第二話 奇跡と必然
僕がマンションで暮らし始めて数日が経った。今日は午前中から、車で勇斗の家へ勇斗のお見舞いに行く予定だ。
僕は勇斗の家に着き部屋に入る。部屋に入るとすでに、咲良ちゃん、七海ちゃん、竜二、姫華の四人がいる。
靴棚に四人の物らしい靴があった。恐らく来ているのだろうと思っていた。
ちなみに、今日は勇斗のお爺さんとお婆さんが僕を迎え入れてくれた。僕は勇斗のお爺さんとお婆さんにあんこパイの詰め合わせを一箱渡した。お返しに今日は六本入り缶チューハイセットを一つ貰ってしまったのだ。僕はそれをトートバッグに入れた。
咲良ちゃんと七海ちゃんがカーペットの上に座布団を敷いて座っている。竜二と姫華はソファーに座っている。どうやら四人で仲良く話をしているようだ。
窓のカーテンは適度に開いてあり、白いレースカーテンだけが閉め切ってある。外の晴天の光が電気のついていない部屋の中を程好く明るくしている。
「あ、こんにちは。梅宮さん」
「どうも。皆さん、お久しぶりです」
咲良ちゃんがそう挨拶をすると僕もみんなに挨拶をした。
「こうしてお会いするの、去年の大晦日以来ですね」
「ねえ、梅宮さん。また遊んでよ」
七海ちゃんが懐かしそうにそう言うと、竜二は嬉しそうに言った。
「またうちに遊びに来てー」
「うん。分かった。今日、行かせてもらうよ」
姫華がそう誘うと僕は返事をした。
「勇斗……みんな勇斗が目を覚ますの……待ってるからね……」
咲良ちゃんは椅子に座って勇斗の右手を握って語り掛けた。
「あれ……? 今……勇斗が手を握り返したような……」
続けて咲良ちゃんは少し驚いたように言った。
僕達は近寄って勇斗の右手を眺める。微かだが、勇斗の右手が動き咲良ちゃんの手を握り返している……。
「ん……ん……」
「勇斗、私だよ。咲良だよ。分かる?」
勇斗が微かにそう声を出すと咲良ちゃんは呼び掛けた。
「さ……く……ら……」
「勇斗、見える? 私が見える?」
目を少し開けてそう呟く勇斗に、咲良ちゃんはさらに呼び掛けた。
「見え……る……。さく……ら……。分か……る……ぞ……」
勇斗は目をぱちぱちさせて、咲良ちゃんの方へ顔を向けて呟いた。
「く……う……うう……」
すると、勇斗は歯を食いしばり上体を起こした。
なんと、勇斗はついに目を覚ます。
「……。咲良……待たせたな……。もう大丈夫だ……。心配掛けたな……」
「ぐすん……。勇斗~、ずっと待ってたよー」
勇斗がそう言うと咲良ちゃんが泣きながら勇斗に抱き付いた。
「ぐすん……。勇斗くん……覚えてる……? 私のこと……」
「ああ……。もちろんだよ……。七海ちゃんにも心配掛ちまったな……」
七海ちゃんが泣きながらそう聞くと勇斗は答えた。
「勇斗さん、僕だよ。分かるよね?」
「竜二だろ……。覚えてるに決まってるだろ……」
竜二が嬉しそうにそう聞くと勇斗はにやっとして答えた。
「勇斗さん、私は?」
「姫華だろ……」
姫華が嬉しそうにそう聞くと、勇斗はまたにやっとして答えた。
「なあ、そのテーブルの上の二つのでかいベルト、チャンピオンベルトだろ?」
「うん。勇斗の夢、そこにいる梅宮さんが叶えてくれたんだよ。勇斗のためにチャンピオンベルト、獲ってきてくれたの」
勇斗がそう聞くと咲良ちゃんは笑顔で答えた。
「……。梅宮さん……? うっうっうっ……。ちげーよ……咲良……。うっうっうっ……。そこにいるのは武虎だよ……。そうだろ……? 武虎……」
「ああ。勇斗、僕だよ。約束した物、ちゃんと手に入れてきたぞ」
勇斗が泣きながらそう聞くと僕は答えた。
勇斗は右腕で涙を拭う。続けて、にやりとした顔で右の拳を僕に向けてくる。勇斗の右腕は筋肉が衰えてしまったせいか震えている。腕を上げるだけでもやっとのようだ。拳もしっかりと握れていない。
僕も同じくにやりとし右の拳を伸ばす。そして右の拳を懸命な勇斗の右の拳にくっ付ける。
「お前のこと、信じてたぜ。武虎」
「僕もお前のこと、信じてたよ。勇斗」
勇斗がそう言うと僕も言葉を返した。
竜二と姫華は泣きながら僕に抱き付いてくる。
「うわー。武虎兄ちゃーん。やっぱり生きてたんだー。僕は絶対、武虎兄ちゃんは生きてるって、信じてたんだよー」
「うわーん。武虎お兄ちゃーん。私、武虎お兄ちゃんが帰ってくるように、ずっとお願いしてたんだよー」
竜二が泣きながらそう言うと姫華も泣きながら言った。
「お兄ちゃんがいない間、二人ともよく頑張ったな」
「ぐすん……。武虎くんが……勇斗の夢……叶えてくれたんだ……。武虎くん……凄くかっこ良くなっちゃって……私達にとっては……もうスーパーヒーローだよ……」
僕が二人を抱き締めてそう言うと、咲良ちゃんは泣きながら言った。
「ぐすん……。梅宮さんが……武虎くんだったなんて……。私……もう……嬉しくて……夢みたいだよ……。ぐすん……」
「七海ちゃん……。ずっと待たせたね……。ごめんよ……。許してくれる……? もう……これからは七海ちゃんとずっと一緒にいるから……。もう……どこにも行かないから……。七海ちゃん……。世界一好きだよ……」
七海ちゃんが泣きながらそう言って僕の胸に顔を埋めると、僕は七海ちゃんを抱き締めて優しく言った。
「ぐすん……。武虎くん……。私も武虎くんのこと……世界一好きだよ……。ぐすん……」
勇斗、咲良ちゃん、竜二、姫華の四人はそれを温かく見守っている様子だ。
その後、医者に聞いた話によると、勇斗が目覚めたうえに記憶もしっかりしているのは正に奇跡だという。でも、僕と勇斗はそれらは奇跡ではなく必然であったと思っている。なぜなら、僕と勇斗にはあの出来事があったからだ。僕がチャンピオンベルトを取ること。それから、勇斗が目覚めることを約束したあの出来事が。あの出来事によって二人の時間は止まっていなかったのだ。
時は流れ、僕は西洋大学の学生として学生生活を送っている。もうすぐ夏休み。学生生活ではほぼいつも七海ちゃんと一緒に過ごしている。僕は毎日が充実しているところだ。
日中は大学で勉学に励み、夜は横光道場東京支部でみっちり練習をしている。立ち上げると同時に、横光道場東京支部には多くの入門生が殺到した。道場は連日賑やかだ。僕と山岸さんの二人は、定時が過ぎみんなが帰った後も道場に残っている。フィジカルを鍛えるトレーニングを連日行っているのだ。
それから、僕は実の父さんと母さんにも明かした。僕が生きていたこと。僕が冴島武虎であることを。父さんと母さんは泣いて喜んでいた。だが僕は戸籍は戻していない。これからも自分の意思で梅宮さん夫妻の息子であり続けることを二人に話した。二人とも事情を理解してくれ、僕の名前は梅宮一成のまま。
六月に佐野本市に帰った時、梅宮さん夫妻は僕自身が決めたこの選択を大いに喜んでくれて泣いていた。ちなみに七海ちゃんは僕のことを一成くんと呼んでくれている。
雪音と琴音ちゃんにも会った。雪音の家に行った時、琴音ちゃんはすぐに僕に抱き付いてきた。相変わらずだった。
雪音も元気そうだった。雪音は自分の家の自動車整備工場に今春入社した年下の男の子と仲良くいい感じになっているらしい。でも、僕があげたあの指輪は外さずに着けてくれていた。大切なお守りにしているらしい。
そしてあの後、勇斗は順調に回復した。今は衰えた筋肉を戻すために、理学療法士の人の力を借り連日家でリハビリを行っている。
第三話 チャンピオン対決 へ続く……




