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第六話 七海の気持ち

 

 僕と七海ちゃんは周りの視線が気になりながらも、勇斗と咲良ちゃんを尾行する。結構な距離を置いているので、二人とも僕と七海ちゃんの尾行には気付いていないようだ。

 

 二人が進む道からして、僕には行き先がすぐに予想できる。野名北部高校の校門を右に出て、数百メートルまっすぐ進んだ所にあるミオンタウンだ。


 ミオンタウンには、アパレルショップ、ゲームセンター、スーパーマーケット、銭湯、ドラッグストア、人気たこ焼き屋のシルバーだこ、百円ショップなどがある。それから、ファミリーレストラン、ファーストフード店、本やゲームやCDやDVDなどを売っている店、ホームセンターなども。色々な店が一通り揃っていると言っていい。言わば、野名市のショッピングやデートにうってつけの場所だ。

 

 駐車場も巨大だ。ミオンタウン内では多くの車が行き交う。いつもたくさん車が駐車してある。ほぼ常に繁盛していて、野名市内でとても人気のある場所だ。客層も子供から高齢者まで世代を問わない。


 やはりミオンタウンだ。ミオンタウンに着くと、二人はどうやらアパレルショップに入るようだ。僕は自転車が二人に見付からないよう、隣のホームセンターの駐輪場に駐輪する。

 

 とりあえず、僕と七海ちゃんは勇斗と咲良ちゃんの二人から距離を保つ。そうして隠れながら尾行する。二人はアパレルショップに入った後、一緒に服を見ているようだ。男性物の洋服コーナーの所で、何やら話をしている。二人の近くには中年男性が一人だけいるようだ。僕と七海ちゃんは、衣類が並ぶ二人のいる隣越しの列に隠れた。

 

「勇斗、このTシャツ可愛いよ。私、これプレゼントで勇斗に買ってあげる」


「おい、咲良……。そんなリアルなブルドッグの顔のやつなんて、恐ろしくて着られるわけないだろ……」


「じゃあ、こっちのハムスターのはどう? 可愛いよ」


「って、なんでまたそういうリアルな顔のもんを選ぶ……?」


 勇斗と咲良ちゃんの会話だ。

 

 気が付くと七海ちゃんがいない。僕は店の中を探してみる。

 

 いた。七海ちゃんはどうやら女性物の服を見ているようだ。るんるん気分で夢中になって見ている……。七海ちゃんの近くには他にも若い女性が一人だけいるようだ。だが、僕は七海ちゃんを探している間に、勇斗と咲良ちゃんの二人を完全に見失ってしまった……。どうやら、すでに二人とも店を出てしまったらしい。

 

「七海ちゃん、勇斗と咲良ちゃんはもう店を出ちゃったみたいだけど……」


「あ、武虎くん、ごめんね……。私、服を見ると、ついつい夢中になっちゃって……」

 

 僕と七海ちゃんは外に出て二人を探す。その後、偶然、百円ショップから出てくる二人を見付けることに成功する。そして、二人は人気たこ焼き屋のシルバーだこへ行き、たこ焼きを買ってベンチに座った。

 

 僕と七海ちゃんは近くの角に隠れてそれをのぞく。周囲にはまばらに人が歩いているようだ。咲良ちゃんは勇斗にたこ焼きをお口あーんで食べさせている。勇斗はお口あーんで食べさせてもらったのが恥ずかしかったらしい……。きょろきょろと周囲を見ている……。なんだか挙動不審だ……。

 

 僕と七海ちゃんは勇斗に見付からないように、角から顔を引っ込めた。この尾行はスリリングだ……。


「勇斗、これお揃いだから大事に持っててね」

 

 百円ショップで、何か二人お揃いの物でも買ったのだろうか?

 

「分かったよ。大事にするから。咲良、そんなにべたべたくっ付くなって。他の人に見られたら恥ずかしいだろ」


「いいでしょ。だって勇斗のこと好きなんだもん」

 

 中学時代、勇斗を見るだけで緊張してしまっていた咲良ちゃん。もじもじしていた頃の咲良ちゃんが懐かしい。

 

 咲良ちゃんが明るい声を発する一方、七海ちゃんは悲し気な表情をしている。


 さらにその後、二人はゲームセンターに入った。店内は少年や若い男性が多いようだ。わいわい、がやがや、ピコピコという様々な音が僕の耳に聞こえてくる。そんな中、僕と七海ちゃんは様々な遊戯台に隠れながら尾行を続ける。どうやら、二人はプリクラを撮った後、一緒にレースゲームやクイズゲームで遊んでいるようだ。

 

 さっきもそうだったが、今も七海ちゃんはやはり悲し気な表情をしている。

 

 七海ちゃん……。僕の思い違いでなければ、きっと勇斗のことが……。


 そして、勇斗と咲良ちゃんの二人はゲームセンターを出ていく。それを確認して、僕と七海ちゃんもゲームセンターを出た。


 尾行してからかなり時間が経過したようだ。外はもう薄暗い。見渡すと、ミオンタウンの人影の少ない隅っこの場所に勇斗と咲良ちゃんがいる。いつの間にか、勇斗と咲良ちゃんが二人きりになっている。

 

 そこから少し遠めの建物の角に隠れて、僕と七海ちゃんはそれを覗く。するとなんと、咲良ちゃんはつま先を上げ背伸びして勇斗の口にキスをする。僕は「ああっ!」と声を上げて驚いてしまう。

 

 七海ちゃんは無言で下を向いてしまう。そして、背中を向けて両手で顔をおおい体を震わせている。僕には分かった。七海ちゃんが泣いているということが。


「ぐすん……。私があんなこと聞いたからだ……。私ね、LINEで咲良に聞いたの。もうキスはしたの?って。そしたら、まだだよって言ってたから……。私ってバカだよね……。勝手に友達の彼氏好きになって、こんなストーカーみたいなことまでして……。ぐすん……。心のどこかで横取りしようなんて考えてて……。ハイエナみたいだよね……。ぐすん……。ほんとみっともないよ……。ぐすん……」


 七海ちゃんが泣きながら語った。

 

 どうやら、七海ちゃんは咲良ちゃんをもう呼び捨てで呼んでいるらしい。七海ちゃんと咲良ちゃんは、もう恋バナをするほどの親友の仲になっているようだ。何より、七海ちゃんもやはり勇斗のことが好きだったらしい。だが、さっきの二人のキスを見てしまったことで、完全に失恋してしまったということが僕には理解できた。

 

(みっともないのは僕の方だ……。僕は七海ちゃんに掛けてあげる言葉が、全く見付からない……)


 僕は七海ちゃんを自転車の後ろに乗せた。そして野名北部高校の最寄り駅、東武アーバンパークライン七光ななこう駅まで送っていく。

 

 暗い夜道の中、七海ちゃんは背中越しに泣いている。僕の背中に顔と体をぴったりと寄せながら。


 勇斗はモテ過ぎだ。本当にどこまでも女泣かせな奴だ。しかもこんなに可愛い女の子を泣かせるなんて。でも、勇斗は僕の大親友だから僕は複雑な気分だ。


「今日はありがとうね。武虎くん」


 駅に着くと、いつの間にか泣き止んだ七海ちゃんが僕に言った。

 

 すると、七海ちゃんは周囲に誰もいない中、なんと僕の口にキスをする。僕は自転車のハンドルを握りながら、石像のように立ったまま硬直してしまう。「あっあっ……」と喉からしか声が出ない。七海ちゃんの柔らかい唇の感触が、僕の唇から離れない。顔を近付けてきた時の、ほのかな熱と髪のいい匂いが、僕の皮膚と嗅覚に残っている。


「ファーストキス、武虎くんにあげたからね。明日からもよろしくね」


 七海ちゃんが僕に笑顔でそう言うと、ちょうど良く電車が駅へ向かってきた。

 

 七海ちゃんは東口の階段を少し駆け足で駆け上がり、七光駅の改札へ向かう。改札に入ると、東武アーバンパークライン樫田かしだ方面行きの電車に乗ったようだ。ちょうど僕のいる位置に当たる車両のドアの窓から、七海ちゃんの姿が見える。七海ちゃんもドアの窓から僕を見ているようだ。僕がハンドルを両手で持ち自転車の横に立っていると、七海ちゃんは電車のドアの窓から優しく手を振って行ってしまう。僕もそれに応え、右手で自転車を支えながら左手で優しく手を振り返す。今日の僕は七海ちゃんとはここでお別れだ。


 僕は自転車で家に帰った。いつもはもりもりと晩飯を食べるのだが、今日は食欲が湧かない。当然だ。あんな全国レベルの可愛い子にキスをされたのだから。


 夜遅くに外から、ガタンゴトン、ガタンゴトン、という電車の音が僕の部屋の中に響く。僕は窓を開けて外を見た。外を見ると、東武アーバンパークラインの電車が走っている。電車は、千葉県の野名市と埼玉県の春日戸かすかど市を結ぶ、江戸川の上の鉄道橋の上の線路を走っていく。柱が何本も連なる中、江戸川の真ん中には、鉄道橋を支える一本の太い柱が立っている。その柱の近くには、木が何本も連なっている。その木々は鉄道橋の高さには及ばないものの、かなりの高さだ。

 

 木々を見ると、僕はもう一度電車を眺めた。眺めると、電車は埼玉県へ向かって走って行ってしまう。僕はその電車を眺めた後、夜空を見上げた。夜空にはたくさんの星が見える。その星々を眺めている僕の頭の中は真っ白だ。


 頭の中が真っ白でありながら、片一方ではパニックを起こしている。僕は七海ちゃんのことで頭がいっぱいだ。これは恋だ。僕は間違いなく七海ちゃんを好きになってしまった。僕は夜空を眺め終えると、窓を閉めベッドに横たわった。

 

 いつの間にか朝になっている。ずっと七海ちゃんのことを考えていた。ほぼ一睡もできなかった。


 第七話 プレゼント へ続く……

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