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ベランダにおっぱいが落ちていた

作者: 明日

下はありませんが、下ネタ注意です。

性的な表現等もありませんが、性的な話題が不快な人はブラバしてください。




 ベランダにおっぱいが落ちていた。

 

 どういうことかわからないと思う。俺も、何言っているのか自分でもわからない。

 でも、そういうことだろう。

 俺は、ベランダに繋がる引き戸を開けたまま、その上に向かってプリンと突き出た双丘を見つめて、何度も瞬きを繰り返した。



 うららかな春の日。俺は洗濯物を干そうと、先ほど回した洗濯機の止まった音を聞きつけてベランダに出た。

 男の一人暮らしだ。それもお洒落などどうでもいい俺の洗濯物は、一週間に一回で事足りる。今日がまさにその日で、シャツやらズボンやら、洗わずに着回したおかげで三セット分の服を干すのにも『面倒だなぁ』なんて思っていた矢先。

 引き戸を開けて、俺はおっぱいに出会った。



 雷状にヒビのあるコンクリートの上に、ちょこんと乗っかっている肌色の物体。

 最初は、何が落ちているかわからなかった。潰れたゴム鞠みたいなものが落ちていて、近所の子供が遊んでいてここに投げ入れたのかと思った。

 でも、そんなことはありえない。ここは七階、マンションの最上階。どんな筋力があっても、子供がここまでボールを飛ばすことは難しいだろう。

 では何だ? と目を凝らして、そしてようやくそれが何なのか思い至った。

 

 女性の乳房。その形に、乳頭まで再現されたその色。質感は肌のようではなく、どちらかといえばシリコンに近いのか、人工物のように見える。

 それが、鎖骨のちょっと下からアバラのちょっと上まで。というか、膨らみの下まで。


 それだけが、それだけがちょこんと置いてある。


「……? …………!?」


 俺の頭の上に、疑問符が盛大に飛ぶ。

 何だろうか、これは。いや、これが何なのかはわかる。おっぱいだ。

 だが、何故これがここにあるのだろうか。さっき洗濯機を回すために出たときにはこんなものは無かったのに。


 落とし物? こんな、マンションのベランダに?

 大人のジョークグッズでこういうものがあるとは聞いたことがあるが、生憎そういうものに手を出したことはない。お隣さんもいるが、お隣さんは毎週カレーを作っている女子大生だ。なおさらこういうものには手を出さないだろう。

 誰かのイタズラ? いや、そんなことをするメリットがないし、そもそも結構高価なものだろう、それ。


 どうしよう。こういうのって警察に届けた方がいいのだろうか。

 でも、届けるのも恥ずかしいし、それこそイタズラだと思われはしないだろうか。




 とりあえず、サンダルを履いて歩み寄る。

 近づいてみれば、本当におっぱいだ。でも、これが、何で……。



「あー、お兄さんちょうどよかった! 私を拾ってくれます!?」

 しゃがみ込み、まじまじとそれを見つめていた俺に、誰かが声をかける。

 誰かが、ではない。明らかに、おっぱいが。


「……拾えって、……え……?」

「チャージが不足しちゃうんです! 生き物に接触してもらわないと! 揉んでもいいですから早く!!」

「……拾えばいいの?」

「お願いします!!」


 頭など無いのに、頭を下げられている気がする。

 とりあえず、拾えばいいのか。そう思い、そっと右胸を持ち上げると、左胸がだらんとさがった。結構重たいのな。


「痛たたたた!」

「あ、ごめん」

 あわてて両胸を裏から支えるように持つ。裏側は平べったくなっているのかこれ。

「まったくもう、デリカシー無い持ち方ですね! お兄さん、彼女いないでしょ!」

「……いないけど、関係なくない?」

 やはり、持ち上げてみても声はそのおっぱいから響いている。……中にスピーカーでも入っているのだろうか。

「で、何これ? どっきり?」

「違いますよ! ああ、でもよかったぁ。近くに生き物がいて」


 安心したように、おっぱいの力が抜ける。いや、力が入っていたのかわからないが、途端に少しだけ重くなったような気がした。


「……事情を説明しますので、中に入ってもいいですか? っていうか、入れて?」

「意外と図々しいのな」


 無機質なその見た目に反して、多分十代中盤くらいの女の子の声がする。

 その声に応えて、俺は部屋の中のテーブルに、彼女をそっと置いた。




「だいたい、あんな貧乳が使うことが間違ってんですよ! まったく!」

 ぷんすか、とおっぱいが怒る。あまり見れない光景だろう。俺も見たことはない。

「でもパットって、そういう人が使うもんじゃないの?」

「その通りですよ! 悩める女子たちのために、私たちがいるんです! なのにあの女ときたらまったく!」

 器用に、少しだけ片胸を上げて、下ろして机を叩く。ドスンという音がした。

「私を使っているくせに、『胸の大きさなんて気にしないのよオホホホホ』とか澄ましてんじゃねえですよ!」

「それはあれだろ……見栄だろ……」

 俺はげんなりとした息を吐く。少し話を聞いて、おおよその事情はわかった。


 どうやら、彼女は天界に住む天使の使う豊胸パットらしい。天使にも貧乳派と巨乳派がいるらしく、少しでも巨乳になりたい天使が使うためにドワーフとやらが開発したとか。

 そんな、天界だの天使だの、不思議ワードを信じる不思議ちゃんではなかった俺だが、実際にこういうものを目の当たりにして見れば信じる気にもなるというものだ。

 まだドッキリの線は捨ててないけど。


「でも、持ち主だろ? そいつのところに帰れよ」

「いーやーでーすー! あの女が謝るまで、私は帰りません!」

「そしたら新しいの買うんじゃねえの?」

「ハッ!?」

 俺の言葉に、おっぱいが震えた。ぷるん、というこの質感は本物と同じなのだろうか。本物触ったことないけど。


 それから、もぞもぞと机の隅まで動き、泣き声らしきものまで出した。

「そうだ……どうしよう……捨てられちゃったら、私行くところありません……。捨ておっぱいなんて拾ってくれる優しい人は下界には……」

「……連絡してやるから、連絡先を言え。……つっても、天界とやらに電話が繋がるとは思えないんだが」

「それは大丈夫です……市外局番が○○○○でー……」

「……繋がるんだ……」

 天界にも電話なんてあるんだな。





「……見つけたわよ」

 ふと、新しい声が響く。おっぱいの声ではない。だが、女の子の。

 俺は慌てて周囲を見渡す。だが、その声の主はすぐに見つかった。


「帰ってきなさい! あんたがいなくなったせいで、大変だったんだから!!」

 ビタッとガラス戸に手を押し当てて、女の子がベランダで吠えていた。


「ミリアさま!!」

「まったく、脱走なんてふざけたことしてんじゃないわよ! あんたがいないせいで、服を合わせるのが大変だったんだからね!? みんなに胸を見られないようなデザインにするために、昔の服まで引っ張り出して!」

「……あれが持ち主?」

 俺は、その外で吠えている金髪の天使とやらを指さす。なるほど、確かに見た目はいわゆる天使だ。

 長くウェーブのかかった髪の毛に、ふわふわの白いレースがふんだんに使われたドレス。そして、大きな背中の羽。……ベランダに抜けた羽根が散らばる。


「……嫌です! 私はもうミリアさまのところには帰りたくありません!」

「ふざけたこと言ってないで、早く出てきなさい。っていうか、開けなさい、あんた、ここ!」

 どんどんとガラス戸を叩き、ミリア様とやらは俺にそう催促する。だがその剣幕にすこしびびった俺は、身を引いたまま動けなかった。


「勝手に下界に来てることが神様に知られたらマズいんだから! 早く!」

「嫌です! 帰ったらまたミリア様の貧乳隠しに使われるだけじゃないですか! この貧乳!!」

「うるさい! 並にはあるのよ! じゃああんたどこで暮らすっていうの! 天界以外にあんたの居場所なんか……」

「私はここでこの男の人と暮らすことに決めたんです! 二人の愛の巣に一歩でも入ったら許しませんからね!」


「え?」

「え?」

 

 おっぱいの啖呵に聞き捨てならない言葉があったので、俺は聞き返す。

 だがその疑問の声に、意味がわからないというふうにおっぱいも聞き返してきた。


「いや、何でお前ここで暮らすの?」

「ほら、私ここに住むと色々とお得ですよ? 揉み放題ですよ? 男の人って好きじゃないですか、おっぱい」

 いや、たしかに嫌いな人は少ないと思うけど。というか、それが目的で一緒に暮らすって……。

「馬鹿なこといってないで!」

「ほら、あんな貧乳より、私の言うこと聞いた方が得ですし! ね!?」

「貧乳貧乳言うな! 並にはあるんだ!」

 ガー、っとミリア様は叫ぶ。なんだこの状況。


「あの、いくらおっぱいが好きだからって、単体ではちょっと……」

「二つあるじゃないですか! 左右に!」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 おっぱいが必死だ。そんなに帰りたくないのだろうか。

「ええと、とりあえず二人で話し合ってもらって……」

「私と貧乳を二人きりにしないで下さい! 力尽くで攫われちゃいますよ!?」

「だって、ほら……、そういうこというから……」



「貧乳の何がいけないのよぅ……ステータスよ、希少価値よ……」

 また聞こえた貧乳という言葉がショックなのだろう。ミリア様はベランダから外を向いて蹲ってしまった。

 シクシクという泣き声まで聞こえる。

 だが、そうやって落ち込む姿もすぐに終わった。羽根をまた撒き散らしながら、勢いよくミリア様は立ち上がった。

「……わかったわ。もう、帰ってこいなんて言わない」

 それから、鼻水を啜り、おっぱいを睨んだ。

「わかったようですね」

「でも、あんたたちにあたしの……その、……ひん……、ひ、控えめな胸のことを言いふらされるのは困る!」


「言いたくないんだ」

「言いたくないんですね……」

 さっきまで、元気にその言葉を叫んでいたのに。


「ちょっと待ってなさい! 下界の滞在許可とってくるから! あんたたちの行動はこれから監視させてもらうからね!!」


 言うが早いか、ミリア様はベランダから飛び降りる。投身自殺のようだが、そうではないだろう。

 すぐに、ばさばさという羽の音とともに、ミリア様の飛ぶ後ろ姿が見えた。


「えっと……」

「認められました! これであの貧乳から離れられる!」


 喜ぶおっぱい。

 だけれど、俺はこの状況の何が何だかわからずに、何も言い返せなかった。


「よろしくおねがいしますね!」


 だが、決まってしまったようで、ぷよん、とおっぱいが嬉しそうに跳ねる。


 そうして、俺たちの奇妙な共同生活が始まったのだ。




続きません。

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