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第七話(全最終話) 素顔

 

 僕が的場選手と戦ってからもう四ヶ月が過ぎた。今は大学四年生へ進級前の春休み。良い機会なので、僕は野名市の実家で羽を伸ばしている。車でこっちまで帰ってきたのだ。

 

 僕は今、僕、七海ちゃん、勇斗、咲良ちゃん、竜二、姫華の六人で僕の部屋で遊んでいる。時間はすでに夕方。トランプやウノやテレビゲームで大いに楽しんでいるところだ。僕達六人は今日は泊まりでみんなで久しぶりに楽しむ予定だ。

 

「こうやってみんなで遊ぶのさ、なんか久しぶりだよな。俺、すげーテンション上がってるぜ」

 

「勇斗、もう体の方は大丈夫なのか?」


 遊びを一通り終えて勇斗が嬉しそうにそう言うと、僕は心配して聞いた。

 

「ああ。もう松葉杖使わなくても平気になってから、随分経ってるからな。咲良がずっと俺の側にいてくれたんだ。咲良のおかげだぜ」

 

「勇斗ったら……もう……」

 

 勇斗がそう答えると咲良ちゃんは恥ずかしそうに言った。


「それに、七海ちゃんと竜二と姫華も、俺が眠ってる間、咲良と一緒に何度もお見舞いに来てくれたんだろ? 三人にもすげー感謝してるぜ」

 

「勇斗くんが揃って、初めて仲良し六人組だもんね。みんな勇斗くんが目を覚ますの、ずっと待ってたんだよ」


 勇斗がそう感謝を伝えると、七海ちゃんは嬉しそうに言った。

 

「やっぱり勇斗さんがいなきゃ、面白くないよ」

 

「そうだよ。勇斗さん」


 竜二がそう言うと姫華は言った。

 

「ありがとよ。みんな。でも、一番礼を言わなきゃいけねーのは武虎、お前だぜ。チャンピオンベルト二本獲って、しかもあの的場和輝の、引退試合の相手まで務めたんだからな。武虎、お前はほんとにすげー奴だよ。俺にとっちゃ、マジ最高の友達だぜ」

 

「僕はお前を目覚めるさせるために、お前の夢を叶えるために、当然のことをしたまでだよ。勇斗」


 勇斗がそう言うと僕は言った。


「しっかしよー、武虎。一成っていう名前に変わっても、お前は俺達にとっては武虎だぜ。七海ちゃんだけだな。この中でお前のこと、一成くんて呼んでるの。はっはっは」

 

「うん……そうだね……。でもいつか、格闘家梅宮一成の妻になるなら、ちゃんとそっちの名前で呼ばないといけないなと思って……」


 勇斗が腹を抱えてそう言うと、七海ちゃんは恥ずかしそうに言った。

 

「格闘家か……。はあ……体力の落ちた俺には……すっかり絶たれた道になっちまったな……」


 勇斗はしんみりと言った。

 

「でもよ、俺は新しい夢ができたんだ。今度は俺が武虎の夢を叶えるって夢が。お前の夢だったCGデザイナー、俺が叶えてやるよ。今さ、通信教育で毎日必死こいてパソコンの勉強してんだ。だから武虎、お前は安心して格闘技に打ち込め」


 続けて勇斗は元気を出して言った。

 

 すると、勇斗は僕に右手の拳を向けてきた。僕は勇斗の右手の拳に自分の右手の拳を合わせる。

 

「勇斗……。ありがとう……。僕も頑張るからお前も頑張れよ」

 

「ああ」


 僕がそう言うと勇斗は返事をした。

 

 七海ちゃん、咲良ちゃん、竜二、姫華の四人はそれを温かく見守っている様子だ。


 夜になり、僕達六人は久しぶりに僕の部屋にみんなが集まった記念ということで、お楽しみの乾杯をしようということになる。僕、七海ちゃん、勇斗、咲良ちゃんは缶チューハイで。竜二、姫華は缶ジュースで。

 

「みんなー、それじゃ乾杯といくけど、準備はいいかー?」


 勇斗がハイテンションで聞いた。

 

 僕達は一斉に缶の蓋を開ける。

 

「よーし、みんな準備はできたな」


 続けて勇斗が言った。

 

「せーの!」


 さらに続けて勇斗は元気良く掛け声を掛けた。

 

「かんぱーい!」


 みんなで一斉に元気良く乾杯した。

 

 その後、僕達は昔懐かしい話で盛り上がり、本当に楽しい時間を過ごすことができた。時間はすでに深夜の一時。睡魔に襲われたのか、竜二と姫華はいつの間にか自分達の部屋に戻って寝てしまったようだ。

 

 さらに、勇斗と咲良ちゃんも僕のベッドで寝てしまった。あの時と同じように、咲良ちゃんが勇斗の背中にぴったりとくっ付いて寝ている。体を冷やすと良くないので僕は二人に布団を掛ける。結局起きているのは僕と七海ちゃんの二人だけ。

 

「みんな寝ちゃったね。あの時と同じ。起きてるのは、一成くんと私だけになっちゃった」

 

「そうだね。あの時と同じだね」


 七海ちゃんがそう言うと僕は言った。

 

「七海ちゃんは眠くない?」


 続けて僕は聞いた。

 

「うん。眠くないよ。一成くんが起きてるなら、私も起きてるよ」

 

「じゃあ、二人で土手に散歩に行かない?」

 

「うん。私も行きたい」


 僕と七海ちゃんは二人で一緒に土手道を歩く。七海ちゃんは僕の左側を歩きながら、すっと僕の左手の指に自分の右手の指を絡ませた。夜の中、土手に広がる菜の花の匂いが僕達二人を包み込んでくれる。上を見上げると、夜空にはたくさんの星が広がっている。

 

「夜景が綺麗。本当に懐かしい。昔、ここを四人で歩いたよね。初富士を背景に、竜二くんと姫華ちゃんとも一緒に、写真も撮ったこともあった」


 春日戸市の夜景を見ながら七海ちゃんが言った。

 

「ねえ、今だけ武虎くんて呼んでもいい?」


 続けて七海ちゃんが僕に聞いた。


「うん。いいよ」

 

「武虎くん、覚えてる? 学校から二人で、ミオンタウンまで、勇斗くんと咲良を尾行したこと」

 

「もちろん。覚えてるよ。あの時は僕のせいで、周りに変な風に見られちゃって、七海ちゃんに迷惑掛けちゃったと思うけど。でも七海ちゃんは本当に優しくて、気にしないでいいよって言ってくれたんだよね。凄く嬉しかったよ」

 

「うふふ。武虎くん、そんなことまで覚えててくれたんだ。こっちこそ凄く嬉しいよ。うふふ。私、あのとき勇斗くんに失恋したんだよね。苦い思い出だったけど、今ではいい思い出になったかな。あの時はごめんね、武虎くん。なんだか私、凄くかっこ悪いところ見せちゃったよね」

 

「いや、かっこ悪いのは僕の方だよ。あの時、七海ちゃんに何も言ってあげられなくてさ。自分の無力さに情けなくなったんだ」

 

「でも次の日、カラオケに連れて行ってくれたよね。私、嬉しかったよ」


 僕がそう言うと七海ちゃんは言った。

 

「それにこの指輪とぬいぐるみ、取ってくれたの忘れないから」

 

「ごめん……。七海ちゃんがその指輪を大切にしてくれていたのに……僕は……ずっと正体を隠して……ずっと七海ちゃんを待たせちゃって……」


 続けて七海ちゃんが指輪を見せてそう言うと、僕は申し訳ない気持ちで言った。

 

「ねえ……武虎くん……。あんまり聞きたくないんだけど……聞いてもいいかな……?」


 七海ちゃんが不安そうに聞いた。

 

「え……? 何……?」

 

「雪音さんじゃなくて……私を選んだこと……後悔してない……?」

 

「後悔してないよ。雪音は確かに素敵な女性だけど、僕は離れていたときも、ずっと七海ちゃんのことを一番に考えていたよ。ずっと七海ちゃんが世界で一番好きだったし、今でもそれは変わってないから」

 

「ありがとう。私も武虎くんのこと、世界で一番好きだよ」

 

 すると、七海ちゃんは少し背伸びをして僕の口にキスをする。僕はキスをしたまま七海ちゃんを抱き締める。七海ちゃんも僕の背中に手を回し抱き付いてきた。僕達二人は自然と唇を離すとお互いの目を見つめ合う。十秒以上はキスしただろうか? ほんのりお酒の味がしたキスだった。


「……。武虎くん……。いつか……結婚しようね……」

 

「うん。もちろんだよ」


 七海ちゃんが恥ずかしそうにそう言うと、僕は優しく返事をした。


 そして五年が経った。今でもみんな、それぞれ自分の夢に向かっている。

 

 僕はプロの総合格闘家として、より強い相手を求めて戦い続けている。将来は自分の道場を持ち、武道施設の充実した養護施設を設立するつもりだ。さらにその先に、自分の学園も創設したいという新しい夢もできた。

 

 七海ちゃんはナナミーという自分のブランドを持ち、日々洋服やアクセサリーのデザインにいそしんでいる。勇斗は日本屈指のフリーのCGデザイナーとして活躍し、日々奮闘している。咲良ちゃんは図書館司書として都内の図書館で働きながら、日々小説を書いている。まだヒット作こそ無いが、咲良ちゃんはすでに三冊の小説を出版しているのだ。僕は勇斗と夢が入れ替わってしまったが、結果としてそれも間違いではなかったのだと思う。

 

 大学卒業後、僕と七海ちゃんはすぐ結婚をした。勇斗と咲良ちゃんはまだ結婚していないが仲良く同棲している。僕と七海ちゃんの間には、蒼士そうしという一人の息子が誕生し三月に三歳になった。


 今日は四月の春の陽気に包まれていて、空は快晴で雲一つ見当たらない。今、都内にある近所の公園で、僕と七海ちゃんは息子の蒼士を連れてきて遊ばせている。

 

 公園の外の歩道から、少年達の元気なランニングの掛け声が聞こえる。十人くらいの少年が歩道をランニングをしているようだ。公園の入り口に立って、僕はその様子を眺めてみることにした。

 

 すると、公園の入り口を過ぎて数メートルくらいの歩道で一番後ろの一人の少年が転んでしまう。さらに、他の少年達には気付かれずその少年は置いていかれてしまう。直後、少年の後ろから一人の男性が走って近付いてくる。横顔をちらっと見ただけだが僕にはすぐ分かった。的場和輝さんだということが。逆に、転んだ少年と的場さんは近くにいる僕には気付いていないようだ。


「どうした? 翔太しょうたいたのか?」

 

 的場さんが心配そうに声を掛けた。

 

 どうやら少年の名前は翔太というらしい。

 

 翔太くんは今にも泣きそうなのを堪えている。


「ぐ……う……う……。先生……」

 

 どうやら的場さんは翔太くんの先生らしい。恐らく、翔太くんは的場さんが経営している道場の道場生なのだろう。


「ああ、血は出てないが、ちょっと右膝が赤くなってるか」


 翔太くんが怪我をしていないか確認すると、的場さんは言った。


「翔太、偉いぞー。泣かなかったじゃないか」


 続けて的場さんは誉めるように言った。


「うん。僕は泣かないよ。だって先生みたいに、強くなりたいから」


「あーはっはっはっはっは。こりゃ頼もしい後継に恵まれたもんだ」


 翔太くんがそう言うと的場さんは大笑いした。


(的場さん、あんなに大笑いする人だったんだ)


 僕は勇斗に見せてもらった戦いの映像や動画や実際に戦った者としての印象で、レジェンド的場和輝のファイターとしての姿しか知らなかった。


(安心した。レジェンドもごく普通の人間で)


 ~完~

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