御伽と魔女と王子様
姫川羽夢は乙女である。性別的な意味合いもあるが、この場合は考え方が乙女である。
幼い頃は、シンデレラなどのお姫様に憧れた。今も憧れを持っていない訳ではないが、誰かにその事を言うことはなくなった。馬鹿にされるだけだと知ったから。中学校でお姫様に憧れていると話すと周囲に囃し立てられた。その頃から周りの目線が怖くなった。それと同時に、自分の視線が何処を見ているのか知られたくなくなった。だから、私は目が隠れるほど髪を伸ばし、伊達眼鏡をかけた。いつしか私のあだ名はお姫様とは反対の『魔女』と呼ばれるようになった。
高校は中学校の私を誰も知らない場所を選んだ。そのお陰もあって今では中学校のように冷やかされることもなく、クラスメイトの皆ともそこそこ良好な関係を気づけていると思う。それでもやっぱり人の目は怖いので髪は伸ばしたままだし、眼鏡もかけたままだ。あの頃から何も変われてはいない。
勿論、高校生になった今でも、結ばれるのであれば白馬に乗った王子様がいいし、眠っている私を優しく起こしてくれるそんな人がいい。
自分の考え方がどことなく周りと違っているということは分かっていた。ただ、結婚条件の中に王子様であることという項目があるだけなのだ。別に年収がいくらあってほしいだとか、身長は最低でも何センチはほしいという理想と何ら変わりないと私は思っている。
そんな私の前に1人の男性が現れた。今まではなんとも思ってなかったけど、私を守ってくれる人。直感的にそう思った。実際はドッジボールで投げられた球を捕っただけかもしれない。でも、私にはそれがとてつもなく格好良く見えた。その背中がマントを羽織った王子様と重なった。そんな妄想を振り払わなければと私は頭を床に打ち付けた。
目を覚ました私は、天井を見てもどこにいるのか分からなかった。ただ、体育館でないことだけは理解できた。
「目、覚めた?」
すぐ真横で声が聞こえた。目を向けると五十嵐優斗がいた。私が倒れる前の心配したような表情で。
「頭は痛くない?気分が悪いとかは?」
矢継ぎ早に質問してくる。なんでそんなに心配するのだろう。私は自分で頭を打ちつけたのに。
「打った所が少し痛むけど…大丈夫。」
それを聞くと五十嵐くんは胸を撫で下ろした。
「良かったぁ…。とりあえず今は何ともないみたいだね。先生が言うには軽い脳震盪らしいけど、後から気分が悪くなることもあるから気をつけてって。」
「わかった…。ありがとう。」
倒れる前より気分が落ち着いているのかしっかりと受け答えすることができた。
頭を打ち付けても妄想は消えなかった。それどころかより一層、五十嵐優斗が私の王子様であるように感じた。
「ごめんね。」
五十嵐くんが小さな声で呟いた。最初、何を言っているのか分からなかった。しかし、次の言葉で理解した。
「俺が避けるんじゃなくて屈むように指示したから…。」
少しの間、動けなかった。五十嵐くんは私が頭を打ったのが自分のせいだと思いこんでいる。それを理解した瞬間、私の中で黒いものが蠢いているのがわかった。きっとそれは中学時代に私を囃し立てた人たちと同じ人間の悪い心だった。メルヘンチックに言えば私の中の悪魔がこう囁く。
『このままにしておけば五十嵐くんは罪悪感から私を構ってくれるぞ』と。
「ううん、大丈夫。私が鈍臭いだけだから…。それにしても、額の傷キチンと治るのかな?」
そこに天使なんていなかった。問答無用で追い討ちをかける。罪悪感がないわけではないが、それよりも今は五十嵐くんと一緒にいられることのほうが重要だ。
「暫くコブにはなってるけどその内治るらしいよ。」
撃沈だった。乙女の顔に傷をつけたというフィクションでは責任を取るべきイベントがポッキリと折られた。もちろん、現実ではそんなことは有り得ないと分かってはいるけれども。
「姫川さん?やっぱり具合悪い?」
私がうなだれていると五十嵐くんは心配そうに顔を覗き込んできた。顔が近い…。恐らく私の前髪が長くて顔が見えにくいからなのだろうが、近い。
「大丈夫だよ…。大丈夫。」
「姫川さんて、前髪切らないの?」
私は驚いて顔を上げたが、すぐ側に五十嵐くんの顔があったので視線を逸らした。
「なんでそんな事聞くの?」
「いや、綺麗な顔立ちしてるのに前髪で隠してちゃ勿体ないなって。」
「ふぇ…?」
驚きすぎて変な声が出た。綺麗な顔立ち?私が?
呆気にとられていると、五十嵐くんが私の前髪をそっとかきあげた。塞がれていた視界が一気に明るくなり、より鮮明に五十嵐くんの顔を間近に見ることになる。
「うん。やっぱり綺麗だと思うよ。」
その言葉に耳が熱くなる。恐らく顔全体が赤く染まっているだろう。私は恥ずかしくなって布団に潜った。
「そ、そんなことないよ。私ちょっと寝るね。」
そう言って私は目をぎゅっと閉じた。心臓が速く脈打つ。耳にまで鼓動が聴こえてくるようだった。嬉しくて勝手に口角が上がる。こんなに幸せな気持ちを味わっていいんだろうか。
(ずっと隣にいたいなぁ…。)
そう思いながらもいつも五十嵐くんの隣には美人が居る現実を思い出し、そっとため息をついた。
お読み頂きありがとうございます。
未だに1話分の始まり方と終わり方が分かりません。