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第九話 一番頼れる男


 家に着くと、なんと扉の向こうから出迎えたのは咲良ちゃんだ。自転車を駐輪している時の音だろうか? 僕と七海ちゃんが家に着いたことが、なんとなく分かったのかも知れない。家には父さんと母さんがいる気配はない。まだ帰ってきていないようだ。多分、勇斗と咲良ちゃんを出迎えたのは、弟の竜二りゅうじと妹の姫華ひめかだろう。

 

 しかしまあなんとやら、咲良ちゃんは気まずそうな顔をしている。無理もない。僕の部屋にある男の秘密を発見したのだろうから。


「武虎くん、安心してね。隠しておいたから」


 玄関で咲良ちゃんは僕の耳元でささやいた。


「ごめんよ、咲良ちゃん。多分、びっくりしたと思うけど……」

 

 それにしても、勇斗と咲良ちゃんはどこに隠したのだろう? グラビア雑誌は机の引き出しにしまって、鍵を掛ければいいだけだ。しかし、例のバッグはどこに隠したんだろう? 謎だ。

 

「どうしたの? 何かあったの?」


「うん。お手洗いにクモさんがいたから、外に逃がしたって言ったの」


 七海ちゃんの問い掛けに咲良ちゃんがそう答えた。

 

(ナイスだ。咲良ちゃん)

 

 上手く男の秘密を誤魔化してくれた。

 

 中学生の時から、咲良ちゃんは本当に気が利いて本当に優しい女の子だ。勇斗は幸せ者だ。こんなに可愛くて、何よりこんなに優しい女の子を彼女にしたんだから。


 僕は部屋に入った。勇斗が両手をパーに開いて、竜二のパンチとキックを受けている。勇斗が竜二に打撃を教えているようだ。

 

「よう、お帰り。武虎、竜二は格闘技やらせたら、かなり伸びるぜ」

 

 勇斗はそう言うと、ベッドの上のまくらを自分のお腹にくっ付けてこちらへ向けてくる。


「思いっきり打ってこいよ、武虎」

 

 どうやら、パンチを打ってこいということらしい。

 

「うおー!」


 僕は大きな声をあげて、本当に思いっ切り勇斗の腹部の枕にパンチを打った。

 

 そして、枕からボフッ!という鈍い音がする。

 

「うおー、重いパンチだ。お前も絶対いい線行くぜ。武虎、お前も格闘技やんねーか?」


「断るよ。僕は確かに相撲は強かったけど、目が悪いんだ。スポーツは全般的に向いてないんだ」


「もったいねーな。お前も目さえ良ければ、絶対いい線行くぜ」


 さすが勇斗だ。僕がパンチを打った時、微動びどうだにしなかった。普通の人間なら、衝撃で少し体が揺れるはずだ。素人とは言え、僕は体重一○○キロの男だ。相撲も強かったし、それなりのパンチ力はあることは自分でも分かっている。だが、勇斗は全く揺れもしなかった。恐らく、勇斗は全身の筋力を相当鍛えてあるんだろう。

 

「男の子ってこういうの好きだよね」


「うん。ほんとそうだよね」


 七海ちゃんがそう口を開くと咲良ちゃんも同調した。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん達。どっちがお兄ちゃんの彼女なの?」

 

「うふふ。どっちも彼女だよ。お兄ちゃん、学校でモテモテなんだよ」


 部屋にやって来た姫華の問いに、七海ちゃんがそう答えた。


 僕は七海ちゃんがジョークを言っているのは、当然知っているが正直嬉しい。七海ちゃんは男性を立てることができる女性だ。こういうのは今時、古臭い価値観かも知れないが、きっといいお嫁さんになるはずだ。きっと、七海ちゃんの旦那さんは幸せだろう。旦那さんも七海ちゃんを幸せにするはずだ。その旦那が僕だったら、絶対に彼女を幸せにするだろう。なぜなら、僕は七海ちゃんが本当に大好きだからだ。

 

 僕にとって生まれて初めてだ。こんなに人を好きになったのは。こんなに愛しい人ができたのは。はっきり言って、この人と結婚できたら僕は人生に悔いはない。他の女性は目に入らない。でも、勇斗の彼女の咲良ちゃんや母さんや姫華は例外だ。とにかく僕にとって、彼女達は守ってあげたい大切な女性達だということだ。僕の心の中では、七海ちゃんはとっくに桃山里英を超えている。そういう存在の女性だ。


 そう言えば、勇斗は例のバッグをどこに隠したんだろう。

 

「勇斗、例のバッグ、どこに隠したんだ?」


 僕は小声で勇斗に聞いてみた。


「ああ、あれか。あれは武虎の親父さんとお袋さんの部屋の、クローゼットの中に隠したんだ」


「そっか。かたじけない。でも勇斗、お前、咲良ちゃんにばらしただろう?」


「しょうがなかったんだよ、あれは。咲良の奴、お前の机の椅子使って、本棚の上のバッグ取って勝手にあさってたんだから。俺はちょうどその時、トイレに行ってたからさ。トイレから出て部屋に戻ったら、他にはあるの?ってあまりにもしつこく聞かれたから、グラビアだけしぶ々(しぶ)教えてやったんだ」


「そっか……。まあ、いいや……」

 

 七海ちゃんにばれていないことが、僕にとっては何よりもの救いだ。


 竜二と姫華も交え、僕達六人は僕の部屋で盛大に盛り上がる。トランプやウノをしたり、テレビゲームをしたりする。はたまた、中学時代の昔懐かしい話をしたり楽しい時間を過ごす。竜二と姫華はまだトランプやウノはできない。でも、テレビゲームの技術は僕がみっちり仕込んである。二人とも将来は僕のような電脳人間になるだろう。もちろん、僕は兄として竜二には男として強くなってほしい気持ちもあるが。


 遊んでいる途中、父さんと母さんもいつの間にか帰宅した。二人が気を利かせてくれ、鱈腹たらふくの差し入れを僕の部屋に届けてくれた。

 

 竜二と姫華はまだ小さい子供だ。疲れたのだろう。いつの間にかもう子供部屋で寝てしまったようだ。七海ちゃんの様子を見ていると元気そうだ。すでに、勇斗に失恋したことを引きずっているようには見えない。郷間くんと呼んでいたのが、今では勇斗くんと呼んでいる。


 まだ心残りはあるとは思う。昨日のことだしそれは当たり前だ。でも、前向きに失恋を乗り越えようとしている七海ちゃんの心が伝わってくる。勇斗も多分七海ちゃんのことが好きなんだと思う。ただ、咲良ちゃんがいるせいかごく自然体で振る舞っている。一番良いのは、僕が七海ちゃんを僕に振り向かせることだ。そうすれば咲良ちゃんの心は傷付かない済む。他の誰よりも咲良ちゃんは勇斗を愛している。それに、他の誰よりも僕も七海ちゃんを愛している。

 

 当然、僕は勇斗みたいにはなれないと思う。だから僕には僕のやり方がある。七海ちゃんが困っている時には、いの一番に助けてあげればいい。つまり、七海ちゃんにとって一番頼れる男になればいい。それが僕のやり方だ。


「もう九時半になっちまったよ」

 

「ああ、もうこんな時間だったんだ……」


 ふと勇斗が時計を見てそう言うと、僕も時計を見て言った。


「なあ武虎、お前んち、泊まっていっていいか? 咲良も七海ちゃんも、一緒に泊まっていかないか? 俺なんてさ、しょっちゅう武虎んち泊まってるし、風呂もよく借りてるぜ」

 

「うん。私も、武虎くんちにみんなで泊まりたいな」


 勇斗がそう提案すると、咲良ちゃんが嬉しそうに言った。


「うん。私も同じ。なんかこういうのいいよね。青春て感じがして」


 七海ちゃんも嬉しそうだ。

 

「でも、二人とも女の子だよ。もちろんお風呂は貸すし、お客様用の歯ブラシもあるけど、二日連続同じ下着でいいの? それに、明日は日曜日なのに制服のままだと、変に見られちゃうよ」

 

「武虎くん、優しいんだね。そんなことまで気にしてくれて。私は一日くらい平気だよ。勇斗と一緒なら、そんなの気にしないよ」


 僕の心配に咲良ちゃんがそう答えた。


「私も平気だよ、武虎くん。何よりね、私、男の子の部屋に初めて泊まれるのが、凄く嬉しいから。私ね、前の高校じゃ、こんなにわくわくするようなこと無かったから、余計にだよ。こうやって、複数の男女でお泊まりするの、ずっと憧れてたの」


 七海ちゃんも同様のようだ。


「そこまで言うんだったら……。じゃあ決定かな……」

 

「よっしゃー。じゃあみんな、今日は武虎んちに泊まりだー」


 僕が了承すると勇斗は元気良く言った。

 

 第十話 夢の語り合い へ続く……

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