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第八話 美女と豚


 僕にはまだ気掛かりなことがあった。それはもしかしたら、指輪がバッタもんの可能性があるかもしれないという心配だ。

 

「七海ちゃん。それ、もしかしたら偽物かも知れないから、質屋で見てもらった方がいいよ」


「うん。でもこれ本当に綺麗だよ。それに武虎くん、この近くに質屋なんてあるの?」


「うん。任せて。愛宕根あたごね駅の近くに行けばあるよ。僕が自転車で連れていくよ。七海ちゃん、それじゃあ、また後ろに乗って」


「うん。分かった。武虎くんに任せるよ」


 僕は七海ちゃんを後ろに乗せて、再び自転車で走り出す。目的地は野名市の東武アーバンパークライン愛宕根駅の近くにある、愛宕根質屋。


 自転車での移動中、僕達はカラオケで盛り上がった感覚が忘れられずまた歌を歌う。七海ちゃんが僕の後ろで電脳ガールズ49の歌を歌えば、僕はミックスを打つ。アニソンを歌えば僕も一緒にデュエットする。

 

 まるでバカップルのようだ。でも僕にとってはそれが、とても楽しく、とても嬉しく、とても幸せだ。僕は七海ちゃんも僕と同じように感じてくれていることを、強く願っている。僕も七海ちゃんもお互いに告白したわけじゃないけど、本当に彼女ができたような感じがする。

 

 僕と七海ちゃんは愛宕根質屋に着く。店内には数々のブランド物らしきアクセサリーやバッグなどがある。それらはガラスショーケースの中に陳列されているようだ。運良く僕と七海ちゃん以外客はいない。

 

 奥にはカウンター越しに男性の店長さんらしき人が、一人座っている。多分、鑑定士兼店長だろう。そんな中、早速店長さんに指輪を鑑定してもらう。

 

「君達、まだ高校生なのに……。なんでこんな物を……。これ、どこかで拾ったのかい?」


「いえ、これゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったんですよ」 


 店長さんの不思議そうな問いに僕は答えた。


「ひゃー、こんな物がゲームセンターにあるなんてね」


「これ、もしかして本物なんですか?」


「ああ。本当はあんまりこういうことは言っちゃまずいんだけど……。これ、俺の目利きが正しければ、アリーシャの五万円相当の物だよ」 


「武虎くん、凄いね。百円で五万円の物をゲットしちゃうんだから」


 七海ちゃんは笑顔で言った。

 

 鑑定を終えた僕達は店員さんにお礼を言い、質屋を出た。辺りはすっかり夕暮れ。遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。もうそろそろ、家に帰った方が良さそうな空の色だ。

 

「七海ちゃん、僕、今日は楽しかったよ」


「ねえ、武虎くん。私、武虎くんちに行ってみたいな。ダメかな?」


 ふと僕が口を開くと、七海ちゃんが僕にそう聞いた。


「いいけど。おうちの人、心配しないかな?」


「パパはいつも私のこと信じてくれてるから、うちは門限ないし、大丈夫だよ。実はね……私、モデルの仕事やってて、夜遅くなることもしょっちゅうあるんだ……」


「えー! 七海ちゃん、やっぱりモデルさんだったの!?」


 僕は思わず驚きの声を上げた。


「うん……。うちはね……だからそれで門限もないの……」


「そうなんだ……。でも、僕んちなんか来ても、面白くないかも知れないよ。いいの?」


「うん。大丈夫だよ。だって、今日は武虎くんと一緒にいて、私、凄い楽しかったもん。それにね……今までね……私、男の子の部屋に入ったことないから……。だから……一回、入ってみたいんだ……。それに武虎くんて、郷間くんや咲良のこと、中学生の時から知ってるんだよね? 色々と話もしたいし、聞きたいし」


「え? 僕なんかの部屋でほんとにいいの?」


「うん……。人生で一番最初に男の子の部屋に入るなら、私ね、武虎くんの部屋がいいな……」


「分かった。七海ちゃん。僕んち、連れていくよ」


 七海ちゃんの思いを聞いた僕は、家に帰った方がいいよとも言えず彼女を家に連れていく選択をする。実際のところ嬉しい。なぜかと言うと七海ちゃんが好きだからだ。僕は完全にもう彼女に恋をしているからだ。最初に見た時に、モデルさんのような体型だとは思っていたが……。本当にモデルさんの仕事をしてるなんて。どうりで飛び抜けて可愛いわけだ。僕なんかと釣り合いが取れるのだろうか?

 

 これじゃ美女と野獣どころか、美女と豚だ。


 そんなことを考えていると、僕はある問題に気が付いた。その問題とは、僕の部屋の本棚の上に置いてあるエロDVDの存在のことだ。きちんとバッグにしまってあるとは言え、七海ちゃんが手を伸ばして物色するかも知れない……。

 

「七海ちゃん。ちょっと待っててもらっていいかな?」


 自転車に乗る前に僕はそう声を掛けた。


「うん。いいよ。待ってる」


 そうだ。こういう時のための親友だ。それにこんなことを頼めるのはあいつしかいない。勇斗しか。僕は勇斗にLINEで「七海ちゃんが部屋に来るから、本棚の上のバッグを持っていってくれ」という、内容のメッセージを送った。勇斗は僕んちの家族が顔パスで部屋に上げてしまうほど、僕んちに来ている。僕が家にいない時でも大丈夫。だから、勇斗になら安心して例のバッグの隠滅を頼める。

 

 僕のスマートフォンがピンポーンと鳴った。勇斗から返信メッセージが届く。メッセージの内容は愕然がくぜんとするものである。なぜなら、すでに勇斗と咲良ちゃんが僕の部屋に上がっている、という連絡だったからだ。その後も次々にメッセージが届く。それらのメッセージによると今、咲良ちゃんが僕の持っているグラビア雑誌とエロDVDを物色しているらしい。

 

(勇斗の奴! ばらしたな!)

 

 勇斗が男の秘密を咲良ちゃんにばらしてしまった。僕はもう開き直ることにする。

 

(もう、いいや……)

 

 それしても勇斗の奴、本当にとんでもない奴だ……。僕の部屋をデートスポットにするなんて……。


「七海ちゃん。実は勇斗と咲良ちゃんがすでに僕の部屋にいるらしいんだけど、いいかな?」


「郷間くんと咲良……? 本当のところ言うとね、武虎くんと二人だけで、色々な話がしたかったんだ……。ちょっと今の私じゃ、正直、あんなこともあったし気まずいかな……」


 僕がそう聞くと七海ちゃんは気まずそうに答えた。


「そうだよね……。気まずいよね……」


「でもね、私、この際だから勇気を出して、失恋したのを克服してみるよ。だから、咲良には私が郷間くんのことを好きだったことは、言わないでほしいな……」


「うん。もちろん、そのことは言わないよ」


「約束だよ」


 七海ちゃんは僕の前に、右手の小指を優しく突き出した。

 

「うん。言わないよ」


 僕も右手の小指を優しく突き出した。

 

 そうして、僕と七海ちゃんはお互いの目を見つめ合う。見つめ合い指切りの約束をした。

 

「七海ちゃん。僕は勇斗みたいにはなれないけど、相談に乗ることくらいはできるよ。僕は無力だけど、話を聞いたり七海ちゃんのサンドバッグになってあげることくらいはできるから、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」


「うん。ありがとう。武虎くん……」

 

 そう言うと、七海ちゃんは泣きそうな顔で下を向いて体を少し震わせた。


「武虎くん……。武虎くんは優しすぎるよ……」


 なんと、七海ちゃんは涙を流しなら僕の胸に顔を埋めてきた。

 

 溢れ出す感情から、ほぼ自動的に僕は七海ちゃんを抱きしめてしまう。もう何がなんだか分からない。ただ七海ちゃんの細くてか弱い体が、とてもいとおしくてたまらない。


 周囲から色々な声が聞こえてくる。


「最近の子はマセてるわねー」


「ヒューヒュー。お二人さん、熱いねー」


「おいおい。なんであんな奴にあんな可愛い彼女ができるんだよ」


「やめろって。そんなこと言って、聞こえたら失礼じゃねーか」

 

 どうやら抱き合っているところを、周りの人に見られているようだ。


「あっ、ごめん七海ちゃん……。つい僕は……」


 しばらくして、抱擁を緩め僕は言った。


「うふふ。先に寄っていったのは私の方だよ。ありがとう。武虎くん」


「とりあえず、僕んちに連れていくね」


「うん。後ろ乗っていい?」


「もちろんだよ。さあ、乗って。それじゃ行くね。僕んち」


 第九話 一番頼れる男 へ続く……

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