、ツアー内容に期待してもいいってことでしょ?」
義高言った。目線を移動させていっても誰も反応は示さなかった。
「サークルを結成したのは、それだけじゃない。日本全国にある摩訶不思議を体当たりで取材していくのが本来の目的だ」
義高を除いては、前から聞かされている話のようだった。
「俺は、こっちに行きたいんだけど」
と言って川村が取りだしたのは、廃墟に関する写真集だった。ポストイットが挟んであるページには、幽霊屋敷も真っ青になる研究所の廃屋だった。有無も言わずに大井は食いついた。
「わかったから。このツアーが済んだらリクエストに答えるんで」
すっかり取り残されていた義高は、なんで夢中になれるのかが理解出来ずにいた。
その夜、近くの居酒屋でサークル結成コンパをした時、義高はようやく乗り気になっていた。