13
「おはよう! お、起きてるね感心感心」
朝早く、イオの部屋のチャイムが鳴ったかと思ったら、そこに居たのはヴァンだった。
昨夜、色々調べ物をしていたイオは欠伸をし、眠い目を擦りながら応対する。
「なんで居るんですか」
イオが当然の疑問を投げると、ヴァンは横にいたザクロを見た。
「いやぁ、今日から休みでさ。
久しぶりに朝の散歩を楽しんでたら、ジョギングしてた彼に会ってね。
で、お喋りしてたら今日からダンジョン行くって聞いたからさ、暇つぶしに様子見にきたんだ。
それより寝不足?」
「いや、意味わかんないですよ。
とりあえず、立ち話も何なんでどうぞ入ってください、お茶くらいなら奢りますよ。
まぁ、ちょっと夜更かしをしたもので、本当は早く寝るつもりだったんですけどね」
イオが提案すると、ザクロが妙な声を出した。
「え」
「なんだよ、ザクロ?」
「……下着は片付けたんだろうな?」
「あ、忘れてた。片付けるからちょっと待っててください」
ザクロが盛大なため息を吐き出した。
それを見て、ヴァンがどこか楽しそうに呟いた。
「まだ昨日の今日なのに、奴隷王さんはイオさんのお兄ちゃんみたいだ」
「冗談でもやめてくれ。あんな手のかかりそうな妹なんぞ迷惑なだけだ」
「?」
「なんだ?」
「妹?」
「あー、アイツあんな姿だけど、女らしいんだ」
「へぇ、そうなんだ。
女の子であんなに強いのか、羨ましいなぁ」
ヴァンの驚きはとても軽かった。白々しくも聞こえてしまう。
ただ、その瞳にはどこか懐かしそうな色が浮かんでいた。
少しして、イオの部屋の扉が開いた。
――――――……
「それで、なんでヴァンさんも来てるんですか?」
電車に揺られながら、イオは座ったボックス席の真向かいにいるヴァンへ訊ねた。
彼は暇つぶしに携帯端末を弄りながら、軽く返す。
「休みで暇だから」
なんでも彼の務める会社は帝国内でもトップクラスのホワイト企業で、今日から一週間ほど有給消化のため休みを与えられているらしい。
と言っても独り身なので、いつもだったなら一週間分の食料を買えるだけ買って家に引きこもり、積んでいるゲームやら漫画やら小説やらを消費しているらしい。
それがなぜ今回は着いてきたのかというと、単純に冒険者の訓練施設であるダンジョンに興味があったからだ。
彼がプレイしているゲーム等、創作作品の影響を受けているダンジョンは少なくない。
つまりは、遊園地のアトラクションを見に行く気軽さで、ヴァンはイオ達に同行していた。
「物好きですねぇ」
そんなふうに言われたヴァンは、イオの隣で寝こけているザクロへ視線を移す。
恐らく、ちゃんと寝ているだろうということを確認してから、ヴァンは口を開いた。
「イオさんもだいぶ物好きだと思うけどね。
それにしても、あの奴隷王を仲間にするなんて、有言実行のチカラは凄いなぁ」
言いつつ、ヴァンが携帯端末を顔の位置まで持ち上げ、何やら操作する。
そして、パシャリ、とシャッター音。
「お、うまく撮れた」
「ザクロの寝顔なんか撮って楽しいですか?」
「うーん、まぁまぁ?
ほら、イオさん見てみな」
言いつつ、ヴァンが今しがた撮影した画像をイオに見せる。
それを見て、少しだけ訝しげな表情をしたかと思うと次には楽しそうな笑顔が浮かぶ。
「たしかに、とてもよく撮れてますね。
それにしても、どうりでさっきから首がチクチクすると思いました」
そこに写し出されていたのは、イオ達が座る席とは対角線にあるボックス席。
そして、その席に座ってこちらを睨みつけているザクロの元仲間のパーティであった。
コスプレ感満載な格好から、仕事かあるいは闘技大会参加のためダンジョンに挑戦に行くのかもしれない。
いや普通の感性ならば仕事の可能性が高いだろう。ダンジョンの施設には更衣室が完備されているはずなので、わざわざ着ていく意味がわからない。
しかし、彼らの感性はおそらく普通のそれとはかけ離れている。
鎧なんて、電車みたいな密閉された公共交通機関では他の人からすれば邪魔以外の何者でもないのだから。
そんなことを気にせず見せびらかすような真似をしているのは、つまりはそういう人種ということだ。
実際イオなどは、大きめなカバンに勝負服であるジャージを入れてきたし、ザクロ用に新しく買った剣も専用ケースに入れて運んできたのだ。
しかし、彼らはケースに入れることなく装備している。
たしかに、あきらかに冒険者ですと言わんばかりの格好をしているのなら、誰も何も言わないだろう。
しかし、彼らは先日街中で攻撃魔法を使った世間知らずというか、常識知らずの集団だ。
もしかしたら、自分たちの行いが悪いことだなんて考えてもいないのかもしれない。
「あ、そういえばホテルの部屋でその赤い水筒に何か入れてたけど、中身聞いてもいい?
イオさん、コロシアムでも赤い水筒から何か飲んでたよね?」
「コレですか。
前話した、特性ドリンクのレシピです。
と言っても、自分用なんで他の人にはあげられないんですよ。
他人が一口でも飲むと、下手すればショック死するくらいヤバいポーションなんです。
どこまでも俺のために配合されてるので」
「へえ」
ヴァンが興味深そうに、イオがホテルを出てから肌身離さず持っている赤い水筒を見た。
「ちなみにレシピを教えてなんて」
「ダメです」
「うん、そうだよね。
ならイオさん、ひとつ忠告しておくよ」
「はい?
なんでですか?」
「ゴミ箱まで気を回せ」
「はぁ」
「あ、意味わからない?」
「えぇ」
「そうだなぁ、料理人で例えようか。
とある人が、立派な料理人になりたくてとある有名なお店で修行するため、就職面接を受けた。
でも、落ちた。
その人はせめて、その店がどんな材料を使っているか知りたい。
場所にもよるけど、大きなお店って外にゴミ置き場が設置してあるんだ。で、業者が回収しにくるんだけど、大抵は店の裏、人目につかない場所にゴミ置き場はある。
ええ?って驚くかもしれないけれど、そこでゴミを漁って情報収集するんだ。
ちなみに、これ実話。帝国でも有数の高級料理店のシェフが下積み時代にやってたんだって。
つまりね、ゴミはゴミでもものによっちゃ、情報が丸ごと捨てられてるんだ。
ストーカーなんかも、意中の相手のことを知るためにゴミを漁るなんてこともあるからね」
「あ、なるほど」
「そ、で、さっきイオさんが俺をホテルの部屋へ入れた時、ゴミ箱のなかに薬局のレシートなんかが捨ててあったからさ。
あと、ポーションの空き瓶なんかも机の上に置かれてたし」
「き、気をつけます」
しっかりしてそうに見えても、そんな所までイオは気をつけていなかった。
今後のための戒めにしよう。
そう思いながら、ふと気づいたことをイオは口にした。
「でもよく見てますね。
あと、なんか優しくありません?」
「あー、うん。
年の離れた妹がいたんだ。イオさん見てると、アイツを思い出してね。
いやぁ、憎まれ口ばっかり叩かれてたよ」
「そうですか」
あまりに懐かしそうにヴァンが語るものだから、イオは茶化すことは出来なかった。
しばらくそうして雑談が続き、やがて降りる駅が近づいてきたらしく、その放送がはいる。
――――――……
「いやぁ、なんて言うか。話には聞いてましたけど。
レジャー施設って言うより、複合商業施設ですねぇ」
イオが素直な感想を漏らす。
通称F教室と称されている教育機関を卒業して、あちこち旅しては来たイオだったが、想像していた訓練施設としてのダンジョンのイメージと、今目の前にある訓練施設のダンジョンは似ても似つかなかった。
何しろ、複合商業施設そのものに、ダンジョンが併設されているといった方が、イメージが伝わりやすい。
普通に赤ちゃん連れのママさん達や、頭が白系の色をしたマダム達、平日休みらしい社会人のグループでそれなりに賑わっていたからだ。
ヴァンの説明によると、元々ダンジョンマスターだった人が実家の家業を兼業するため苦肉の策で、ダンジョン横に冒険者向けの道具も取り扱う雑貨店を併設したことが始まりだったらしい。
読みはあたり、このダンジョンは今やここまで大きな店へと成長し、いまでは他の企業でも真似しているところもあるとか。
今回の闘技大会にて、予選場所として指定されているダンジョンのうちここ以外の二つも似たような複合商業施設となっているとの事だ。
残りの二つは個人経営のダンジョンで、近所にコンビニと喫茶店があるくらいらしい。
ダンジョンの外見は古きよき煉瓦造りの塔のデザインである。
闘技大会の予選としてダンジョンに申し込むため、受付をしようとしたところ、列が出来ていた。
なんでも、このダンジョンは複数のパーティで戦いあい、殺し合うバトロワ法式とのこと。
篩にかけるため相手を殺すことが認められており、そうして死者が出ても参加者は罪には問われない。
改めて考えると中々頭のおかしい大会である。
「まぁ、なんて言うのかなぁ。
身の程を教えるための大会でもあるし、冒険者が増えすぎないための、言ってしまえば数を調整するための側面もあるんだよ」
ヴァンが補足した。
「身の程云々はわかりますけど、数の調整って?」
これに答えたのは、ザクロだった。
「いわゆる代替わりだ。
体のいい間引きも兼ねてる」
中々闇が深そうな大会である。
「ここで自分の実力を判断できないやつは、大抵死ぬか引退を決意することになる」
「ちなみにザクロは参加したことあんの?」
「無い。興味自体無かったからな」
テレビで本戦の方も放送されていたが、なにしろ内容が内容なので深夜での放送だった。
モザイク無しで見れるということもあり、ザクロからしてみれば大人だけが観られるという認識だったらしい。
「さて、それじゃお二人さん。
俺のことも頑張って守ってね」
「は?」
「はい?」
ヴァンのいきなりの言葉に、ザクロとイオがそれぞれ訳が分からないという顔になる。
「言ったでしょ、暇つぶしに着いてきたって」
「いや、だからって、ダンジョンの中まで着いてくるなんて聞いてないですよ!」
さすがにイオが焦ったような声を出す。
「だから、実況担当が俺」
「聞いてないですよ!」
「あー、ごめんごめん。
ほら、戦いながら端末弄って書き込むの大変かなって思って。だからさ、まぁ、証拠収集係だと思ってくれればいいから」
現地でさらにくっついて行くと言えば、少なくとも自分のことを戦うこと以外では常識人と考えているイオは断れないと踏んだのだ。
「いや、意味わからないですよ。
普通に断りますよ」
自分の身を守れない、一般人を見殺しにするなんてことはあってはならない。
「でも、色々情報提供したしさ。
それに、一度でいいからダンジョンって入ってみたかったんだ。
ご飯も奢ったし。
ほら、タダより高いものはないじゃん?」
そう言い募るヴァンに、イオがキッパリと断ろうとする。
そもそもご飯のことを出されてしまうと、イオからは何も言えなくなってしまう。
それはそれ、これはこれとイオが伝えようとする。
しかし、それよりも早く口を開いたのはザクロだった。
「良いんじゃね?
俺がそいつのお守りすればいいだろ」
意外すぎる申し出だった。
イオもそうだが、イオ以上にヴァンが驚いているようだった。
「あ、ありがとう。奴隷王。
それじゃ、良いよね?」
「えー、まあ、じゃあザクロが傷一つ付けずにお守り確約できるなら」
渋々といった風に、イオが承諾する。
イオもチームプレイが出来ないわけではないが、しかし誰かを守りながらと言うのは苦手なのだ。
それゆえ、他国でもよほど金に困らない限り苦手な護衛の依頼等は受けないようにしていたりするほどだ。
「よし、決まりだ!
そうとなったら!!」
ヴァンが気合いを入れる。
「なったら?」
イオが先を促す。
「受け付けの時に装備レンタルしよう」
一部のスポーツジムがそうであるように、ここのダンジョンでも新人向けの装備を貸し出しているらしい。
「あ、でもその前に登録しないとなんだっけ?」
ヴァンの言葉にイオは思い出した。
そうであった、パーティメンバーが追加になる場合は、手続きが必要だった。
「えー、電話でなんとかなるかな?」
慌てて、イオが携帯端末を取り出して闘技大会の運営、というより受付へと電話をかけた。
事情を説明すると、すんなりと手続きは済んだ。
恐らく、こういった駆け込み的なものもよくあるのだろう。
受付の対応は、とても慣れていた。