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第十一話 バカヤロー


 酒を飲んだせいか僕は眠くなってしまう。三人で歯磨きをした後、僕は雪音のベッドで横になる。

 

「ふわー、ウチも眠くなっちゃった……一成さん……腕枕して……」


 すると、琴音ちゃんもベッドの上で横になり、僕にしがみついてあくびをして言った。

 

「おい、琴音。それはウチがやってもらうことなんだよ」


「まあ、いいよ。雪音。琴音ちゃん、僕の腕に頭を乗せてごらん」


 雪音が困ったようにそう言うと僕は言った。

 

 琴音ちゃんは僕の右腕に頭を乗せる。


「……わー……一成さんの腕……凄く固~い……。……すーすー……」

 

 どうやら琴音ちゃんは寝てしまったようだ。

 

 雪音も琴音ちゃんの隣で横になる。


「……しょーがねー妹だな……。……ったく……。……すーすー……」

 

 雪音も寝てしまった……。

 

 琴音ちゃんが真ん中に寝ていて、これじゃ僕が父親で雪音が母親でまるで子供がいる家族みたいだ……。まあ、明日は朝早い。僕も眠いから寝よう。僕はリモコンで部屋の電気を豆電球に切り替える。


 念のため、スマートフォンのアラームをセットしておくべきだろうか? いや、セットしなくても恐らく大丈夫だろう。勇斗と約束してチャンピオンを目指して以来、早起きは慣れている。

 

(明日でさよならだ……。雪音……琴音ちゃん……。おやすみ……)


 暗い部屋の中、僕は心の中でそう思った。

 

 僕は目を覚ます。外は薄暗いがもうすぐ朝。一緒にベッドで寝ていたはずの雪音と琴音ちゃんがいない。しかもベッドの上に置き手紙が置いてある。綺麗な字でこれは間違いなく雪音の字だ。置き手紙には「みんなと外で待ってる」と書いてある。

 

 僕は部屋を出て家の外に出てみる。すると庭に、雪音と琴音ちゃん、雪音のお父さんとお母さん。加えて、僕の父さんと母さんがいる。外は薄暗いが今日は晴れそうな空模様だ。

 

「みんな、どうして? もしかして僕がここを離れること、父さんと母さんが雪音と琴音ちゃんに教えたの?」

 

「ああ。一成のことを、みんなで送り出してやりたいと思ってな……。一成、隠していたかった気持ちは分かるが、お別れっていうのはしっかりとするものだ」


 そんな中、僕がそう聞くと父さんは答えた。

 

 僕だけじゃなく、雪音も琴音ちゃんもお別れになることを知っていて僕と自然体で振る舞っていたようだ……。

 

(雪音……琴音ちゃん……。二人とも最後の最後まで……。本当にありがとう……)

 

「うっうっうっ……。一成、あなたとは血は繋がっていないけど、お父さんとお母さんにとっては、本当の息子そのものだったわ……。でも、あなたがここを離れる以上、もうあなたを、本当のご両親の下へ帰らせてあげないといけないわ……。私の病気が良くなったのは、あなたのおかげ……。あなたには感謝しているし、本当に最高の家族のように、楽しい日々を送らせてもらったわ……。うっうっうっ……。血は繋がっていないけど、私達はあなたの第二の両親よ……。辛いことがあったら、いつでも帰ってきなさい……。うっうっうっ……」


「うっうっうっ……。そうだぞ……。いつでも帰ってくるんだぞ……。うっうっうっ……」


 母さんが泣きながらそう言うと、父さんも涙を堪え切れず言った。


「……うん……。必ず帰ってくるよ……。父さん……母さん……今まで本当にありがとう……」


 僕は涙を堪えながら言った。

 

「一成くん、今まで本当にありがとう……。でも、君は自分の夢に向かって、真っ直ぐ進むべきだ」

 

「雪音も琴音もね、一成くんと出会ってから、いつも生き生きしていたわ。私からもお礼を言うわ。一成くん、今までいつも二人と一緒にいてくれて、本当にありがとう……」

 

 雪音のお父さんが涙ぐみながらそう言うと、同じく雪音のお母さんも涙ぐみながら言った。


「ぐすん……。一成さん、ウチのこと忘れないでね……。離れても、ウチとLINEでお話してね……。ぐすん……」


 琴音ちゃんが泣きながら言った。


 雪音は泣きながら僕の口にキスをする。

 

「……一成……今のは最後のキスだ……。うっうっうっ……。これからは……本当に好きな人と……一緒になれよ……。後悔しないようにな……。うっうっうっ……」


「うっうっう……。雪音……今までありがとう……。そして本当にごめん……。雪音と一緒にいた日々は、本当に楽しかったよ……。僕は一生、雪音のこと忘れないから……。うっうっうっ……。雪音……ちょっとここで待っていてくれるか……?」


 雪音が唇を離し泣きながらそう言うと、僕は泣きながら雪音を抱き締めて言った。

 

 僕は部屋に戻り自分のウエストバッグを持ってくる。その中からリングケースを取り出し、リングケースの中からピンクゴールドの指輪を取り出す。

 

 細いピンクゴールドのリングに小さなダイヤモンドが一周散りばめられているその指輪。雪音のために買ったあの指輪だ。

 

 そして、雪音の左手の中指に僕はその指輪を通す。

 

「本当は寝ている間に、これを雪音の指にしようと思っていたんだ……。この指輪はお守りだと思ってくれ……。左手の中指にすると直感力が増すんだ……。雪音にはこの先きっといいことがある。僕以外の男が現れたら、そのときは捨ててくれて構わないから……」

 

「うっうっうっ……。一成以上の男なんているわけないだろー……。バカヤロー……」


 僕が優しくそう言うと、雪音は泣きながら僕の胸に顔を埋めた。

 

「うっうっうっ……。そうだな……。僕はバカヤローだ……。でも、こんな僕なんか好きになった雪音もバカヤローだよ……。今度は僕みたいな、いつ死んでもおかしくない危険な仕事してるバカヤローなんか好きになるなよ……。いつか、絶対に幸せになれよ……。うっうっうっ……」


 僕はまた雪音を強く抱き締めて泣きながら言った。

 

 僕が泣きながら雪音を抱き締めていると、周りからも泣いている声がする。琴音ちゃんも雪音のお父さんとお母さんも……。僕の父さんも母さんもみんな泣いているようだ……。


 その後、僕は都内に着く。着くと途中で休憩がてらにコンビニに車を停める。車内には適度に朝日が差し込む。家を離れた時は、琴音ちゃんが車の後ろからルームミラーに映らなくなるまでずっと大きく手を振ってくれていた。僕はスマートフォンに保存したたくさんの写真を眺める。雪音や琴音ちゃん。父さんや母さん。横光道場のみんなと、それぞれ撮った写真。

 

「うっうっうっ……。雪音……琴音ちゃん……みんな……。うっうっうっ……」


 僕は感傷にひたりまた涙を流した。

 

 僕はさらに写真をスライドする。すると辿り着く。七海ちゃんや咲良ちゃん。加えて、竜二や姫華と一緒に撮った写真に。土手の中で花火をした時。僕の部屋で乾杯した後。袋池サンシャインシティに行った時、のそれぞれの写真。

 

(……。そうだ……。僕は、本来自分がいるべき場所に帰ってきたんだ……。泣いている場合じゃない。これからは、七海ちゃんや咲良ちゃんや竜二や姫華、そして勇斗にたくさん会えるんだ)


 第五章 レジェンド へ続く……

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