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ご主人様は猫嫌い

「まぁ本当に綺麗な毛並みですこと…美人さんですわね」


美人、と言われれば悪い気はしない。

咲雪は背筋を伸ばしてしゃんと座ると、機嫌良く「にゃあ」と鳴いた。


セズと別れた咲雪が目覚めると、体は真っ白でふわふわの毛に覆われた猫の姿になっていた。

と言ってもただの猫というわけではなく、稀に見るほど強力な魔力を持つ猫の姿の魔獣なのだそうだ。


猫の姿の魔獣は珍しく、魔力を持つ生き物はだいたいが厳つい見た目をしているか、ドラゴンや獅子のようにいかにも強そうなものが多いらしい。


そんな、超希少で超有能な魔獣である咲雪が、ある日突然神殿の祭壇に現れた日には、神の思し召しだとちょっとした騒ぎになったらしい。


(まったくセズったら…もう少し考えなさいよね)


咲雪は意識を失ってこの世界に送られたから、その時のことはよく分からないが、神殿の意向で、咲雪は一定以上の強い魔力を持つ人間の使い魔とすることが決定されたようだった。


しかし咲雪を使い魔にできるような強い魔力を持つ人間は限られる上に、それに該当する皇太子や王宮魔術師は皆既に使い魔を持っていた。

この世界では1人につき1体しか使い魔を持つことはできないから、半ば消去法のように、咲雪の主はまだ使い魔を持っていない皇族近衛騎士団長に決まったらしい。


そして咲雪は今日、無駄に豪華なクッションに華美な装飾が色々と付けられた壮大な台座に乗せられ、王宮にやってきた。


ちょっとした部屋に通されて、数人の侍女や騎士がチラチラと物珍しそうに咲雪を見ている。

ちなみに、セズが別れ際言っていたように、咲雪にはこの世界の常識的な知識がきちんと備わっていた。

そうでなければ今頃、魔力だの魔獣だのお城だの、前世の世界とのギャップに混乱していただろうからとても助かった。


尻尾を揺らしてそんなことを考えている咲雪に、目の前にいた少し年配の女性は、優雅に一礼して微笑んだ。


「初めまして、私は王宮の侍女頭をしております、カレンラと申します。以後、お見知りおきを」


礼儀作法なんてからっきしな咲雪にも分かるほど綺麗なその仕草に、どうしていいか分からず慌てて「にゃあ」と返す。

こちらも礼をしようか迷ったが、猫がお辞儀をするのはなんか普通じゃない気がして辞めておいた。


頭の中にあった知識によれば、魔獣は人の言葉を話すことはできないが、人と契約して使い魔となればそれが可能になるらしい。

騎士団長とやらと契約して喋れるようになったら、この礼儀正しいカレンラに1番に挨拶をしよう。

そう決めてカレンラを見つめていると、静かに扉がノックされた。


「皇族近衛騎士団長の御到着です!」


そんな声と共に、コツコツと靴音を立て、1人の長身の男性が姿を現した。

黒髪に、鋭く光る切れ長のアイスブルーの瞳。

不機嫌そうに引き結ばれた薄い唇とも相まって、どこか神経質そうな近寄り難い空気を感じるが、想像していた筋骨隆々な暑苦しい男ではなかった。

むしろ、引き締まった体躯とよく見れば整った造形の顔立ちから「イイ男」と言えなくはない。


まあ、常に睨んでいるような不機嫌そうな表情と、触れれば切り裂かれそうな雰囲気がそれらを帳消しにしてしまっているのだが。


「陛下の御命令にて帰還した。私に一体何の用だ」


低い声でじろりと睨みつけた騎士団長に、「ひぃっ」と小さく声を上げてから、神官服をまとった初老の男性がビクビクと立ち上がった。


彼は神殿の神官長で、咲雪が現れてから咲雪の能力を見極め、行き先を決め、ここに連れてきた人物でもある。

ちなみに本来なら神官長は騎士より偉い立場のはずだけど、皇族近衛騎士は皇族に直接仕える身。

皇族近衛騎士に命令できるのは皇族だけであり、謙る(へりくだ)ことも膝を折ることも皇族にしかしてはならない。

そういうわけで、神官長に対してもこのような態度が許されるというわけだ。


(ま、神官長がペコペコしてんのは単に怖いからだと思うけど…)


半目で見つめる咲雪には気付かず、神官長は騎士団長に一礼して口を開いた。


「先日、我が神殿に神の思し召しがございました。世界で1度も発見されたことがない、猫の姿の魔獣が突然祭壇に現れたのでございます!

鑑定してみたところ、この魔獣の持つ力は私がこれまで見た中でも群を抜いて強く、もしかすれば現存するどの使い魔よりも優秀である可能性が高いでしょう!」


段々と鼻高々になって喋る神官長に対し、騎士団長は「で?」とでも言うように視線で続きを促した。


「そ、そして陛下に相談致しましたところ、現在王宮内でも屈指の魔力を持つ皇族近衛騎士団長殿にこそ、この魔獣が相応しいのではないかというお言葉をいただきましたので、こちらに連れてきた次第なので…す…が……」


神官長の言葉が尻窄みになったのは仕方がない。

何故なら話が進むうちに、騎士団長の表情はどんどん険しくなって、最後には般若も真っ青の鬼のような形相になっていたのだから。


「私の使い魔に……だと?」


そう言ってじろりと睨まれた咲雪は、思わずびくりと身を震わせた。

勝手に全身の毛が逆立って、尻尾が後ろ足の間に丸まる。


(にゃ、な、なんっでそんな顔すんのよ!?)


客観的に見て、今の咲雪の容姿は、非常に可愛らしい。

神殿に現れてから毎日丁寧にブラッシングされ、豪華な食事とふかふかのベッドが与えられた。

そりゃもう贅沢三昧な暮らしをしていて、毛並みはそんじょそこらの絨毯なんか目ではないくらいふわっふわのもふもふだ。

宝石をはめ込んだような薄い桃色の瞳だってキラッキラに輝いているし、何より超希少で超有能な魔力持ちの最強魔獣なのだ。

人によっては喉から手が出るほど欲しいだろうし、歓迎されるか有り難がられこそすれ、そんなふうに睨まれる覚えはない!!


「なんだその毛玉は」


「っに"ゃ!?」


(け、け、毛玉ですって!?)


あまりにも酷い言われように思わず抗議するように鳴いた咲雪に対しても、騎士団長は嫌悪感丸出しの顔で目を細めた。


「私は動物が嫌いだ。他を当たれ」


(んに"ゃあああ!? なんて失礼なやつ!!

こっちだってあんたみたいなやつ願い下げよ!!)


腰が引けて尻尾も丸まったままで情けないけど、咲雪も精一杯睨み返す。


けれど騎士団長はそんな咲雪には目もくれず、言いたいことだけを言うと、さっさと踵を返して部屋を出ていこうとした。


「お、お待ちください!」


だが神官長は縋り付くようにそれを止めると、顔を青ざめさせてまくし立てる。


「これは陛下の御命令なのです!

このような貴重な魔獣を何の用立てもせずに置いておくのは得策ではなく、しかし王宮や教会の目の届かぬ所に置いては良からぬ目的に使用される可能性も否定できません!

ですから皇族近衛騎士団長であり、こちらの魔獣を使い魔にするに相応しい魔力を持ち、さらに未だ使い魔を持たぬ閣下が適任だと、陛下がご判断なされたのでございます!」


「……………」


神官長の必死の言葉に、騎士団長は足を止めてグッと眉をひそめた。

神官長に同情したとかでは決してない。

皇族近衛騎士は、皇族の命にしか従わない。

それはすなわち、皇族の命は絶対ということだ。

神官長の単なる懇願なら突っぱねることもできようが、皇帝陛下直々の命とあらばそうはいかない。



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