第五話 放課後の約束
後日の朝、僕は学校に着く。教室の中は、いつも通り会話をするクラスメイト達で賑わっている様子だ。僕は教室の扉を閉めて自分の席へ向かう。
「おはよー、武虎くん。今日もよろしくね」
席へ向かうと、先に席に座っている七海ちゃんが笑顔で僕に挨拶をしてくれた。
「あ、おはよー、七海ちゃん。僕の方こそよろしくね」
たわいもない会話とは言え、席が前後のため僕と七海ちゃんはこの数日の間によく話すようになった。僕は自分の席に座る。
「あのね、武虎くんに聞きたいことがあるんだけど、郷間くんてどういう人? ちょっと小耳に挟んで、女子の間でなんか凄く人気あるみたいなの。郷間くんて、彼女いるのかな?」
僕が座ると七海ちゃんが僕に聞いた。
どうやら、七海ちゃんはまだ勇斗のことを知らないようだ。それと、勇斗が咲良ちゃんと付き合ってることも知らないらしい。
(ああ……七海ちゃんもやっぱり勇斗のことが気になってるんだ……)
「いい奴だよ、勇斗は。それに勇斗は、僕の大親友だよ」
僕はそう答えた。
それから、勇斗がイケメンで中学時代からモテモテだったこと、運動神経抜群で学業も優秀、バーリトゥーダーで喧嘩最強だということ。さらに、強き者には強く弱き者には優しく、男女問わず、みんなから好かれているスーパーヒーローのような男だということを教える。七海ちゃんは興味津々にうきうきと嬉しそうに、僕の話を聞いている。この様子だと、明らかに勇斗の彼女になりたがっている感じだ……。
「ま、まあ、でも、あいつは彼女いるよ……」
しかし、言い辛いものの僕は言った。
「え……やっぱりそうなんだ……。彼女いるんだ……」
七海ちゃんの悲しそうなリアクションを見た僕は、顔には出さないが正直ショックは大きい。まあ、僕のような太ってる眼鏡男を好きになるはずもない。元々分かっていたことだ。
休み時間、僕は教室で七海ちゃんと咲良ちゃんが、仲良く話をしているのを見掛ける。
(ああ、あの二人仲良くなったんだ)
でも心配なことがある。七海ちゃんは咲良ちゃんの彼氏が勇斗だということを知ったら、ショックを受けるんじゃないだろうか。ショックは受けずとも、何か一波乱が起きそうだ。
案の定だ。次の休み時間、廊下で咲良ちゃんは七海ちゃんに、彼氏ということで勇斗を紹介する。それから、うちのクラスの転校生ということで、七海ちゃんを勇斗に紹介する。
僕は見てしまう。七海ちゃんも勇斗も、明らかにお互いに照れ臭そうに顔を赤らめている。多分、お互いに一目惚れしたんじゃないだろうか……? でも、七海ちゃんと咲良ちゃんは、仲良く友達になったようだ。スマートフォンの連絡先をお互いに登録したようだ。
昼休み、僕と勇斗は学校の中庭で一緒に弁当を食べる。上を見上げるとなんだか空は曇っている……。まるで今の僕の気持ちのようだ……。
「なあ、勇斗。七海ちゃんのこと、どう思う? さっき廊下で咲良ちゃんに紹介されただろ?」
ふと、僕は勇斗に聞いてみた。
「七海ちゃん? あ、ああ、さっきのお前のクラスの転校生の子か? 正直、すげー可愛くてマジでびっくりしたぜ。あんな可愛い子、今まで見たことねーよ。でも俺には今、咲良がいるからな……」
僕は思う。勇斗も七海ちゃんのことが気になっているけど、咲良ちゃんのために我慢しているんじゃないかと。ハエみたいに付きまとってくる、とか言っておきながら、勇斗はやっぱり咲良ちゃんのことも考えている。そもそも、咲良ちゃんは中学の時からずっと勇斗を好きだった。だから、七海ちゃんと勇斗は結ばれるべきじゃない。僕は勇斗が咲良ちゃんをもっと好きになるように、強く願う。それに正直に言うと、僕は七海ちゃんに惚れているんだと思う。だからこそ余計にそう願うんだ。
そして数日後。早くも一時間目の授業が終わった。休み時間だ。
「ねえ、武虎くん。頼みがあるの……」
すると、前の席から七海ちゃんが僕にそう話し掛けてきた。
「何? 七海ちゃん。どうしたの?」
「今日、帰りに自転車で乗せていってほしい所があるの……。私、電車通学だから……。ちょっとね、自転車じゃないと行けない所なんだ……。無理にとは言わないし、無理だったら、無理でいいから……」
「うん。いいよ」
「ありがとう。武虎くん」
「でも、どこに行くつもりなの?」
「それはちょっとお楽しみ」
「武虎くん。帰り、お願いね」
続けて、七海ちゃんはウインクして僕にそう言った。
彼女のウインクは強烈に可愛い……。正直、僕はときめいてしまう……。
帰りの時間だ。僕と七海ちゃんは一緒に自転車置き場に行く。そこでちょうど、勇斗と咲良ちゃんが一緒に帰ろうとしている様子を確認する。
「実はね、私ね、あの二人の後を付けてみたいの……。あの二人がどういう感じなのか、見てみたいの……」
どうやら、七海ちゃんはいつの間にか知っていたらしい。僕だけでなく、勇斗も咲良ちゃんも自転車通学だということを。今日は文芸部の活動が無く、二人が一緒に帰る日だということまで。
僕は自転車の後ろに七海ちゃんを乗せる準備をする。ちなみに僕の自転車はママチャリだ。僕は自分のスポーツバッグを肩から斜めに掛け、七海ちゃんのスクールバッグを前のかごに入れる。七海ちゃんは後ろの荷物乗せに横向きに座った。
今日の七海ちゃんはツインテールの髪型ではない。かなり明るい色だが、咲良ちゃんのようなストレートでさらさらのロングヘア。快晴の下、後ろから風で漂う七海ちゃんの髪の匂いが僕の心を揺さぶる。とてもいい匂いがする。女の子の匂いって、なんでこんなにいい匂いなんだろう。僕はドキドキしてしまう。
僕は七海ちゃんを乗せて、自転車を漕いで勇斗と咲良ちゃんの後を追う。七海ちゃんは僕の太いお腹に手をしがみつかせている。
二人は校門を右に出たようだ。僕と七海ちゃんも校門に向かう。
すると色々な声が聞こえてくる。
「マジかよ!? エロ島とあの可愛子ちゃんが……」
「うっそー!? あり得ないよー! 絹井さんてデブ島と付き合ってるのー!?」
「デブ専だったの? 絹井さんて?」
「よっ、やるねー。眼鏡横綱~、この色男~」
「俺も食って食って、太りまくろうかな?」
どうやら周囲がざわついているようだ……。
「僕と一緒にいると、七海ちゃんまで変な風に見られちゃうよ。いいの?」
「気にしないでいいよ。周りの人がどう言ってたとしても、最初に話した時に、武虎くんは優しい人だって分かったから」
(なんて優しくていい子なんだ。しかもこんなに可愛い女の子が、僕の自転車の後ろに乗ってるなんて、信じられないよ)
「七海ちゃん、しっかり捕まっててね。僕は太っていて基本的に運動神経は悪いけど、自転車漕ぐのは得意なんだ」
僕はそう言ってペダルに込める力を増やした。
第六話 七海の気持ち へ続く……