第四話 最高の男
ちょうど夕飯時、僕は佐野本市の自宅へ着く。すると、父さんと母さんが玄関で温かく迎え入れてくれた。食卓に入ると、なんと雪音と琴音ちゃんが僕に向かってクラッカーを鳴らす。
「優勝おめでとー。一成さーん」
琴音ちゃんが大きな声で僕を祝福した。
部屋の天井には、折り紙で作った連なった輪っかが綺麗に吊るしてある。フラワーペーパーで作られたフラワーポムも壁に華やかに飾られている。優勝祝いにみんなが僕のために準備してくれたのだろう。壁に貼られた書道半紙には「祝優勝」と縦に筆で書いた文字。父さんが書いてくれたのだろう。
「凄い試合だったな。本当によくやった。一成。父さんは一成に二十万円賭けたから、二百万円くらい勝ったぞ。今回は賭博解禁の総合格闘技のグランプリだけに、注目度も凄くて、テレビでも全試合生放送だったんだ。ついついテレビに向かって、大声を上げてしまったよ。わっはっはっ」
父さんが嬉しそうに言った。
父さんが僕に賭けてくれていたなんて……。僕のことを信じてくれてる証拠だ。素直に嬉しい。
「ありがとう。父さん。でも、決勝戦は正直、何度も負けるって思ったよ……。でも僕には、誰よりも一生懸命に一緒になって、戦ってくれる仲間がいたんだ……。だから勝てたんだと思う……。一人じゃ負けていたよ……」
「一成。あなた、前よりも凄い怪我してるんじゃない? 左目の上が腫れてるわ。お母さん、一成の体が心配で、見てるだけでも辛かったわ」
僕がしんみりとそう言うと母さんが心配そうに言った。
「まあ、どこか骨が折れたわけじゃないから、大丈夫だよ……。ただの打撲だから、すぐに良くなるよ……。そんなに心配しないで。母さん……」
「でも念のため、怪我が治るまでは安静にしておいた方がいいぞ。もし友達にベルトを届けるなら、怪我が治ってからにした方がいい」
父さんが僕にそう言った。
「うん。しばらくは安静にしておくよ。父さん」
「ぐすん……。一成さーん。お帰りなさい。最後のミラクルパンチ、かっこ良すぎてお姉ちゃんもウチも泣いちゃったよー」
「おい……琴音……。泣いてねーよ……。このバカ……。余計なこと言うなって……」
琴音ちゃんが泣きながらそう言うと、雪音も涙を堪えながら言った。
「うっうっうっ……。一成のバカヤロー。心配掛けやがってー。うっうっうっ……」
続けて雪音は堪えきれず泣き出した。
すると、雪音は僕の胸に顔を埋めてくる。
「心配掛けてごめん……雪音……。でも、一応勝ったから、許してくれるか……? 僕だって無敵ってわけじゃないよ……。それにカッファン選手だって、僕を倒すことを目標に、猛練習してきたんだ……。あの人ともう一回戦ったら……僕は……」
僕は雪音を抱き締めてそう言った。
僕がその先の言葉を発しようとすると、雪音は僕の顔を掴み僕の口にキスをした。父さんと母さんと琴音ちゃんが驚いて見ている……。
「その先の言葉は、認めないぜ……。ウチにとっちゃ、一成が最強で最高の男なんだ……」
雪音は唇を離すと、そのまま顔と顔がくっ付きそうな至近距離でそう言った。
「……ああ……。まあ、とにかく勝って無事に帰ってきたんだ。ほら、今日は洋子と雪音さんと琴音ちゃんが、たくさん料理を作ってくれたんだ。食べようじゃないか。一成、優勝祝いに父さんと飲もう。みんなで乾杯しよう」
父さんが仕切り直した。
みんなでテーブルに着席する。僕と父さんは芋焼酎の水割りの入ったコップを持つ。雪音と琴音ちゃんと母さんはウーロン茶の入ったコップを持つ。
「よーし。それじゃあ、一成の優勝を祝して。せーの」
続けて父さんが掛け声を掛けた。
「かんぱーい!」
みんなで一斉に元気良く乾杯した。
僕と父さんは料理を食べながら芋焼酎の水割りを飲む。僕達二人は酒が回り随分と酔っ払ってしまう。母さんと雪音と琴音ちゃんが作ってくれた料理は最高に美味しい。ついお酒も進んでしまう。鶏の唐揚げはもちろん、エビチリやポテトサラダも抜群の美味しさだ。相変わらず口の中は少し染みる。だが、酒を飲んでいるせいか食欲が勝る。
「みんな……ごめん……。そういえば、今回はお土産買ってくるの忘れちゃったよ……。せっかくこんな風にお祝いしてもらってるのに……」
「気にすんなって、一成。そんな体じゃ、お土産どころじゃなかっただろ」
僕がそう申し訳なく謝ると雪音は優しく返した。
「雪音さんとはずいぶんと仲がいいんだな、一成。さっきは見てはいけないものを見てしまったよ。父さんと洋子の若い頃を思い出すな……」
「あら、あなたったら恥ずかしいわ。もう昔のことよ」
父さんが懐かしそうにそう言うと、母さんは恥ずかしそうに言った。
「一成も雪音さんも、二人とも結婚するのか? もう、そういう話もあっていい頃じゃないのか? それにあのトーナメント、あんな高額な優勝賞金とファイトマネーなうえに、実は一本勝ちやKO勝利にまで、ボーナスが付いてたそうじゃないか。一成は稼ぎ過ぎてもう働かなくても、食べていけるだろう? わっはっは」
「うん。いい戦いをすると、だいたいどこの団体も報奨金を付けてくれるんだ。……。結婚か……。なんだか急で……まだ考えたこともなかったよ……。ねえ、父さんはなんで母さんと結婚したの? 気が付いたら結婚してたの?」
父さんが結婚に付いて切り出すと、僕は逆に質問を投げ掛けた。
「うーん……。難しい質問だな……。多分、洋子となら辛いことがあっても、乗り越えていけるって思ったからだな」
「一成さえ良ければ、ウチはいつだっていいんだぜ。子供産むときだって、一成の子供だったら、つわりがきつくたって痛い思いしたって、ウチは平気だからな」
「ウチが大人になるまで待ってくれれば、ウチも一成さんのお嫁さんに立候補するよ。ウチは例えお姉ちゃんが相手だって、手加減しないもん」
嬉しそうな雪音に対し、琴音ちゃんはそう強気に出た。
「小学生のガキンチョが何言ってんだよー。だいたい大人になったところで、一成やウチにとっちゃ、お前はガキンチョのイメージのままなんだよ。一成がお前みたいなガキンチョ、相手にするわけないだろ」
「ぷんぷん! 何よ! お姉ちゃんのバカー! ウチだってお姉ちゃんと同じくらいの年だったら、負けないんだからね! それに、一成さんのこと好きなのは、ウチだけじゃないんだから! ウチなんかより、もっと強敵がいるんだから!」
「なんだよ!? 強敵って!? お前まさか、うちの短大の藤田のこと言ってんのか!?」
「藤田さんなんて人知らないよ! でもお姉ちゃんには教えないもん!」
すると、琴音ちゃんは怒ったまま家の外に飛び出そうとする。
「こら! 琴音! どこ行くんだよ!?」
玄関で雪音が琴音ちゃんに慌てて聞いた。
「秘密!」
そして、琴音ちゃんは靴を履き家の外へ出て行ってしまう。
琴音ちゃんが家の外に飛び出してしまった……。僕と父さんは一気に酔いが覚めてしまう。
「ああ……。困ったもんだな……。小学生の女の子が、こんな夜に飛び出してしまうなんて……」
「琴音ちゃん、おうち近いから帰ったのかしら……? そうじゃなければ心配ね……」
父さんが心配そうにそう言うと、同じく母さんも心配そうに言った。
「すいません……。親父さん……お袋さん……。うちのバカ妹が、迷惑掛けちまって……。ウチ、ちょっと探してきます……。一応、あいつの姉なんで……。それに、ウチもちょっとガキンチョガキンチョって、言い過ぎたかも知れないっすから……」
「雪音、僕が探してくるよ。今の状態じゃ、雪音が行っても口聞いてくれなそうだから。雪音も父さんも母さんも、みんなそんなに心配しなくても大丈夫だよ。どこへ行ったか、僕にはだいたい分かるから」
雪音が申し訳なさそうにそう言うと僕は言った。
「わりーな、一成……。体中怪我だらけで疲れてんのに……。見付けたら、お姉ちゃんも反省してるって、言っといてくれるか……?」
「ああ。分かった。言っておくよ」
第五話 カウントダウン へ続く……




