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可愛いは正義

(…………き、……気まずすぎる……)


ガタゴトと揺れる馬車の中で、ユキは冷や汗を流しながらチラリとセラルドを盗み見る。

背筋をピシッと伸ばし、仏頂面のまま腕を組んでいるその様はさながら武士のようで(いや武士というか騎士なんだけど)威圧感が半端ない。


ユキは向かい側の席の隅っこに丸まって、できるだけセラルドの視界に入らないようにするのが精一杯だった。


(これからどうしよ……)


陛下の命令がある以上、セラルドはユキを突然放り出したりはしないだろう。

けれどユキが無理やり納得しようとするのではなく心から使い魔になりたいと思うのは、はっきり言って今のままでは不可能だ。


(なんでよりによって動物嫌いなのよ)


だんだんと腹が立ってきてじろりと睨んだ瞬間、セラルドのアイスブルーの瞳と目が合った。


「っみ"ゃ!?」


びくりとするユキにはお構い無しに、セラルドは不機嫌そうな顔のままユキを睨みつける。


「強い魔力を持つ魔獣は、高い知能を持つと聞く。

………お前は、人間の言葉が分かるのだろう」


何の感情も読み取れない低い声にビクつきながらも、ユキはとりあえず「にゃあ」と肯定の意を示しておく。

本当に言葉を理解して返事をしたことに驚いたのか、セラルドは少し目を見張った。


「…なるほど。であれば確かに、俺の使い魔になることを了承しないわけだ。

俺は動物が……中でも猫はとりわけ嫌いだからな」


そう言ってふいと目を逸らしたセラルドがどこか投げやりなような、ともすれば拗ねた子供のように見えて、ユキは一瞬目を疑う。


(どういうこと? 動物全部ならまだしも猫が特に嫌いって……何か理由が…)


言葉の続きを待つようにじっと見つめるユキに気付いたのか、セラルドは再びその切れ長の瞳を向けた。


「本当に人間の言葉を理解しているようだな。

……フンッ…毛玉のくせに」


(んなっ!? い、一瞬でも歩み寄ろうとした私の時間を返しなさいよ!! この性悪男!)


シャーッっと威嚇をするユキに面倒くさそうに眉をひそめてから、セラルドはふと窓の外に目をやった。


「止めてくれ」


それを聞いた御者がゆっくりと馬車を止めると、セラルドは大きな体を屈めて馬車を降りる。


(なに? まだ家に着いたわけではなさそうだけど……)


気になって前足を壁につけ後ろ足だけで立ってみても、あまり窓の外は見えない。

そろりと馬車から降りてキョロキョロ辺りを見渡すと、そこは平民街の外れの少し寂れた場所だった。


(なんだってこんなところに)


「お、おい例の魔獣が外に出てるぞ、いいのか?」


「分かんねえけど…不用意に触って暴れたらやべえよ」


「だな、団長はまだ契約してないって聞いたし…」


後ろからコソコソと護衛の兵たちが話しているのが聞こえ、思わずため息をつく。


(ったく…いくら強力な魔獣って言ったって外見は可愛い猫じゃないの。そんなに怯えないでよ)


例え猫の姿だって、腫れ物を触るみたいにこそこそ遠巻きに見られるのは気持ちの良いものではない。

先程会った侍女頭のカレンラは、優しく微笑んで「美人さんね」などと言ってくれたと言うのに。

やはりいつの世も、歳を重ねた女性が何だかんだ強いのかもしれない。

ユキがぶすくれて尻尾を力なく揺らしていると、別の兵が会話に割り込んできたのが聞こえた。


「いやでも、強い魔獣は知能も高いから、人間の言葉が分かるって聞いたぜ。暴れるつもりならとっくに俺らなんて死んでるだろうし、意外とそんなに怖くねえのかも」


「馬鹿言え。機会を伺ってんだよ。

団長が離れてる今の隙をついて、とか…」


「ビビりすぎだろお前ら……」


「な、そ、そんなに言うならお前近付いてみろよ!」


まるで中学生の会話だ、と思いながら呆れていると、1人の兵士がそろそろと近付いて来るのがわかった。

さっき後から会話に入ってきた、暗いブラウンの髪と瞳に、活発そうな雰囲気を持つまだ若そうな青年だ。


「おーい、いい子だから……おいでー」


しゃがんでユキに視線を合わせると、手を差し伸べて軽く指を動かす。

若干顔は強ばっているものの、他意は無さそうだ。

ただ単に貴重な魔獣が外に出ているのを見過ごせないのと、他の兵に発破をかけられたのと、……後は僅かな好奇心か。


(ま、害が無いなら撫でられてやるのも悪くないわね)


そんなことを考えながらとてとてと歩いて近付くと、青年の手に顔を擦り付けてみる。


「っ!?」


驚いたのか少しびくりとしたが、青年はそのまま緊張した面持ちでユキを見つめた。


(そんなに心配しなくたって何もしないってのに)


こんなに可愛らしい猫を前にして何を脅えてるんだか。

ユキは青年の淡いブラウンの瞳を見つめて「にゃあん」とひと鳴きすると、またさらに手の平にグリグリと顔を擦り付けた。

猫の体の本能なのか、喉の奥が勝手にゴロゴロと鳴っている。


思えば、神殿にいたころはブラッシングやシャンプーをされたこともあったし優しくされていたが、こうしてただの猫のように撫でてもらったことは無かった。

猫の姿をしていても貴重で強力な魔獣なのだから仕方ないのかもしれないが、人肌恋しかったのかもしれない。

久しぶりに触れた体温が離れ難く、ユキは「にゃうぅん」と鳴いてさらに青年に擦り寄る。

しかし瞬間、青年がユキに差し出しているのとは逆の手でバッと勢いよく顔を押さえた。


「っか…」


(?…か?)


「かっわいい………」


吐き出すように呟いた青年に、後ろにいた兵たちが心配そうに声をかける。


「お、おいどうしたラング、大丈夫か!?」


「何かされたのか!?」


(酷い言われようね…何もしないわよ)


むうっと眉をしかめたユキを、青年ーーラングはキラキラとした瞳で見つめた。


「お前…可愛いなあ〜!」


そう言うと、ユキの前足の後ろに手を差し入れて優しく抱き上げる。

特に抵抗する理由も無いので大人しく抱かれていると、兵たちが慌てたように顔を青ざめさせた。


「なな、何やってんだよ!? 死にてえのか!?」


「そうだ、暴れたりしたらどうすんだ!」


まだユキのことを得体の知れない爆弾のように思っているのか、腰が引けて近付いてこない兵たちに向かってラングが笑いかける。


「大丈夫、んなことしねえよ。

やっぱこいつは賢い。俺らの言葉も分かってるみたいだし」


(ふふん、ラング…って言ったかしら?

なかなか分かってるじゃない)


賢いと言われてちょっと得意げになったユキは、再び「にゃあ」と鳴いてラングの首に頭を擦り付ける。

なんだかこの体になってから、感情表現が猫に寄っている気がする。いや確実にそうだ。

人間の体ならもちろんこんなことはしないのに、親愛の情なら体を擦り付けたくなるし、腹が立つと毛が逆立って威嚇してしまう。


心は人間のままでも、やっぱり正真正銘、転生したということなんだろう。

まあでも特に困りはしないし、こんな可愛い猫が甘えるならみんな許してくれるだろう。

……猫嫌いでもない限り。

仏頂面で睨みつけてくる顔を思い出してしまうと、優しくしてくれるラングがいっそう優しく思えて、とことん甘えてしまう。


「おい、くすぐったいぞ! あははっ」


「にゃう」


「おいラングぅ〜……」


ここまでくると、他の兵たちもユキがすぐに暴れだしたりはしないと分かったのだろう。

恐る恐る近付いてくると、ラングに抱かれるユキを怖々覗き込んできた。


「な、可愛いだろ?」


「…い、いやまあ……」


(まあですって? まったく…こんな可愛い猫をつかまえて)


ユキはラングの腕を軽くトンッと蹴ると、近付いてきていた隣の兵の肩に飛び乗った。



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