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第六話 懐かしい部屋


 一週間後、僕の怪我は順調に治った。僕は勇斗の部屋へチャンピオンベルトを届けるため、午前中から愛車の黒のSUVで勇斗の家へ向かう。母さんはもう車に乗れるくらいにまで回復した。そのため、春に自分の車を購入したのだ。免許を取り一年が経過し、初心者マークもつい最近外した。今は横光道場も連休。僕は完全にオフ。

 

 チャンピオンベルトを肩にぶら下げ、僕は勇斗の家のインターホンを鳴らす。すると、勇斗のお母さんが玄関で僕を出迎えてくれる。僕は地元名物の味噌まんじゅうをトートバッグから取り出し、それを勇斗のお母さんに渡す。勇斗のお母さんはお返しに六缶入りビールパックを一つ僕にくれる。僕はお礼を言いトートバッグにそれを入れた。


 玄関の靴棚を見ると、女性物の靴と小中学生くらいの子供の靴が混在しているようだ。女性物の靴は恐らく咲良ちゃんと七海ちゃんの物だろう。小中学生くらいの子供の靴は、ひょっとしたら……。

 

 勇斗の部屋へ入ると、今日は咲良ちゃんと七海ちゃんの他に小学生くらいの男の子と女の子がいる。僕にはすぐ分かった。竜二と姫華の二人だということが。あれから二年が経った。つまり今、竜二は小学六年生、姫華は小学四年生か……。二人とも元気そうで何よりだ。どうやら、竜二と姫華は部屋の隅のスタンディングサンドバッグで遊んでいる様子だ。咲良ちゃんと七海ちゃんは微笑ましい様子でそれを近くで見守っている。

 

 見渡すと、部屋の様子も以前と特に変わっていないようだ。エアコンの冷房もつけてある。暑い外とは違い室内は涼しく快適な温度。当然、窓のカーテンは閉め切ってある。部屋の電気はついていない。だが、夏の太陽の光の影響か、程好い明るさだ。

 

「わー、もしかして、格闘家の梅宮さん?」


 竜二が僕に話し掛けてきた。


「うん。よく知ってるね。君」

 

「この前の試合見て、僕、梅宮さんのファンになったんだ。それに、その肩にぶら下げてるのって、チャンピオンベルトでしょ?」


「うん。そうだよ」


「でかくて白く光ってて、かっこいいなー。勇斗さんのために、また獲ってきたんでしょ? 咲良さんと七海さんに聞いたよ。あのテーブルの上に置いてあるチャンピオンベルト、梅宮さんが勇斗さんのために、獲ってきたんだって」

 

「うん。このベルトは、元々勇斗の夢だからね。それに優勝できたのも、前に勇斗が色々と、アドバイスをしてくれたおかげだから」

 

 僕はテーブルの上に二本目のチャンピオンベルトを置いた。すると姫華が近付いてくる。


「梅宮さん、これあげる。優勝したお祝いだよ。お願い事が叶う水晶。私、家にいっぱい持ってるから、一つだけ梅宮さんにあげる」


「綺麗だね。ありがとう」


 姫華が青い水晶を見せてそう言うと、僕はそれを受け取ってお礼を言った。


「そこの竜二お兄ちゃんと、それから咲良さんと七海さんにも、これあげたの。みんなのお願い事が叶うように。私は水晶にいっぱいお願いしてるの。そこの写真の武虎お兄ちゃんが、帰ってきますようにって」

 

「うっ……」


 僕は涙を堪えた。

 

(姫華……ごめん……)

 

「梅宮さん……どうかしたの……?」


 姫華が心配そうに聞いた。


「いや、なんでもないよ」

 

「梅宮さんもたくさんお願い事してね」

 

「うん。分かった。たくさんお願い事するよ。……。ところで君達、お父さんとお母さんは、元気にしてるかい?」

 

「うん。元気だよ。どうして?」

 

 僕がそう言うと竜二は逆に聞き返した。


「あ、いや、ただ聞いてみたんだ……」

 

 良かった……。父さんも母さんも元気にしているらしい。

 

「お父さんとお母さんを大切にね……」


 続けて僕は竜二と姫華の肩に手を置き言った。

 

「梅宮さん、本当にありがとうございます。チャンピオンベルト。また獲ってきてくれるなんて……。テレビで試合見ました。凄くかっこ良かったですよ」

 

「あの……私、本当に感動しました……。梅宮さんの試合、全試合見入っちゃいました……」


 咲良ちゃんが僕にそう話し掛けてくると、七海ちゃんも言った。


 七海ちゃんは照れている様子だ。

 

「あ、どうも……。見てもらえて、本当に光栄です……」


 僕も照れながら言葉を返した。

 

 七海ちゃんが僕を好きなことを、僕は琴音ちゃんから聞いている。僕はなんだか照れてしまう……。実際、LINEでさりげなくコクられている。だから余計にだ……。


「あのー、皆さん。もしこの後ご予定が無ければ、一緒に食事にでも行きませんか? 僕が車出しますし、奢りますよ」


 椅子に座り勇斗の手を握り終えると、僕はそう切り出した。

 

「ほんとー? 梅宮さん? 僕ねー、回転寿司行きたい」

 

「えー? 私はクレープ屋さんの、クレープが食べたいー」


 竜二がそう言うと姫華は言った。

 

「はあー? 姫華~、お前はなんでいっつも、そういう甘い物ばっかりなんだよー」

 

「私はコンビニのおにぎりとチーズケーキが……」

 

「えー? 七海さーん、コンビニなんてどこにでもあるじゃーん。しかもせっかく、お金持ちが奢ってくれるんだよ。腹いっぱい食べたいっしょー」


 七海ちゃんがそう言うと竜二は言った。

 

「私はラーメン屋さんがいい……」

 

「咲良さんだけだよー。分かってるのはー。寿司じゃなくても、ラーメンなら僕も納得だよ」


 咲良ちゃんがそう言うと竜二は納得した様子だ。

 

「じゃあ、四人でじゃんけんでどうかな? 竜二くんが勝ったら回転寿司、姫華ちゃんが勝ったらクレープ屋、七海さんが勝ったらコンビニ、咲良さんが勝ったらラーメン屋、ってことで」

 

「僕、絶対に姫華と七海さんにだけは負けたくない」


 僕がそう提案すると竜二は闘志を燃やした。

 

 四人のじゃんけんの末、勝ったのは咲良ちゃん。昼食はラーメンに決まった。


 僕達五人はラーメン屋でラーメンを食べる。店員さんの元気な声が店内に響く。満席ではないものの、かなり繁盛している様子だ。

 

 僕と竜二はスープまであっさり一杯を食べ終えた。次に咲良ちゃんが食べ終える。

 

「わー、美味しかったー。もうお腹いっぱいだよ。さすがに梅宮さんと竜二くんみたいに、スープまでは全部いけなかったけど」


 咲良ちゃんが満足気に言った。

 

「うー、もう限界、多すぎて食べられないよー。ミニラーメンにしとけば良かったよ……」

 

「姫華、僕が食べるよ」


 苦しそうな姫華に竜二は助け船を出した。

 

「うー、私もギブアップかな……」

 

「あ、まあ、女の子には少し多かったかもね。七海さんのは僕が食べるよ」


 苦しそうな七海ちゃんには僕が助け船を出した。

 

 僕はなんだか嬉しい。七海ちゃんの食べ残しが食べられるなんて……。そう言えば高校時代もそうだった。咲良ちゃんが食べ残したラーメンは勇斗が。そして、七海ちゃんが食べ残したラーメンは僕が食べたんだ。

 

「ありがとうございます……。梅宮さん……。食べ残しを食べていただいて……」


 七海ちゃんが恥ずかしそうに言った。

 

「いえ、七海さんの食べ残しなら、喜んで頂きますよ」

 

「わー、食べたー。でもさすがにお腹いっぱいで、スープまではきついやー」


 竜二は食べ終えた様子だ。

 

 僕は七海ちゃんの食べ残したラーメンを綺麗に完食する。

 

「うわー、すげー、梅宮さん。スープまで全部いっちゃったよー」


「あー、美味しかった。でも、僕もさすがにお腹いっぱいだよ」


 竜二が驚いた様子でそう言うと僕は満足気に言った。


 僕は久しぶりに野名市の実家に帰ってきた。昼食の後、僕達は夕方までボウリングをし、夕食は回転寿司へ行った。もちろんボウリングも夕食も僕の奢り。

 

 その後、竜二と姫華にみんなで家に泊まっていってほしいと頼まれた。僕は七海ちゃんと咲良ちゃんの着替えを取りに行くため、二人を一旦それぞれの家に送った。そして、また二人を車に乗せ自分の本当の実家に帰ってきたのだ。

 

 僕は実の父さんと実の母さんにも会うことができた。元気にしていることがこの目で確認できて本当に良かったと思う。二人は僕にサインを頼んだ。書いてあげたらとても喜んでくれた。風呂に入った後は、母さんが僕の就寝用の着替えと明日の着替えまで用意してくれた。母さんは父さんが着ないような若者向けのTシャツや七分丈のズボンを買っていたらしい。処分に困っていたという。何着か服を貰ってしまった。

 

 ちなみに、咲良ちゃんは夏休みなので今は実家に帰ってきている。さらに七海ちゃんも今はオフらしい。しばらく七海ちゃんは野名市のお父さんの住むマンションで羽を伸ばすという。だから今は五人揃って過ごすことができる貴重な機会なのだ。

 

 それにしても僕の部屋はほとんど昔のまま。冴島武虎はほぼ死んだことになっている。でも、家族のみんなは完全に諦めているわけではないようだ。空き部屋があるから是非使ってほしいと言われた。そもそも僕の部屋。だからやはり落ち着く。僕は部屋に例のバッグが無いことに気付く。そう言えば、勇斗にバッグごとあげたんだった……。


 全員がお風呂に入った後、僕達五人は昔のように僕の部屋でトランプやウノをして遊ぶ。とても懐かしい。昔と違うのは、今ここに本当の僕と勇斗がいないということ。僕の正体をいつか打ち明けられたら……。いつか勇斗が目覚めたら……。また六人で……。


 第七話 二度目の略奪愛 へ続く……

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