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奇襲

再び馬車に乗ると、1人と1匹の無言の時間が訪れた。


(あーあ…私もラングたちと外を歩きたい)


セズに与えられた知識によって、ユキは膨大な魔力の制御方法や魔法の使い方も熟知している。

なんなら飛行魔法だって、転移魔法だってお手の物だ。

ただ、一応は主になるはずのセラルドから離れることは許されないため、こうして気まずい馬車の旅をするはめになっているのだが。


それにしても、と、ユキは横目でバレないようにセラルドを見つめる。

この無愛想な男が孤児院を援助し、子供たちを優しく諭している姿はとんでもなく意外だった。

楽しそうにキャッキャと笑う子供たちに囲まれていると、セラルドが普段から優しく温厚な人物なのではと勘違いしてしまいそうなほどに。

そして、か弱い者にそこまでできる側面がありながら、ユキに対してはどこまでも素っ気ない態度なのが、余計に腹立たしかった。


(こうなったら……何がなんでも作戦を決行してやるんだから)


先程ユキがたてた「あざとさ全開!セラルドに気に入られよう作戦」に、特に綿密な計画性は無い。

ただ何とかして可愛さを強調し、役に立つぞアピールをするだけである。

もちろん最初から上手くいくとは思っていないが、こうでもしなければユキの2度目の人生はお先真っ暗なのだから。


ユキは自分を奮い立たせて頷くと、ゆっくりと立ち上がって、ぴょこんとセラルドの隣に飛び移った。


「…………」


案の定、腕を組んだままじろりと睨み付けてくるセラルドに対し、精一杯の可愛らしい鳴き声で鳴いてみる。


「みゃあ」


「なんだ」


(なんだ…って、喋れないんだからあんたが察しなさいよ)


自分でも無茶だとはわかっているが仕方ない。

ラングや兵たちは、言葉が無くとも何となくユキのことを察してくれていた。

それはユキをよく観察し、知ろうとしてくれているからなのだ。

猫嫌いなセラルドがそんなことをしてくれる訳もなく、嫌いな相手の気持ちを理解しようとしてくれるはずも無い。


「みゃーあ」


「黙れ」


2度目の鳴き声もその一言でばっさり切り捨てられ、ユキはイラつきながらもセラルドに擦り寄る。


「っな、」


「にゃうん」


ラングにしたように甘えて擦り寄るのは癪だったので、まあ甘えているようにも見える感じで腰のあたりにぐりぐりと額を擦り付けた。

僅かに動揺したセラルドが困惑したようにユキを見下ろした、その時。


「何者だ貴様!? っぐああ!!」


馬車の外にいた兵の声が聞こえ、すぐさま剣がぶつかり合う金属音が響いた。


「っ!?」


セラルドは即座に腰の剣を抜くと、馬車の扉を開ける。


(な、なに!?)


そこには、あちこちで剣を手に対峙している男たちの姿があった。

付いていたラングたち兵の数はおよそ20、それに対し、どこから湧き出てきたのかボロ切れをまとった盗賊風情の(やから)がざっと見ても100人ほど襲いかかっているのである。

盗賊風情の男たちが手にしているのは棒切れや(なた)、錆びた剣など、武器と呼ぶには心もとないものではあったが多勢に無勢。

兵たちは返り血を浴びながらも奮闘している。


日々厳しい訓練に明け暮れている王宮の騎士たちにとって、荒くれ者の相手など容易いと思うかもしれない。

実際、これが同じ人数同士であったなら、いや、あとわずかでも人数差が少なければ、何の苦戦もなくあっさりと斬り捨てただろう。


しかし動線も協調性もあったものではない滅茶苦茶な戦い方をしてくる相手が、斬っても斬っても(うじ)のように湧き出てくる様は、ある種異様と言えた。


(どういうことなの…!? ただの物盗り目的なんかじゃ…)


青ざめるユキの目の前で、1人の男が悲鳴すら上げることなく血を吹いて倒れた。


「っにゃ………っ」


続いて2人、3人。

流れるように、なんの躊躇いもなく斬り捨てていくセラルド。

舞い上がる血の海の中で、淡々と、表情を変えることなく突き進むセラルドに、ユキは初めて、セラルドが「最強の魔獣を使い魔とするに相応しい」とされている理由を知ったような気がした。


「ぐああああああっ!!!」


「ぎゃああっ!?」


あちこちから悲鳴が聞こえ、一瞬で人の命が途絶えていく様を目の当たりにし、ユキは1ミリも、身動ぎすら出来ずにいた。


(なにこれ……なんで…こんな……人が…、みんな…死んで…)


視界が真っ赤に染まっていく。

震える身体の感覚が無くなって、見たくないのに目をそらせない。

粘り気のある恐怖が足元から這い上がってくるかのような、ドロリとした寒気が首をもたげる。

息が詰まって、上手く呼吸ができなくて、喉がひゅうっと嫌な音をたてた。


「おい、いたぞ!! こいつだ!!」


「よし袋に詰めろ! 」


不意に、とんでもなく近くで声がする。

触れられるほどの距離に盗賊風情の男たちが迫ってきている、と、気付いた時にはもう遅かった。


「っみ"ゃああ!?」


男は無造作に、セラルドにされたのよりももっと酷く、ゴミでも放るかのようにユキを掴んで袋に詰め込もうとする。


(やだ! なんなのよ!? いや! 怖い! 助けて!!)


パニックになってジタバタと暴れるユキに、男が苛立ったように手に持ったナイフを振り上げる。


「クソッ、暴れんな!!!」


「おいまずい、傷つけたら…」


「うるせえ、生きてりゃいいんだよ!!」


言い合いをしながら、男のナイフが振り下ろされる。


「み"ゃああああっ!?」


すんでのところで避けたが、右足にかすった瞬間、鋭い痛みでユキの喉から悲鳴がほとばしる。


「へっ大人しくなったぜ。これで…ッグハア…!?」


男の言葉は、最後まで口にすることはできなかった。


視認できない程の速さで詰め寄ってきたセラルドの手によって、腹に風穴が空くのが先だったからだ。

2人の男がどさりと崩れ落ちてから、セラルドは急いで袋に詰められたユキを抱き上げる。


「っおい、生きているか」


「ッ…………ニャ…ァ……」


はくはくと、無理に呼吸するようにか細く鳴いたユキに、セラルドはとりあえず安心したように息を吐く。


「フン…魔獣がこの程度で死ぬはずもないな」


(な……な…ですって…!? こんなに痛い思いしてるってのに…もう少し心配の仕方ってもんがあるでしょ……!?)


心中ではセラルドに怒りを覚えながらも、元気に泣き喚く余裕は無い。


「……しかしお前を狙ったということは、こいつらはまさか…」


「うおおおお!!!」


「魔獣だ! 魔獣はこっちにいるぞ!!」


そう呟くセラルドに、再び後ろから何人かの男たちが襲いかかってくる。

ユキを片腕に抱えたままものともせずに剣先であしらうセラルドに、男たちは歯噛みした。


「どけ、()()を使う!」


その時、男たちの中の1人が声を張り上げた。

何か石のようなものを2つ取り出し、両方をぶつけるように打ち合わせた瞬間、


「ック……これ…は…っ…」


一気に重力が何十倍にもなったかのような凄まじい重圧が、体に襲いかかった。


(っううううっ……っ何これええ!?!?)


息をすることすら出来ないような空気の圧に押しつぶされそうになるセラルドとユキだが、男たちは痛くも痒くもなさそうに笑う。


「おい、本当に効いてるぞ」


「マジだ…あいつの言ってたことは当たってたんだ」


「うるせえ! 長くはもたねえ、いいから早く魔獣を奪うんだ!」


石を打ち付け、おそらくこの重圧を作り出した男が焦ったように叫ぶと、男たちは数人がかりでユキに手を伸ばした。


「クソッ……」


片膝をつくセラルドはそれでも、振り絞るように剣を突きつける。


「う、嘘だろ……騎士団長ほどの魔力持ちなら耐えられねえはずだ…内蔵吐いてぶっ倒れてもおかしくねえのに……っ」


石を持った男は青ざめてそう呟くと、さらに強く石を打ち付けた。


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